五木寛之のレビュー一覧
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友だちに借りた五木寛之の「親鸞」を読んでいますと、
親鸞が説法の中で、当時、庶民の間で流行った歌、
つまり今様(いまよう)を詠い出すシーンがあります。
調べてみますと、これは梁塵秘抄の中に収められている歌なんですね。
その梁塵秘抄は後白河法皇が巷で歌われている歌が
このまま廃れてしまうのをおそれ、書き留めたものだとされています。
また、万葉集は詠み人知らずや防人の歌なども文字を知らない人たちが歌ったものを
大伴家持などが書き留めたものだとされています。
詩人、安東次男は
『この時代の歌は、現代のように目で読むために作られた歌ではない』
何度も口に出し繰り返しているうちに
このような歌が出来上がったと述べておられます。(安東次男「百人一首」より)
口頭伝承という言葉がありますが、
文字をない世界では人から人へ言い伝えるしかありませんでした。
やがて、人が文字を使うようになり大変便利なりました。
でも、文字だけでは伝えきれないイントネーションや「間」などは
やはり人と人が直に接触し、口頭であれこれ伝えるのが一番でしょう。
さらに、ことばだけでなく、朝の挨拶仕方や茶碗や箸の上げ下げ、
着物の着方からたたみ方など礼儀作法や身の処し方まで口頭で伝承されてきたのです。
少し大げさに言えば、これが日本文化ではないと思っています。 -
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ネタバレ小学校だったかの時に、教科書で読んで「人は皆泣きながら生まれる」っていうのに視点が変わって面白かったのでそのまま買って、なんとなく手離せなくて持っていた。エントロピーの法則とかもなんか引っかかって。けど、あれ、今なんか手離せるとすんなり思ったので。さらっと捲ったけどお喋りの上手な人の雑談を目の前で聞いてる感じがした。すごい聞きやすく話すなあ…と吃驚しておもしろいかんじ。でもこういうのは考えすぎちゃってなんか当時動きづらかったような気がする…今思うことだけども。
『道教というのは、海のような思想なんですね。きれいな水も濁った水も、流れてくるものすべて受け入れて、その中でもう一遍新しい水を水蒸気として出したり、新しい生命をはぐくむ、そういう包容力のある世界が海だ。』
『「真のユーモアの源泉は哀愁である」と。~本当のよろこびというものを知る人間は、深く悲しむことを知っている人間なのではないか。』…『<暗愁>…心に重く深い悲しみや憂いを秘めているほど、逆に<楽しみ>をつよく求めるものではないか。』
「日本人の旅びとよ、あなたは急きすぎる。そんなに急ぐと大事な時間を見失いますよ」…イランの<売り買い>の文化…『ぼくらは物を買うことを心から楽しまなくては』
『その人の歳に応じて、ある作品に縁があるかないかが大事なのです。~一定の価値を持った作品が、一定の感動をすべての人に与えるというふうに考えるのはまちがっていると思います。』…相性ってあるよなあとなんとなく。
知…生きる歓びや方向、自信。また、より深い絶望、悲しみ。
『さらに、もっとも私たちが注意しなければならないことは、安易にマスコミから流れだす情報をうのみにして、なにかすべての真実を知ったつもりになってしまうことでしょう。~なにか変だな、と心の片隅でふっと感じた時には、その感覚を信じて、大きく自分の目をみひらき、世間で言われている一般的な知識というものに疑いの目をむけなければならない。<王様は裸だ!>というのは<知>というものにとらわれない子供のいきいきした視線をほめたたえる言葉ではないでしょうか。~言葉は矛盾しますが、バランスをとって生きていかなければなりません。』
梓巫女…名前がかわいい…。
『木を伐る前のお祈りをするといった、そういう習慣があったわけです。』
『生きている、ということは、とりもなおさず、他から生かされている、ということでもあります。』
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『忘れたくて忘れているのではないか。』
『<倶会一処>…死ぬということは、別れるだけでなく、あの世でふたたび出会うことでもある~そして物語の水脈は人間の歴史とともに常に絶えることがありません。』
『永遠に生き続けようとする遺伝子こそが生命の主人公で、人間というもはその乗り物にすぎない、というユニークな説も紹介されました。』
『世の中には人間よりも動物のほうをもっと愛している人も、いないわけではありません。~愛の姿はさまざまです。~いずれにせよ、<愛する>というのはこちら側の行為です。自分がそうせずにいられないから愛するのです。~こっちが勝手に愛するわけですから、見返りを要求するほうが変でしょう。愛する、というより、愛させてもらう、といったほうが正確な気がしないでもありません。~相手がそれに十分にこたえてくれない、また、誠意を示してくれない、裏切られた、などと私たちは勝手に傷つくのです。子供を産むのももともと自分たちの勝手からです。』
「鎌倉の自宅から駅まで歩くあいだが退屈なんで、なにかおもしろいことはないかと考えたんだ、そしたら、あるときふと、いいアイデアがうかんでね。花の種をいろいろ買ってきて、それをポケットに入れて家を出ることにしたんだよ。駅への行き帰りに、歩きながら道の脇の立派なお屋敷の庭に、パッ、パッとポケットの中の種をまく。人が見ていないときに垣根ごしにこっそりとね。そうしたら、やがて道の両側のりっぱなお屋敷の庭に、マツバボタンやらヒマワリやら、いろんな草がニョキニョキはえてきてさ。やがてとってもきれいな花が咲いた。あれは楽しかったねえ。まるで自分が花坂爺さんにでもなったようないい気分だったなあ」
「わが校の子供は、ひとりで天国に行ってはいけません。おおぜいのお友達を誘って行きましょう」
「なんでボランティアに参加したんですか」~「おもしろいから」…メディアにも相性ってあるよな、と思う。テレビも作られているものであるから。好みの問いがあるかどうかかなあ。
『たぶん人が丘にのぼりたがるのは、丘のむこうがわの世界を見たいからでしょう。』
『なぜかと言えば物を書く人間には先輩も後輩もないからです。~僕は基本的に解説はつけるべきではないと思っている。だけど、もしも解説が必要ならば、いわば食後のデザートのような、作品を読んだ後味をさらに充実させ、楽しさを倍加できる、そんな解説がついていれば素敵だと思うね。』
<ひらがなで考えたらええんよ>…田辺聖子さん…うわ、かっわい…とちょっと目を押さえた…。
「あきらめきれぬと あきらめた」
『違うから手をつなぐ。違わなければ手を繋ぐ必要もない。』
『もしいきなり殴りかかってきたとしたら、むしろそのほうがどれほどすっきりしたかもしれません。しかし、同じ表現の仕事にたずさわる相手が、自分の目の前に土下座している――、そういう状況はじつにいやなものです。そこではいやおうなしに、こちらが強者の立場にさせられてしまうのですから。』
「わたしは生活を馬鹿にするひとをいっさい信用しません」
「寝るより楽はなかりけり。寝るより楽はなかりけり。」~「浮世の馬鹿がおきて働く」…絵になるなあ、と思った。小説読んだみたいだなと…。
『南アジアのある先住民の社会では、一日のことを「ひとつの昼」と「ひとつの夜」と呼ぶところがあるそうです。私たちが一日と簡単に呼んでしまうものを二つのまったくちがった世界と考えるわけです。』
「がんばりなさい」~「ありがとう。でも、もう私はいいんです」…これはこれで素敵だと思うけれど。 -
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チェック項目5箇所。病気が治らない、完治しないのであれば、私たちにできることは、それが顔を出して暴れないように、なだめすかしておとなしくさせておくことだけです。人間が自分でできることなど、たかが知れている、「できるときはできる。できないときはできない。人事をつくしたあとは天命を待てばよい」。「加」は加えること、「減」は引くことです、ものごとを足したり引いたりして、ちょうど適当な「いい加減」が「良い加減」なのです。「清潔」という言葉には、何かしら不自然な感じがつきまといます、人間は本来、バイ菌と共生しているのです、皮膚には何十種類もの常在菌がすんでますし、体内にも無数の微生物が暮らしていて、それらと同居しながら、人は生きてきたのです。治療と称して生命を温存させようと、すでに死へと向かっている肉体に対し、いろいろな刺激をあたえるから葛藤が起き、苦しむのでしょう。
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比叡山を飛び出し、法然のもとへと走った範宴は、綽空と名を改めることになります。彼は、弁才とともに病人の治療に当たっていたときの彼に手巾を渡してくれた紫野という女性に惹かれていきます。
しかし、やがて紫野は病を得て故郷へと帰ってしまい、彼女の代わりに紫野の妹の鹿野という女性が彼のもとへとやってきます。範宴は、鹿野が彼に寄せる想いに気づきながらも、紫野への思慕を断ち切ることはできません。そんな範宴の態度に傷つけられた鹿野は、彼の兄弟子である安楽坊遵西という僧のもとへと走ることになります。
範宴は、やがて法然の厚い信頼を得るようになりますが、兄弟弟子の間には、そんな範宴に対する妬みがくすぶっていきます。そんなある日、範宴は遵西から、一つの提案を持ちかけられます。彼は、法然の教えを広く世の中に伝えるため、事件を引き起こして、法然の態度をもはや旧仏教徒の対決が避けられないところに追い込もうと画策していたのです。彼は、かつて「六波羅王子」と呼ばれ、現在は「黒面法師」と名乗っている伏見平四郎と手を組み、寺に火を放ち禁裏に攻め入る作戦を立てます。
綽空は、遵西と行動を共にすることはできないと彼の誘いを退けますが、遵西は鹿野を人質にとって、綽空に決断を迫ります。彼は紫野とともに鹿野のもとへ向かいながら、黒面法師のような五逆十悪の者たちに呼びかけるためには、法然の教えをいっそう突き詰めていくことによるほかないと考えます。
後巻もドラマティックな展開を孕みつつ、法然の教えから親鸞が何を受け止め、それをどのように突き詰めていったのかが解き明かされています。「生」についての教えに偏り、「浄土」の持つ意義が薄くなっているのではないかという疑問もありますが、歴史小説という枠組みの中で親鸞という人物を見事に造形化した作品だと思います。 -
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『他力』(講談社文庫)や『蓮如』(岩波新書)などの著書があり、浄土教に造詣の深い著者が、若き日の親鸞をえがいた小説です。
のちに親鸞となる忠範少年は、八歳のころに両親をなくし、伯父である日野範綱の家に引きとられます。ある日彼は、馬糞の辻でおこなわれる「競べ牛」の見物に出かけ、河原坊浄寛という聖や、ツブテの弥七、さらに法螺坊弁才といった、個性の強い男たちに出会います。さらに、日野家の召使いの犬丸から、忠範には彼の祖父・日野経尹と同じ「放埓」の血が流れていることを教えられます。
そんなある日、犬丸が「六波羅王子」という異名をとる伏見平四郎に捕らえられるという事件が起こります。浄寛たちとともに六波羅王子の屋敷に向かった忠範は、戦いの末、犬丸を救出することに成功します。無事に忠範と再会した犬丸は、後白河法皇の命を受けて世間の動きを探っていたことを明かします。そして忠範は、犬丸の推挙を受けて、仏門に入り比叡山の慈円のもとで学問と修行をすることになります。
忠範は、慈円から範宴という名前を授かり、やがて吉水の法然の説法を聞いてくるように命じられます。そのとき、まだ範宴は、法然の教えを受け入れ彼のもとに推参する期が熟していませんでした。しかし若い範宴は、自分のめざす学問と修行は、浄寛たちのような闇に生きる人びとに救いをもたらすのだろうかという悩みをいだくようになります。そんなある日、弁才と再会した範宴は、弁才が病に苦しむ貧しい人びとのために尽くしていることを知り、自分の進むべき道について考えを変えることになります。
前巻では、若き日の親鸞の苦悩が描かれています。ストーリーそのものもおもしろいのですが、ここからどのようにして、親鸞の宗教的な思索が織りあげられていくのかということが、一番気になります。 -
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ネタバレ下降、下山してゆく時代であるこの現代で
うまく生きてゆくための、
二元論、2つの間、二分法の選択に囚われない偏らない、自力でも他力でもない
「無力」という言葉から等の著者の考え方。
とらわれない、融通がきく、柔軟な心。考え方など。
本書では語られていないが、老荘思想に近いモノではと感じた。
第七章の楕円の思想(の紹介)が個人的に非常に新鮮であった。
第八章末の、
「絆が叫ばれながらも、実は絆から外れるような時代に入っている。
そのことを、あらためて覚悟すべき時代が目前にせまっているのです。」
という部分の鋭い指摘に非常に同意。
簡素な文の本だが、逆に読み終えた後の無意識的影響が強く残り、
結果的に心の偏りが矯正された感じ。