五木寛之のレビュー一覧

  • 親鸞(しんらん)(上) 【五木寛之ノベリスク】

    購入済み

    親鸞周辺の登場人物が

    主人公は浄土真宗の開祖ということで大変に有名な親鸞であるが、高名な宗教家を扱っているのしては、あまり抹香臭くない作品である。創作であるとは思うが、親鸞周辺の登場人物が大変に生き生きと魅力的に描き出されている。
    しかし、現代と比べて人の命が門灯に軽かった時代だったんだなと感じた。

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    2022年12月03日
  • 百寺巡礼 第十巻 四国・九州

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    シリーズ最終巻。四国および九州の寺がとりあげられています。

    九州では、ヤマト政権の中心地から離れた太宰府をたずね、それよりもさらに長い歴史をもつ観世音寺に、古代からの九州と朝鮮半島の関係の跡を見ようとしています。さらに長崎では、鎖国状態にあった江戸時代において、中国との交流の窓口であり、異国情緒をふんだんにただよわせる街のようすに著者の連想はおよんでいきます。

    四国では、「お遍路さん」の隆盛に触れつつ、現在の日本人の心のなかにも受け継がれている信仰のありかたについての考察が展開されています。また人吉別院では、一向宗の禁制が敷かれるなかで、「隠れ念仏」と呼ばれる、信仰を守ってきた人びとのこと

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    2022年09月16日
  • 百寺巡礼 第九巻 京都2

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    第九巻は、第三巻につづいて、京都の寺がとりあげられています。

    著者は、三千院では「大和坐り」と呼ばれる、正座のような姿勢の観音菩薩と勢至菩薩に出会い、二尊院では双子のように並んで立つ釈迦如来と阿弥陀如来のすがたを目にしますが、それ以上にめずらしいのは永観堂の「みかえり阿弥陀」で、この仏像をめぐるエピソードを紹介しながら、阿弥陀信仰について考えを深めています。

    高台寺では、豊臣秀吉の死後の北政所の晩年が紹介されています。著者は「豊臣秀吉という人物には、これまであまり興味がなかった」と述べつつ、秀吉の死後に彼の思い出をいだきながら豊臣家の滅亡を目撃し、二十数年間を高台寺で過ごした「ねね」という

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    2022年09月16日
  • 百寺巡礼 第八巻 山陰・山陽

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    第八巻では、中国地方の寺がとりあげられています。

    本シリーズでもっともハードな巡礼となった三仏寺投入堂にはじまり、鴎外・森林太郎の墓のある津和野の永明寺などが紹介されています。

    瑠璃光寺では台風の直後におとずれることになった著者が、伝統建築の強さへの驚きを語っています。さらに阿弥陀寺では、東大寺再建のために尽力した重源の人物像にせまり、そのエネルギーがなにに由来するものであったのかということについて、考察がおこなわれています。

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    2022年09月15日
  • 百寺巡礼 第七巻 東北

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    第七巻では、東北の寺がとりあげられています。

    巻頭の序文で著者は、「仏教は縄文的な東北には、きわだって異相の侵入者である。そして、その異文化の受容と根付きの過程に、私たち日本人の心象風景が象徴的に透視できるような気がする」と述べています。こうした著者のまなざしは、日本が単一国家として統合されていく動きの裏面に、複数の文化が併存していたという考えかたが述べられているところにはっきりと現われています。著者は、奥州に一大勢力をきずいた藤原氏を「平泉幕府」とみたて、これにならって源頼朝が鎌倉を「第二の平泉」として形成したのではないかと論じています。

    慈覚大師円仁の名前が、東北の地に大きな存在感をも

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    2022年09月15日
  • 百寺巡礼 第六巻 関西

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    第六巻では、和歌山・大阪・兵庫など関西の寺がとりあげられています。

    高野山をおとずれた著者は、空海がこの地に道場を開く前から、山岳信仰の聖地であったことに注目し、仏教が在来の神と融和し、それをとり込みながら信仰のかたちがつくられてきたことに触れています。これまでも著者がさまざまな機会に語ってきた、日本の仏教に見られる「寛容」さですが、空海という人物には、たしかにさまざまな信仰のありかたを包み込んで総合するような広さを感じます。

    また融通念仏宗の総本山である大念仏寺では、開祖である了忍の像を、すばらしい美声で声明をとなえるシンガーにたとえるなど、著者らしい表現が見られて、おもしろく読みました

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    2022年09月15日
  • 百寺巡礼 第五巻 関東・信州

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    第五巻では、東京と鎌倉を中心に、関東・信州の寺がとりあげられています。

    山のなかにひっそりとたたずむ寺だけではなく、町のなかで庶民の暮らしに寄り添って寺にも興味をおぼえるという著者は、東京の浅草寺や柴又帝釈天などをおとずれて、著者自身が「虫瞰」と表現する低いまなざしでそれらの魅力を見ようとしています。

    他方、鎌倉では、蘭渓道隆および無学祖元によって開かれた建長寺と円覚寺がとりあげられ、鎌倉武士の精神がどのようなしかたで禅の道を希求することになったのかということについて、著者自身の考察をまじえながら、寺の案内がなされています。

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    2022年09月15日
  • 大河の一滴

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    開始:2022/9/15
    終了:2022/9/23

    感想
    上滑りした小手先の知識ではない、深みのある知恵。自分の中の澱を掬い出し陽の光に当ててみる。それは意外にもキラキラ輝いているのかも。

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    2022年09月23日
  • 百寺巡礼 第四巻 滋賀・東海

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    第四巻では、滋賀県などの寺がとりあげられています。

    本書によると、人口あたりの寺の数がもっとも多いのは滋賀県とのことで、本巻でも比叡山、三井寺をはじめ、六つの寺が紹介されています。

    織田信長が一向宗と長年にわたって抗争し、比叡山を焼き討ちにしたことはよく知られていますが、信長によって焼かれた寺は延暦寺だけではなく、本巻で紹介されている西明寺なども甚大な被害をこうむりました。著者はそれらの事実に触れながら、信仰を守ろうとした人びとのすがたに目を向けようとしています。

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    2022年09月14日
  • 百寺巡礼 第三巻 京都1

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    第三巻では、京都の寺がとりあげられています。

    金閣寺(鹿苑寺)と銀閣寺(慈照寺)では、ともに室町幕府の将軍でありながら、まったく異なる個性をもつ足利義満と義政の二人の人物像についての考察を展開しつつ、両者がそれぞれどのような考えにもとづいて、これらの建物をつくることになったのかということが論じられています。

    また、東本願寺および西本願寺をあつかった章では、東西分裂にいたった経緯を語りつつ、ともに親鸞の教えをいまに伝えていることが説かれています。

    清水寺の章では、宗派にこだわらずにお参りできることに著者は注目しており、それを「多神教的」ないし「神仏習合的」と呼んで、宗教の対立が激化する現代

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    2022年09月14日
  • 百寺巡礼 第二巻 北陸

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    第二巻では、北陸地方の寺がとりあげられています。

    「真宗王国」と呼ばれる北陸が舞台で、著者自身も親鸞や蓮如にかんする本を多数刊行しているということもあって、本書でも著者の親鸞観・蓮如観などが語られています。また、庶民の生活に密着して救いを説いた浄土信仰に対する著者の考えも開陳されています。

    他方で著者は、大乗寺や随龍寺、永平寺といった、禅宗の寺院にもおとずれており、「伽藍随龍、規矩大乗」と呼ばれるそれぞれの寺の特色や、永平寺につたわる道元の厳しい修行の道などにかんしても、著者自身の目に映ったすがたが、率直に語られている印象です。

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    2022年09月13日
  • 百寺巡礼 第一巻 奈良

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    著者が、日本全国にある百の寺を訪れたエッセイ集の第一巻です。

    和辻哲郎の『古寺巡礼』(岩波文庫)や、亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』(新潮文庫)などの先蹤はありますが、格調の高いそれらはもちろん、もっと新しい辻井喬の『古寺巡礼』(ハルキ文庫)とくらべても、格段に読みやすい文章で書かれているのが特徴です。

    著者は、「寺にも、仏像にも、建築にも、ほとんど無智のまま私は旅に出た。なにかを学ぶためではない、何かを感じるだけでいいのだ、と思ったからである」と語っていますが、著者は親鸞や蓮如について多くの本を刊行しており、けっして仏教にかんする知識をもちあわせていないわけではありません。ただ、著者独自の

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    2022年09月13日
  • 漂流者の生きかた

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    難しかった。
    前提となる知識が足りなさすぎた。読むのが早すぎたか。
    もうちょっと色々と読んで知って、また読み直すと色々とわかるようになる気がする。

    p200
    「聖と俗の、楕円というふたつの中心のダイナミズムがなくなった時に、皆カプセル化されて、狭い範囲のアイデンティティでしか人と交われなくなり、排他的になってゆく面があるんじゃないこと思います。」

    今の世界は、まさしくこれで、多様性といいながら、一つの円の中に取り込んでいこうとしているところに違和感を感じる。
    ここ何年かでよく聞くようになった「インクルーシブ」も、正直あまり好きではない。
    別々の土俵で、お互いにそこにいることだけを許容しあえ

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    2022年09月03日
  • 天命

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    人の無力さ、この世の理不尽さ、そういうものを受容しながら生きていくしかない。
    読んでいるうちに、隆慶一郎の小説を思い出した。
    あの、物悲しさを呼び起こしながら、憧れと敬意と静謐さを感じずにいられなかった物語に、どこか相通ずるものがある気がした。


    p68
    「親鸞が言っている悪人というのは、悪人であることの悲しみをこころのなかにたたえた人のことなのです。」

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    2022年08月20日
  • 眠れぬ夜のために―1967-2018 五百余の言葉―(新潮新書)

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    ネタバレ

     五木寛之「眠れぬ夜のために」2018.11発行、1967年から2018年までの五百余の箴言集です。心に響いた言葉は:①この国の爆心地が広島、長崎だけでないことを、私は石牟礼さんの文章で教えられた。②食べていける、寝る場所があるということのありがたさをもう一度思い出したい。③人間が性のいとなみを絶てば、地上から人間は消える。④愛から生まれるもの、それは執着である。⑤生きている限り執着は消えない。モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間である。⑥人間は「おどろく」ことで成長し、やがて「よろこぶ」時代を過ごす。そして「かなしむ」ことの大切さに気づき、しめくくりは「ありがとう」という世界

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    2022年08月06日
  • 下山の思想

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    ひとが歴史にひかれるのは、そこにノスタルジーをおぼえるから。郷愁を自信をもって楽しもう。

    自然の風景にその美しさに感じるものも限りなくノスタルジーに近い。

    私も下山の途中である。

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    2022年07月21日
  • 親鸞(しんらん) 完結篇(下) 【五木寛之ノベリスク】

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    親鸞の最大なる罪は、家族を持ったことにあると考える。
    誰一人として幸せに感じえた人がいないように思えた。
    極論であるが、事を成す人は、家族を持たない事が、本人は、勿論 まわりも幸せにするように思えた。

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    2022年06月24日
  • 親鸞(しんらん) 激動篇(下) 【五木寛之ノベリスク】

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    五木さんが語っていたが、罪と罰
    を先駆けており、当然小説であるからして、盛ってはいるもののそして、何よりも宗祖と言うよりも一人の生身の人間としての親鸞に魅かれる。完結編が楽しみだ。

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    2022年06月16日
  • 大河の一滴

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    著者が、終戦を北朝鮮で迎えた後ソ連の捕虜となり、その後引き揚げたと言う過酷な体験は、想像を絶するもので、理解することは容易ではないが、ここで語られている著者のお考えや信念と言ったものが、その様な体験から裏打ちされたものなのだと思う。
    生きていく上で、心に留めておきたい事が色々ありました。
    この本が発行されたのは、1999年。当時も痛ましい出来事が次々起こりバブルも崩壊した真っ只中で生きづらい世の中だったのを思い出すが、その後起こった同時多発テロや東日本大震災、コロナ、異常気象、ロシアのウクライナ侵攻。。。などを思うと、著者の言うようにこの世は苦しいことばかりであり、生きているだけで価値があるの

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    2022年06月15日
  • 蒼ざめた馬を見よ

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    読みたい本リストにあげていたところなかなか店頭でみかけなかったが、ロシアがウクライナに侵攻
    したことで久々に再販された模様。この作品集に描かれた内容が今のSNSの普及した時代からみると道具立ても世界の思想状況もある意味時代小説になりつつあるように感じられた。とはいえその時代を生きた世代だからこそ書くことができた人間の生き様は今も我々に迫力に満ちてせまってくる。

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    2022年06月11日