あらすじ
どんなに前向きに生きようとも、誰しもふとした折に、心が萎えることがある。だが本来、人間の一生とは、苦しみと絶望の連続である。そう“覚悟”するところからすべては開けるのだ――。究極のマイナス思考から出発したブッダや親鸞の教え、平壌で敗戦を迎えた自身の経験からたどりついた究極の人生論。不安と混迷の時代を予言した恐るべき名著が、今あざやかに蘇る。〈心の内戦〉に疲れたすべての現代人へ贈る、強く生き抜くためのメッセージ。
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Posted by ブクログ
戦い疲れて罅割れた心に染み入る一冊だった。
そして、読む時期によって感じ入る場所も理解の進み方も変わるのが本なのだということも感じた。
近頃にようやく、人生とはそれほど順風満帆なものでも理想や綺麗事ばかりでもないこと、そして悲しみや喪失感といった負の感情も正と同様に重要で不可欠な存在であることを実感した。
理想や期待からのズレに失望し憤るのではなく、世界はそういうものなんだと受容し、それでもなお自分の人生をどう生きようか、何をして生きたいかを考え続けることが肝要なのだと思いたい。
「喜ぶことと悲しむことは同じ人間の大事な感情である。明るい気持ちになって、すかっとした気持ちになることも大事である。しかし、本当に人間にとって重要なことを深刻に悩むことによっても人間の自然治癒力とか、命は活性化していくのだ、というふうに、ぼくは考えたい。」 頁202
Posted by ブクログ
この本が新刊として書店に並んだ時に購入しましたが、当時はとても難しく思えて理解ができず、
読めませんでした。最終章が発売された事をきっかけにようやく読めました。
この世はそもそも地獄、だから時折感じる幸せが天国、生きているうちに天国は味わっている。
どんなにもがいても、どんなに抗っても、
所詮人生は大河に流れる水の一滴に過ぎない。
もうこの2つだけでどんなに心が救われたことでしょう。
取り返しのつかないくらいの後悔があり、
落ち込む時期もありましたが、そもそもここは地獄だったのか、と思った瞬間から霧が晴れました。
どんなに泣いても後悔しても私の人生は大河の一滴に過ぎないんだ。
自分の悩みを高い空の上から見下ろした感覚です。
当時は私も若かった(笑)ので理解出来なかったことも歳を重ねたお陰でとても深く読み込めたように思います。歳を重ねると言うことは、
素敵なことかもしれません。
Posted by ブクログ
影が長ければ長いほど照らしだす光が強いという考えに絶望と希望両方があって成り立つんだと前向きになれました。
平成の書物とはいえ令和にも通ずる概念や思考なので時代を問わず読むことができます。
戦争、宗教、哲学、文学を通して考えを述べていて決して強要する訳ではなく一個人の考えとして書き連ねているので読みやすく理解しやすいです。
原田宗典さんの解説にもあるように20代、30代、40代、50代と読む度に違った景色が広がりそうな書物です。
Posted by ブクログ
#大河の一滴
#五木寛之
#幻冬社
博識な方の文章はすごい。感想をどう書いたらよいかわからないほど知識と経験量が膨大だ。引用も多いので大変勉強になる。一番印象に残っているのは中国の政治家、屈原(くつげん)と漁師のやりとり。世の中がおかしいとただ嘆くのではなく、できることをせよ、というような内容。
私たちはみな、大河の一滴。ちっぽけで、同時にかけがえのない存在なのだ。
ちっぽけだという側面を今一度認識し、謙虚に生きることが大事なのですね。
これは家に置いておきたい一冊です。
Posted by ブクログ
凄く読みやすくて面白い!!何千年も語り継がれる歴史と共に、人生とは?を考えさせてくれる。知識人の典型を見せつけられた。
端的にいうと「人はいずれ死ぬ、そのための思考方法」って感じ。希望と絶望はいつも隣り合わせなんだ、、!!
自分を愛せない人は他人も愛せない。凄くセルフラブの精神な気がする。
人間は感動することで極限状態をも生きていけるんだって。少しの心の動きも取り溢しのないように観察したいなと思った。
Posted by ブクログ
高校時代から20代前半の頃、五木寛之氏の本に夢中になった。「戒厳令の夜」「さらばモスクワ愚連隊」など衝撃的読書体験だった。久しぶりに読む氏の本は随分感じが違ったけれど、今の時代を鋭く描いていた。
今の時代は情とかウェットなものが嫌われて他人に干渉しないドライなものになってしまった。今の日本の交通事故死亡者は1万3千人、自殺者は2万3千人(自殺未遂を含めると10万人)自殺は死因の7位。8位の肝臓疾患よりも多い人が自ら命を絶っている。氏が言うには、日本の人々は心に内戦を抱えている。生きていることそのものが地獄であり、自分の命も人の命も軽んじて奪ってしまう。もっと人の心に情を育んでいかないといけないのではないかと。こうもいっていた。人はみんな平等に死ぬ運命にあるのだから、途中で絶ってはいけない。生きているだけで価値があり、すごく頑張っている尊い存在だと。
本当にそうだと思った。
Posted by ブクログ
このベストセラーが30年近く前に書かれたとは。
平成から令和、更に世知辛い世の中になって、我々はどう生きるか?
何もかも受け入れて生きていくしかないのだな。
数年後にまた読み返したい。
また別な発見があるかも知れない。
Posted by ブクログ
「人間はただ生きているというだけですごいのだ」という言葉は、戦後の混乱の時代を生き抜いてきた著者だからこそ実感を持って語れる言葉だと思う。私のようにのほほんと生きている人間にはなかなかそのように考られない。
一番心惹かれたのは「私たちは死んで地獄へ堕ちるのではない。人はすべて地獄に生まれてくるのである」という言葉。これは究極のプラス思考ではないだろうか。自分がいま置かれたところが地獄だと考えれば、あとは上を目指すだけなのだから。
これに関連して、「極楽はあの世にあるのでもなく、天国や西方浄土にあるのでもない。この世の地獄のただなかにこそあるのだ。極楽とは地獄というこの世の闇のなかにキラキラと光りながら漂う小さな泡のようなものなのかもしれない。人が死んだのちに往く最後の場所では決してない。 」という言葉もこの世を生きていく希望となり得る。
深い言葉が数多く綴られた素敵なエッセイであった。
Posted by ブクログ
五木寛之さんの著書を初めて読みました。
なんて謙虚な人なんだろう、というのが第一印象。
・プラス思考だけでなく、マイナス思考も大切だ。
・病院でのブードゥー死
・面授
・癌細胞の捉え方
・心の内戦
など、興味深い考え方がいっぱいありました。
平成11年初版の本ですが、今にも通じるものが多い、、合理性を追及してきた結果、世の中がカラカラに渇ききっている。だから物の見方を寛容に変えていこう、、ほんとにそうだなと思う。
Posted by ブクログ
これからの時代は、頑張らなくてもいい。
寂しいとか、悲しいとか思った時、今までは、頑張らないと!となったけれど、これからは、その気持ちに寄り添う時代。と書かれていて、すうっと力が抜けました。
何かに追い詰められた時、頑張らなくても大丈夫。と思える1冊でした。
健康な体と礼節さえあれば大丈夫。それを意識して生きたいと思いました。
Posted by ブクログ
五木寛之さんの本は初めて
大河の一滴はかなり話題になっていたことは覚えている
ただずっと小説だと思っていた
無知の極み‥
哲学的な書として紹介されているのをキッカケに手にとって見たが、
数ページ目からもうすでに目から鱗?
すべての文章が身体の中にストン!と落ちてきて
じわっ〜と染み込んでいくのがわかった
あーなんで今まで読まなかったかと悔やむ一方で
今だから響いているんだろうか
とも思った
話題になっていた頃に読んでいても
油ぎっていた身体に染みてはいなかったかもしれない
「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」
マイナス思考から始まる人生、その中で思いがけず注がれるしあわせ
「早天の慈雨」
世は地獄、その中で一筋の光があればそれが極楽
そして浄土に向かう
死を迎えた時に、周りから拍手されるくらいのそんな死を迎えたいとも‥
「人はみな大河の一滴」
永遠の時間に向かって動いていくリズムの一部
一生という水滴の旅を終えると、やがて海に還る
母なる海に抱かれてすべての水滴と溶け合い、やがて光と熱に包まれて蒸発し、空へ
そして再び地上へ
親鸞の話など今までは聞いていても全く頭に入ってこなかったものがなぜかすぅーっと心に入ってきた
そしてそして人は生きているだけで凄いことだと改めて確認した!
Posted by ブクログ
励まし、慰め、人の相談に共感できないことが多くて、嘘の励ましを乱用していたなと感じた。それは非常に無責任だったなと思う。共感できないことには素直に悩む姿勢が相手にとっても自分にとっても優しいのかな。
Posted by ブクログ
死生観が揺さぶられるような気持ちにさせられた。人の人生はは大河の一滴程度の儚いものだが、生きてるだけで価値があるということを言わんとしているのだと思う。大河に飲み込まれながらも一滴ほどの自分の価値をどう捉えるか考えさせられる一冊だった。
Posted by ブクログ
初めて五木寛之に出会った本。「大河の一滴」にもなろうという、その心掛けがすごいと思った。究極のマイナス思考から発せられる、生きることに対するエネルギーが強烈だった。
Posted by ブクログ
大河の一滴 最終章
の発売から、未読だったこの先の本を読んでみた。
しきりに『酷いことをして生き延びてきた』と言う作者の人生は、戦後の高度成長期に生まれた私には想像もできない程の心の傷を負って、一生懸命生きてきたのだろう。発売から30年近く経って読んだわけだが、年を重ね、人生の後半だからこそ読もうと思い立ち、宗教、哲学的な文章も受け入れる準備ができたのかも知れない。
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大河の一滴最終章を出版されたあとに五木さんのインタビューを観て、手に取ってみた。初版出版が1998年。ちょうど自分が高校生の時だ。確かに当時は狂気じみていて。今のトランプやプーチンに引っ掻き回される国際情勢とはまた違う狂い方だった。
当時、30年も失われると思わなかったし、日本のステータスがこんなに危うくなるとも思わなかった。でも、今、思えば、個人主義が少しずつ浸透し、自己責任論が行き渡り、社会が殺伐としようとするところだった。その時に、現代につながる問題を指摘しているのはさすがだなと思う。ほんとに自分の存在なんて大河の一滴だし、良いことも悪いことも含んで人生だから、細かなことに一喜一憂せずにおおらかに生きたい。
あの戦争を体験した人たちの人生観や社会観をもう聞けなくなりつつあるが、彼らの声こそ今大切にしたい。
Posted by ブクログ
押し付けがましくもなく、かと言って、それっぽいべき論だけでもなく、実体験も織り交ぜながらだから、なるほどこう言う考え方ねと受け取る受け取らないは別として嫌味に読める。
コロナ禍でまた売れた理由も納得。
Posted by ブクログ
なかなか、渋めな乙な一冊でした。
作者の仏教や世界の物事、歴史観、、、大人すぎるいやダンディーでカッコよすぎる。
大人の教養として、ただしき大人として大事なことが書いてあります。
喜怒哀楽の喜楽も大事どけど哀についての力説は、染み入るものがありました。
Posted by ブクログ
購入した時(令和2年)にサクッと読んだと記憶しているが、まったく刺さらずにそのまま積読で寝かしていました。続編が出たという事で改めて読むと、グッとくる内容でした。長らく寝かしていた間に、私がいろいろな経験をして、漸くこの作品を理解出来るようになった事を実感しました!感謝です
Posted by ブクログ
久々にすごく興味深い本に出会った。社会人になってから感じるモヤモヤした感情を言語化してくれた感じ。濁世を嘆くのではなく、濁った川なら足を洗えば良い。大河の一滴という考えも凄くしっくりきた。悩み事が小さく感じるしどうせ海に帰るんだからって良い諦めができる気がする。
p162散々乾いた世の中や現状を多くの知識を持った上で分析して話てきたのに終わり方が意外とシンプルで良い「いろいろなものを受け入れて、たくさんのものを好きになったほうが人生、楽しいのではないか」難しく考えない。ここに書かれたのが全てよね
顔施 にっこりと花のように笑うこと
p245 君看よや双眼の色、語らざれば憂なきに似たり
p262 本当のさびしさというものは、運命がおまえを育てようとしているからなのだよ
→正に自分に起きているから刺さる。育つためだと思っても辛くて辛いんだけどね。
p279本当に深く悲しむということは感動することですから、喜ぶのと同じように人間の生命力を活性化し、免疫力を高める。悩んだり、辛い思いをする、悲しむことも人間の体にとっては大事な行為である。
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人生初のインド旅行のお供に、飛行機の移動時間やホテルでの休憩の際に読んだ本。
東洋哲学をベースにした、押し付けがましくない著者の思想や価値観には感動すら覚えるほどの共感を得ました。良い意味で肩の力を抜いて現代社会を生きていける勇気を貰える気がします。
「インド旅行」という非日常の中で読んだという要素も相まって思い入れが深い一冊。また数年後や10数年後に読んだ際に自分がどう感じるのか楽しみです。
Posted by ブクログ
五木さんが今の日本や世界を見たらなんと言うだろうか。自殺者は一応、減ってきてはいる。けれど、液晶端末を見つめる人々に何を思うだろうか、と思う。
弱々しくとも、社会に悪いことを及ぼす人間だとしても、生きているだけでものすごく頑張っているのだと、今言ってもらえるとしたら、どれだけの人が救われるだろう。
全てのことには二面性がある、寛容に受け入れること、面白いエッセイ、たくさんのことを教えてもらえる本でした。
Posted by ブクログ
わたしも人の一生は水流が巌にぶつかって弾け飛んだ水一滴のように感じてたので、この本に引き寄せられた。
1998年当時、ポジティブとネガティブを包摂するとか、多様性とかいえる人間性に脱帽する。
Posted by ブクログ
傷心的になった時に再度読み返したい
何もやらなくて良い、失敗した人生であっても良い、それはそれで人間として生まれてきて、そして人間として死んでいく、そのことにおいて、まず価値がある
ラジオ深夜一夜物語では、著名人が発した言葉などを引用に五木さんの意見を述べる。どの話も面白かった。どんな出来事も自分の糧となっている、マイナス思考から抜け出すのことを考えるのではなく、人生はマイナスだらけでプラスなんてほんの少し、そういうもんなのかと。
Posted by ブクログ
(文庫ではなく単行本で読みました。引用フレーズのページ番号で記載しています)
『最終章』を読むにあたって、まずはこちらを読んでみたもの。五木さんの本は『青春の門』が記憶に強いのですが、こういったエッセイ的なものは読んだことがなかったです。
63歳の氏はこんなことを考えていたんだなあ、と。
Posted by ブクログ
「人間は何かを成し遂げなくても、ただ生きているだけで尊い」という、この一言に尽きる。
生きづらい、むずかしい時代だからこそ、生きていく。
そう思わされた一冊です。
Posted by ブクログ
天国の中に天国はない。
地獄の中に天国があり、濃い闇を見て背後の光に気付き、夜があるから朝が来る。
「あれか、これか」ではなく「あれも、これも」と包括的に生きること。
親鸞の「寂しさから逃げてはいけない、寂しさはあなたを育てる運命」という言葉は印象に残った。
干天の慈雨に感謝して寛容に生きろということを伝えたかったのかなと思った。
今生きている世界では大多数の人が周りとの比較や自己顕示欲に囚われていることが事実。
そのため、私も生にランクの違いはなく、それぞれの想いを抱えて今日まで生きていることが偉業なのだと思いたい、思っているが、どこか隅の方で自分が他人より幸せではないと感じたり、幸せにならなければならないという強迫観念に駆られてしまう時があるのも事実。
筆者は、そのことを心から信じることができているように見えて少し悔しい気持ちになったし、筆者が既に何か成し遂げた側の人間であるからそう思えているのでは?と感じてしまう自分もいた。
もっと多くの経験を積みたい。
Posted by ブクログ
なんとか前向きに生きたいと思う。しかし、プラス思考はそう続かない。頑張ることにはもう疲れてしまった―。そういう人々へむけて、著者は静かに語ろうとする。「いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることからはじめよう」「傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ」と。この一冊をひもとくことで、すべての読者の心に真の勇気と生きる希望がわいてくる
…………
言ってることはわかるが、やはり背景が古いので、何となく心には響かない。
当時の人々には響いたであろうが。
今の世代には難しいかなぁ。
戦争の頃の話を持ち出されても、想像ができない自分がいる。随所に出されてしまうと、読み進められない。朝の連続ドラマもそうなのだが、戦争の話になると思考停止になってしまう。
こんな自分が情けない。