五木寛之のレビュー一覧
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このシリーズは、1、筑豊篇2、自立篇3、放浪篇4、堕落篇5、望郷篇までを4年ほど前に従兄弟にもらった。
6、再起篇までは買い足して読んだが。7、挑戦篇8風雲篇は未読。5、望郷篇の後半から6、再起篇の前半までが少しブレというかスムーズに話は進まない感覚はある。
五木寛之さんは昭和46年ぐらいにはその時点での単行本を多く読んでいたが『青春の門』だけは未読だったので6巻を一気に読んだ。そのあと、あまり本を読まない家内も一気に読んだので。五木寛之さんの読者を惹きつける筆力のすごさを再認識したシリーズである。素晴らしいエンターテイメントだと思う。
五木さんは「のぶひろし」をはじめ数種のペンネームで作詞 -
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おととい購入して一気に読む。
日々感じていること、
感じているのに言葉にできないこと
うん、、そうそう、、、
これを私は感じていたの!
言葉にしてくださってありがとう!五木先生!という感じ。
目に見えるものだけを信じる時代ではない。
目に見えないものもまたあわせて信じていくことが、人間の幅になるということ。
父性的な「理」や「智」だけで日本はここまで着たけれど、
母性的な「情」というものもまた見つめなおす時期なのではないかということ。
日本人のアニミズムを見直すということ
アニミズムとは、木にも草にも虫にも、山にも川にも、ありとあらゆるものに「魂」があり、そしてそれを「生きている」 -
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百寺巡礼の旅も4巻目を数え、私の住む滋賀県へ。
それにしても滋賀県が人口当たりの寺院の数で全国一であるのみならず、単純に寺院の数で比較しても京都より多いなんて知らなかった。
そう言われてみると、散歩していてもそこかしこで確かにお寺に突き当たるもんね。
で、そうやってお寺を見ながら歩いていて、また気が付くことに、路傍に祀られているお地蔵さんが多いこと。
歴史の舞台にして、交通の要所、本編の中にも度々「信長の焼き討ち」が出てくるけれど、そうした地勢と歴史の中で、近江の人たちががそこにある色々なものを拠り所にして生きてきたことを偲ばせる。
昨年沢山の本を読み、心震わすことも多かったが、何より感じたの -
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このひと月の間、京都の町は紅葉見物の人で賑わい、東福寺もまた例外ではなく、淀への乗り換える駅のホームから溢れそうな人にうんざりする。
百寺を巡る旅も第3巻で京都に入る。
金閣、銀閣、東と西の本願寺、南禅寺、清水寺、東寺など観光客にも馴染みの深い寺を巡りながら、しかし描かれる風景は雑踏の観光客とは一線を画し、朝廷や室町幕府が置かれた京都ならではの歴史の上に、夫々の寺と仏の教えがそうした時の権力や民衆とどういう関わりを持ちながら今日まで生き抜いてきたかが語られる。
北山文化や東山文化の栄華を描きながら、一方でそれが鳥辺野や化野の地獄図の上に成り立っていたこともあわせて語り、金閣の輝きは無名の民草の -
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日差しは変わらず夏の強さも木陰の風は秋の気配を運ぶ彼岸の中日。
そんな日に読むこの本の、なんとまあ清冽で凛とした佇まいに溢れていることか。
仏の掌の上で慈しまれるように仏像を愛で、未訪の寺はもとより既知の場所でも改めて訪れたくなる描写と薀蓄。
人情溢れるひっそりとした山里で凛と立つ室生寺。
花の寺の俗っぽさに現代の巡礼を見る長谷寺。
大衆の志や信心に支えられ立つ二つの塔が時を超えた景色を見せる薬師寺。
命を投げだしても遂行された鑑真の遺徳を偲ぶ唐招提寺。
一瞬一瞬の天候に応じ変化する苔の海に伎芸天のおわす秋篠寺。
聖徳太子から親鸞へ受け継がれた平等思想に思いを馳せる法隆寺。
日本人の心の渇きを -
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正直、思ったより普通だった。
もちろん、伝えたいテーマは凄く分かる。
「ただ生きるためだけに生きるな」
「群れに流されず、自分の飛び方を見つけろ」
みたいなメッセージはかなり強く感じた。
たぶん時代背景込みで考えると、かなり多くの人に刺さった作品なんだろうなとも思う。
でも、自分にはそこまで深くは刺さらなかった。
理由を考えてみると、ジョナサンがあまりにも理想的すぎたのかもしれない。
孤独を恐れず、周囲から否定されても折れず、自分の信念を貫き続ける。でも現実の人間って、そんなに強くないと思う。自分もそうだから、「かっこいい」「美しい」とは思うけど、完全には感情移入できなかった。
あと、かな -
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「語り合うときは、同好の士や同業者ではなく、違った世界の人たちと話し合うことがとても大事だ」
この箇所を読んで、野矢茂樹氏の著作『はじめて考えるときのように』に書かれていた「変なひとと出会う。……共感よりも違和感や反感の方がだいじだ」という言葉を思い出しました。
なぜ大事かというと、異質な交流こそ自分の殻を打ち破ってより深い人間になる原動力になるからだと理解しました。
同質な人と出会って、共感したりされたりすると心地よく、自分は間違っていなかったと安心するので、そのような人と会うことに重きを置きがちですが、それだけではダメなのだと本書を読んで改めて思いました。
今の自分には、自分と違う