宮城谷昌光のレビュー一覧
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ネタバレ着々と領土を広げる劉備。
そして、周瑜亡きあとも安定した強さを見せる孫権。
60歳を迎える曹操には、やはり彼らが脅威だったのだとは思う。
でもどちらにも義はないと思うんだよなあ。
他人が納めていた土地を奪い取って、勝手に領主になっているだけなんだから。
特に劉備に関して言えば、反曹操勢力の強い徐州はともかく、自分が困っている時に助けてくれた人たちからかすめ取っているわけじゃん。
なんであんなに『三国志演義』で聖人扱いされているのかわからん。
”住所の定まらないことを『荘子』は、鶉居(じゅんきょ)といい、それが聖人のありかたであるというのであるが、ここまでの劉備がまさにそれであった。ただし聖 -
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ネタバレいよいよ赤壁の戦いです。
その前に、いよいよ劉備と諸葛亮が出会います。
しかし、諸葛亮は劉備がどのように生きてきたのかを知っています。
”妻子にも従者にも酷薄な人で、学問を嫌ったせいで浅学であり、知者や賢人を敬ったことがない。とりたててくれた公孫瓚をみかぎり、厚遇してくれた早々に後ろ足で砂をかけた。(中略)群雄のなかで劉備ほど無能な人はいなかったのに、豪傑が淘汰されてきた現在、何もしない劉備に輿望がある。”
しかし、情もないけど欲もない人なのです。
諸葛亮は劉備のもとに行き、劉備を盛り立て、劉備の欠点を隠しながら呉と交渉をするのです。
劉備が諸葛亮を信頼し、それにつれて人となりも多少変わ -
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ネタバレいよいよ曹操の時代となっていきますが、曹操が周囲を従えてぐいぐい前に出ていくわけではありません。
彼は実によく周囲の意見をよく聞くのです。
そして人を見る目があります。
敵の将を捕虜としても、有能な人材であれば官職を与えて仕事を任せます。
曹操の瑕疵は2つ。
出身が宦官の家であること。
当時の有力者の中で曹操を忌避する人の理由は、これが一番多いように思います。
そうそう自身は宦官ではありませんし、仮にそうだったとしても、曹操が私腹を肥やすことはないでしょう。
ただ、感覚的に宦官は嫌、と思われていたのです。
もう一つは、そうです、父の仇を討つために、徐州で大虐殺を行ってしまったこと。
庶民は -
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ネタバレ14ページ目で孫堅が死に、途中でちょっと劉備が出るものの、ほぼ曹操の巻。
と思ったら、次巻に向けての最後の一文『建安年間は、曹操の時代であると言ってよい。』ですって。
まだ序章だったか。
”曹操は不正を憎み、汚吏(おり)には厳罰を与えてきたが、民を苦しめる秕政(ひせい)をおこなったことはいちどもない。”
また、捕虜に取った黄巾軍に対しても、「生産をすることなく流れ者になって略奪を続けていても未来はない。自分の部下にならないか?」などと声をかけ、なってもならなくてもかまわないぞと釈放する。
そうやって少しずつ少しずつ味方を増やしていったのに。
三国志演義で曹操が悪役なのは、父の敵を取るため -
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ネタバレようやく、知っている三国志の時代に入ってきました。
皇帝を私物化した董卓はもちろん大悪党だと思いますが、董卓が出てくる以前から、皇帝も皇后も皇太子も権力争いのための旗印にすぎず、倫理観の欠如している人たちにとっては、国を動かしてうまい汁を吸うための人質にすぎなかったのが、霊帝の何代か前からの実態なのでした。
もう、霊帝の無能さと言ったら、朱理に「上に立つ者が無能なのは、それだけで罪だ!」と怒鳴って欲しいくらい。
*どっかのネットまんがで『BASARA』がミステリ・サスペンスに分類されていたけど、『ミステリと言う勿れ』に引っ張られた?
その割に『7SEEDS』は冒険ものでした。
曹操は、見る -
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ネタバレこの巻は延々と後漢王朝の腐敗が書かれています。
外戚が横暴をきわめたかと思えば、次は宦官です。
なぜ本来は何の権限も持たない宦官が、権力を持ち財産を増やしてゆくことができたのかと言うと、梁冀が、気に入らない皇帝を次々と亡き者にしていったから。
皇太后の兄であるのをいいことに、好き勝手に権力をもてあそび、人の命を奪ってきた梁冀から皇帝の命を守ったのが宦官たち。
桓帝・霊帝は宦官たちこそを信頼し、心ある臣下の言うことに耳を貸さない。
宦官も、最初は純粋に皇帝の命を守っていたのだろうけれど、大量の褒賞が彼らを狂わせたともいえる。
皇帝からしたら、ほんの感謝の気持なのだろうが、受け取った方は、「 -
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「言葉を形に表す」
現在、当たり前のように用いている「文字」はなぜ作られたのか……。
表題作の「沈黙の王」では、うまく言葉を発することができない商(殷)王武丁が「文字」を作るまでの物語を、主人公の生き方に光を当てて描く。
歴史小説家が研究者ではない訳は、「事実」や「考察」「推測」をもとに、さらに想像を飛ばし、作家の求める「真実」を「創造」していくことにある。
この作者は、まるでそこにいたかのように「言い切った」短い描写を丹念に積み重ねて、読者を物語の中へ引き込んでいく。
読者は読んでいるうちに「きっとこうだったかもしれない」とすら感じなくなる。
わたしは、歴史小説家が語ることを許される表 -
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ネタバレ2021年3月刊。筆者の本を読むのは 『侠骨記』(どんな内容だったか、全く覚えていない)を17年前に読んで以来、2冊目。中国史に材を取った小説などで著名な筆者による、『三国志』世界へのいざない本。
私の『三国志』初体験は、吉川英治版だ。書籍に関しては、他に横山光輝版の最初の数冊を読んだ程度。あとは『三国志』全編を描いた中国製テレビドラマ、有名エピソードを映像化した映画を数作鑑賞……以上が、私の『三国志』体験だ。エンタメの基礎になっている作品だし、また再挑戦したいと思いつつ、長大な物語なので、二の足を踏みながら、早幾年。
そんな時、本書の発刊を知り、取り寄せた。全6章からなり、当時の時代背 -
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田横。
秦末の人。戦国時代の斉王の一族。楚と漢が天下を争った時期に斉の支配者となった。
田横の人柄は
「漢王と自分は共に王であったのに、彼に仕えるというのは大変恥ずかしい。またいくら天子の命令があるとはいえ、煮殺した相手の弟と肩を並べるというのは恥じ入らずにはいられない。私はそれに耐えられないだろう。そもそも漢王が自分を招くのは、私の顔を一度見ておこうということに過ぎない。いま自分の首を斬っても、ここからなら洛陽まで容貌がわからなくなるほど腐敗することはないだろうから、私の顔を見せるには十分だろう」
からもわかる通り、義の人だったのかもしれない。
項羽、劉邦の楚漢戦争の切り口を大胆にかえ