宮城谷昌光のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
通常、帝国の興廃は二代目・三代目にあるといってもよい。一生をかけて戦場を駆け巡った曹操・劉備の後を、魏は曹丕と曹叡が、蜀は劉禅が継承する。そして、皇帝の器量は、最早本人の武将的才覚というより、優秀な臣下を集め、働かせるかにある。
魏の二代目曹丕に対する評価はいま一つだが、鍾繇、陳羣、華歆、そして司馬懿といった多士済々に支えられているのが魏の強さ。この時代、魏は軍事的拡張を遂げた訳ではないが、内政的には充実していったのだろうと推測できる。国を支えるのはそのような臣たちなのだ、という陳寿の心の叫びが聞こえてきそうだ。
一方、呉と蜀には人がいない。呉は周瑜・魯粛の時代に大きな成功を収めて以降、長い停滞期が続く。蜀には孔明がいるが、逆に言えば孔明しかいない。ただでさえ国を支える人材が乏しい辺境にあって、人を育てることができないのが劉禅-孔明体制の弱点である。三国志演義が「出師の表」あたりから悲観調を強めるのは、さすがに史実を無視できないからだろう。 -
Posted by ブクログ
歴史小説家である著者が、夫妻で旅館・ホテルについて語った一冊である。四章までに八軒の旅館・ホテルを語り、五章では京都を、六章では焼き物を巡る旅を語り、七章では旅館への提言をし、八章と九章では夫人による時刻表を使っての旅館判別法を紹介している。
インタビュー形式で、ややまとまりにかけた内容とはなっているが、方々を旅したお二方の経験を読むことができる面白い本であった。そうした意味で言えば、エッセイと見た方がいい。
あくまで個人的見解による旅の楽しみ方なので、恣意的である点については念頭に置くべきである。ガイドブックではない。だが、だからこそ、容赦のない評定が見られるということもあるだろう。
私的には楽しませていただいた。星四つと評価している。 -
Posted by ブクログ
ようやく読み終わりました。
第5巻の最後も最後にしっとりとした感動があって、読後感がとても心地よかったです。
さて本作は全5巻の大作歴史小説ですが、文章は平易で、その時代の情勢なども作中で解説されるというスタンスになっているため、とても読みやすいです。
ストーリーもドラマチックで面白い。
そしてこの作品でもっとも優れているのは、そんな魅力的なストーリーを彩る登場人物たちでしょうか。
歴史小説で登場人物にこれほど感情移入した作品はなかったですね。
出てくる人がかなり多いですが、それぞれに印象に残るほどの個性が与えられていて、愛着が湧いてしまいます。
読後感が心地よいと言いましたが、魅力的なキャラクターたちとお別れするのは寂しいですね。
この作品は純粋に小説としても楽しめますが、中国史初心者が戦国時代について見識を深めることにも一躍買いうると思います。
魏や斉、秦といった諸国がそれぞれ大陸のどこに位置していたかなどは読んでいるうちに覚えてしまいます。
かなりの脚色はあると思いますが、孫臏や商鞅など、有名な人物が行ったことを大まかに知ることもできます。
歴史の教科書を読むより断然面白いでしょうし、上述のような歴史上の人物に愛着が湧くことは必然と言えるでしょう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ漢の高祖の物語の中巻。
張良や項羽との出会いがあり、徐々に存在感が増していく劉邦が描かれています。
まだ章邯が倒されず、司馬さんの「項羽と劉邦」(上中下)の上巻の最後の方に当たるのですが、下巻は一気に漢設立まで行っちゃうんでしょうか。
司馬作品が群像劇なのに対して、本作はあくまで劉邦伝的に構成されているので、「項羽と劉邦」では魅力的だった登場人物たちが端折られる可能性大ですね。
ま、宮城谷さんの楚漢戦争時代の群像は「楚漢名臣列伝」や「長城のかげ」を読めということでしょうね。
ただ劉邦に関して言えば、劉邦の無頼時代から筆を起こしていただければ、もっと劉邦の成長が実感できたように思うだけに残念です。
しかし、既存の解釈とは大きく異なり、劉邦から項羽には慈しみの感情が、項羽から劉邦へは信頼感があるのは、今後の悲劇に向けては面白い関係だと思います。
早く下巻が読みたいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中国漢の高祖の物語の上巻。
司馬遼太郎の名作「項羽と劉邦」のキャラが焼き付いているのと、著者の別作品での扱いが悪かったので、本作の劉邦ができすぎた人で驚きました。
確かに、主人公はいつも立派に描かれていたり、別作品で脇役になると悪い面をクローズアップされたりする多面性も著者の人物像の描き方ですね。
さらに、本作の呂夫人も賢く行動力のある人で、既成の人物像をいい意味で裏切ってくれています。
また、これまでの著者の作品と異なり、主人公の親や祖父や師匠のように導く人がいないというのも特徴です。
本巻では決起するところまでで、劉邦がだんだん大人物になっていく途上が描かれていました。
次巻以降で登場する項羽がどのように描かれるかも期待したいです。 -
Posted by ブクログ
劉備とは何者か、第七巻ではその問いかけが重要な意味を持つ。華北にいた頃は呂布や曹操に勝てず、逃げ回ってばかりいた流浪の将にも、荊州では妙な後光が差し始める。赤壁において彼は呉の属将だったのか、それとも同盟者だったのか。この定義はその後の荊州南部と蜀の支配を正当化できるかどうかを判定する上で重要なポイントだが、宮城谷さんは正直に筆を進めていく。その行為は武力侵攻だったかもしれない。しかし、単に武力に勝っていたから地を得たのではない。3日で得られたはずの成都に300日を費やす。そういう姿に、いつの間にか大人の徳が漂っている。劉備の輝きが増す分、大人の態度に徹せない孫権は分が悪い。
南方の王者たちの成長もさることながら、北方の支配者として地歩を固めていく曹操も見逃せない。曹操は西方で、馬超と韓遂の連合軍に負けずに勝つ戦いを演じる。篭の鳥になった天子は無益な抵抗を試みるが、衰微した天子と華北を経営する曹操と、どちらに徳があるのだろうか、という筆者の自問が始まる。彼は魏王に登る。既に60近い曹操が残された生涯でどこまで高みに登るのか、それもまた楽しみだ。 -
Posted by ブクログ
宮城谷版、吉川版、蒼天航路の3シリーズ併読の
「とことん三国志」、先行する宮城谷版の第2巻。
大帝国の長期政権はいかにして腐敗していくか。
マクロの視点では体制は「変わらないこと」で
自壊していくとなる。
ローマ帝国における共和制及び皇帝制の永き閉塞が
その象徴であろう。400年続いた漢帝国も同様だ。
宮城谷はそこにミクロな視点を持ち込む。
漢帝国の体制は内部は変わろうとして
何度も何度も「革命」をするのだ。
皇太后の外戚が暴政を行なえば、宦官が改革を断行する。
その宦官が虐政をすれば、外戚が誅殺を行なう。
すべては「大義」のための革命だ。
しかし、いつの世も、権力の魔力が大義を取り込むのだ。
巨大帝国であるが故、その権力の蜜は甘美であり、
人間の欲がそれを無視し続けることが出来ない。
何度もリフレインされる権力闘争からは
「人間は高潔であり続けることが容易ではない」
という方式が浮かび上がる。
能力のない世襲が生む皇帝支配。
その「長期政権の夢想」という盤上で
皇太后の外戚と宦官の間で繰り返される
革命のオセロゲーム。
革命のたびに、帝国は疲弊し、
皇帝の威信は揺らいでいく。
民衆の心は離れ、帝国以外の信心を求める。
宮城谷のミクロの視点から描かれることで、
太平道の発生理由が明快に示される。
最後に「正義」のための革命の歴史をまとめておこう。
他の三国志では、前史として無視されている貴重な記録だ。
・四代和帝のために宦官・鄭衆が外戚を潰滅
・暗愚な六代安帝の突然の死後を閻皇后の外戚が支配
・閻皇后の外戚による暴政に後の順帝が宦官を主体に革命
・順帝により殊勲の宦官孫程や曹操の祖父である曹騰に
過去最大級の栄誉が与えられる。
宦官が養子をとり、家系を継続させるようになる。
・順帝わずか30歳で崩御し、2歳の沖帝が即位。
しかし沖帝がすぐに崩御し、順帝の血筋は絶える。
さらに第10代質帝も外戚・梁冀によって毒殺される。
・曹騰の推挙で十一代桓帝が即位。
しかし姉妹を皇后にした外戚・梁冀の暴政は続き、
宮城を無視して自宅で政務を行なう。
梁冀が漢帝国を決定的に堕落させる。
・外戚・梁冀の圧政を止めるべく桓帝は宦官・単超や
孫程などが躍進。十常司の前提をつくる。
・桓帝に届けられた宦官の圧政を告発した上書を巡り
第1次党錮事件が起きる。