吉村昭のレビュー一覧
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ネタバレ政治・外交に対して冷静な分析力をもち、家族に対して清廉な川路聖謨。
日本に外交力がない、と昨今もいわれているが、幕末、鎖国を解くことにより起こりうる 国内の内乱という危惧を抱えながら、譲歩せずに進めたロシアとの交渉。その手腕たるや、に感動する。
すでにこの時期、欧米諸国は日本に対しての情報を共有しつつあった、という状況。幕末に向け、物価の高騰、江戸の火事、といった時代の空気も伝わってくる。位替えになると、一両日ぐらいで行われる、屋敷替えというシステムもあったとは・・
幕府派遣の初の英国留学生の船に、コマ回し、手品、軽業師などの巡業芸人が、ロンドン巡業のために乗船している史実にも、驚き -
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クリミア戦争で英仏と戦う祖国を離れて折衝に臨むプチャーチンの艦船が地震、津波で被害を受けて沈没し、乗組員五百人が上陸する事態に。厳しい折衝を終え、幕府の配慮で完成した「戸田号」で帰国の途につくプチャーチン。日ロ関係のみならず、日本外交史において最大の功労者ともいうべき川路聖謨の生涯。(親本は1996年刊、1999年文庫化、2014年新装版)
下巻の前半は、船を失ったプチャーチンを帰国させるための苦心が描かれている。幕府は、開国はしたものの通商は拒否していたが、どのように国益を守るのかが描かれている。後半は、日米通商条約の締結に向けて、朝廷の勅許を得るために苦心する様子や、安政の大獄に巻き込ま -
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江戸幕府に交易と北辺の国境策定を迫るロシア使節のプチャーチンに一歩も譲らず、領土問題にあたっても誠実な粘り強さで主張を貫いて欧米列強の植民地支配から日本を守り抜いた川路聖謨。軽輩の身ながら勘定奉行に登りつめて国の行く末を占う折衝を任された川路に、幕吏の高い見識と豊かな人間味が光る。(親本は1996年刊、1999年文庫化、2014年新装版)
本書は、勘定奉行としての川路聖謨の事績を小説化したものである。内容の大半を、プチャーチンとの交渉が占める。幕末にロシア使節、プチャーチンが来航した事は知っていたが、どの様な交渉が行われていたのか、イマイチわからなかった。
本書を読むと、幕臣たちが幕末の外交 -
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医師・松本良順を扱った司馬遼太郎氏の「胡蝶の夢」を読んでいたので、ずっと気になっていた本だった。
司馬遼太郎氏のような、人格を浮きださせるような描写はないものの、蘭方医が必然不可欠になっていくのが判る。開国に向かうにつれ、日本でコレラが流行り、対処効果が見られたのは蘭方であり、天然痘にも種痘が効果的となっていく。
この時代の流れは凄い。さらに松本良順の魅力は時代に乗るのでなく、本人に備わった能力から、時代が取り残さなかった、”暁”という存在出している。
幕末から明治になる中、戊辰戦争側について、会津藩、仙台藩へと進み、横浜へ戻っての投獄。才覚と実績あればこそ、日本初の私立病院の設立、 -
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幕末、日本が諸外国から開国を迫られた頃、ロシアのプチャーチンと、開港・通商・領土についての交渉をした勘定奉行・川路聖謨(としあきら)の存在の大きさを知った。
明らかに軍備、近代化の遅れを目にしながらも、屈せず、粘り強い交渉力、そして人柄が豊か。才能ある者は身分に関わりなく、埋もれず出てくる養子制度が、努力を絶え間なく続けていくような、偉人を生み出していったのだろう。通史と呼ばれている通訳の実力も凄い。
長崎か交渉舞台が下田となり、この交渉中に起きた安政大地震の甚大な被害など、グングンと内容に引き込まれていく。世界遺産となった韮山反射炉はこの地震に耐え得ていたり、冬の強い海風、戸田村でのロ -
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作家買いで、久しぶりに購読。
大東亜戦争と狂気の天才医学者の小説。
命を大切にするという常識的な道徳・倫理感よりも、資源のない日本のために、細菌兵器という科学技術開発に、心血を注いだ天才科学者の戦争参加を描いた作品。
敢えて匿名とした主人公の戦争小説という形態だが、人体実験を犯した731部隊を率いた石井四郎中将を、作者流の丁寧な取材に基づいたノンフィクションと言っても過言ではない。
以前、731部隊を描いた「悪魔の飽食」を読んだことがあるが、比較にならないぐらいに、それを越える史実に近づく優れたノンフィクション。
また、たった248ページで、太平洋戦争前夜から戦後までの社会状況を描ききり -
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太平洋戦争でアメリカの戦力差を痛感した日本軍にとって、最後の切り札が細菌兵器だ。その開発を担った曾根二郎軍医率いる満州の極秘部隊は捕虜を使った人体実験を繰り返し、細菌兵器の実用化に努めていた。
作者は曾根の心情を一切書かず、人体実験という残酷な事実を淡々と述べることに徹し、曾根以外の人物には名前をつけない。こうした文章が曾根の不気味さ、孤独さを強調する。
また、曾根は一軍医でありながら、ただ細菌を作るだけでなく、ノミに寄生させて細菌を運搬する方法や人体実験患者の管理、陶器製の細菌爆弾の発明など、様々なアイデアを生み出しす。現実的な細菌兵器を作るためなら、人道や国際法ルールに違反しようが、彼 -
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三毛別羆事件を描いた「羆(ひぐま)嵐」を書いた際に、猟師に取材した話から着想した、熊退治の半小説短篇集。あくまでも内容は小説である。
収録されている7作とも、熊(1篇だけツキノワグマ、その他はヒグマ)を退治しなければならない動機が有り、最後に熊を討つ、それだけの話といえばそうなのだが、半分はドキュメンタリーというところもあって、展開がスリリングでリアリティーを伴う。正直なところ、4作目くらいで「どうせまた、熊を撃つ作品じゃないか」と考えたが、そんなこんなで一瞬で読み終えてしまった。
熊を退治するだけの話という風に読めば、日本昔ばなしになるわけだが、熊に襲われた人の死体(死骸)の表現などで、 -
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静かなる気骨の人、吉村昭の穏やかな声が聞こえるエッセイ集。(親本は平成17年刊、平成20年文庫化)
ⅰ 日々を暮らす
ⅱ 筆を執る
ⅲ 人と触れ合う
ⅳ 旅に遊ぶ
ⅴ 時を歴る
著者は、史伝小説の作者である。小説の中で自分を出すということが無い分、エッセイでは、人柄が溢れている。「資料の処分」は、死後のことを考え、不要となった資料を処分する話であるが、氏の考えは考えとして、もったいなく思った。小説家にとって、小説を書いてしまえば、無用の長物というのは分かるが、何が元ネタなのか、追跡が可能な方が後世のためだと思う。(とはいえ、一個人にそこまで求める事は酷であるが)
「小説に書けない史料」の話も -
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記録文学の第一人者による史実に基づいたフィクション小説。フィクションと言っても、殆どが史実に基づいており、敢えて実名を挙げなかったのは関係者に配慮してのことだろうか。
日本の歴史上の最大の暗部とも言うべき関東軍防疫給水部の創設から解散するまでを描いている。主人公は陸軍軍医中将・曾根二郎であり、石井四郎がモデルであることは自明である。
関東軍防疫給水部…七三一部隊はハルピン南部でペスト菌、チフス菌、コレラ菌などの細菌を兵器として活用しようと俘虜を使った極悪非道の人体実験を繰り返していたのは多くの日本人が知っていることだろう。本書では主人公の曾根二郎が関東軍防疫給水部を創設するに至った内面的な -
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さいきん、19世紀以前の日本と外国との関係について興味が湧き、関係する書籍を読んでいます。
この作品は、江戸時代末期に、幕府の役人として欧米列強との交渉にあたった川路聖謨が主人公の歴史長編です。
舞台は1850年代。
アメリカのペリーに続き、長崎にロシア艦隊がやってきます。
遠い江戸から駆けつけ、交渉にあたる川路。
その後、場所を下田に移し、厳しい交渉に望みます。
複数の通訳を間に挟み、対立する利害を調整していく交渉。
さらに、下田に大きな異変が襲い掛かって・・・という展開。
幕末の開国にあたっては、「欧米列強から高圧的な要求を受けて、日本側がかなり苦しい対応を余儀無くされた」という認識を持っ