五木寛之のレビュー一覧
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物語は昭和35(1960)年。水原弘 黒い花びらという歌が流行っていた頃。伊吹信介。25歳になった。舞台は、北海道の江差。風が強く吹く街で、伊吹信介は青春をする。
1980年に第六部再起篇が刊行された。それから、間を置いて1993年に、第七部挑戦篇が刊行される。
五木寛之は、ライフワークにしている。1932年生まれなので、1993年は五木寛之61歳である。
その長い間の休みの間があっても、『青春の門』の雰囲気は変わらない。伊吹信介は、前向きに生きようとするが、成長はしていないような気がする。この挑戦篇、688ページもあるのだ。
伊吹信介は、トミ子の依頼で、トミ子の父親、アーナキストの丸 -
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ネタバレリチャード・バックの本は、読み始めるとたちまち辺りに静謐で夢の中の様なふわふわとした浮遊感に包まれる感じがして、プロペラ機で1人空を飛行している時はきっとこんな感覚なのかな。と夢想してみたり昔からとても好きなのだが、最近になって第四部があった事を知り今回初めて完成版を読んでみた。
不思議な世界のカモメの話は、人間社会に生きる私たちがその意味を考えるうえで示唆に富んだ内容ではあるけれど、第三部までは童話(?)寓話(?)的な世界観の色が強く、説教くさく感じないまま物語は終わるという印象を持っていた。
第四部ではジョナサンが会得した飛行技術や「カモメとはどんな存在か」を若いカモメ達に教えていく中 -
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生きる目的って。
寓話なのかファンタジーなのか。児童文学の姿をしてるのに、読んでみたらとんでもない方向に流さる作品。エンデの「モモ」のような衝撃を受けました。
谷口けいさんが好きだった本。ということで気になり読破。70年代後半に世界中でブームになったそうなので、知ってる方もいるでしょうか。
かもめのジョナサンは、飛ぶことが好きなカモメ。
他のカモメは餌を摂るために飛ぶが、ジョナサンは飛ぶこと自体が目的。より一層美しく、速く、「飛ぶ」ということをとことん追求していく。
そんな他と違うカモメはどこの群れでも馴染めず、追放されしまう。そんなはぐれカモメ達が集まり、ジョナサンは飛ぶことをさらに追 -
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いかに孤独と向き合うかの本ではなく、いかに老いるかを考察する本。または社会的問題としての高齢化社会の論考。
身体の衰え、認知機能の低下、社会からのリタイア...老後の孤独は若い頃のそれとは異なり、場合によっては大変苦しいものになるだろう。自分もそれに対する恐怖心はある。
諦める=明らかに究める。来し方行く末を想い、自分の現状、今後の見通しをしっかり見極め、次の世代に譲るべきものはちゃんと譲り、なるべく子供の世話にならずに往生していきたいもんである。しかしそうできなくなることも十分ありうる。
また、人口問題の結果、世代間の格差、対立があり、五木氏は「嫌老感」と呼んでいるが、我々第二次ベビーブーマ -
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「青春の門 第七部 挑戦篇」の舞台は、北海道の江差・函館。第六部までは、主人公の生まれた九州・筑豊、そして、大学入学後は東京が舞台だったので、新たな地での物語の始まりである。
第六部までの物語は、「筑豊という日本の一地方から東京の大学に進学した主人公の伊吹信介は、東京という地で、これまでに会ったことのないような人に出会い、これまでに経験したことのない経験を積み、成長していく物語」という風に要約できるかと思う。この第七部も伊吹信介の成長物語であることに変わりはないが、部隊が北海道に変り、今後ロシア、更には東欧諸国に展開していくことが想像できる。伊吹信介は、ロシア、あるいは、東欧の国々で、同じく、 -
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1.著者;五木氏は小説家・随筆家。少年時代は、父親から古典の素読や詩吟を教えられたそうです。小説を読む事を禁じられたので、坪田譲治や江戸川乱歩を隠れて愛読。中学以降は、ドフトエフスキー・ゴーリキー等を読み漁る。「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門」で吉川英治文学賞他、多数受賞。「大河の一滴」等、仏教に関する著作も多い。
2.本書;1990年代に雑誌「ミセス」に連載された。「生きるヒント」シリーズは累計600万部を超えたヒット作品。著者のあとがきです。「僕らは鋼鉄のような強い意志を持った人間ではありません。迷いながら、その時々の気分で生きている適当な生 -
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ネタバレ飽く迄も人間として生き抜いた親鸞。悪人正機と他力本願、そして名号。すべてを語るのは難しいが、極限まで凝縮すれば凡そこの三大要素に帰結する。
何かの本で、或る人が松下幸之助に成功の秘訣を訊ねたとき、松下曰く、それは運だと答えたらしい。では運を得るにはどうすれば良いのかと訊ねると、曰く、徳を積むことだと。
成る程、いま、他力に就いて思索をめぐらせれば、このときの松下の言には頷かされるばかりである。
親鸞は作中、幾度も危機に陥った。それはもう開幕から暴牛に殺されかけ、六波羅童や傀儡師たち、対立する僧らや、果ては雨乞いの為に命懸けの念仏を唱える羽目にもなった。難行苦行の果てに幾度も命を -
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時々、誰かに知恵を授かりたいなぁ、と思うことがあって、そんな時思い出す人は美輪明宏さんと、五木寛之さんだったりする。お二人ともいくつになっても聡明で、おごらず、言葉に含蓄がある。
「林住期」というタイトルから“臨終”を想像するが、まったく逆である。人生後半の50歳〜75歳までこそ、輝かしい黄金期だと説く。満を持してジャンプする時期だと。「できれば生活のために働くのは五十歳で終わりにしたい。社会への義務も、家庭への責任も、ぜんぶはたし終え自由の身として五十歳を迎えたい」この言葉は若い人にも希望を与えるのではないか。なんとか五十歳までは頑張ろう! というエールにもなる。
そのためにどういう心持ちで -
ネタバレ 購入済み
典型的な大河小説ですよね
親戚から要らなくなったという文庫本を貰い、私も学生時代、途中まで読みました。
五木寛之氏の小説、基本的には通俗的でエロも結構あるし、まぁ性少年だった頃に読んでちょっとドキドキした部分もありましたね。
夜中にふと起きたら主人公のご両親、している最中で、主人公も親子3人で愛し合っている淫夢?もみたりしていましたので……作者もそういう経験があったのかも知れません。
織江さんを相手に、いわゆる筆おろしをした後も、口淫のみOKな大学生のお姉さんとかも出てきますし、売血は社会問題にもなっていましたが、作者も結構、経験があったようですね。
シリーズのガイドブックとしては悪くない出来で、まぁ長く読み伝えられて