五木寛之のレビュー一覧
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1.著者;五木氏は小説家・随筆家。少年時代は、父親から古典の素読や詩吟を教えられました。小説を読む事を禁じられたので、坪田譲治や江戸川乱歩を隠れて愛読。中学以降は、ドフトエフスキー・ゴーリキー等を読み漁る。「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門」で吉川英治文学賞など、多数受賞。「大河の一滴」他、仏教に関する著作も多い。
2.本書;五木氏が1999年に書いたエッセイ。構成は5章建て47項目。第一章;人はみな大河の一滴(なぜかふと心が萎える日に他) 第二章;滄浪の水が濁る時(この世に真実はないのか他) 第三章;反常識のすすめ(他人とは違うただ一人の自己他) -
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ネタバレ豊昇龍、優勝と大関昇進、おめでとう!「君が代」の前に「モンゴル国歌」を演奏して欲しかった!国技だから君が代はわかる。でも、外国の力士を認め、その力士達が頑張り優勝したのだから、優勝力士の国歌を演奏しその栄誉を称えるべき!相撲協会に猛省を促します! 昨年卒寿を迎えた五木寛之さん「うらやましいボケかた」、2023.3発行。医療の専門家は「できるだけ歩け」と言う。その一方で「無理をしてはいけない」とも言う。氾濫情報の中で数千万人は立ちすくんでいる。こども家庭庁もいいが、ひざ・こし庁でも新設したらどうかw 数千万票が政府与党の支持に回ることはまちがいない。
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巧妙な物語。1966年。ソ連は、言論統制が敷かれていた。Q新聞外信部記者の鷹野隆介は、新聞論説主幹の森村から、社を辞めてソ連に行き、アレクサンドル・ミハイロフスキイの未発表の長編小説を密かに入手することを命じられた。この命令自体がかなり危ない。それを鷹野は引き受けることに。
ユダヤ系市民の3代に渡る家族の物語は、ソ連では発表できない。これを持ち出して、西側で発表する。そして、鷹野はミハイロフスキイの家に訪問するが、ミハイロフスキイの妻に拒絶される。
困っていた。キーロフ劇場に行ってみようとして、劇場でオリガとあった。オリガは強引に席を譲れという。それで譲ったら、劇がおわってから誘われる。 -
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本書タイトルの「孤独」というようりも,本書の元となった単行本のタイトルに使われていた「嫌老」という言葉の方が,より心にずしりとくる内容の本でした。
「嫌老」という言葉は,著者の五木さんの造語で,今,ATOKで変換しようとしたけれでも,まだ変換用の辞書には入っていないようです(でも,嫌韓なら,すぐに変換できる)。そのうち,嫌老でも変換できるようになるのが,ある意味,怖い社会になってきたということですね。変換できなくてよかった。
さて,この「嫌老」。少子高齢化社会が生み出す新たな階級闘争の原動力となるのではないか…五木さんはそう危惧しています。元気なくせに働きもしないで年金で暮らしている裕福 -
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2016年に出版。なにゆえ、五木寛之は人生をかけて『青春の門』を書くのだろうか。
伊吹信介という筑豊生まれの若者の限りない好奇心の広がりを時代に翻弄されながらも、なにをしたらいいのか?悩む信介が、頼もしい。時代は、1961年、日本は復興の道をひたすら走っている。
北海道から、奈良に向かう信介。和辻哲郎の『古都巡礼』に導かれながら。海外に行こうと思ったから、余計日本のことを知りたくなっている。そして、ハーレーダビットソンに乗せられて、牧オリエのラジオの公開録音を聞きに大阪に行く。牧オリエが大きなプロダクションに入ったことで、脚光を浴びるようになる。信介は、オリエに会いたいと思ったが、オリエの -
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物語は昭和35(1960)年。水原弘 黒い花びらという歌が流行っていた頃。伊吹信介。25歳になった。舞台は、北海道の江差。風が強く吹く街で、伊吹信介は青春をする。
1980年に第六部再起篇が刊行された。それから、間を置いて1993年に、第七部挑戦篇が刊行される。
五木寛之は、ライフワークにしている。1932年生まれなので、1993年は五木寛之61歳である。
その長い間の休みの間があっても、『青春の門』の雰囲気は変わらない。伊吹信介は、前向きに生きようとするが、成長はしていないような気がする。この挑戦篇、688ページもあるのだ。
伊吹信介は、トミ子の依頼で、トミ子の父親、アーナキストの丸 -
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ネタバレリチャード・バックの本は、読み始めるとたちまち辺りに静謐で夢の中の様なふわふわとした浮遊感に包まれる感じがして、プロペラ機で1人空を飛行している時はきっとこんな感覚なのかな。と夢想してみたり昔からとても好きなのだが、最近になって第四部があった事を知り今回初めて完成版を読んでみた。
不思議な世界のカモメの話は、人間社会に生きる私たちがその意味を考えるうえで示唆に富んだ内容ではあるけれど、第三部までは童話(?)寓話(?)的な世界観の色が強く、説教くさく感じないまま物語は終わるという印象を持っていた。
第四部ではジョナサンが会得した飛行技術や「カモメとはどんな存在か」を若いカモメ達に教えていく中