大森望のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ「予期される未来」
が短編やけどすごく好きだった。
◉追記
映画「メッセージ」の原作が、あなたの人生の物語/テッド・チャンだったことを知って改めて見返した。
10年前に観た時は全然理解できなかったけど、「予期される未来」とは対になるようなメッセージ性を感じた。改めて観た映画もすごくよかった。
◉文章
・自分の記憶を信用できないとしたら、わたしかいくら個人的な内省に時間を費やしているといっても、とれどけ説得力があるだろう。
・思っている以上に多くの記憶が捏造されていて、セルフイメージを築く礎石となっている前提条件のいくつかが実際に嘘だということだ。
・ある特定の傾向の行動を何年もとりつづけることが、人間の脳のわたちを刻みうる。そして、自然に同じ習慣をくりかえしつづけるだろう。
-
Posted by ブクログ
主要人物の一人である羅輯(ルオ・ジー)に関わる2人の女性の話し方がとても印象的。「作者のコントロールを離れ、やがて彼らの次の行動が予測不能になる。作者はただ好奇心に駆られて彼らのあとをついていき、彼らの生活の細部を除きま見たいに観察して記録する。それが名作になるのよ。」- 羅輯の元恋人である女性小説家から、小説を書いてプレゼントしてほしいとお願いされ書き始めるが羅輯の中で登場人物が自在に動き出すことに悩む。女性小説家は、作者が登場人物をコントロールするのではなく、真に才能のある小説家であれば登場人物は自由気ままに動き回り、作者はただそれを記録するだけだとするメッセージ。
「ええ。人間の表情、とりわけ目の光は、一番微妙で複雑なんです。視線やほほえみは、ものすごくたくさんの情報を伝えられる。そしてその情報は、人間にしか理解できません。人間だけがこの種の感性を持ち合わせている。」 - 羅輯の妻となる女性はとても綺麗な心の持ち方をする女性で今作の鍵になるんじゃないかと睨んでいる。SFっぽさが感じられて良かった。 -
Posted by ブクログ
ヴォネガットが臨死体験をしたというのはたぶんホント。それがアイデアの発端。天国の門まで行って引き返してくるが、門のところを歩いているだれかにインタビューする。そのだれかが20人。
冒頭のだれかは、亡くなったばかりの発達心理学者のメアリー・エインスワース。子どもと親の心理的絆、愛着の研究で有名。赤ちゃんで亡くなった場合、天国での愛着の形成はどうなるか、それに答えている。
メアリー・シェリーへのインタビューがおもしろい。エンディングは傑作。(トリビアもある。メアリーは2人の子を産んだあとに、あの『フランケンシュタイン』を書いた。まだ20歳にもなっていなかった!)
しかし、小道具&タイトルに、あの医師、Dr. Jack Kevorkianを使うとは。ヴォネガットでなけりゃ、洒落にならないよ。
(p.s. 後半に収録されているリー・ストリンガーとの対談「神さまと握手」はイマイチ。) -
購入済み
三体・Ⅱ・Ⅲ、0を読み、その構想の雄大さに、中国の広さを感じました。Xは、この三体のスピンオフの小説です。三体の間を埋めるような内容です。三体が楽しく読めた方は、読んで欲しい作品です。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ私がかなり筒井作品を読んできたとはいえ、学生時代の集中した読書がメインで、その後は一気にペースダウン。さらには、私の読み方といえばほとんどエンターテインメント軸なので、各人のどの評を読んでも感心してしまう。
本書全体の掲載記事にはとても丁寧な語彙の注釈・解説が全ページの下1/4の欄外に掲載されている。文学用語や作家名・作品名(私は極めて無知で助かる)だけでなく、常識ではないかと思うような昔の事件まで注釈になっている、と驚いたが、よく考えれば、私が年寄りだから知っていることが多いのだと気づいた。若い人は大阪万博や三島事件だって知らないのも無理はない。
1. 中条省平(フランス文学者)
テーマは「革命と内宇宙のリズム - 脱走と追跡のサンバ」。私は読んだはずだが覚えていない...
時代の世相と近未来を見通す先見性をたたえる筒井作品を評する。「脱走と追跡のサンバ」では1970年台の不安定な世界での「革命の夢」が潰えていく現実の閉塞感。さらに論は情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫を軸に「48億の妄想」、「虚人たち」にも言及する。主人公「おれ」があらゆる現実、虚構、幻想を疑い、拒否し、破壊してシュルレアリスム的無意識をも拒否する究極のニヒリズムを世界の本質としつつ、断筆宣言後にはこのニヒリズムを相対化できる言葉の力を信じて執筆を再開し、読者はそこに勇気を見つける、と評者は解く。
私にはそこまで深い考察はできませんが(ぼんやりと)同意したい気分です。
2. 池澤春菜(声優、作家、エッセイスト)
表題は「拡張と回帰の物語 - 『家族八景』『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』」。おそらく...3本とも読んでいるが忘れています...
「家族/家庭」、「母」「愛」「神」を主要テーマとして描き続ける作家として評する。自分にはないこの視点が、最近読んだ作品に当てはまることが驚きでした。そしてこれらのテーマはいずれもアンビバレントなものとして描かれている。ニヒリズムも感じます。嘘くさい二元論の対極にありますね。
3. 菊地成孔(音楽家、文筆家)
「夢と虚構の純文学へ ー エロチック街道」。
評者は筒井をいきなり「筒井先生」と呼んで作品ベタ褒め状態で評が始まる。私はジャズ好きもあって結構筒井をフォローしていたのだけど、エンタメ、ドタバタ、リズム、実験(わかりやすい)的作品のシンプルな驚き、といったような表層的な読者。純文学については無知。評者は中南米文学を吸収した上で筒井作品を評していて、まさに脱帽。ジャズマンたるものハッタリや虚飾は大好きと思うけど、ここでは至って真面目。
文芸誌「海」編集者の塙嘉彦、筒井にとって中南米文学への扉を開いたグールー(guru、昨今の日本語ではグルと言うことが多い)という存在は今まで知らなかった。私はすでにこの時期には筒井作品にあまり接していなかったこともあり、これも驚き。
『エロチック街道」は短編集で、本論では「超虚構」を軸にした各短編での様々な文芸的技術が解説されます。
4. 大森 望(書評家、翻訳家、SFアンソロジスト)
「超虚構の到達点 - 虚構船団」。
「虚構船団」は私も比較的最近読んだ長編。文房具軍団vs鼬(イタチ)軍団の戦争物語。まず最初の文房具の登場からして、なかなかのショックで、さらに抜群のエンタメ性が印象に残っています。
第1章は戦争に突き進んででいく文房具たちにより現代人を風刺し、第2章では鼬族(ゆうぞく)の、戦争と暴力の歴史。筒井の言によれば「世界史を残虐性の側面から眺めたというていのものになっている」。第3章は文房具たちと鼬族の戦争。そこに、(遂に)いきなり作者筒井康隆が登場する。評者は、この逸脱は、読者に対して虚構を現実に繋ぐための手法になっていると解する。結局は核爆弾により破滅に至るが、起こりうる現実を映したと考えると、背筋が凍り、いたたまれない。現時点で、プーチンやルカシェンコは核を脅しに使っている。
5. 巻末・銀幕に躍る奇想天外 筒井康隆劇場
映画の原作となった九つの筒井作品を2ページで簡単に紹介。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ『三体』の前日譚という触れ込みであったけれど、実際には丁儀という物理学者が共通して出ているという程度で、話の繋がりはほとんどない。
が、そんなことはどうでもよくて、『三体』に比べて圧倒的に若書きで詰め込み過ぎなのが気になってしょうがなかった。
出だしは面白かったんよ。
14歳の誕生日に、目の前で両親が球電によって灰にされた陳は人一倍死を怖れながら、球電に魅せられ、物理学徒となる。
最初は気象を学んでいたが、自分が知りたいことは物理を学ばなければ分かり得ないと気づき、ひたすら球電についての研究を一人で行っていた。
ところが軍属の美女・林雲と出会ったところから、急速に物語は加速していく。
究極の兵器づくりだけを追い求める林雲とは目指すものが違うはずなのに、彼女に引きずられるように球電を兵器として活用するための研究を始める陳。
量子力学っぽい話が出てきて、なんだかシュレーディンガーの猫の話になりそうだと思ったら案の定。
観測者の有無で消失までの速度が変わる?
人間だけじゃなく、そこに観測装置があれば存在できない?
観測の意志を球電はどうやって判断するというのか?
空気中に存在するという、見えない球電の卵を捕獲する方法も、今一つ曖昧だし、球電が向かいターゲットに指向性があるってどうやって分かった?
そして、その球電が何をターゲットにするのか、どうやって分かった?
実験して、分析して、何年もかかりそうな家庭はさっくり端折って、何千もの球電を捕獲って、全然現実的じゃない。
プロットが足りなすぎる。
林雲の恋人である江星辰が戦死したとき、ガンダムのウッディ大尉みたいな人だったなと思ったせいか、後に球電の兵器としての使われ方、周辺の電波の遮断もまたミノフスキー粒子の二番煎じみたいだと思ってしまった。
中国とアメリカとの戦争で海戦と言えば、日本は絶対に巻き込まれているはずなのに記載なしなのは、まあしょうがないとして、絶体絶命だった中国が結局連合国軍に勝って終わるというのもリアリティがなあ…。
そして、丁儀が陳にその後の林雲について話すのも、さらに戦後の彼らの生活も、もはや蛇足。
とにかくエキセントリックと言えばいいか、誇大妄想狂気味の林雲の行動を正当化するための言い訳にしか見えない。
第一部だけを丁寧に書き込んでくれれば良かったのに。
残念。 -
Posted by ブクログ
ネタバレようやく文庫を発見した。
待ちに待ったテッド・チャン二冊目。
『商人と錬金術師の門』はハヤカワ文庫のSF傑作選『ここがウィトカなら、きみはジュディ』で、『息吹』は『SFマガジン700』でそれぞれ読んでいたが、テッド・チャンの文庫として入手できてとても嬉しい。
私がテッド・チャンの文章を表現する時よく「緻密」という言葉を使用するのだけど、今回も改めて。もっとも緻密なのは表題作の『息吹』。静かで、息を殺して主人公の一挙手一投足を見守るような、そんな読書体験。
そして『息吹』もそうなのだが、構築された世界観にも言及したい。
『息吹』は人間ならざるもの(ロボット?)が生きる世界。
そして神が世界を作ったことが科学的/考古学的に証明されている世界(『オムファロス』)。
『商人と錬金術師の門』はイスラムの世界。イスラム社会は現実にあるが、自分とな異なる文化をあそこまで違和感なく書けるものなのかと唸る。
それぞれ違ったアプローチだが、その発想と完成度が素晴らしい。
物語はSFをベースにしながらそれぞれ考えさせられるものも多かった。人とは、人生とは?
『偽りのない事実、偽りのない気持ち』は今の社会が徐々に向かっている世界でもある。人が都合良く解釈し記憶しそれにより起こり得る諍いは、記録で解決することも多いだろう。しかし一方で、実際に起こったことが真実かというと、そうではないこともある。それは記録では解決しない。そしてその価値観が失われていっている(我々が生きるこの社会でも)。
『不安は自由のめまい』は、いいタイトルと思ったらキルケゴールからの引用だそうだ(キルケゴール、一度挫折しているけど読むか)。今流行りのマルチバースものだが、誰しもが思う「もしあの時」の選択がテーマ。私個人はプリズム使用の誘惑に勝てる自信がない。ラストはそんなプリズム依存に陥りそうな人の目を覚まさせるような結果。
テッド・チャンの人間としての素晴らしさも感じさせる。
一点ケチをつけるとすれば、私は『大いなる沈黙』の最後のメッセージがあまり好きじゃない。なぜなら、オウムは人間を愛しているとは思えないから。
キーワードとして使いたい気持ちは分からなくはないけど。
テッド・チャンはあまり多作の人ではないのが残念だが、この濃さを考えると、それも仕方がないのかもしれない。