大森望のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
アメリカの作家「コニー・ウィリス」の長篇SF作品『ドゥームズデイ・ブック(原題:Doomsday Book)』を読みました。
「ヒュー・ハウイー」の『ダスト』に続きSF作品です。
-----story-------------
〈上〉
歴史研究者の長年の夢がついに実現した。
過去への時間旅行が可能となり、研究者は専門とする時代を直接観察することができるようになったのだ。
オックスフォード大学史学部の女子学生「キヴリン」は、実習の一環として前人未踏の14世紀に送られた。
だが、彼女は中世に到着すると同時に病に倒れてしまった…はたして彼女は未来に無事に帰還できるのか?
ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞を受賞した、タイムトラベルSF。
〈下〉
21世紀のオックスフォードから14世紀へと時をさかのぼっていった女子学生「キヴリン」。
だが、彼女が無事に目的地にたどりついたかどうか確認する前に、時間遡行を担当した技術者が正体不明のウイルスに感染し、人事不省の重体に陥ってしまった。
彼女の非公式の指導教授「ジェイムズ・ダンワージー」は、「キヴリン」のために、新たな技術者を探そうと東奔西走するが!?
英語圏SFの三大タイトルを独占した「コニー・ウィリス」の感動作。
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本作品は、近未来(21世紀中盤)のオックスフォード大学が舞台で、若き女性歴史家「キヴリン・エングル」がイギリスの最も危険な時代と思われている14世紀にタイムトラベルするというSF小説、、、
作者の「コニー・ウィリス」は、これまでにヒューゴー賞を11回、ネビュラ賞を7回、ローカス賞を11回受賞しており、1980年代から1990年代における最も優れたSF作家の一人と呼ばれている女流作家… 彼女の作品は初めて読んだのですが、本作品も、その3賞を受賞しているので期待して読みました。
物語は2054年のオックスフォードから幕を開ける… 過去へ向かうタイムトラベル技術が確立され、歴史研究のために利用されており、ブレイズノーズ・カレッジ中世史科の女子学生「キヴリン・エングル」は本人の強い希望もあり、前人未踏の14世紀に送り出される、、、
しかし、彼女が無事目的地に着いたかどうかを判定するデータが出る前に、時間遡行の実務面を担当した技術者「バードリ・チャウドゥーリー」が正体不明のウィルスに感染して突如、意識不明の重体に陥り、「キヴリン」が計画通り1320年に到着したかどうかの確認が取れないが、町はクリスマス・シーズンで、かわりの技術者は見つからない… 「キヴリン」の非公式の指導教授でベイリアル・カレッジの教授「ジェイムズ・ダンワージー」は、なんとか教え子の安否をたしかめようと孤軍奮闘するが、ウィルス感染が拡大し、オックスフォードは他の地域から隔離されてしまい、自身も未知のウィルスに感染して倒れてしまう。
一方、14世紀にやってきた「キヴリン」も、到着と同時に病に倒れ、やはり意識不明に陥る… たまたま通りかかった現地の人間に助けられ、かろうじて一命はとりとめたものの、意識不明の状態で村まで運ばれてしまったことから、未来世界に帰還するためのゲートとなる出現地点の場所がわからなくなる、、、
果たして「キヴリン」は元の世界に帰り着けるのか… 「レイディ・エリウィス」等の献身的な介護もあり、なんとか体調が回復した「キヴリン」だが、追い打ちをかけるように、思っても見なかった危難が発生する。
周囲の人物が次々と病に倒れ、その症状は、当時、ヨーロッパを恐怖に陥れた黒死病(ペスト)に酷似していた… ペストがイギリスに辿り着いたのは1348年なので、「キヴリン」が到着した1320年には、まだペストはイギリスに存在していなかったはずなのだが、、、
実は、「キヴリン」が到着したのは1348年で、まさにペストが猛威をふるっていた時代だった… 「キヴリン」は、伝染病について無知な村人を少しでも多く助けようと懸命な介護を続けるが、村人は次々と命を落とし、彼女の命の恩人で献身的に村人の介護にあたっていた「ローシュ神父」まで発病していまう。
一方、謎のウィルス感染により発病し、なんとか一命を取り留めた「ダンワージー」は、友人の医師「メアリ」の姪の息子「コリン」とともに、「キヴリン」の迷い込んだ時代に遡り、彼女の救出を試みる… 彼らは限られた時間の中で、「キヴリン」を捜索するが、そこはペストによる夥しい死体が山積みに放置され、見捨てられた村だった、、、
あっと驚く展開はなく、予想通りのエンディングで、期待通りの内容でしたね… 面白くないわけではないのですが、ちょっと物足らない感じかな。
14世紀のパートは、シリアスな歴史小説風な展開で、その時代に生きる人々の息遣いや生活の匂いまで含めて、中世イングランドの日常を鮮やかに描き出されているのに比べ、、、
21世紀のパートは、コメディ風で、交互に描かれる700年の時を隔てたふたつの時代が、巧く書き分けられていることが印象的でした… そのふたつの時代の展開が、ひとつになってクライマックスに向かう終盤の展開は集中して読めましたね。
でも、上下巻で1,000ページを超えるボリュームは、ちょっと冗長な感じ、、、
途中で少し飽きそうになりましたね… シンプルな物語なので、もう少しコンパクトな方が良かったな。
21世紀のパートで、
いつもトイレットペーパーの残量を心配している「フィンチ」、
いつもずぶ濡れになっていて、色の変わるキャンディを舐めている「コリン」、
いつも新しい女性といちゃついている「ウィリアム・ギャドスン」、
いつも行方不明で一度も登場しない史学部の学部長「ベイジンゲーム」、
等々、同じシチュエーションを繰り返すキャラクター達の行動が印象的でしたが… 映像化されることを想定した仕込みのような気がしましたね。
以下、主な登場人物です。
<21世紀(オックスフォード大学)>
「キヴリン・エングル」
ブレイズノーズ・カレッジ中世史科史学生
「ジェイムズ・ダンワージー」
ベイリアル・カレッジの教授
「フィンチ」
ダンワージーの秘書
「ベイジンゲーム」
史学部の学部長
「ギルクリスト」
史学部の学部長代理。ブレイズノーズ・カレッジの中世史科教授
「バードリ・チャウドゥーリー」
ベイリアル・カレッジのネット技術者
「ラティマー」
ブレイズノーズ・カレッジの教授
「ループ・モントーヤ」
ブレイズノーズ・カレッジの考古学者
「メアリ・アーレンス」
付属病院の医師
「コリン・テンプラー」
メアリの姪の息子
「ウィリアム・ギャドスン」
ベイリアル・カレッジの学生
「テイラー」
アメリカ人の鳴鐘者
「ヘレン・ピアンティーニ」
アメリカ人の鳴鐘者
<14世紀>
「レイディ・イメイン」
ギョーム卿の母
「レイディ・エリウィス」
ギョーム卿の妻
「ロズムンド」
ギョーム卿の長女
「アグネス」
ギョーム卿の次女
「ガーウィン」
ギョーム卿の家臣
「メイリス」
召使
「ローシュ」
神父
「サー・ブロート」
ロズムンドの婚約者 -
Posted by ブクログ
アメリカの作家「コニー・ウィリス」の長篇SF作品『ドゥームズデイ・ブック(原題:Doomsday Book)』を読みました。
「ヒュー・ハウイー」の『ダスト』に続きSF作品です。
-----story-------------
〈上〉
歴史研究者の長年の夢がついに実現した。
過去への時間旅行が可能となり、研究者は専門とする時代を直接観察することができるようになったのだ。
オックスフォード大学史学部の女子学生「キヴリン」は、実習の一環として前人未踏の14世紀に送られた。
だが、彼女は中世に到着すると同時に病に倒れてしまった…はたして彼女は未来に無事に帰還できるのか?
ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞を受賞した、タイムトラベルSF。
〈下〉
21世紀のオックスフォードから14世紀へと時をさかのぼっていった女子学生「キヴリン」。
だが、彼女が無事に目的地にたどりついたかどうか確認する前に、時間遡行を担当した技術者が正体不明のウイルスに感染し、人事不省の重体に陥ってしまった。
彼女の非公式の指導教授「ジェイムズ・ダンワージー」は、「キヴリン」のために、新たな技術者を探そうと東奔西走するが!?
英語圏SFの三大タイトルを独占した「コニー・ウィリス」の感動作。
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本作品は、近未来(21世紀中盤)のオックスフォード大学が舞台で、若き女性歴史家「キヴリン・エングル」がイギリスの最も危険な時代と思われている14世紀にタイムトラベルするというSF小説、、、
作者の「コニー・ウィリス」は、これまでにヒューゴー賞を11回、ネビュラ賞を7回、ローカス賞を11回受賞しており、1980年代から1990年代における最も優れたSF作家の一人と呼ばれている女流作家… 彼女の作品は初めて読んだのですが、本作品も、その3賞を受賞しているので期待して読みました。
物語は2054年のオックスフォードから幕を開ける… 過去へ向かうタイムトラベル技術が確立され、歴史研究のために利用されており、ブレイズノーズ・カレッジ中世史科の女子学生「キヴリン・エングル」は本人の強い希望もあり、前人未踏の14世紀に送り出される、、、
しかし、彼女が無事目的地に着いたかどうかを判定するデータが出る前に、時間遡行の実務面を担当した技術者「バードリ・チャウドゥーリー」が正体不明のウィルスに感染して突如、意識不明の重体に陥り、「キヴリン」が計画通り1320年に到着したかどうかの確認が取れないが、町はクリスマス・シーズンで、かわりの技術者は見つからない… 「キヴリン」の非公式の指導教授でベイリアル・カレッジの教授「ジェイムズ・ダンワージー」は、なんとか教え子の安否をたしかめようと孤軍奮闘するが、ウィルス感染が拡大し、オックスフォードは他の地域から隔離されてしまい、自身も未知のウィルスに感染して倒れてしまう。
一方、14世紀にやってきた「キヴリン」も、到着と同時に病に倒れ、やはり意識不明に陥る… たまたま通りかかった現地の人間に助けられ、かろうじて一命はとりとめたものの、意識不明の状態で村まで運ばれてしまったことから、未来世界に帰還するためのゲートとなる出現地点の場所がわからなくなる、、、
果たして「キヴリン」は元の世界に帰り着けるのか… 「レイディ・エリウィス」等の献身的な介護もあり、なんとか体調が回復した「キヴリン」だが、追い打ちをかけるように、思っても見なかった危難が発生する。
周囲の人物が次々と病に倒れ、その症状は、当時、ヨーロッパを恐怖に陥れた黒死病(ペスト)に酷似していた… ペストがイギリスに辿り着いたのは1348年なので、「キヴリン」が到着した1320年には、まだペストはイギリスに存在していなかったはずなのだが、、、
実は、「キヴリン」が到着したのは1348年で、まさにペストが猛威をふるっていた時代だった… 「キヴリン」は、伝染病について無知な村人を少しでも多く助けようと懸命な介護を続けるが、村人は次々と命を落とし、彼女の命の恩人で献身的に村人の介護にあたっていた「ローシュ神父」まで発病していまう。
一方、謎のウィルス感染により発病し、なんとか一命を取り留めた「ダンワージー」は、友人の医師「メアリ」の姪の息子「コリン」とともに、「キヴリン」の迷い込んだ時代に遡り、彼女の救出を試みる… 彼らは限られた時間の中で、「キヴリン」を捜索するが、そこはペストによる夥しい死体が山積みに放置され、見捨てられた村だった、、、
あっと驚く展開はなく、予想通りのエンディングで、期待通りの内容でしたね… 面白くないわけではないのですが、ちょっと物足らない感じかな。
14世紀のパートは、シリアスな歴史小説風な展開で、その時代に生きる人々の息遣いや生活の匂いまで含めて、中世イングランドの日常を鮮やかに描き出されているのに比べ、、、
21世紀のパートは、コメディ風で、交互に描かれる700年の時を隔てたふたつの時代が、巧く書き分けられていることが印象的でした… そのふたつの時代の展開が、ひとつになってクライマックスに向かう終盤の展開は集中して読めましたね。
でも、上下巻で1,000ページを超えるボリュームは、ちょっと冗長な感じ、、、
途中で少し飽きそうになりましたね… シンプルな物語なので、もう少しコンパクトな方が良かったな。
21世紀のパートで、
いつもトイレットペーパーの残量を心配している「フィンチ」、
いつもずぶ濡れになっていて、色の変わるキャンディを舐めている「コリン」、
いつも新しい女性といちゃついている「ウィリアム・ギャドスン」、
いつも行方不明で一度も登場しない史学部の学部長「ベイジンゲーム」、
等々、同じシチュエーションを繰り返すキャラクター達の行動が印象的でしたが… 映像化されることを想定した仕込みのような気がしましたね。
以下、主な登場人物です。
<21世紀(オックスフォード大学)>
「キヴリン・エングル」
ブレイズノーズ・カレッジ中世史科史学生
「ジェイムズ・ダンワージー」
ベイリアル・カレッジの教授
「フィンチ」
ダンワージーの秘書
「ベイジンゲーム」
史学部の学部長
「ギルクリスト」
史学部の学部長代理。ブレイズノーズ・カレッジの中世史科教授
「バードリ・チャウドゥーリー」
ベイリアル・カレッジのネット技術者
「ラティマー」
ブレイズノーズ・カレッジの教授
「ループ・モントーヤ」
ブレイズノーズ・カレッジの考古学者
「メアリ・アーレンス」
付属病院の医師
「コリン・テンプラー」
メアリの姪の息子
「ウィリアム・ギャドスン」
ベイリアル・カレッジの学生
「テイラー」
アメリカ人の鳴鐘者
「ヘレン・ピアンティーニ」
アメリカ人の鳴鐘者
<14世紀>
「レイディ・イメイン」
ギョーム卿の母
「レイディ・エリウィス」
ギョーム卿の妻
「ロズムンド」
ギョーム卿の長女
「アグネス」
ギョーム卿の次女
「ガーウィン」
ギョーム卿の家臣
「メイリス」
召使
「ローシュ」
神父
「サー・ブロート」
ロズムンドの婚約者 -
Posted by ブクログ
ネタバレハリウッドのドラッグと嘘と虚栄に満ち満ちた近未来SF。
コニーウィリスの章初めに引用する手法がこれでもかと使われて、冒頭ドタバタするもハッピーエンドまで落とし込むところもさすが。
ただ、男の子主役の荒っぽさややさぐれ感はちょっといただけないとこもあり、最後アリスとうまく行ったのは奇跡やと思う。
今回特に感銘を受けたのは、訳者の登場した映画をほぼ観て巻末に注釈を入れてくれてるところ。
単に翻訳するだけではなく、膨大な作品を見まくって、少しでも映画不慣れな読者の補完をしようと努力されてるのはすごすぎる。この仕事こそまさにプロでしょ。 -
Posted by ブクログ
臨死体験をめぐる医学SF。読み終えた直後の率直な感想は、「あ〜長かった」のひとことにつきるかな。医学、文学、映画、そして遭難事故などに関する情報量とディティールはすごいが、それが面白さにつながっているのかは微妙。とにかくすべてが冗長に感じられる長ったらしい文体、これを楽しめるかどうか。第二部のラストで仰天させられ、ようやく面白くなってきた時点で残り4分の1。医学的にどこまでが実在の話なのかはわからないが、ミステリの謎解きのようになるほどと納得のできる着地はする。その過程を楽しめるかどうか。正直自分にはいまひとつ、合わなかったようだ。
キャラクターは魅力的だが、臨死というテーマの深刻さをユーモアとコミカルさで緩和している感じ。ギャグもそれほど笑えない。これはこの作家の作風なのか。もう少しロマンス色が濃いほうが好みなので、そのあたりも不満が残る。
初めてのコニー・ウィリス、圧倒的に評価の高い作家なのでこれにこりずに、もう何作か読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
タイトルから受ける印象通りの、へんてこりんな世界観。序盤こそディストピア的な管理社会を描いているが、仕事を受けて地球を飛び出し、未知の星へ降り立った後から始まる冒険はSFというよりファンタジー。これは好みが分かれそう。自分はストーリーについては今一つ楽しめなかったものの、部分部分で興味をひかれる要素がちらばっており、全体としては面白かったと思う。
特に面白いのは、英語の小説や映画のタイトルを外国のコンピュータに音声入力して外国語に翻訳させ、それをもう一度コンピュータ英訳したフレーズから、もとのタイトルを当てるゲームが登場すること。少し前までネットの自動翻訳で面白い訳を目にしていた我々の世代には既視感があるが、これを1960年代に考えていたディックの先見性たるや。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『ブレードランナー』として映画化された『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が有名なフィリップ・K・ディックの短篇傑作選の第5集。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の元(創作のきっかけ)となった作品が表題の「小さな黒い箱」です。全11作品。
今回はじめて読んだフィリップ・K・ディックなのですが、彼の作品には映画『ブレードランナー』しか触れたことがなく、ゆえにディックはもっとハードボイルドなSF作家かとイメージしていました。どっこい、その作風にはユーモアとウイットがふんだんに感じられました。
SF作家をプレコグ(予知能力者)とみなす短編があって、舞台となる未来世界から時間旅行をした未来人が1950年代のSF作家の集まりにまじるのだけれど、レイ・ブラッドベリがでてきたり、アシモフを探したり、そこでの主要人物で未来に連れ去られるのが実在のSF作家だったり、ずいぶんくだけたことをやってるなと思いました。ノリはもはや同人誌です。
SF作家をプレコグとみる、なんていうのは、たとえば最近、IT企業が未来予測のためにSF作家を雇うなんてのが実際、現実にあったんじゃなかったでしたっけ? となると、ディックのイマジネーションと論理力、それら自体がまさにプレコグ的であり、自分でそれに気付いて「SF作家=プレコグ短編」を書いたようなもので、なんだかおもしろい。自己言及性が生じていますから。
またモノレール交通システムがよくでてきます。1950年代のアルヴェーグ式モノレール(ゴムタイヤモノレール)の登場で、それ以降はモノレール交通システムが普及していくと見られていたようですから、この近くの年代のSF小説作品での未来世界ではモノレールが走っていたりするのでしょう。アニメ化や実写映画化された漫画『映像研には手を出すな!』の舞台となる未来世界でモノレール交通システムが普及しているのは、そんな昔のSFへのオマージュなんだなあと納得しました。昔の時代に思い描かれていた未来世界の断片的実現を、創作世界で何十年もたった今やっているのでした。オマージュは、愛ですね。
特に好みの作品を挙げるとすると、次の二つになります。「ラウタヴァーラ事件」と「時間飛行士へのささやかな贈物」。二つとも、生から死への直線的な道理からはずれている作品です。前者はエイリアンによる蘇生が呼んだ過去の追体験が物語られていますし、後者は閉じた時間の輪のなかにいる者たちが自分たちの葬儀に参列するなどの奇妙な時間の送り方が描かれている。こういった死生観みたいなものを、ほとんど考えたことのないような分解の仕方をして再構築して物語ってみせるようなのものは、どうやら僕はおもしろいと感じやすいのかもしれません。不意をつかれるのに似てもいます。
SFは、現代物理学はもちろんそうですが、いろいろな理工系の知識に明るくなければ本格モノって書けないような印象があります。そればかりか、哲学や精神医学にも並大抵以上の知識をもって物語を構築していくようなイメージがあります。僕なんかはSF始めは「SF=すこしふしぎ」の藤子F先生で、藤子っ子としてSFに触れていますし、その後に手塚作品で『火の鳥』を手始めとして子どもの頃にいろいろ読んだものでした。そういった漫画作品と、『スターウォーズ』『スタートレック』といった映像作品が土台にあります。でも、SF好きのひとって、そういう子どもの頃の刷り込みを超えて、柔軟にいろいろと新たなSFにも対応できるような頭をしている気がします。少なくとも僕自身はそういうタイプだと思うんです。まあ、面白いですよね。
世の中には、こういったSFという世界も豊饒なものとして存在しているわけで、まだその片鱗しか知らないような僕にとっては、わくわくしてきますし、楽しくうれしい気分になります。 -
Posted by ブクログ
話としては少し古さは感じるものの、のびのびしたSFって感じがして楽しめた。
ただ、ディックの原文が問題なのか大森さんの訳なのか、今ひとつのめり込めない話だった。勿論、あくまで僕には合わなかった、という話だけど。
説の引きは凄く上手いのに、数日に分けてちびちび読めるくらい(本当に気に入った本は、勿体ないからと脇に置いても、気になってすぐに続きを読み始めてしまう)にしか惹かれなかった。ただ半ば過ぎた辺りからは、一息に読んだので、面白く感じたんだろうと思う。
展開的には凄く盛り上がってるはずだし、ビジュアルも結構浮かぶんだけど、なんだかこう身に迫ってこない感じ。ただ、話が本格的に動き出すまでが遅くて、ちゃんと完結するのか不安に思っていたら、後半ぐいぐいと話をまとめあげていたところは好きだった。その辺の話とか展開としては好きなんだけど、やっぱり読んでいて興奮とかはしなかったんだよなぁ。
現実との繋がりを感じさせるタイプのSFではなくて、全体的に話の規模は大きく、小さなものに着目している場合でも、そこから哲学的な方向に話が発展していく。そういう話を中心として展開し始める辺りから、ぐんぐん面白くなってはいった。ガジェットや世界設定でなく、テーマとしてアンドロイドが好きなら、気にいるかも。
のめり込めなかった原因の一つが会話文で、お互いの話を聞こうとしていないのか、かなりの箇所で、唐突だったり噛み合っていない印象を受けた。
それから、訳者も指摘しているけど、現行の技術を彷彿とさせる設定が登場するのには、非常に感銘を受けた。読んでいて、これってあれっぽいな、と思う技術が結構出て来る。また、描かれる地球の設定も、はっきりとは見えてこないものの、どことなく退廃的で、好きな人は好きかも。
感想を書いていて思ったのは、作中の設定を地の文で詳らかにするってことを、ディックはあんまりやってないのかも、ていうこと。アンドロイド、高い城を読んだのは随分前になるし、漠然と思ったので実際は的外れなのかも知れないけれど、冒頭の地球の生活とかは特に、出てきた事象については作中におけるシチュエーションでしか知ることができず、その全容をあんまり掴むことができない気がした。語り手が、その状況に置かれた一個人であると言う前提からするとそれは凄く正しい書き方なんだと思うけど、なんだか個人的にはもやもやした。 -
Posted by ブクログ
翻訳ミステリ札幌読書会に初めて参加させて頂く機会を得たのだが、最初の課題本が何とこれ。ミステリでもなければ、ディックの代表作品でもなく、どちらかと言えばゲテモノ扱いされる異色作。
初めて会う方ばかりだったが、ぼくのテーブルにはロバート・クレイスの翻訳者である高橋恭美子さんや、ヒギンズの大ファン氏でありながら何故かディックにも詳しい方がおひとりいて、この作品の位置づけを教えて頂けた。
どちらかと言えば、傑作を二つ三つものにした後の疲労回復のために肩の力を抜いて書いた作者のお遊び的作品なのではないか、という辺りで、多くの読者の感覚は落ち着いたのだが、まさに自由気ままに浮かび上がるイマジネーションを主人公である壺なおしのジョー・ファーンライトを軸に、展開して遊び抜いた、一言でいえばおもちゃ箱のような一冊である。
しかしディックのことだから、ともすれば深淵な意味合いが込められた奥行きのある哲学的書物であるということも考えられなくはない、という見方もあながち空想的と言い切れない。どうも怪しげなスタンスに立つ難物の作品であるようである、少なくともディックの研究家にとっては。
しかし、ぼく自身SFから十代で足を洗い、その後現実や歴史に即した人間の内部に迫る小説を好んで読んできた経緯もあって、ディック作品も初である。映画『ブレイドランナー』信者ではあるが、あれの原作者がディックということくらいしか持ち合わせない知識で、あの映画自体もぼくはハードボイルドとして観たという主観が強く、本作のような銀河の果てに出かける冒険譚というのは、極めて異色の読書経験なのである。
前段が極端な管理社会の中で生きる意味を失うジョーの虚無的な日々が描かれる。思考まで他人に読み取られ、歩行速度まで監視され警告される、度の超えた管理社会。そこは2046年のクリーブランド。作品が書かれたのが1969年だから、77年後の想像された地球である。
そこから自分の生きる意味を見つける冒険の機会を得て、壺なおしという極めて専門的な技術を持つ職人のジョーは、地球を後にして遥かな星の海洋から神殿を引き揚げるという大作業に集められた者たちと行動を共にする。異星では、仲間となる異質な生命体たちや、ロボット、雇用主たる巨大な変容体生命グリマングなどと出会ってゆく。
ロボットとの奇妙で滑稽な会話や、仲間のクールで奇妙な女性との恋愛、仲間たちとの対立や迷いなどの末に、大団円を迎える大冒険の果てに待つのは、何と……。
SFというジャンル故に産み出せる、とても奇妙な小説。これが半世紀ぶりに読むSF作品として相応しいか否かはともかく、ここまであらゆる理解を拒む、あるいはあらゆる自由理解を受容する作品を選んだ読書会主催者の発想にこそ拍手を送りたい。 -
Posted by ブクログ
カート・ヴォネガットの初期の短編集。着想はどれも面白いものの、大きな物語が始まる前に終わったという印象が強く、インパクトはやや薄めである。一番よかったのは冒頭の「耳の中の親友」で、補聴器が人間の内面を暴き、語りかけてくるという、siriやSNS時代を予見させるかのような一遍でアイディアは面白かったのだが、そこから何かが起こるわけでなく、日常の異分子で片付けられたのが個人的には乗り切れなかった。あとがきでスケールよりも寓意性を取った短編であると書かれていて、それには納得したものの、その機械が蔓延る未来への恐怖感とそれを見たい願望のほうが勝ってしまったので肩透かしというのが正直な感想である。基本的にはヒューマニズムに溢れており、バッドエンドは少なく、ハッピーエンドが多かったのもそれに拍車をかけたのかもしれない。悪くはないしクオリティも高いが好みではなかった。