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どんなに深い絶望からも人は立ちあがらざるを得ない。すでに半世紀も前に、海も空も大地も農薬と核に汚染され、それでも草木は根づき私たちは生きてきた。しかし、と著者はここで問う。再生の目標はどこにあるのか。再び世界の経済大国をめざす道はない。敗戦から見事に登頂を果たした今こそ、実り多き「下山」を思い描くべきではないか、と。「下山」とは諦めの行動でなく新たな山頂に登る前のプロセスだ、という鮮烈な世界観が展望なき現在に光を当てる。成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的思想。
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Posted by ブクログ
夫の本棚から選んだ一冊。 五木寛之さんの本は2冊目です。 たくさんの作品を書かれているのに、小説は読んだことがない。 1冊目も夫の本棚にあった【人間の覚悟】だったから。 五木さんの書かれるこの類の本がしっくりする年代に入ったのだと思う。 戦後の日本の発展は凄まじかった。 敗戦国でありながら、他国...続きを読むが驚くスピードでGDP世界第2位にまで登りつめた。 それが中国に抜かれ、じわじわと下降線をたどっているような実感がある。 登山と同じ、頂上を目指してただがむしゃらに登ってきた。 しかし、登ったからには当然、下らなければならない。 五木さんは、「戦後六十年の「登山の時代」が終わって、「下山」にかかる時代にはいった」と言われる。 「すごいことというのは、相当な無理をしなければできないことである。そして、当然のことながら、ずっとすごいことを続けることはできない」とも。 高度経済成長を経て、豊かな国になった日本 しかし、その過程で見て見ぬふりをしてきたこと多々あっただろう。 そのつけが、これからやってくる。 だからと言って、滑り落ちては元も子もない。 五木さんは言う。 「日は、いやいや沈むわけではない。堂々と西の空に沈んでいくのだ。それは意識的に「下山」を目指す立場と似ている」 私たちが目指さねばならないのは、「見事に下山する。安全に、そして優雅に」 自分自身もそうだと思った。 見事に下山したい。 安全に、そして優雅に。
ここに書かれてあることに対しての賛否はともかく、今の自分のモードがまさに山の頂上から麓への着地という感じだったので、ドンピシャ。 最近、確信があるんだ。 これからは勝ち組の時代ではない。 共生の時代が始まる。 そこにどう臨むべきか。 この本に答えはない。ただ賢者からの警鐘がある。
登山は登り、頂点、下りで完成する。下りをマイナスと捉えず、必要不可欠な要素で大切にすべきとの示唆に共感。
まさに自分の境遇,心境にピッタリで非常に心に響いた. 実際には少し早いのかも知れないが,いろいろ考えさせられた. 最後の「ノスタルジーのすすめ」だけ流れが違うと言うか違和感と言うか取って付けた感がある. ここが無ければ無条件に数少ない5点評価だったのだが.
今の時代のベクトルに拒否感を示し、抗おうと水面下で藻掻く時代は、確かに過去のものとなろうとしている。そんな感覚は震災のあとさらに強く感じていました。いま必要なのは、しっかりと周りを見渡し、ゆっくりと着実に下山していくこと。 下山は終わりではなく、次にまた登るため。ひとつ時代が終われば、新しい時代を登...続きを読むらなければならない。そのひとつの時代の終わらせ方を、エッセイとして読みやすく書かれています。 個人的にですが、その考え方は好きです。
日本はさんざんここまで上り調子で来た。 だからここからどのようにソフトランディングをして身の丈にあった生活レベル、考えになるかが重要と著者は説く。 その意見には賛成だし、ドイツやオランダはその思想でつましく生活をする人がほとんどである。 結局、消費で得られる幸せというのは幻想であり、持ち家を所有する...続きを読む、生活が便利になるというのはバブルのような泡沫的幸福に過ぎない。 消費するだけで幸せは得られない。 本書の大筋は共感するが、全体が散文的なエッセイの寄せ集めになってしまったのは残念である。
筆者も認めているが、暗い(笑) まあ、題名からして暗い。。。 中身はエッセイ。 話がアチコチいくし、同じ内容も。 それでも引き込まれて読んでしまいました。 登山したら、下山。 まさに下山中の日本。ポジティブも大事だが、それだけでは乗り切れない。 でも逃げるわけにはいかない。ちょっと肩の力を抜いて...続きを読むみようか。 そんな気にさせられる本でした。
ある方から進められた本です。 林住期の続編とも言うべき一冊。 「登った山からは降りなければいけない」単純だがなかなか日本人には納得できない心情ではないか。私の年代(50歳)だと戦後派の五木寛之氏ほどではないですがずっと国も会社も自分も成長し続けるもの、と思い込んでいるように思います。 た...続きを読むだ、観念して下り坂に足を運ぶのではない。降りてこそまた上がることもできる。 心情をシンクロさせるために何度か読み返しが必要な本だと思いました。
「山登り」にたとえての筆者の世界観を綴ったこのエッセイは、山好きな父から教わった登山者の心得そのままでした。 登山者にとって山の登りはきついもの。登っているときは早く楽になりたいと思って一生懸命に足を運びます。途中、歩きながら決して上を見てはいけません。バテてしまいます。これからの距離や、自分が登...続きを読むって来た道を見たいなら、一度立ち止まってから見ること。 これが父から教わった「登り」の極意です。 そして、待ちに待った頂上制覇の歓喜。苦しい道のりから解放され、山頂の風に吹かれて味わう達成感と爽快感は経験者にしかわかりません。 その後にあるのは「下山」。登り以上に気をつけて一歩一歩踏みしめるように下らねばなりません。長時間下ると、膝がわらうように、かくかくしてきます。あわてて歩くと、前のめりになり、そのまま落下してしまいます。「下り」はある意味、登り以上にキツいものなのです。 筆者は最初の方の章で現代を「下山の時代」と言い現わし、現代日本の行く末と今何をすべきかを述べていました。その他の章でも、煩悩や今様。法然の話、病人大国日本の話、長寿とブッタの話と、あまり上昇気分を感じさせないエッセイが続きました。 「考え方が暗いと昔から言われる」と筆者自ら述べていましたが、やはり全体的にはタイトルそのものの下流志向。「下山」の考えが満載でした。 でもそれをマイナスとしているのでなく、「下山思想」を自信をもってエンジョイしようと提言されているのは流石です。 山登り同様、下りは気を緩めてはいけない大事な通過点なのですから。そしてその先にはまた新たな目標という山があるのですから。 久し振りに読んだ筆者のエッセイですが、少し初期の頃と変わったかなと感じました。初期の頃のエッセイでとても印象深かったのがあります。 筆者が、奥さまのことを「配偶者」と書いていたことと、「メロンパンの皮の部分が大好きだ」と書いていたこと。筆者の日常をさりげなく書きつづってあったあのエッセイ。 はてさて、あのエッセイは何と言うエッセイだったのでしょう?。 私の記憶違いでなければ、あのエッセイからは「下山の思想」は伝わってこないのです。
新橋駅SL広場の古本市で目が合って購入した本。「下山の思想」。まず、タイトルが良い。激渋。世界経済の発展や時代性についてを、登山と下山に擬えて語られたエッセイ。60歳近く上の方が、2011年に書いた本。飲み屋街の立ち呑み屋。カウンターで隣の老人がくだを巻く様を想像しながら読んだのだが、不思議なくらい...続きを読むとっても読みやすかった。思ったよりも書き口が軽妙でよかった。おまけに唾も飛んでこないし、入れ歯臭くもないし。 テーマや目的こそ違うが、これは「和製DIE WITH ZERO」なのではないか?と思った。
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