塩野七生のレビュー一覧
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1.ガルバ
皇帝らしいことは何一つない、人身の読めない普通のおじいさん。
2.オトー
皇帝の座を巡り内乱が起こる。内乱を収めるためか、自死。
3.ヴィテリウス
権威と権力を持っていたが活用法を知らなかった。内戦に敗れ死亡。
4.帝国の辺境では
ローマの内乱を好機と捉え、外乱が起こる。挙句の果てにガリア帝国まで建設される。結局鎮圧されるが、寛容で迎える。内乱の余波であることを自覚していた、自らの非を認めたが故の行動。
5.ヴェスパシアヌス
庶民的であり、身の丈にあった行動におさえている。皇帝法の成立により、元老院からの承認を得なくても皇帝が成立するようになった。コロッセウム建設。死ぬまでに、平和と秩序の回復とその維持を実現。
6.ティトゥス
有能ではあったが、災難続き(ヴェスヴィオ火山噴火など)に心身がまいったのか、早死。
7.ドミティニアヌス
皇帝統治を積極的に行う。恐怖政治になる。暗殺される。
8.ネルヴァ
バランス感覚豊かなジェントルマン。
リスクを排除しようとするほど、リスクに足元を取られる危険も増大する。リスクがあれば緊張感を持つ。 -
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1.ティベリウス おっさん
外観は共和政で内実は帝政を引き継ぐことに不明瞭さを感じる。誇り高き人で自分に厳しく周りにも冷徹。情で動かず着実に帝政の安全保障を進める。名門の出であることから、元老院との二人三脚を目指したが、阿呆に着いていけずむしろ帝政を盤石のものに進める。
2.カリグラ 若者
ティベリウスのように厳しく国益を追求すると民衆の不満を買うことが分かっていたため、民衆が喜ぶ政策を財政無視で行う。すぐさま膨大な国家黒字が赤字に。遠征に失敗し、手っ取り早い金策として元老院など富裕層から搾取するも、元老院はもちろん、民衆にも飽きられていた。統治4年目に殺害される。政治も人心も何もわかっていなかった皇帝ではなかろうか。
3.クラウディウス おっさん
担がれた形で即位したが、歴史学者で知識のあるクラウディウスはストア派に影響を受け公益へ奉仕する。真面目人間。
4.ネロ 若者
皇帝としての正当性担保として血は有効であったが、それを知らないネロは自らその後ろ盾をなくし、大したことない実力で勝負を挑む。カリグラと同じように、自己管理能力が甘く、承認欲求タイプ。空回りし、皆に煙たがれ退位。同時に、帝政にアウグストゥスの血が絶えることとなった。
勝者と敗者を決めるのはその人自体の資質の優劣ではなく、持っている資質をいかに活用するか。 -
Posted by ブクログ
わりといまっぽいカバーの文庫本だったから最近の本かと思いながら読み始めたら、もともとは1980年代に「花椿」で書かれたものの文庫の新装版だった。
実は塩野七生の本を読破したのって初めてじゃないだろうか。初めてにちょうどいいくだけた感じのエッセイで好き勝手(を装って?)男性論を展開している。自分の勝手な塩野七生像って研究者的な面をもち、史実に材をとりながらノンフィクションとフィクションの境い目あたりをゆく硬派な作家というイメージだったんだけど、アラフィフあたりの人生経験や外国生活を重ねた女性としての視点や、母としての顔ややっぱり戦前生まれかもと思わせるような古風なところも垣間見え、印象が近寄りやすいほうに変わった。
冒頭に書いたように、最近の本だと思って読み始めたんだけど何だか違和感が。それは著者が1937年生まれだし、外国暮らしが長いせい(で、いまの日本の男性事情がわかってないんじゃないの)かなと思ったんだけど、1980年代に書かれたものと知って納得。だってこの本に書かれてることって、いまどきの男性たちに向けるにはハードルが高すぎる。
たとえば「私は、電車の中でマンガ雑誌を読んでいる男は大嫌いだ」(p.327)って言っているけど、1980年代は確かにそういう男たちがいて、でもそういう振る舞いはみっともないという共通理解があったと思う。ところがいまや、電車の中で一心不乱にスマホやゲーム機を覗き没頭している男たちがわんさといるわけで、そういう輩を相手には言うのもムダってもんだろう。
ことほどさように、ジェンダー平等が進むのはよきこととして、どうもそれを盾に責任を放棄した男たちがどんどん楽な立場になっていってるような日本社会を感じるこのごろ。武士は食わねど高楊枝みたいなやせがまん、男であるがゆえの不利を甘んじて受け入れるようなこと、高みを目指して自分を磨くことなどを放棄すると生き方に品や筋や粋がなくなるね。塩野七生は男たちへそういうことを述べているんだと思うけど、1980年代はともかく、いまとなっては時すでに遅しだろう。 -
Posted by ブクログ
はっきり言ってどのように優雅で冷酷なのかわからない。
イタリアがイタリアにいたる史実を書き連ねているのだが、前後のこともわからない人間が読むには描写が不足。あんなにローマやらなにかのことを書いてイタリアに在住しているのにカトリックの信者が賛美歌を歌うという記述を見て、がっくりきた。
カトリックでは讃美歌はうたわない。
カトリックは聖歌という表現を日本では使っていると思う。
よく他でも神父と牧師がごちゃまぜな日本だがそのたぐいか、あるいはプロテスタントが出てないから讃美歌と称していたのかと考えることもできるけれど、今の殆どの人にそんなことは余計わからないのでカトリックの信者向けに注釈があってもいいのでは?
そもそも、内容も歴史物でもないしかといって伝記には中身がうすいし、小説にしては文章が切れぎれで、たまに景色の詩的表現など入れてあるが妙に浮いているし、大量に出てくる地名と人名も配置がわかりにくく、まったくよみにくい。
自分にはこちらの著者の作品は合わないものと考え最初で最後の一冊になった。
表題でつられても中は違う典型的な本だったというのが感想。