吉村昭のレビュー一覧
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ネタバレ富と名声を無視してでもオランダ語の和訳に対して昏い情熱を燃やし続けた前野良沢と、日本の医学を発展させるために賢しく世を渡って富と名声を手にした杉田玄白。対照的な生き方の二人をターヘル・アナトミアの翻訳という史実を介して、オーバーラップさせて構築した歴史小説。外面描写に徹した文体や冷徹な目線での語りを見るだけでは公平な眼差しで物語を構築しているようにも見えるが、タイトルを見れば、吉村昭氏は前野良沢に対してシンパシーを抱いていたであろうことが想像できる。そんでもって、どうせ人は死んでしまうという虚無感が、この作品の根底にも冷え冷えを横たわっている。これが心地いい。
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古本で購入。
漂流を題材にした小説を6篇書いてきた吉村昭が、「日本独自の海洋文学」である漂流記について語る。
新書創刊のラインナップにこれを入れてくる新潮社はなかなか渋い。
イギリスには多くの海洋文学としての小説・詩が生まれた。
しかし同じ島国の日本には存在しない。それはなぜか。
理由は船の構造・性格の違いによると、吉村は言う。
西洋の外洋航海用の大型帆船と違い、日本の船は主に内海航海用だった。一般に「幕府が鎖国を守るために外洋航海のできる船の建造を禁じた」と言われるが、実際はそのような禁令はなかったらしい。日本に外洋航海用船がなかったのは、「必要なかったから」だそうだ。
物産豊富な日本 -
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「敵討」天保の改革の時代に協力者の浪人と父と伯父の敵を追って二人で十数年。漸く見つけた相手は獄中に。このままでは敵討ちが出来ない・・・。この時代に敵討ちがいかに永年、収入もなく、あてもなく捜し回る悲劇。運良く討ち果たした後の二人の叙述もまた悲劇の深さをもの語ります。そして天保時代の政治の影を感じます。「最後の仇討」は明治元年、秋月藩の両親の暗殺を見た10歳の少年がやはり十数年後に判事になった敵を討つまでの苦難の日々と、敵討ち禁止令の施行により殺人罪とされてしまうこれまた悲劇。しかし、明治13年当時は未だ美風とされ、世の中の共感を集めたとの実話。時代の大きな変革に飲みこまれた人々の運命を痛感しま
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日本でもこれだけ大きな津波を度々経験しているにも関わらず、何と無知だったのかと痛感します。三陸海岸の方言では「よだ」が明治29年(死者26,360人)、昭和8年(死者2,995人)と僅か37年の間の2回も襲った悲惨な経験は驚きでした。そして昭和35年のチリ大地震による津波(死者105人)の損害の大きさにも吃驚です。著者はあくまでも客観的に淡々と前兆から始まる時系列の経過、そして甚大な被害の様子を描いています。そして古文書だけではなく地元のお年寄りへのヒアリング調査の成果です。まるで昨年のニュースをもう一度文章だけで生々しく再現してくれたように思います。チリ地震との関連では過去の南米の地震・津波
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天一号作戦の大和乗組員の生存率が8%だとすると、陸奥爆沈での生存率10%が如何に異常な数字なのかがわかります。
戦ってもいないのに爆沈した陸奥は哀しいですが、その事実を隠そうとした海軍は昭和18年の時点でそれほどまでにすでに狂っていたのかと感じました。
そして意外なほどに戦艦事故の原因は人為的なものだということに驚き、あっけないほどにもろく潰え去った陸奥はその後の海軍を象徴していると思いました。
この小説は戦後26年経って書かれたもので当時はまだまだ生存者が残っており、吉村氏の丁寧な取材により徐々に真相が明らかになっていきます。
馴染みのない用語が多量にあり途中飛ばしながら読みました。 -
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終戦と後のいわゆる戦争犯罪(人)に対して考えさせられる小説。
主人公は終戦後、B29の搭乗員を処刑することに加わり、その事で戦後追われる身になる。B29の搭乗員は当時の国際条約に違反して民間人を大量虐殺した事で、日本軍部は処刑を決定し、国際社会にも宣言していた。戦後それらが戦争犯罪となるが、勝者が敗者を裁くことを見せつけられた思いがした。また裁く側の都合で量刑が斟酌され、減軽される政治的な流れについても人間の行いの空しさを覚えた。主人公が最後の場面でかつて働いていたマッチ工場のマッチを擦り、その質の変化を眺める様は時代の流れを思わせられてしんみりした。
考えさせられる小説であったが、生きる勇 -
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父にプレゼントした本。
面白かったから読めとわたしのところに舞い戻ってきた(笑)
読んでみると…
品川、大森など、ちょうど通勤経路にあたる場所がバンバン出てきて、電車の中で読みながら、このあたりでこんな事件が…と臨場感ありまくり、かつ非常に不思議な気持ちになった。
最初は英国人たちが斬られる場面描写に驚いた。
「生麦事件」という名前しか知らなかった事件が、実際にはどんな人たちがどんな状況下で、どんなふうに殺傷されたのか…
自分の生活圏で起きた事件であることも手伝って、何百年前の出来事が蘇ってくるように感じた。
絵空事でも何でもなく、本当に人が血を流し、叫んだのだ…と胸に迫るものがあったのだ。