【感想・ネタバレ】親鸞(しんらん) 完結篇(下) 【五木寛之ノベリスク】のレビュー

あらすじ

偉大な師にして父親の親鸞に認めてもらおうと善鸞は東国行きを志願するが、父子の懸隔はかえって広がる。一方で最後の闘いの時も迫っていた。怪僧・覚蓮坊、謎の女借上・竜夫人、若き日に出会ったツブテの弥七、黒面法師らとの、永く深い因業が解き明かされる。そして、九十歳で入滅――。渾身の三部作、完結。

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Posted by ブクログ

親鸞3部作を読み終えた。フィクションであるが、色々と考えさせられる緊張感のある名作品だった。
念仏の意味とか往生に関して、深く考えることは無かったけど、この小説でも専修念仏の考えが人々で大きく変わる。最後は、諸行無常とか盛者必衰、生者必滅とかが頭をよぎったが、悲観になることは無いと思うようにもなったかな。

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2025年09月06日

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人間味ある親鸞がとてもよく描かれている。
全編に渡りストーリーはフィクションであるものの、親鸞のその深い人物像に感動しました。

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2023年06月26日

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3部作全部読んだ上での感想。
もともと自分の家が浄土真宗というのは父から聞いていたが、詳しいことは調べず、日本史の授業で親鸞について学んだのみ。
本屋で見かけた時に強烈に印象に残ったため1部から3部まで一気読み。単純な面白さでいうと1部>2部>3部という感じ。
1部では親鸞がどのようにして念仏と出会うか、なぜそれを選んだのか、が心情も交えて細かに書かれるため読んでいてグッとくるシーンもある。もはや醍醐味が全て1部に詰まっていると言っても良いのではないか。
2部から3部にかけては話をまとめていくのだが、時折キャラクターとの兼ね合いや事件で盛り上がったり盛り下がったり。
最期は親鸞の心情の描写も減り、あっけない。しかしそれがまた良い。親鸞だから強烈な悟りを示すわけでもなく、特別な最後を迎えるわけではない。そういうことなんだろう。
阿弥陀様は信じるもの全てを救ってくださる。自力で解決するには限界がある。欲を持ったり、悪さしたり、悩んだり、苦しんだり、人間だから仕方がない。しかし、全てを救ってくださる阿弥陀様を信じることで救われる。念仏を唱えるから救われるわけではない。信じる心を持つことで自然と口から念仏が出てくる。
南無阿弥陀仏。

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2022年03月14日

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最後の部分は、幸いにも京都・御影堂にて拝読できました。人間親鸞、南無阿弥陀仏。素晴らしい著作でした。

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2021年11月02日

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今まで全く考えもしなかった宗教宗派、それが葬式を機に浄土真宗と関わるようになり、住職から初めて浄土真宗についての話を聞き、親鸞と言う人間に凄く興味を持ったことが五木寛之の最初の「親鸞」青春編を読むきっかけになった。
「青春編上下」「激動編上下」「完結編上」を読んで、いよいよ「完結編下」で親鸞の90歳の生涯が終わる。
61歳で京に戻った親鸞が80歳を超えたところから物語は始まる。
長男の善鸞は親鸞に認められたい一心で京から東国へ赴くが、独自の念仏布教をしたことで東国が混乱し、最終的には縁を切られることになる。
一方、物語のサスペンスの方は竜夫人が親鸞の妻、恵信の妹であることが明かされ、娘のことなど激動編の部分まで一挙に記憶が戻される。
そして覚蓮坊との闘いは専修念仏をめぐる闘いであることが明かされ、外道院金剛や黒面法師まで登場して闘いは決着する。
親鸞3部作を読み終わって、親鸞の幼少時代から青春時代、激動時代そして老年期、終末までの浄土真宗の始祖の歴史物語に色々なフィクションと思われるサスペンス物語が加わり、激動と感動の大河物語となっている。
親鸞に関する別の書物をもう少し読みたいと思うが、その前に3部作をもう一度最初から読み直してみたいと思っている。

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2017年08月25日

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実家は浄土真宗だったけど、だから自分がどうだってこともなく、親鸞にも特別興味を持ったこともなかったけど、こうやって読み終えてみると、なかなかに激動の人生ですね。しかも90歳っていう大往生ぶりも凄い。黒面法師とか、北陸で出会った僧侶とか、はたまた北陸に帰った奥さんとか、諸々どういう結着がつくのかと思っていましたが、それぞれしっかり着地点が定まりましたね。どこか突き放した感じのクライマックスも良かったです。

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2016年06月07日

Posted by ブクログ

とうとう往生、五木フィルターを透した親鸞、いやはや非常に面白かったです。親鸞が主役の一応歴史的ベースと親鸞の仏教思想はベースになっていますが、ものすごく面白いハイパーアクション伝奇小説。この”ありーひん”ミラクル的な事が微妙なレベルでおさえられているところが、”ありそう”すぎてグイグイハマります。
完結編は上下とおして親子の情と人との関係の比較、父親としての親鸞とブデストとしての親鸞の描き方が秀逸。全くブレない親鸞だが、家族を含む回りの人々の受け取り方の違いが非常に興味深い。真理の凝縮やねぇ。なんというか、この小説に描かれる親鸞の考え方は非常に自分自身の考えかたと似ている所があって、ちょっとゾワっとしましたが、ま、理解されないことのモヤモヤがたまりませんわ。ラストの50ページは圧巻。

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2016年06月03日

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私は無神論者なので宗教のことはよくわかりませんが、信じることがその人の救いになるものだったらいいのでは?と単純に考えています。


私も無神論者と言いながら、困った時の神頼みはしてしまうわけで(。。;)
なにか切羽詰まった時、選択せねばならない時などは、見えない何かの存在を感じ「今私は試されているのかも」って
考えてしまいます。
そして「なんだ、おまえはその程度のものか」と言われないように、あえて楽な道を選ばずに生きてきました。


親鸞とて生きてる間ずっと苦悩してきたくらいですから、難しいんでしょうね。
思うにどんな教えであっても、解釈の仕方でどうとでもなってしまうのではないでしょうか。
だから東国での対立などが起こったのも無理からぬことと思います。

世界の宗教を見ても、元は同じなのにそこから分離していってるものが数多くありますよね。
宗教戦争なんて、摩訶不思議です、私からしたら。

当時で90歳まで生きたのはすごいですよね。
恵信と長年別に暮らし、子供たちとも別れて暮らし、親鸞は淋しくなかったのかしら。

なんだかとても胸が痛かったです。
最期は大往生と言ってもいいんでしょうが、そこに恵信の姿もなく・・南無阿弥陀仏



「青春篇」「激動編」そして「完結編」と読んで、難しいことはわかりませんがとても心躍る6冊でした。

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2016年06月02日

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ネタバレ

 飽く迄も人間として生き抜いた親鸞。悪人正機と他力本願、そして名号。すべてを語るのは難しいが、極限まで凝縮すれば凡そこの三大要素に帰結する。

 何かの本で、或る人が松下幸之助に成功の秘訣を訊ねたとき、松下曰く、それは運だと答えたらしい。では運を得るにはどうすれば良いのかと訊ねると、曰く、徳を積むことだと。

 成る程、いま、他力に就いて思索をめぐらせれば、このときの松下の言には頷かされるばかりである。


 親鸞は作中、幾度も危機に陥った。それはもう開幕から暴牛に殺されかけ、六波羅童や傀儡師たち、対立する僧らや、果ては雨乞いの為に命懸けの念仏を唱える羽目にもなった。難行苦行の果てに幾度も命を落としかけた。

 思い出したいのは、いつでも誰かと結んだ縁が親鸞の佑けになったということである。親鸞自身には、自力で状況を打開する術は無かった。しかし扶けて呉れる誰かがいつでも彼の側にいた。


 名作『君たちはどう生きるか』の作中でコペル君は世間の人々を分子に喩えた。これも言い得て妙である。

 或いは、世間とは途方もない大河のようなものかもしれない。人間はその中の水分子の一つ、1H₂Oに過ぎない。
 河にはいつでも流れがあるが、分子の分際で河の流れを変えることは出来ない。流れをつくるためには、他の水分子と結合しなければならない。そうして結合に結合を重ね、遂に流れを変えるに至ったとき、それは果たして1 H₂Oの自力だろうか。

 古今東西、凡ゆる哲学者や思想家たちが追究した真理の一端が、こんなところにもせせらいでいる。

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2023年01月01日

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ネタバレ

本書にてシリーズ完結。

無知故にどこまでが史実かはわかりません。

もとより、親鸞に纏わる資料事態も少なく、その生涯には不明なところも多いようです。

始まりとなる青春篇が世に出た時から気になっていた本書を含めた三部作。

私の中の親鸞は本書の中が全てと言っても過言ではありませんが、出会えて良かったと思える作品でした。


内容(「BOOK」データベースより)
偉大な師にして父親の親鸞に認めてもらおうと善鸞は東国行きを志願するが、父子の懸隔はかえって広がる。一方で最後の闘いの時も迫っていた。怪僧・覚蓮坊、謎の女借上・竜夫人、若き日に出会ったツブテの弥七、黒面法師らとの、永く深い因業が解き明かされる。そして、九十歳で入滅―。入魂の三部作、完結。
著者について
五木 寛之
1932年福岡県生まれ。朝鮮半島より引き揚げたのち、早稲田大学露文科に学ぶ。PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門』(筑豊篇ほか)で吉川英治文学賞を受賞。81年より一時休筆して京都の龍谷大学に学んだが、のち文壇に復帰。2002年にはそれまでの執筆活動に対して菊池寛賞を、英語版『TARIKI』が2002年度ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門を、04年には仏教伝道文化賞を、09年にはNHK放送文化賞を受賞する。2010年に刊行された本書は第64回毎日出版文化賞を受賞し、ベストセラーとなった。代表作に『戒厳令の夜』、『風の王国』、『風に吹かれて』、『百寺巡礼』(日本版 全十巻)など。小説のほか、音楽、美術、歴史、仏教など多岐にわたる活動が注目されている。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
五木/寛之
1932年福岡県生まれ。戦後朝鮮半島から引き揚げる。早稲田大学文学部ロシア文学科中退。’66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、’67年『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞、’76年『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。’81年から龍谷大学の聴講生となり仏教史を学ぶ。ニューヨークで発売された『TARIKI』は2001年度「BOOK OF THE YEAR」(スピリチュアル部門銅賞)に選ばれた。また’02年度第50回菊池寛賞を、’09年にNHK放送文化賞を、’10年には長編小説『親鸞』で第64回毎日出版文化賞特別賞をそれぞれ受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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2022年09月14日

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これは史実では無く、稗史小説だと五木寛之は書いている。
民間に語り継がれる噂や風聞を集めて献上したもの。
描かれた親鸞は、浄土真宗の教祖との聖人では無く煩悩の塊のような一般の人で親近感が持てる。実在の人間に近かったのでは無いかと思われる。時代を得て神仏化していったのでは。。妻との疎遠な関係、娘と息子との微妙な関係などどこの家庭にもありがち。晩年になり記憶力、思考力が落ちていく様は寂しいが現実の事と受けとめないといけない。
色々な対決を描くことで、小説としての面白さが増している。

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2020年10月03日

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親鸞が逝った。この時代に90歳はすごい。そんな親鸞も親子の関係には苦労していたんだな。難しいよな親と子は。しかし最後まで悩み抜いた親鸞だった。彼の生前は浄土真宗はなかったのか。キリストや仏教もそうか。周りの人たちが形にしていくんだね。法然に親鸞に唯円に如信。如信は立派な人だったみたいだな。最後は恵信にも会えなくて。しかし涼はどうなったんだろう。

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2020年08月03日

Posted by ブクログ

90年という時を過ごして親鸞は現世から去った。法然上人の教えを一途なまでに信じさらには周りにいるものに尊敬と畏敬を覚えさせる生涯だったと思われる。現代までその名が残っていることはその証しであり、五木文学がそれを小説として我々に伝えてくれたことに感謝である。

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2019年06月11日

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終わったー!今年中に終わったー!! 全6巻の最終巻、『親鸞』読み終わりました。
また会えると思っていたのが永遠の別れだったり、もう会えないと思っていた人に再会したり。大河ドラマみたいな作品でした。

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2018年12月08日

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覚蓮坊と竜夫人の闘い
一般世間の人を代表する長男夫婦と親鸞の心理的距離関係
親子の絆と念仏に対する正しい姿勢の中で苦悩する親鸞
入寂前に、他力を実感し、他力本願を自分自身の中で完成させる。
陰謀とアクション、親子の葛藤、親鸞と若き日の親鸞と関わりのあった人々、そして他力本願、複雑に絡み合い、最後には穏やかになる。

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2016年05月29日

Posted by ブクログ

親鸞を取り巻く人達が、様々に人生を交差させていくところに、小説であることを感じさせ、その一つが黒面法師。でも最後に彼が人間親鸞の影の部分を顕しているという設定はとても深い。これぞ五木寛之氏の人間洞察力。

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2023年06月02日

Posted by ブクログ

親鸞の最大なる罪は、家族を持ったことにあると考える。
誰一人として幸せに感じえた人がいないように思えた。
極論であるが、事を成す人は、家族を持たない事が、本人は、勿論 まわりも幸せにするように思えた。

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2022年06月24日

Posted by ブクログ

覚蓮坊一味とのアクションシーンを経て思想的な内容に移る。家族関係を見ると親鸞はやはり特異な存在であった。ほぼフィクションだが、遵念寺のモデルが気になる。2018.3.7

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2018年03月07日

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