宮城谷昌光のレビュー一覧
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三巻同時かと思ったら月毎だった~沛県に凱旋した劉邦は郡府の周苛が窮地に陥っていると踏み,薛県の陳武が挙兵するので,薛を攻めてほしいとの依頼に樊噲が乗り込み,郡守にやむなく従った周苛・周昌を救い出した。薛兵の間に入って,陳武を救い,胡陵の監平を捉えたが解き放ち,亢父と万与は落としたが,雍歯が魏に近寄って籠もった豊邑を落とすには兵数が不足してい。兵
を借りるために出向いたのは留県で,景駒を楚王に建てた秦嘉に願い出るが,往きに出会ったのが,韓の再興を期す張良で,留県で協力を申し出たのは,かつて劉邦を救った寧君であった。寧君も五彩の気を見たのだった。劉邦と寧君が豊邑に向かう途中,陳勝は殺害されていた。碭県からは,陳濞・陳賀が現れ,秦兵を追い払ってくれる様にとの懇願に応じ,攻撃目標を碭に変更した。遭遇戦となった司馬イに敗れるが,取って返して,碭県を解放したのは,張良の献策だった。豊邑を攻め続ける,南から7万の兵を擁する新勢力が現れたという。項梁と,その甥・項籍(羽)だ。秦嘉は敗死し,寧君は救われ,劉邦の軍勢は1万に達した。薛に入った項梁の様子を蕭何に探らせ,連携の道を模索する。項梁から将兵を借りた劉邦は豊邑を落とし,任敖にこれを託して,二つ目の根拠地となった碭に帰還した。楚王の孫・懐王を奉戴したしらせに,張良は馳せ参じた武人達の中に,韓王の遺児・横陽君を発見し,劉邦から泣く泣く離れていった。この時点で,秦の他に,張耳・陳余が作った趙,韓広の燕,周市が宰相の魏,田詹の斉の5国が存在した。秦の将・章邯が東阿を討つ作戦で,章邯は敗走し,劉邦と項羽は西行した。亢父・東緡・爰戚・甄城・都関・城陽を攻め落とし,濮陽で手こずると定陶から先は劉邦が単独で臨斉・巻・滎陽と攻め落とし,定陶に留まっていた項羽が追ってきて油断をした定陶は項梁が攻め落とした。しかし,外黄・陳留を項羽が中心で落としたいた裏で,韜晦していた章邯が定陶を落として項梁が殺害された。彭城を根拠とした楚王・懐は,宋義を上将に任命し,関中を制した者を王とすると宣言するが,応えたのは劉邦と遅れて項羽。許されたのは劉邦だけだった。宋義の本隊の露払いとなった劉邦は,安陽か
ら杠里,さらに宋義が向かう斉の途中にある昌邑を攻めるが,宋義の狙いが斉との連携にあって趙の救出にないと気付いた項羽は,宋義を殺し,楚王から上将に任命され,西を目指す~いやいや動き回ること,動き回ること! 中巻から地図が付いたが,これがないと判らない。二次元の地図だから大
変さは解らないけど,動き回るねぇ。さあ,関中を目指すぞ! -
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ネタバレ燕の昭王に気に入られ、燕の将軍となった楽毅の活躍を描く最終巻。
小国である燕が超大国である斉を攻略するという図式のクライマックス。
これはこの大作の前半部で悲劇的に描かれた、楽毅の祖国中山と趙の戦いを思い起こさせます。
ところが今回は上司にも恵まれ、有能な部下もたくさん。
そして何よりも、祖国を失ったがゆえに大きく成長した楽毅自身がある。
彼の熟達した戦術が、怒涛の勢いで超大国を呑み込んでいくさまは、読んでいて圧巻でした。
また、楽毅の上司である趙の昭王、この人の名君ぶりも印象的です。
楽毅と昭王の上下関係は、本当に理想的ですね。
孫子が説くように、そして秦の統一の基礎を作った商鞅と孝公が実際にそうであったように、偉業を成し遂げるには、絶妙な信頼のうえに成り立った上下関係が必須であるということでしょう。
さて、「楽毅」は、全編を通して、戦争が描かれる作品であります。
ですが戦争を描くことで、そこにある人間を描くことに成功しています。
今は平和な世の中ですが、だれの人生にも、なんらかの難局があるはず。
それを現代人にとっての戦争と呼ぶなら、この作品はその戦争を勝ち抜くための勇気をくれるものだと思います。
大切なことは、勝ち抜くといっても、手段を選ばずに、とにかく勝てばよろしい!というわけじゃないということ。
勝つことで信頼を得る、それがこの作品で生きている楽毅という名将の「見事な」勝ち方なのです。
困った時、楽毅ならどうするか……??と考える。
この作品を読めば、常に冷静に、謙虚に生きた名将が、読者にとっての戦争に、新しい活路を見出してくれるかもしれません。 -
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ネタバレ奮戦するも祖国中山は滅亡。
楽毅は流浪の身となります。
第3巻の見所は楽毅ではなく、なんといっても趙王室の御家騒動「沙丘の乱」でしょう。
主父(武霊王)は息子に殺されるだろう。
唐挙という占い師のこの予言が、ここで実現することになります。
主父の最期を描くシーンは衝撃的です。
絶対的なカリスマ性で国を率いてきたかに見えた彼。
ところが、最期の瞬間までともに戦ってくれるほどの信臣はいなかった。
祖国滅亡という絶望的な状況下でも、慕ってくれる部下がいた楽毅とは、実に対照的です。
国をあげて戦った両者の違いとは?
絶対的な指導力という自分本位の資質だけでは、本当に信頼を得ることはできないということでしょう。
武霊王、僕は好きですけどね。 -
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劉邦を描いた三部作終の巻は、息つく暇もないほどの密度で展開された戦記であった。これぞまさしく楚漢戦争であろう。
劉邦という人を思うと、やはり即位後が簡略にさえ記されなかったところは物足りなさを感じる人も多いだろう。儒教の取り入れと、乱れた治世。あるいはこれは彼の没後ではあるが、呂皇后の戚夫人への陰惨極まる処刑など、エピソードとしては面白いものがあまりに多い。
だが、紙面の限界を思えば、これでさえよく詰め込んだものだとも言える。戦記としては本当にダイナミズムに富んだ内容を豊かな筆致で描いているし、そこで描かれた鋭さは読み応えのあるものだった。
評価が難しいところだが、ここでは星五つと評価したい。
シリーズとしては優れたものであったと思う。こうしてまた再び濃密な物語が読めるようになって、宮城谷作品のファンとしては嬉しいかぎりだ。 -
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同作者の「孟嘗君」を読み終えたので、次はこれを読み始めました。
本作は「孟嘗君」と同じ戦国時代の話で、序盤に孟嘗君その人も出てきます。
孟嘗君は作中において、主人公である青年楽毅の心の支えといえるくらいの重要な人物なので、「孟嘗君」を読んでいると感慨もひとしおと思います。
「孟嘗君」は戦国時代の話のわりに人間ドラマ的な色合いが濃かったのですが、本作はまさに戦国という感じ。
「孟嘗君」も優れた作品であることは間違いないですが、個人的にはこっちのほうがわかりやすくて好きですね。
主人公の楽毅ですが、第1巻ではまだ二十代の青年です。
にもかかわらず、人格がすでに完成されています。
昔の人でそれも名家の生まれなので、当然といえば当然なんですが、二十代にしてすでに人望を集めながらも、決して奢らない。
常に冷静に戦況を見るさまは、とても若者とは思えません。すごいです。
ならば主人公の成長物語はないんじゃないか?
そんなふうに思われる方もおられるでしょうが、そんなことはありません。
実は、楽毅は生まれが中山という弱小国で、さらに君主がとんでもないくそやろうなため、自分の身の振り方に悩んでいたのでした。
上司に恵まれなかったというわけですね。
そこで彼は常に自分自身に対して、人が立派に生きるとはどういうことかと問い続けるのです。
ところで、楽毅のほかに、武霊王という登場人物も出てきます。
この人は楽毅の祖国を攻め取ろうとする趙という大国の王。
いわば楽毅の最大の敵なのですが、その強敵っぷりが凄まじい。
そんな少年漫画のような興奮を味わえるのも、この作品の面白いところだと思います。 -
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宮城谷昌光の「三国志」全12巻を読み終えました。
作者の文章に慣れてきたのか、比較的スムーズに読むことができました。
相変わらず、登場人物の多さには閉口しました、1200人余りだそうです。
しかしながら、わかりづらいのは人名だけでなく、地名もです。
ある武将が何処から移動して、どこで戦ったのか地名だけではわからないのです。
添付されるべき地図がまことにもって不親切なのです。
ご存知のように、吉川英治の「三国志」の元になった「三国志演義」は
史実とは異なったフィクションが数多く含まれた読み物なのです。
例えば、あの劉備・関羽・張飛の3人が義兄弟の誓いを結んだとされる
「桃園の誓い」は「三国志演義」の作者による完全な創作です。
また、あの有名な赤壁の戦いにおいては、
呉の孫権から任された周瑜は蜀の劉備・諸葛孔明の軍を全くあてにせず、
火攻めという奇襲で、大軍の魏・曹操を敗走させています。
その辺りの様子は、本書に詳しく、かつ面白く描かれております。
では、なぜこのようなことがおこるのでしょうか?
それは「漢王朝の正当な血を引くのは蜀の劉備である」
とする風潮が明の時代に浸透していったためだとされています。
そうした身びいきとも云える物語が出来あがり、
それが後の多くの大衆に支持されたのだそうです。
それでは西晋代の陳寿によって表された正史「三国志」は
ほんとうに正しいことを伝えているのでしょうか?
正直、私は少し疑問を抱いています。
およそ歴史書は勝利者の側から見た事実、記述で構成されており、
そこには敗者側からの見方・陳述は無視されやすいのではないでしょうか。
双方の記述、更には第3者の記録を突き合わせてはじめて
真実に近い歴史が出来上がっていくものだと思っています。
それにしても、この三国志の時代が西暦200年前後こと、
この「三国志」という歴史書の終わりあたりに、
「魏志倭人伝」という項目が出てきます。
そう、あの卑弥呼がいた邪馬台国の記述が出てくるのです。
しかしながら、肝心の日本はまだ文字を持っていなかったため、
今もって邪馬台国がどこであったかわからないのです。
従って、魏志倭人伝の記述の何処までが正しいのか不明のままなのです。 -
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時代が展開される中巻では、ようやく項梁、項羽が姿を現し、それと同時に章邯という秦末の名将が歴史の舞台へと上がる。
この辺の抗争は「香乱記」を思い出させるところだが、あちらで中心となった視点とは別個に、こちらでは劉邦と項羽にスポットが当たっている。その描き方は、やはりさすが宮城谷先生、なかなかに興味深い。
歴史上には様々な魅力的な if が存在するが、関中を制圧しに向かう劉邦と共に項羽が居たならどうなっていたのか、とこの巻ではとても魅力的な if が問われている。果たしてどうなっていたかは、本当に興味深いところだ。
話がそれるが、少し真面目に考えてみれば、この章邯にせよ、あるいは後漢の皇甫嵩、隋の張須陀などのように、乱が起これば当然のように体制側からそれを鎮圧しようとする大きな力が現れる。不思議なくらい強力な、王朝そのものの底力のようなものが確かに存在するのだ。
項羽と劉邦が馬を並べて関中を制圧していく姿はよく想像されるところであるし、それが楚王の下で、となれば歴史の展開は大きく変わるに違いない。だが、秦が果たして章邯の出現を最後に命数が尽きたかは、いささか怪しいかな、と思わなくもない。
話が逸れすぎたが、今回は星五つと評価したい。するすると読める面白さであった。 -
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宮城谷版劉邦物語である。いつものように豊富な資料をベースにディテールが構築された、新しい像を持った劉邦像が描かれている、と言っていいだろう。
上中下巻の連続刊行が予定されている、すでに連載が終了している作品のようだが、この上巻では兵を挙げて官軍を打ち破ったところで物語はクローズしている。
さすがの文章の巧みさであり、近刊で見られるように(一時あまりに淡泊だった描き方から脱却して)物語の温度も高め。歴史的に見ても重要な夫人の呂氏がよく描写されている辺りも、「草原の風」などに比べて物語の持つ濃さを感じさせるところだ。
氏の作品では「長城のかげ」や「香乱記」においてすでに劉邦が現れてはいるが、その像はかなり卑小なもので、特に「香乱記」における姿などはかなりのメッタメタぶりであったと記憶している。
この辺は、ファンにとっては趙盾や魏冄でおなじみの展開であるが、既出のイメージからだいぶ異なった描き方をされている。個人的には、韓信がどう描かれるのかが楽しみに待たれるところだ。
期待値も込みで星五つと評価しておきたい。物語が向かう推進力はかなりのもので、期待を煽っている。