塩野七生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
以前紹介した塩野七生さんの『ローマ亡き後の地中海世界』の下巻であり、キリスト教世界が地中海でようやくイスラームに対して積極的な政策に出ようとする15世紀頃から、地中海におけるキリスト教勢力とイスラーム勢力との対立でキリスト教勢力が優勢となる「きっかけ」となった1571年のレパントの海戦、そしてその後のヨーロッパ人が海を見る目が地中海から大西洋へと移っていく16世紀終わり頃までを描いています。近年の歴史学は、口さがない人にいわせれば“判官贔屓\\\"といわれるかもしれません。それまでスポットの当たっていなかったものにスポットをあて、普通の人や社会的「弱者」の歴史的役割を重視する傾向があります。それは歴史学の「発展」といっていいものだと思います。その流れに乗ってか、最近高校世界史の教科書でも近現代における欧米を中心とする記述からイスラームなどにも十分に紙面を割くようになってきました。そこでは、イスラーム文化の独自性やイスラームが持つ元来の「平和主義」が強調されています。曰く「コーランか剣か」という言葉は、キリスト教世界側がイスラームという宗教の「頑迷」さを強調しようとして広めた「造語」であると。確かに、欧米諸国の社会・文化を「自由」「理性的」とするのに対しイスラーム文化を「教条」「野蛮」という風に教えるのであればそれは変えていかねばなりません。しかし、当時のヨーロッパ人にとっては地中海を渡るイスラーム教徒はやはり「野蛮」で「残忍」と映っていた。そういった同時代的な歴史の見方からこの本は書かれていると思います。もちろん、塩野先生の参考文献が「ヨーロッパ側」の文献に偏っているかもしれません(巻末に参考文献が書かれてあるが、ほとんどが欧米文献であり、それがどういった歴史的視点から書かれたものかは判然としない)。しかし、私のような歴史にたずさわる者に対し、この本は「歴史学の成果について、常に批判的な態度でもって接しなさい」と訴えるものでした。
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Posted by ブクログ
イタリアの過去、そして現在について、その歴史文学については何冊もの良書を書かれている著者が自らの体験も交えて記したもの。
特に興味深かったのは・・・
●第一話「ゴンドラの話」と第十六話「家探し騒動の巻」
僕自身が09年2月に新婚旅行でイタリアに行ったのですが、その時立ち寄ったヴェネツィアとフィレンツェについて書かれていた話。
「確かに言われて見れば疑問」だったことをこの二話で書いてくれていて、非常に身近に興味深く読めました。
経済効果と効率が優先し、便利で新しいものが最大の価値を持つ日本と違い、その歴史的な遺産を頑なに守り抜ける環境があるイタリアを羨ましく感じます。
●第十三話「ある出版人の話」と第十四話「語学について」。さらに第十八話「聖地巡礼」
500年以上も前のヴェネツィアおよびイタリアにおいて、例えば文庫本の発刊や言論の自由であったり、例えば言葉の壁を乗り越えようとする商人(ビジネスマン)であったり、半分観光地と化した聖地エルサレムにガイド付きでツアー観光する人々であったり、全く異世界で考えも全然違うと思い込んでいた当時の人々が、実はテクノロジーの差があるだけで本質は現代の我々と殆ど変わらない考えや嗜好、また努力を原動力に動いていたと教えてくれる話でした。
イタリアに1度でも行ったことがある人、歴史に興味がある人にはお薦めします。
その光景を想像し、思い出し、この地に足を踏み入れたくなります。行ったことがある人は特に。どの著作もそうですが、著者の優雅で教養的で、その場の空気感までリアルに伝える文章には惹き込まれます。雑学や暇つぶしではなく、1話1話ゆっくり、マイペースでじっくり味わいながら読んでほしいです。 -
Posted by ブクログ
上巻は12月・・・下巻は1月末日・・・読み終えたのは三月の初日〜コンスタンティノープルが陥落し,スルタン・マホメッド2世の時代からエーゲ海に進出すると海上戦力としての海賊に気が付き,イオニア海から西地中海へと出ていくクルトゴルが有名であるが,法王庁も海軍を創設し「神聖同盟」で撃退しようとする。スペイン王カルロス5世,フランス王フランソワ1世,スレイマン1世の中では神聖ローマ皇帝が6歳若い。メディチ家出身の法王レオーネ10世は聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)の共闘を成立させ海賊「ユダヤ人シナム」のNo1の地位を落とさせたが,海賊赤髯(バルバロッサ)がトルコ海軍総司令官の地位を手に入れる。ジェノヴァ出身の傭兵隊長アンドレア・ドーリア(ジェノヴァ有力家系)がカルロスの意を請けて海賊退治に活躍する。スペインに対抗したいフランス王はトルコと同盟し,対トルコ連合艦隊はプレヴェザで戦わずに敗れ去る。赤髯の配下にはドグラーというイタリア出身の海賊が出現し,バルバロッサは国賓としてフランスに招かれる。アルジェの攻略もドグラーの本拠地であるジェルバの攻略も失敗したが,フィレンツェが作った聖ステファノ騎士団が結成されると形勢はキリスト教陣営に傾いていく。その転機はマルタ島の攻防戦。スレイマンの大軍は撃退されて,ヴェネツィア支配下のキプロスを攻略すると,ヴェネツィア主導の連合艦隊が結成され,レパント海戦でトルコ配下の海賊を蹴散らし,ヨーロッパ勢は勢いがつく。地中海沿岸に領地を持つ貴族たちは防衛に必死になり,聖ステファノ騎士団はイスラム海賊と同じ手口でイスラム勢を追い込む。スルタン・セリム1世の母はヴェネツィアの貴族の娘であり,ヴェネツィアの利益に反する宰相は暗殺される。1740年にトルコは国として「海賊禁令」に調印し,北アフリカの主要都市で海賊禁止法が適用され,1830年にはアルジェリアがフランスの植民地となり,1856年には,あらゆる海賊行為の厳禁を宣言した「パリ宣言」が成立して,地中海から海賊は消滅したが,世界の中心も大西洋岸への移動する〜マルタ騎士団は貴族の家系でなくては入れなかったが,聖ステファノ騎士団は誰でもOKで,トルコ帝国もイスラム教徒であれば,運と才能でのし上がることができた。庶民にとってはイスラムの方が楽しそうだな。それにしても「別の著作に譲るとして」が多いこと,多いこと。他の本も売ろうとして書いたのと思ってしまう
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Posted by ブクログ
ローマ帝国滅亡後の地中海についての話ですが、内容はサラセン人(北アフリカのイスラーム教徒)海賊による地中海沿岸各地に居住するキリスト教徒への略奪と、それに対するキリスト教徒側の対応がメインです。作者が歴史家ではなく小説家であるため、普段歴史家が見落としがちなが書かれてあり、読んでいて非常に参考になる一方、所々に歴史的な間違いもありました(カール大帝の父をカール・マルテルとしたり)。しかしそれでも“歴史学”という、科学として何かを明らかにしなければならないという制約がないため自由闊達に書かれてある印象をもちました。例えば46ページ「「暗黒の中世」と後世の歴史家たちは言う。その一方では、中世は暗黒ではなかった、と主張する学者たちもいる。だが、少なくともイタリア半島とシチリアに住む人々にとっては暗黒以外何ものでもなかったのが、彼らが生きた「中世」なのであった。」という言葉は、より活発な面ばかりにスポットをあてがちな歴史家の性では、なかなか出てこない言葉ではないでしょうか。また、歴史教科書には触れられない「救出修道会」や「救出騎士団」の活動も知ることができました。海賊に拉致され、イスラーム世界で奴隷として酷使されていたキリスト教徒を救出するために設立された2団体の活動についてですが、この本は新聞で麻生総理も買ったと書いてあり、総理にはぜひこのくだりを読んでもらいたいものです。しかしキリスト教徒たちが自身の“兄弟”たちの救出に熱狂していた一方で、海の向こうではインディオや黒人たちを奴隷として使役していたという現実は、信仰の限界と皮肉を感じます。