五木寛之のレビュー一覧
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五木寛之さんの本は初めて
大河の一滴はかなり話題になっていたことは覚えている
ただずっと小説だと思っていた
無知の極み‥
哲学的な書として紹介されているのをキッカケに手にとって見たが、
数ページ目からもうすでに目から鱗?
すべての文章が身体の中にストン!と落ちてきて
じわっ〜と染み込んでいくのがわかった
あーなんで今まで読まなかったかと悔やむ一方で
今だから響いているんだろうか
とも思った
話題になっていた頃に読んでいても
油ぎっていた身体に染みてはいなかったかもしれない
「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」
マイナス思考から始まる人生、その中で思いがけず注がれるしあわせ
「早天の -
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五木寛之さんの作品は、「青春の門」などの小説やエッセイなど、若い頃によく読みました。本書も確か一度読んだと思うのですが、まだ若かった自分には、五木さんが仰ることが何か暗く、後ろ向きに感じて、当時はあまり本書に対する印象は良くなかったような記憶があります。五木さんの70代の作品(2008)で、これから日本も世界も自分も下り坂になっていくので、その中で覚悟を決めて生きていかねばならないと説いています。あれから17年。どうでしょう、本書で言っているような社会の閉塞感がまさに、日本、世界を覆ってきているではありませんか。自分も人生後半戦に入り、若い頃とは異なる人生観を持つようになってきました。なんと、
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自分はこの長大な物語をとても気に入っており、過去2度通読している。3度目となる今回も、主人公伊吹信介が通過していく時代と、関わっていくさまざまな人々とのやり取りを味わい尽くそうと楽しみにこの筑豊篇を手に取った。
物語序盤のこの筑豊篇において大きな存在感を放つ登場人物は何と言っても塙竜五郎だろう。新興ヤクザの親分といういかつさを持ちながら、伊吹重蔵の忘れ形見である息子信介を実の息子のように慈しみ、竜五郎が信介にかける言葉のひとつひとつが重みと深みを持つ。厳しい渡世の中で人間模様を知り尽くした人物であることが伺え、器の大きさを感じるばかりである。 -
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(2018/7/7)
85歳の五木寛之さんの考えに全面的に賛成。
騒ぎすぎるテレビ、週刊誌に振り回される人々。
ヘルスを話題にしてきた日刊ゲンダイがヘルシーを話題にするようになる、、、
病院に行かない五木さんがひざが痛くついに行くことを決心、、、
極めつけは身体語を聴く。
そう、医者は人間を同じものととらえ、パターンで病状を見る、治療法を考える。
自分のことが一番わかっているのは自分。
医学知識は豊富だが自分の身体がわからない医者の判断と、
医学知識はないが自分の体は一番わかっている自分の判断、
五木はどちらも半々だったら、自分の判断を取ろう、
というのはまとも。
いちいち頷ける。
自 -
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(2010/7/10)
五木親鸞の下巻、上巻からちょっと間をおいて、ようやく読んだ。相変わらず一気に読める。
法然の説く念仏教の意味をついに理解して弟子となり、かねてから愛する女性と再会し妻とする。いわゆる破戒。
世俗にもまれながら、本当の念仏教を極め、広めてていく親鸞、、、ではなく、範宴、棹空、善信、親鸞!あら棚成長段階を迎えるごとに名を変える。
仏教でもキリスト教でも、元の教えはシンプルなはず。釈尊(仏陀)もイエスキリストも民衆とともにあり、教えをたれていたはず。それがいつしか階層化する。修行したものだけが教えを理解できるような形にして、民衆を下におき、僧侶が、牧師が、神父がなんらか権限 -
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(2010/5/28)
学生時代、歴史小説を読み漁った。
巨人の星(梶原一騎)、心技体(二子山勝治)に続いて人生に影響を与えた宮本武蔵を皮切りに、吉川英治の長編は全部読んだ。新書太閤記、私本太平記、新平家物語、三国志、新水滸伝、そして親鸞。
ついでに司馬遼太郎の坂之上の雲、竜馬が行く、国取物語、山岡荘八の徳川家康。
話がそれた。そう。学生時代以来の「親鸞」を五木寛之で読んだ。
ヒーローのいる小説と比べ、親鸞は理解しにくかった覚えがある。俗っぽいお坊さん、程度の認識だったかもしれない。「善人尚もて往生をとぐいわんや悪人をや」の意味も十分理解できなかった。
今回の五木親鸞はまず、楽しい。冒険活劇