五木寛之のレビュー一覧
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無職のときから約2ヶ月かけて読み終わった。迷ったとき、不安になったとき、考えすぎたとき、何度この本に助けてもらったか分からない。90年代既に日本はドライになり、人との付き合いも薄れていった。それはもうものすごいスピードで。昔には宗教が根付いていた。しかし現代、誤解を恐れずに言えば信じるにたる神は存在せず、自分が自分を信じることが重要となった。だが、その自己の確立は、高度経済成長、バブル、そしてバブル崩壊、阪神淡路大震災、オーム事件、などで価値のよりどころが見つからない。そういっている間にどんどん関係性は希薄化し、軽佻浮薄なものへとなっていった。そうするとただ「生きている」ということが大切であり、まずお互いが生かされている、生きている関係性にあることを認識することから全てが始まるのではないだろうか。そんなことを訥々と、落ち着いた文章が静かに心を支えてくれる。
東北の大震災があった、原発の問題が起こった。悲しみ、怒り、感謝様々な感情がねじれている中、何を本当に自分が感じているのか、メディアを通じてだけでなく、何を見て、何を知り、何を考えるのか。その答えを都度都度考え、変えて、最後、どんな形でシンプルに腹に落ちた形で、自分の最後を迎えるのか。睡眠薬なしでは寝れなくなった自分が、これから約50年は生きていかなくてはならないかもしれない予兆と想像もつかない出来事に対して、どう想い、行動するのか。間違った方向に進まないために何を道しるべにすればよいか、そんなヒントが詰まった一冊でした。 -
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ネタバレある日、お風呂につかって、身体、頭を泡立ててゴシゴシ洗っている人達を見てた時に、以前本で読んだ無農薬りんごの木村秋則さんの顔がでてきました。お風呂あがって洗面台の前では、育毛剤をバシャバシャ頭にふりかけ、パンパンとマッサージしてる人が多いことに気づきます。(特に髪が薄い方は特に)
はて??と思い、何の知らせかな??と考えていたら、無農薬・自然農法で立派にりんごを育てることができることを証明した木村さん。ふっと石鹸やシャンプー、育毛剤等が農薬・科学肥料みたく思えて、洗うことに疑問をもち、ネットで検索をかけたところ→タモリの体をあらわない入浴法→五木さんがでてきました。この方、髪をほとんど洗わないが、剛毛ということが気になりこの本を買いました。
それ以来、身体、髪は何もつけずに、お湯で手洗いのみにしてます。(2011年11月1日より現在も継続中) -
Posted by ブクログ
経験者の言葉ほど重いものはない。
私はどこの地に立っても、足元の土を感じながら、あの頃何があったのか、どれだけの人が命を落としたか、どんなに無念だったか、考えずにいられない。
その命と犠牲の柱の上に私たちは生きてるわけでしょ。
ならば、やっぱり今の時代をガンガン切り開いてアドレナリン出しながら生きていこうと思うんだよね。
P5 絶望におちるのではなく、希望にすがるのでもなく、微笑みながら夜をいく人、というのが私の感じたことだった。
P39 東京大空襲:日本人の、敵を恨むという感情をわりあい早く消し去る国民性というものは古代からあるんでしょうか。
P57 極寒のシベリアで夜中、虱が隣で寝ている人から自分のほうにうつってくることが嬉しかったというんです。
P66 無言でたちあがっていく。そういう女性が3人、4人とソ連兵にジープに乗せられていく。そして朝、ボロ雑巾のようになって帰ってくる。(中略)同じ女性でありながら、近づいたらだめよ、そういう人は性病をもっているから、と子供にいう。
P104 大英博物館のように、世界中の植民地から持ってきたものを堂々と陳列しているのをみると、いったいどういう制震構造をしているのかと思いますね。
P111 北朝鮮に残留孤児が何千人いると思います?
P162 人はすべて、この世という地獄に生まれてくるのではないか。その地獄のなかで、時として思いがけない歓びや友情、見知らない人との善意や奇跡のような愛にであることがありますよね。
P229 仏教では、人身受けがたし、という表現をする。人間として生まれるということは、稀有なラッキーなことであって、修羅・餓鬼道・畜生などといっぱいある世の中で、蚊にも生まれず、蠅にもうまれず、人としてこの世に生まれたということは、もうほんとに信じられないくらい奇跡で幸運なことである。だからその幸運な命を大切に、と言われているわけですね。
P232 かつて奈良時代に流行した言葉が、和魂漢才でした。
P239 ある時期は耐えること、涙をこぼしながらも耐えることが必要だなぁ、と思います。
P249 生きていくということは大変なことで、心が萎えてしまって生きる気力がなくなるときもある。(中略)引き上げてきた自分が無事に内地に戻ってこられた過程には、ずいぶんたくさんの人たちを押しやって、足で蹴飛ばしてきた、だからこの命はそういう人たちをのぶんまで生きてあげなきゃいけないんだ
P250 本当に明るく生きるためには、暗さを直進する勇気をもたなければいけない、ほんとうのよろこびというものを知る人間は、深く悲しむことを知っている人間なのではないかと思う。
P255 ちゃんとした死に方なんていうものなんてない。ちゃんとした生き方があるだけなんで。
P256 悲というのは、そばにいるだけで、何も言わない。黙って相手の手の上に手をのせえt、相手の顔を見つめている。
P279 自分のなかには、命というものは自分だけのものではなくて、帰ってこれなかった人たちから預かった命だという、そういう意識があった。 -
Posted by ブクログ
五木寛之・著。
初版・2008年11月、191ページ。
重い。暗い。深い。
五木寛之氏の本は初めてで、この人の考え方に触れたのは初めてだったので、少々びっくりした。
少なくとも、30代前半の自分としては、現段階では、その深い意味での理解ができないと思った。
ただ、氏が、自身の原体験として、戦後のエグい体験があるからこそ、「覚悟」「あきらめる」ということに対して、かなりの説得力がある。
武士道の精神や、日本的な思想・宗教観などとも近く、かなり納得し、実生活においても、氏の考え方を取り入れて行動していける部分はあるが、
ただ、個人的には、氏の考え方は否定的に過ぎると思うので、自分なりにポジティブな部分と氏の思想とをうまく合わせた発想を作り、行動に移していきたいと思った。
テクニカルな発想、ポジティブな思考を否定するものではないが、そうは言っても、「一つの文明が終わる」という現代にあっては、こういう思想を自分の中の一つの考え方として持っているのは、生きる上で有用なのかと思う。
40~50代くらいともなれば、氏の考え方により共感できるのかもしれないが、自分としては、まだまだここまでは割り切れない。
そういう意味では、10年後ぐらいに再読する必要があるような本だった。