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Posted by ブクログ
・雨の日
・紅茶屋
・ヒッピーの聖典。
・お店に置いてたのでナナメ読み。
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・アルケミストと同様にスプーンの油にも触れている。
・ジョナサンの教えはやがて本質ではなく形式のみが受け継がれていく。
・パート4が書かれたのは近年、40年かかったそうな。
・すべてが茫洋としてすべてが確信系の本。
・印象的だった部分↓
・ジョナサン:「自分を追い出した者に教えてあげなさい」
・ジョナサン:「私は皆と変わりない、自分の事を知り、すでに練習を始めていることが重要だ。」
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・飢えた事がある世代と、そうでない世代では大切にしているものが違う。
・大切なのは丸が重なる部分。
・丸の重なりに何を入れる?
・それがスプーンの油?
・もう少し考えてみます。
完
生の追求
ただ生きること。天敵から身を守り、食事を得て、子を育てること。これらは尊く、ないがしろにできるものではないと思う。しかし、それらと同等の強い想いを別に持つことができたなら、人生に強靱さが加わる。
Posted by ブクログ
ひとつのことを極めることで得られる解脱、悟りようなものはあると思う(少なくともあってほしい)。五木寛之氏は「ゾーン」と書いているが、そういう一時的な感覚ではなく、人生観を変えるような何かである。それは、生死を扱うような武術・武道の類のみならず、茶道や華道などにもみられるし、禅的にいえば仕事家事全般、なんでもそうだろう(要は、取り組み方)。
ジョナサンにとっては「飛ぶ」ということが、それだった。作者のリチャード・バック氏が戦闘機や曲芸飛行のパイロットであったこと、シルバ・マインド・コントロールの経験者であることを考えると、本人の体験をもとに記したものであることは想像に難くない。
悟りを得た人が、他の人々にその方法を伝えるべきかどうかは、大きな問題のようだ。伝えればどうなるのか。社会的に排除されるかもしれない。周囲で混乱や争いが起きるかもしれない。よくても変人扱いだろう。かの釈迦ですら、梵天に再三頼まれて決断したのである。だから、作者は宗教活動なんかはせず、「かもめのジョナサン」という寓話の形で、自分の体験を世に伝えたのではなかろうか。
などと考えながら読み終わり、最後の五木氏の「1974年版あとがき」で驚いた。寓話を書いただけでも、あやうく排除されそうになっているではないか(しかも訳者によって)! もちろん、その後、2012年に最終章「Part Four」が追加されたことで、ジョナサン=ブッダ(目覚めた者)であり、「宗教がたどる道」を示した寓話であることは確定したわけだが。これは初版から追加しておくべきだったのでは? と思わなくもないが、当時の米国では、それこそ、むしろ宗教批判として排除されかねない感じだったんでしょうかね。
葬式仏教に辟易しながらも、彼岸の準備をしつつの読書でした。
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小説・文芸
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