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Posted by ブクログ
(2010/7/10)
五木親鸞の下巻、上巻からちょっと間をおいて、ようやく読んだ。相変わらず一気に読める。
法然の説く念仏教の意味をついに理解して弟子となり、かねてから愛する女性と再会し妻とする。いわゆる破戒。
世俗にもまれながら、本当の念仏教を極め、広めてていく親鸞、、、ではなく、範宴、棹空、善信、親鸞!あら棚成長段階を迎えるごとに名を変える。
仏教でもキリスト教でも、元の教えはシンプルなはず。釈尊(仏陀)もイエスキリストも民衆とともにあり、教えをたれていたはず。それがいつしか階層化する。修行したものだけが教えを理解できるような形にして、民衆を下におき、僧侶が、牧師が、神父がなんらか権限を持つ。政治に係わる。
何で、虎の威を借る狐かな担ってしまうのだろう、人間って。
人の上にたちたがるんだろ。
親鸞はそれに真っ向から戦った。
無論法然もそうだった。民衆に念仏だけでいいと教えながら、法然自身は戒律を敗れなかった。叡山にとらわれていた。
親鸞はそうではなかった。妻帯し、肉を食い、世俗にまみれる。そして、どんな善人にも悪がある、だからみな南無阿弥陀仏と唱えることで極楽にいけると説く。
地に足のついた宗教家だ。
親鸞と法然は互いを信じあっていたというのがいい。その上で、法然の教えを自ら体現し伝える親鸞。
かくありたい!
いま一度吉川英治親鸞を読むべきだろうと思う。
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