塩野七生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「夜がくると、家にもどる。そして、書斎に入る。入る前に、泥やなにかで汚れた毎日の服を脱ぎ、官服を身に着ける。
礼儀をわきまえた服装に身をととのえてから、古の人々のいる、古の宮廷に参上する。そこでは、わたしは、彼らから親切にむかえられ、あの食物、わたしだけのための、そのためにわたしは生をうけた、食物を食するのだ。そこでのわたしは、恥ずかしがりもせずに彼らと話し、彼らの行為の理由をたずねる。彼らも、人間らしさをあらわにして答えてくれる。
四時間というもの、まったくたいくつを感じない。すべての苦痛を忘れ、貧乏も恐れなくなり、死への恐怖も感じなくなる。彼らの世界に、全身全霊で移り棲んでしまうからだ」
人間性の現実を冷徹に見極める彼の思想哲学とは裏腹に、なんと人間臭い人物だったのだなと、ほほえましく感じる。
いや、そういう人間だったからこそ、あの『君主論』を著すことができたのだろうか。
実に魅力的に描かれていて、彼のことがたまらなく好きになる。 -
Posted by ブクログ
ローマ人の物語の続き・・・よく頑張って書きましたが・・・私もよく頑張って読みました〜西ローマ帝国滅亡後,ビサンチンがユスティニアヌス帝の時代にイタリア半島を支配したが,新たな人々・サラセン人が北アフリカに現れた。シラクサを最後にシチリア島を完全占領するのに,200年近くの時が流れ,ノルマン人の精鋭が来るまでキリスト教徒との良好な関係が築かれたが,イスラム教徒はイタリア・南フランスの地を襲撃しては略奪し,人を掠め取って奴隷とした。キリスト教徒救出の修道会や騎士団は各地で寄付を募り,アミールと呼ばれたイスラムの指導者と掛け合って,奴隷を買い戻していたのだ。イタリアの沿岸では海洋都市国家としての覚悟を決め,やられる前にやるという意志を強くした。イスラムがもたらしたものは,レモンにオレンジ,砂糖・茄子・サフランの他にサハラの金があり,北アフリカではイタリアの工芸品を求めていた。人を攫っては身代金をとって貿易の不均衡は是正された。地中海を挟んだ北のキリスト教徒と南のイスラム教徒の関係は,押しつつ押され,奇妙なバランスが測られていた。イスラム教徒との直接の関係を持たない北欧のキリスト教徒のロマンスが十字軍としてバランスを一時崩すか,均衡は再来した〜 ティレニア海に面した海岸にはサラセンの塔と呼ばれる建造物が残されているが,サラセン人の侵攻拠点としての要塞かと直感で考えた。それは間違い。サラセンの海賊を早期発見して,人々に避難を呼び掛けるためにキリスト教徒が作ったものだった。サン・ピエトロ寺院は壁の外にあってイスラム教徒に破壊され,捕らえられたイスラム教徒によって,より強固な建造物として再建された。ほお・・・って感じかな。ノルマン人の再征服の取り掛かりは10名の騎士。それが150名となり,20年で完結した。それがおかしな塩梅になるのは十字軍のせいであり,フランス・スペインの支配であったとな・・・・・・いやいや簡潔には書けないな。よく頑張って読みました。次は1月30日