あらすじ
曹操に愛された、知られざる名将たち
篤実で機転のきく男たちを求めた魏の始祖・曹操。その期待に応え国づくりを支え、衰亡のはじまりにも逃げなかった名臣、名将ら七人!
※この電子書籍は2021年9月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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三国志の名臣たちをまとめつつ、魏が滅びるまでを綴る。
程昱は故郷の県丞の反乱の時に、故郷を守った。その後曹操についた。袁術が攻めてきたがこれを跳ね除ける。曹操が徐州を討ちにいっている間に兗州が危機に陥り、程昱の力でなんとか持たせることができた。劉備が曹操の元に逃げ込んできて、程昱は殺すべきだと主張したが曹操は生かす事にしたが、結局離反された。やがて程昱は奮武将軍に叙され、罷免されたこともあったが、曹丕に重用された。
張遼、字は文遠。張遼は并州を発って洛陽に向かい何進と会う。河北に向かい兵を集めている最中に何進は宦官に殺されるが、袁紹と袁術が仇を打ってくれていた。兵を連れて洛陽に帰った張遼は、呂布に導かれて董卓に会う。董卓は相国となり長安へ遷都する。幼帝を殺そうとした董卓を呂布が打つ。その後長安は攻められ、呂布と張遼は逃げる。その後転々としたが、陳宮に従って曹操と戦うが負けて、曹操に従う。
曹操が張魯を討ちに西方に行っている間に、呉が攻めてきたので、800人で10万人を迎え打つ。征東将軍、晋陽公となる。
鍾繇は官人であるが、戦乱の兆しの中、洛陽に向かったところ、明日から長安へ遷都だと告げられる。やがて董卓が殺され袁紹袁術が権力を握る。曹操から王必という使者が来た時に鍾繇はもてなした。曹操に繋がり、献帝とともに曹操のもとに身を寄せる。関中と西方を任せられる。匈奴の謀反を鎮める。曹操が魏王になり、鍾繇は相国となったが、謀反に連座して役職を解かれる。曹丕により大理に返り咲いた。
賈逵は絳邑という都市の長の代行をしていたが、攻められて防戦した。負けるのが必至だったので、長老たちが一計を案じ、開城して賈逵を引き渡す。袁に下らない賈逵は殺されるところだったが、助けられた。その後曹操に取り立てられ、あれこれ罷免されたり殺されそうになるたび引き立てられたりして、曹操の葬儀を取り仕切る事に。曹丕が王位につくと、賈逵は魏郡の大守になる。賈公渠という運河を作る。
曹叡の時代になる。四軍を任され呉軍の罠に気づいて大敗になるのを食い止めたが、曹休に憎まれる。
曹真の父は曹操の身代わりになって死んだため、曹家一門の子として遇された。曹操の遠征中に陳宮が裏切り、射手の一人として曹真は戦う。朱讃、曹遵とともに曹丕の従者となる。狩の場で咄嗟に虎を仕留めたことで曹操から騎兵隊をもらう。劉備の征討が始まり、中領軍を経て征蜀護軍に任命される。
曹丕の時代になる。鎮西将軍になり上軍大将軍になり呉を攻める。曹丕が亡くなり、曹叡の補佐のうちの一人になり、大将軍になった。諸葛亮が魏の雍州を攻めたので出陣したが、諸葛亮に振り回される。曹叡が動いて沈静化した。大司馬になった。亡くなった時に司馬懿しか有力な人がいなくなってしまい、魏が傾く原因になった。
蒋済は曹操が集めた能吏のひとりで、4通の手紙を書くだけで孫権を追い払ったこともあるくらいの人である。丹楊郡の太守に任命された。曹丕の時代に散騎常侍になる。曹叡の時代に関内公になる。孫権の罠を見抜いて上奏したため、中護軍を経て散騎常侍になる。曹叡が亡くなり、司馬懿と曹爽が幼帝を補佐することとなった。曹爽は蜀を討つことにした。司馬懿は反対したが、強行して失敗。司馬懿に相談せず独裁をはじめる。司馬懿と蒋済は手を組み、曹爽の官位を剥奪。司馬懿の一族が力を持ち、蒋済はその頃亡くなった。
鄧艾は司馬懿に見出されて中央に引っ張られる。「済河論」運河を引いて農地を拡大すべし、さすれば水運もよくなるという報告書を作成。司馬懿はそれを実行する。参征西軍事、何安太守になる。公平稜事変が起き、曹爽失脚。討冦将軍になるが、司馬懿が亡くなり司馬師の時代に。呉軍が魏を攻めてきたが失敗。鄧艾は振威将軍になる。司馬師から司馬昭の時代に。蜀軍をやっつけて安西将軍に。皇帝の曹髦は司馬氏一門を討とうとして返り討ちにあい、曹奐が皇帝になる。鄧艾は蜀を征服する。
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程昱
劉備を嫌っていたことには納得。
張遼
猛将というイメージより、ゆったりとした人物に描かれている。
鍾繇
物語の中では子の鍾会の方が役割として大きいと思っていたが、かなり有能な方だったのでしょう。書も有名。
賈逵
兵法を勉学した秀才。性格はやや過激であるが不和であった曹休を立てる。
曹真
寛容で謙虚であり上からも下からも慕われた好人物。曹操の親族であるとずっと思ってた。
蔣済
自分は三国志好きであるがこの人物についてはよく知らなかった。
鄧艾
鄧艾が転戦し、蜀滅亡までの姜維との駆け引きを綴るのは短編作品にはやや駆け足な作品。
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三国志好きにはまずオススメできます。
私も三国志好きとしてそれぞれ取り上げれている人物が何を成したか、どのような功績があったかは大まかに知っていましたが、その人物達が生きた姿を上手く映し出していると思います。
彼らが何を思いその時代を生きていたか、もちろん誰もわかりませんし、この本も想像上のものかもしれません。それでも彼らの生きた姿を想うことで、より三国志の世界に深みが増すと思います。
たまたま書店で目につき魏篇を買いましたが、後漢篇や蜀篇もあるとのことで、読んでみたいと思っています。
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タイトルの通り、三国志の魏の名臣数人をピックアップしたエピソード集です。しばらく三国志ものを読んでなかったので、久々に火がつきました。
・程昱
胆力知力に溢れ、戦場で活躍する。元々程立といったが、曹操の元で功を立て認められてのち、若い頃によく見た泰山で両手で日を捧げるという夢にちなみ、曹操に程昱と命名された。曹丕にも愛され昇進し、天寿を全う。
・張遼
董卓や呂布に仕え流浪を経験したが、呂布敗れた後、曹操に登用されて各地で活躍した。その武名が轟いたのは、赤壁の戦いから7年後、曹操が張魯討伐のために西征した留守を狙って攻めてきた孫権10万の軍を、7千人で死守した合肥の攻防戦。特に、敵を800人で撹乱し、孫権に肉薄した。魏の将の中でここまで孫権に迫れたのは張遼だけだとか。曹丕の時代に晋陽侯(王)となり、故郷に錦を飾った。
・鍾繇
洛陽や長安の地神に敬意を払い、特に董卓によって廃墟になった洛陽の復興に努めた。長安に遷都していた献帝と曹操・荀彧を引き合わせる。曹丕の時代に三公の上の太傅に登り詰める、正しい司法を行なった稀有な人物。
・賈逵
正義感が強く、曹操への命を賭した諫言も厭わなかった。赤壁の大敗の後、曹操は長雨にもかかわらず再度の南征を計画。配下の反対を予想し、反対するものは死刑にすると宣言。賈逵はそれでも諫言を行い自ら牢に繋がれた。その後、呉の国境に近い豫州刺史となる。呉の周魴の策略で呉に誘い込まれた曹休軍の壊滅を救う武功も立てる。
・曹真
創業時の曹操を匿って殺された秦伯南の息子。謙遜な人柄で上にも下にも愛された。曹丕の不興を買い罷免されていた曹洪の引き上げに尽力した(と思われる)。大将軍となる。その後、諸葛亮の北伐を撃破。後、蜀を攻めるがうまくいかず、自身も体調不良となり、洛陽で没。魏としては軍事の柱を失い、後日の司馬懿への権力の移行のきっかけとなる。
・蔣済(しょうせい)
曹操は赤壁での大敗の後、孫権に合肥を攻められる。兵力に大差があり落城は必死だったが、蔣済は孫権に漏れることを意図して、合肥に対し、大軍の応援が駆けつけるので待つようにとの虚報を送った。使者は意図通り孫権に捕縛され、孫権はそれを信じて引き上げた。率直に正しいことを諫言する蔣済は、曹操、曹丕、曹叡に仕え、ついに群臣の最高位、大尉に昇進。司馬懿の反乱時には司馬懿に与し、それが成功した年に没。
・鄧艾
司馬懿やその後継の司馬氏に仕え、特に北伐を繰り返す姜維をよく防いだ。武功を立て続け、ついに西征将軍となる。司馬昭の時に魏が蜀の攻略を決め、主力は鍾会軍であったが、鄧艾は機を見て蜀深くに攻め込み成都を攻略。戦後処置が荒々しくなかったので蜀の人民にたたえられた。しかし鍾会に妬まれ讒言により処刑された。
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宮城谷さんの本は昔は読んだが、三国志はあまり知らない。週刊モーニングに連載していた蒼天航路のお陰でちょっと知識が付いた程度。
後漢王朝を支えた曹操 は魏を建国したが、曹家は衰退し、司馬氏に勢力が移っていく歴史の中、魏を支えた名臣たちの物語。
キッチリした文章だが、格好良すぎないかと思う処もある。蜀の将軍と魏の名将との腹の探り合いは面白いのだが、正史を読み込んだ成果なんだろう。
世間では曹操が悪者役で劉備は人気があるようだが、先に挙げたマンガのお陰で当方にそのイメージはない。本作の程昱の段で、劉備は曹操から受けた恩を返す人間ではないと諫言して、そして劉備はその通り裏切り、独立する。
半面、曹真の段では劉備は関羽を臣下と見做さず、肉親と思い、それを天下に知らしめるため出師する情の人とある。
ホントのことが知りたかったら、宮城谷版三国志を読まないといけないかな。