五木寛之のレビュー一覧
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生きる目的って。
寓話なのかファンタジーなのか。児童文学の姿をしてるのに、読んでみたらとんでもない方向に流さる作品。エンデの「モモ」のような衝撃を受けました。
谷口けいさんが好きだった本。ということで気になり読破。70年代後半に世界中でブームになったそうなので、知ってる方もいるでしょうか。
かもめのジョナサンは、飛ぶことが好きなカモメ。
他のカモメは餌を摂るために飛ぶが、ジョナサンは飛ぶこと自体が目的。より一層美しく、速く、「飛ぶ」ということをとことん追求していく。
そんな他と違うカモメはどこの群れでも馴染めず、追放されしまう。そんなはぐれカモメ達が集まり、ジョナサンは飛ぶことをさらに追 -
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いかに孤独と向き合うかの本ではなく、いかに老いるかを考察する本。または社会的問題としての高齢化社会の論考。
身体の衰え、認知機能の低下、社会からのリタイア...老後の孤独は若い頃のそれとは異なり、場合によっては大変苦しいものになるだろう。自分もそれに対する恐怖心はある。
諦める=明らかに究める。来し方行く末を想い、自分の現状、今後の見通しをしっかり見極め、次の世代に譲るべきものはちゃんと譲り、なるべく子供の世話にならずに往生していきたいもんである。しかしそうできなくなることも十分ありうる。
また、人口問題の結果、世代間の格差、対立があり、五木氏は「嫌老感」と呼んでいるが、我々第二次ベビーブーマ -
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「青春の門 第七部 挑戦篇」の舞台は、北海道の江差・函館。第六部までは、主人公の生まれた九州・筑豊、そして、大学入学後は東京が舞台だったので、新たな地での物語の始まりである。
第六部までの物語は、「筑豊という日本の一地方から東京の大学に進学した主人公の伊吹信介は、東京という地で、これまでに会ったことのないような人に出会い、これまでに経験したことのない経験を積み、成長していく物語」という風に要約できるかと思う。この第七部も伊吹信介の成長物語であることに変わりはないが、部隊が北海道に変り、今後ロシア、更には東欧諸国に展開していくことが想像できる。伊吹信介は、ロシア、あるいは、東欧の国々で、同じく、 -
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1.著者;五木氏は小説家・随筆家。少年時代は、父親から古典の素読や詩吟を教えられたそうです。小説を読む事を禁じられたので、坪田譲治や江戸川乱歩を隠れて愛読。中学以降は、ドフトエフスキー・ゴーリキー等を読み漁る。「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門」で吉川英治文学賞他、多数受賞。「大河の一滴」等、仏教に関する著作も多い。
2.本書;1990年代に雑誌「ミセス」に連載された。「生きるヒント」シリーズは累計600万部を超えたヒット作品。著者のあとがきです。「僕らは鋼鉄のような強い意志を持った人間ではありません。迷いながら、その時々の気分で生きている適当な生 -
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ネタバレ飽く迄も人間として生き抜いた親鸞。悪人正機と他力本願、そして名号。すべてを語るのは難しいが、極限まで凝縮すれば凡そこの三大要素に帰結する。
何かの本で、或る人が松下幸之助に成功の秘訣を訊ねたとき、松下曰く、それは運だと答えたらしい。では運を得るにはどうすれば良いのかと訊ねると、曰く、徳を積むことだと。
成る程、いま、他力に就いて思索をめぐらせれば、このときの松下の言には頷かされるばかりである。
親鸞は作中、幾度も危機に陥った。それはもう開幕から暴牛に殺されかけ、六波羅童や傀儡師たち、対立する僧らや、果ては雨乞いの為に命懸けの念仏を唱える羽目にもなった。難行苦行の果てに幾度も命を -
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時々、誰かに知恵を授かりたいなぁ、と思うことがあって、そんな時思い出す人は美輪明宏さんと、五木寛之さんだったりする。お二人ともいくつになっても聡明で、おごらず、言葉に含蓄がある。
「林住期」というタイトルから“臨終”を想像するが、まったく逆である。人生後半の50歳〜75歳までこそ、輝かしい黄金期だと説く。満を持してジャンプする時期だと。「できれば生活のために働くのは五十歳で終わりにしたい。社会への義務も、家庭への責任も、ぜんぶはたし終え自由の身として五十歳を迎えたい」この言葉は若い人にも希望を与えるのではないか。なんとか五十歳までは頑張ろう! というエールにもなる。
そのためにどういう心持ちで -
ネタバレ 購入済み
典型的な大河小説ですよね
親戚から要らなくなったという文庫本を貰い、私も学生時代、途中まで読みました。
五木寛之氏の小説、基本的には通俗的でエロも結構あるし、まぁ性少年だった頃に読んでちょっとドキドキした部分もありましたね。
夜中にふと起きたら主人公のご両親、している最中で、主人公も親子3人で愛し合っている淫夢?もみたりしていましたので……作者もそういう経験があったのかも知れません。
織江さんを相手に、いわゆる筆おろしをした後も、口淫のみOKな大学生のお姉さんとかも出てきますし、売血は社会問題にもなっていましたが、作者も結構、経験があったようですね。
シリーズのガイドブックとしては悪くない出来で、まぁ長く読み伝えられて -
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「青春の門」第6部は「再起篇」という題名がついている。第5部の「望郷篇」では、信介は、生まれ故郷の筑豊に戻り、世話になった塙竜五郎の最後を看取ることとなった。その後、ひょんな偶然から実業家の早しに見込まれ、林の家に書生的な立場で住み込むことになるところまでが、第5部だ。
第6部では、林家を出て、プロの歌手となっている織江のマネジャーとして再出発することになる。だから、「再起」という言葉は、実業家の林の庇護のもとでの恵まれた暮らしを捨てて、再度、自分の力で世間と渡り合っていこうという意味合いとなる。普通、再起と言えば、失敗とか挫折とかといった状態から、再び立ち上がって元の状態に戻ることを言うと思 -
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第5部にあたる「青春の門 望郷篇」の単行本は1979年に発行されたとのことなので、今から40年以上前の話になる。
私は第1部の「筑豊篇」から読んでいるが、第2部の「自立篇」から第4部までの「堕落篇」までは、あまり好きではなかった。伊吹信介という筑豊出身の青年は、正義感に溢れた竹を割ったような向こう見ずの性格であったはずであったのであるが、上京してからの信介は、まずは「頭で考える」いじいじした行動をとる人物として描かれており、そういう点が好みではなかった。
ただ、この第5部になって、もともとの思い切りの良い伊吹信介が戻ってきつつある気がする。そういう意味では、久々に「青春の門」を楽しめた。本書は -
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ネタバレ本書にてシリーズ完結。
無知故にどこまでが史実かはわかりません。
もとより、親鸞に纏わる資料事態も少なく、その生涯には不明なところも多いようです。
始まりとなる青春篇が世に出た時から気になっていた本書を含めた三部作。
私の中の親鸞は本書の中が全てと言っても過言ではありませんが、出会えて良かったと思える作品でした。
内容(「BOOK」データベースより)
偉大な師にして父親の親鸞に認めてもらおうと善鸞は東国行きを志願するが、父子の懸隔はかえって広がる。一方で最後の闘いの時も迫っていた。怪僧・覚蓮坊、謎の女借上・竜夫人、若き日に出会ったツブテの弥七、黒面法師らとの、永く深い因業が解き明か -
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ネタバレやらかしたぁ〜(><)
シリーズ第2作となる激動篇を読み終え、そのまま本棚に手を伸ばしシリーズ最終となる完結篇の上巻にあたる本書を手にしたつもりでした...
何か少し話が飛んだなぁ...
なんて思いながら読み進め、ふと手を止めた時に...
!(◎_◎;)
上巻だと思い読み進めていたのはシリーズ最終巻となる完結篇の下巻‼︎
①本棚に収納する順番が間違えていた
②よく確認もせずに読み始めた
③なんとなく違和感を感じながらもすぐに物事の世界に没入していた
以上の理由から、大失態をやらかしてしまったのです...トホホ
気がついた後に慌てて本書を手にとり、先程読み終えました。
☆4つの理 -
Posted by ブクログ
「五木寛之」を代表する作品のひとつ『青年は荒野をめざす』を読みました。
昔っから、読もう、読もうと思っていて、なかなか読めてなかった作品… ようやく読みました。
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青春の冒険を描き共感を呼んだ「五木寛之」の代表作
モスクワ、ヘルシンキ、パリ。
ジャズとセックス、薬。
20歳の「ジュン」の冒険を求めた青春の彷徨。
熱狂と頽廃の先にあるものは何か
ジャズ・ミュージシャンを目指す二十歳の「ジュン」は、ナホトカに向かう船に乗った。
モスクワ、ヘルシンキ、パリ、マドリッド…。
時代の重さに苛立ちながら、音楽とセックスに浸る若者たち。
彼らは自由と夢を荒