大森望のレビュー一覧
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話としては少し古さは感じるものの、のびのびしたSFって感じがして楽しめた。
ただ、ディックの原文が問題なのか大森さんの訳なのか、今ひとつのめり込めない話だった。勿論、あくまで僕には合わなかった、という話だけど。
説の引きは凄く上手いのに、数日に分けてちびちび読めるくらい(本当に気に入った本は、勿体ないからと脇に置いても、気になってすぐに続きを読み始めてしまう)にしか惹かれなかった。ただ半ば過ぎた辺りからは、一息に読んだので、面白く感じたんだろうと思う。
展開的には凄く盛り上がってるはずだし、ビジュアルも結構浮かぶんだけど、なんだかこう身に迫ってこない感じ。ただ、話が本格的に動き出すまで -
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翻訳ミステリ札幌読書会に初めて参加させて頂く機会を得たのだが、最初の課題本が何とこれ。ミステリでもなければ、ディックの代表作品でもなく、どちらかと言えばゲテモノ扱いされる異色作。
初めて会う方ばかりだったが、ぼくのテーブルにはロバート・クレイスの翻訳者である高橋恭美子さんや、ヒギンズの大ファン氏でありながら何故かディックにも詳しい方がおひとりいて、この作品の位置づけを教えて頂けた。
どちらかと言えば、傑作を二つ三つものにした後の疲労回復のために肩の力を抜いて書いた作者のお遊び的作品なのではないか、という辺りで、多くの読者の感覚は落ち着いたのだが、まさに自由気ままに浮かび上がるイマジネ -
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カート・ヴォネガットの初期の短編集。着想はどれも面白いものの、大きな物語が始まる前に終わったという印象が強く、インパクトはやや薄めである。一番よかったのは冒頭の「耳の中の親友」で、補聴器が人間の内面を暴き、語りかけてくるという、siriやSNS時代を予見させるかのような一遍でアイディアは面白かったのだが、そこから何かが起こるわけでなく、日常の異分子で片付けられたのが個人的には乗り切れなかった。あとがきでスケールよりも寓意性を取った短編であると書かれていて、それには納得したものの、その機械が蔓延る未来への恐怖感とそれを見たい願望のほうが勝ってしまったので肩透かしというのが正直な感想である。基本的
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本屋で「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」と並んで平積みに。表紙のデザインが同じ感じだ。中身も、どうしてこんな社会になってしまっているんだ? という暗黒感は同じだ。
未来社会、道徳再生運動が行われ、住民は自治会集団の集会で不道徳な行いについて訴追されることになっている。主人公アレンは広告会社を経営していたが、何かの衝動にかられ、この道徳再生運動の創始者の石像を壊してしまう。ここからアレンは安定した暮らしを失っていく。
「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」が一体救いはあるのか?といったどろどろの世界なのに対し、こちらの主人公アレンは理解ある妻がいて、最後は希望が持てそうな終わり。
201 -
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オックスフォード大学の歴史学科が舞台の話。
熱血的歴女のキヴリンは周囲の反対をものともせず、魔女狩りとペストが猛威をふるう中世イギリスに行きたがっていた。
そして、彼女の指導教官である中性史学科の教授(無知で無能で傲慢)はロクな予備調査もせずにキヴリンを中世へ送り出してしまう。
キヴリンを送り出した直後、現代に謎の伝染病が広まる。
そして中世に降り立ったキヴリンも体調を崩して現代に戻るための降下点が分からなくなり…的な。
はい。
コニー・ウィリスのタイムトラベルシリーズです。
今書いたあらすじだけで上巻をまるまる使い切りました。
下巻になって話は進むのか!?
乞うご期待。 -
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学術的な目的で過去に時間旅行が可能な世界の話。
21世紀のオックスフォード大学と、過去にいったギブリン(女学生)との話が並行して進む。
21世紀の話には、冒頭から登場人物が入り乱れて、彼らの関係や立ち位置などがほとんど頭に入らないまま、がまんして読み進めると、なんとかメインのストーリーが見えてくれる。そうなるとだんだん面白くなる。
それにしても、個人と連絡を取るのに固定電話に画面がついた装置を利用するという時点で、書かれた時期が相当前なのだろうと思った。確認したところ、1992年に出版ということが判明。1980年代には自動車電話が利用されていたらしいことを考えると、携帯電話などの発想があって -
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臨死体験を研究する医者のジョアンナ。
音、トンネル、光、天使、人生回顧、帰還命令など臨死体験者は(宗教観や先入観、聞く人による誘導もあるが)共通した内容を体験することが多い。
臨死体験とは生命においてどんな機能があるのか。
しかし、人工的に臨死体験を引き起こす研究プロジェクトはうまく行かず、ついにジョアンナは自分を被験者にする。
そしてトンネルと光の先にあったものは... とにかく前半が長くて辛いことで有名(主観です)なコニー・ウィリス。
しかしこれまでの作品は後半からの加速感が病みつきになるものばかりだった。
今回はどうなんだろうか?
今のところ、長くて辛いままだぞ? -
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再読。最近、加藤典洋とか内田樹の村上春樹本を読んでさ。けっこう面白かったんだけど、一方でメッタ斬りの本もけっこう楽しく読んだ記憶があった。だから、読み比べてみるのも面白いんじゃない、と。結果、こちらもやっぱり楽しめたと思う。思うに、ぜんぜん違う視点から語ってるんだよね。加藤氏や内田氏は村上春樹の小説を読んで、自分の中の思考を掘り進めるステップにしているんじゃないか。一方で大森氏、トヨザキ氏は物語として、そのものを楽しもうとしている、というかなぁ。だからSFとかミステリとかの、ジャンル小説的な視点から批判することになる。いろいろ考えさせられて、面白かったね。(2019年11月16日)
あっ -
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ネタバレ長編はいくつか読んだが、短編集は初めて。巻頭は「パーキー・パットの日々」というディックらしい想像力を刺激する題名の作品だ。内容は核戦争後のシェルターで人形遊びに興じる人々の話。異常と悲惨と滑稽が見事に調和し、愚かだが愛すべき人々の姿を描き出す。しかもエンディングでは彼らが新しい世界へ踏み出す姿が描かれており、なんとこれはディック版「オメラスを歩み去る人々」であった。感心して他の作品も読み進めていくと、短編だけにアイデアの消化がメインで人間の内面を描き出すような作品はなかった。巻末の解説を参照すると「パーキー・パットの日々」のみ60年代の作品で、最晩年の一篇を除いて、他は50年代前半の作品であっ