五木寛之のレビュー一覧
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シベリアにいる信介の物語と歌手として成長しつつあるオリエの物語が、奇妙に結びついていく。それは、1917年ロシア革命が起きた時に、ロマノフ王朝の持っていた財産がどこに行ったのかという謎に深く関わる。300年の歴史を築いたロマノフ王朝は、途方もない金持ちだった。金に換算すると1240トンに達した。世界の金の20%の量だった。エルミタージュ宮殿に世界の美術品を集める財力もあった。
世界各国は、ロマノフ王朝の財産を収奪するために、ロシアに派兵した。日本も7万数千人のシベリア派兵をしたのだった。バイカル湖は、大きく透明な湖と知られているが、1600m近くの水深があり、そこにはたくさんの死体とロマノフ王朝の金塊が沈んでいるという伝説がある。
『漂流篇』は、2021年に出版された。五木寛之、89歳の時である。今までの『青春の門』とはテイストが違う。
歌手牧オリエのマネージャー山岸守は、父親は銀行の役人で芸能事務所に勤めるようなタイプの人間ではない。誠実で、実直。浮かれたところはないが、オリエの才能に惹かれていた。そして、オリエのディレクターがいなくなることで、伝説の艶歌のディレクター高円寺竜三に手紙を出し、オリエのディレクターになってほしいと懇願する。高円寺は1000人近くの歌手たちを育てたのだ。この高円寺竜三というのが実に魅力的な人物に描かれている。また、歌について幅広い知識を持っている。
高円寺は、オリエの持つ不思議な才能を認めて、プロデュースすることを決める。残念ながら、『漂流篇』では、高円寺竜三がプロデュースするオリエは登場しない。
時代は、今までとは違ったテレビが登場する時期であり、音楽の有り様も変わろうとしていた。1961年4月からNHKで始まった『夢であいましょう』から坂本九『上を向いて歩こう』、ジェリー藤尾『遠くへ行きたい』、梓みちよ『こんにちは赤ちゃん』おなじ1961年6月から日本テレビで始まった『シャボン玉ホリデー』から、植木等の『スーダラ節』が流行った。
まさに、私はその頃少年だった。そして、青春に向かう時期でもあった。テレビが家に演ってきた時代であり、テレビがシロクロからカラーに変わっていった時代だった。
信介が九州から上京した頃、うたごえ運動が流行っていた。かあさんの歌、仕事の歌、原爆を許しまじ、国際学連の歌、赤とんぼ、ふるさと、おおブレネリ、カチューシャ、カリンカ、バイカル湖のほとりなどが流行った。確か、学生の頃、歌声喫茶にいったことがあった。
高円寺竜三は、学生たちが歌う『ともしび』に対して、情緒的すぎる、戦争に向かう勇ましさが足りないと指摘する。日本の歌は、なぜ短調が多いのかと問う。この場面は、実にいいなぁ。
オリエは『あの夏に帰りたい』でヒットを飛ばすが、筑豊出身であることや炭鉱で落盤事故で死ぬ人がいることに、心を痛め、そして自分の歌いたい曲ではないと率直にいう。もっと歌いたい歌を歌いたいと目覚める。
沖縄出身の新聞記者の筑紫二郎(沖縄の苗字じゃないのが残念)が、流しが歌う田畑義雄の二見情話でなく、沖縄で歌われている二見情話を歌う。うん。この歌はいい。私が唯一歌える沖縄の歌だ。
この辺りの歌をめぐる展開は、五木寛之の重要な構成部分でもある。そして、オリエは詞をかいていて山岸守にみせる。それにしても、オリエの友達であるホステスのフミが実に色っぽく、幅広い人脈もあり、暗躍する。歴史は夜つくられる。
一方、シベリアにいる伊吹信介は、足を痛め、日本人のドクトルに世話になる。ドクトルの家には本がいっぱいあり、その本を読む。そしてドクトルの恋人であるタチアナに徹底的にロシア語を教えられる。ドクトルは、ロマノフ王朝の財産が、関東軍、そして当時の総理大臣田中義一に流れているのを調査していたのだった。このドクトルが、人生を賭けていることが、中野剛という恩義のあった人に報いるためでもあった。やはり、浪花節なのだ。
ふーむ。そしてドクトルと信介は日本にいくのだった。この『漂流篇』が青春の門ではテイストが違って面白い。それにしても、シベリア独立運動など、ロシアについて深い洞察をする五木寛之は、プーチンのウクライナ侵攻をどう見ているのか。ロシアの成り立ちから、紐解いた物語を作ってほしいなぁ。『青春の門』第十部は、どう展開するのだろう。まだ出版されていない。 -
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コロナ禍の中、五木寛之さんが考えたことをまとめた本です。
とても考えさせられ、コロナ禍だからこそ読む人に響くものがあると思いました。
孤独と孤立は違うという考え方にとても納得させられ、一人でいる時間にどのようにして豊かな時間を過ごしていったら良いか考えながら生活したいと思いました。
一方で、孤立する人がいないように社会としてどのようにサポートしていけばいいか考えていかなければならないと思いました。
五木さんは90歳ですが、色々なことを知っていてまた精力的に活動されており素晴らしいと思いました。
今後も五木さんの本から多くのことを学びたいと思います。 -
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ネタバレ上巻は京より流された越後での姿が、そして下巻では家族で移った関東での約20年がおさめられていました。
師と仰ぐ法然の死、関東での生活を支えてくれた香原崎浄寛の死。
凶作、病、下人の逃亡で苦しむ実家の手助けをするため、恵信は子供を連れ越後へと戻ることを決意する。
そんな中で60歳を過ぎた親鸞の決意とは、自らの決断にて都を目指すことに。
さて、残すはシリーズ完結篇。
このまま読み進めていきます。
説明
内容紹介
雨乞いの法会を切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、越後に施療所を開設する。恵信とともに訪れる人びとと話し合う穏やかな日々を過ごしていた折、法然の訃報が届く。とうとう師を喪った親鸞は、自分自身の念仏をきわめることを決意する。そして同じ頃、関東から誘いがかかったのはそのときだった。ベストセラー第二部。
激動の時代に、親鸞が走る!
未知の世界を生きる力とはなにか。
雨乞いの法会(ほうえ)を切り抜けた親鸞(しんらん)は、外道院と袂を分かち、越後に施療所(せりょうじょ)を開設する。訪れる人びとと話し合う穏やかな日々を恵信(えしん)とともに過ごしていた折、法然(ほうねん)の訃報が届く。とうとう師を喪(うしな)った親鸞は自分自身の念仏をきわめることを決意する。関東から誘いがかかったのはそのときだった。ベストセラー第二部。
内容(「BOOK」データベースより)
雨乞いの法会を切り抜けた親鸞は、外道院と袂を分かち、越後に施療所を開設する。訪れる人びとと話し合う穏やかな日々を恵信とともに過ごしていた折、法然の訃報が届く。とうとう師を喪った親鸞は自分自身の念仏をきわめることを決意する。関東から誘いがかかったのはそのときだった。ベストセラー第二部。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
五木/寛之
1932年福岡県生まれ。朝鮮半島より引き揚げたのち、早稲田大学露文科に学ぶ。PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、’66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、’67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、’76年『青春の門』(筑豊篇ほか)で吉川英治文学賞を受賞。’81年より一時休筆して京都の龍谷大学に学んだが、のち文壇に復帰。2002年にはそれまでの執筆活動に対して菊池寛賞を、英語版『TARIKI』が2002年度ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門を、’04年には仏教伝道文化賞を、’09年にはNHK放送文化賞を受賞。10年に刊行された『親鸞』は第64回毎日出版文化賞を受賞しベストセラーとなった(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
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ネタバレ本シリーズの始まりとなる青春篇を読み終えたのが2020.3.22、続編となる本作を手にするまでに約2年と半年。
先日、著者の別作品を読み終えた時に何かに吸い寄せられるように自然と本書に手が伸びました。
今が本書を読む時ということなのでしょう。
と言うことで久々の再会となった親鸞ですが、いやはや面白い。
無知故にどこまでが史実なのか、全くわかりませんが、仮に全てがフィクションであったとしても純粋に読み物として読み応えがあります。
京を追放され、妻である恵信の故郷である越後に流された親鸞。
1年の労役を務め上げながらも法然の教えを守ろうと人々に念仏の心を伝えようとする。
そんな中で出会った外道院と名乗る謎の僧と彼と行動を共にする多くの世間から見放された人々。
果たして外道院は敵なのか、それとも味方なのか。
そんな中で親鸞が命を懸けて始まった雨乞いの祈祷。
7日間飲まず食わずでただ念仏を唱える親鸞の祈りは、祈祷の終了を知らせる太鼓の音と共に終わることに。
守護代の戸倉はその場で親鸞をニセ坊主と呼び、部下に捕らえよと命ずる。
集まった聴衆に親鸞を石でうつように叫ぶも誰も石を手にすることなく立ち去ろうとしたまさにその時、天から鳴り響いた雷鳴と共に2ヶ月ぶりの大雨が降り出した。
戸倉の怒りをかった親鸞とその仲間達は外道院により助けられ、命をつなぐ。
同じく戸倉に命を狙われる外道院はなんと戸倉の息子からの密告により、すんでのところで危機を脱する。
外道院と離れ家に戻った親鸞、下巻ではどのような展開が待ち受けるのか。
楽しみに読み進めていきます。
説明
内容紹介
京を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷である越後に流されていた。一年の労役の後、出会ったのは外道院と称する異相の僧の行列。貧者、病者、弱者が連なる衝撃的な光景を見た親鸞の脳裡に法然の言葉が去来する。「文字を知らぬ田舎の人々に念仏の心を伝えよ」。それを胸に親鸞は彼らとの対面を決意する。
親鸞の冒険、未知の異界へ!
波乱を乗り越える勇気とはなにか。
京を追放された親鸞(しんらん)は、妻・恵信(えしん)の故郷である越後に流されていた。一年の労役の後、出会ったのは外道院(げどういん)と称する異相の僧の行列。貧者、病者、弱者が連なる衝撃的な光景を見た親鸞の脳裡に法然の言葉が去来する。「文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよ」。それを胸に親鸞は彼らとの対面を決意する。
内容(「BOOK」データベースより)
京を追放された親鸞は、妻・恵信の故郷である越後に流されていた。一年の労役の後、出会ったのは外道院と称する異相の僧の行列。貧者、病者、弱者が連なる衝撃的な光景を見た親鸞の脳裡に法然の言葉が去来する。「文字を知らぬ田舎の人びとに念仏の心を伝えよ」。それを胸に親鸞は彼らとの対面を決意する。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
五木/寛之
1932年福岡県生まれ。朝鮮半島より引き揚げたのち、早稲田大学露文科に学ぶ。PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、’66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、’67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、’76年『青春の門』(筑豊篇ほか)で吉川英治文学賞を受賞。’81年より一時休筆して京都の龍谷大学に学んだが、のち文壇に復帰。2002年にはそれまでの執筆活動に対して菊池寛賞を、英語版『TARIKI』が2002年度ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門を、’04年には仏教伝道文化賞を、’09年にはNHK放送文化賞を受賞する。10年に刊行された『親鸞』は第64回毎日出版文化賞を受賞しベストセラーとなった(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
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ネタバレ昭和7年生まれ、軍人勅諭も教育勅語も全文覚えていると言われる五木寛之さん、愛着ある「ガラクタ」は人生の宝物と。モノは記憶を呼び覚ます装置、モノによって蘇る自分自身の物語。「捨てない生きかた」、2022.1発行。捨てることの是非。断捨離全盛の時代に、敢えて捨てない生きかたを提唱される著者の生き様に共鳴します。確かに、ガラクタに溢れた部屋こそ自分の城です(^-^) なお、著者は捨てないという概念を人の生きかたから、国家のあり方にまで敷衍し言及されています。町に残された歴史の依代(よりしろ)、奥行きにまで!
捨てなくていい。服、靴、鞄、本、小物・・・。愛着ある「ガラクタ」は人生の宝物である。五木寛之「捨てない生きかた」、2022.1発行。モノは記憶を呼び覚ます装置。モノに囲まれる生活とは、記憶とともに生きているということ。「ガラクタ」に溢れた部屋は自分の城(^-^) 人は裸で生まれてきて、ゴミに囲まれて死んでいくw。 -
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・雨の日
・紅茶屋
・ヒッピーの聖典。
・お店に置いてたのでナナメ読み。
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・アルケミストと同様にスプーンの油にも触れている。
・ジョナサンの教えはやがて本質ではなく形式のみが受け継がれていく。
・パート4が書かれたのは近年、40年かかったそうな。
・すべてが茫洋としてすべてが確信系の本。
・印象的だった部分↓
・ジョナサン:「自分を追い出した者に教えてあげなさい」
・ジョナサン:「私は皆と変わりない、自分の事を知り、すでに練習を始めていることが重要だ。」
━━━━━━━━━━
・飢えた事がある世代と、そうでない世代では大切にしているものが違う。
・大切なのは丸が重なる部分。
・丸の重なりに何を入れる?
・それがスプーンの油?
・もう少し考えてみます。
完