吉村昭のレビュー一覧
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感情移入を拒否するような淡々とした文章がちょっと退屈に感じる部分もあるが、価値観が全く異なる江戸時代の人間の感情を、現代の人に響くように描く事は無理なのかもしれなくて、そこに拘る事でわざとらしさが付きまとうのであれば、このような距離感のある文章だっていいのではないか、と思って読み進めた。
この距離感のせいか、全体に対する記述内容の割合にも表れていると思うけど、主人公の考えや気持ちという事よりも、場所を移動する事に対する重みが今と全然違うなと思った。目的を達成するための移動に時間と体力がかかっている。私だったら耐えられない。そんな通信手段・移動手段が存在しない中で、しかも蟄居させられている主犯格が、急進派の水戸藩士をコントロールして、天皇の勅書を幕府に返却する事を阻止するくだりは、本当にすごいなと思った。 -
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終戦を兵士としてではなく、かといって幼子としてでもなく、出征間際の年齢で迎えた著者の回想録である。
「生れついてから××事変と称する戦争がほとんど切れ間なくつづき、遂には「大東亜戦争」と称されたあの戦争に一個の人間として直接接したことが珍しい経験なのかも知れぬ、と思うようになったのである」
とあるように、著者の一歳年上の男子は徴兵され東京を離れていたし、小学生であれば学童疎開でやはり東京を離れていた。東京で生まれ育ち、東京で終戦を迎え、戦後も東京で暮らした庶民の生活というのはなかなか貴重であろうという話である。
本書には戦中戦後の明日をも知れぬ日々の中にたくましく生きる姿がある。もちろん東京大空襲もある。
「私は、防空壕の中で耳を塞ぎ突っ伏していたが、爆弾が頭上に迫ってくる音は、貨物列車が機関車を先頭に落下してくるのに似たすさまじい大轟音で、体が瞬時に飛散するような激しい恐怖におそわれた。爆弾が落ちると、体は大きくはずんだ」
そこらじゅうに死体が転がる異様さの中にあっても、少年が懸命に日々を生きる様子がそこにある。
苦しいことも多く、両親を始め兄弟も次々と他界する。だがどうしてか、悲壮感はさほどない。60年後の回想録だからだろうか、かなりニュートラルな描写である。その淡々とした筆致が、むしろ生々しく戦時中の暮らしを浮かび上がらせる。
大混雑する列車や、地方への買出しなどの風景は他の本でもよく見られるものであるが、それでも人それぞれに見てきた光景は異なるわけで、また一つ「新しい戦争」を垣間見ることができた。 -
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ネタバレ菊池寛「蘭学事始」の前後左右に肉付けした感じ。ところがこの肉が厚くて豊かで魅力的。玄白がちょっとフォローされてるかな。まあでも、報帖で様子見とか家治への献上とかって玄白のアイデアだし、病弱で独り者だった玄白がこの成功で妻帯できたのは良かった良かった。
良沢が中津から江戸へ戻る途中で、「大井川に渡しがない」って話が出てきた。先日、角倉了以が江戸初期に舟を通した話(岩井三四二「絢爛たる奔流」。この本の解説、偶然にもこの人)を読んだばかりだったので、あれ?っと思ったけど、よく考えたら了以のは京都の「大堰川」だったw
あと、そもそもこの話、前野良沢と杉田玄白がダブル主役なんだけど、それぞれの交友範囲に平賀源内と高山彦九郎がいる。史実上、無視できないのはわかるけど、この2人、脇役には相当向かない濃いキャラw。なんで、全体のバランスが崩されちゃって、最終的に座りが悪い仕上がりに感じた。寧ろ例えば、玄白が60歳で良沢70歳の時の20年振りの再会なんかは、もうちょっと紙幅を割いて欲しかったなあ。
岩崎克巳の「前野蘭化」、挑戦したいけど、東洋文庫3分冊かあ。ハードル高いなあ〜! -
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ネタバレ画像は新装版を使いましたが、実際は平成元年10月5日5刷りのハードカバーを読みました。
江戸後期から幕末にかけての外交史を語っている。小説だがセリフが少なく、まるでノンフィクションを読んでいるようだ。それでいて読みやすい。
前半では、日本に不法入国したアメリカ人のラナルド・マクドナルドが、オランダ語通詞の森山栄之助らに英語を教える過程を通じて日本の外交を描き、後半では幕末期の各国との外交の歴史を、森山が大通詞から外交官として活躍する流れとともに描いている。
後半はアメリカの横暴な態度に腹を立てながら読んだ。無理難題を押し付けてくるペリーに対し、日本側も譲歩しない。外交経験がほとんどない日本にしては、よく頑張ったと思う。それでも軍事力を盾に脅しに開国を迫るアメリカ。「日本は、平和主義を理念とするアメリカと一刻も早く通商条約を結ぶべきだ、…(本文より)」とはよく言ったものだ。こうして「パクス・トクガワーナ(徳川の平和)」は終焉を迎える。
そんな中で、森山とマクドナルドの交流にはほっこりするものがあり、二人の別れのシーンは不覚にも涙してしまった。厳しい現役生活に疲れ切った晩年の森山を慰めたのも、マクドナルドとの思い出だった。最後に二人を会わせてやりたかった。 -
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複数巻の長編を平行に読破しよう月間消化期間。残してるのはあと2作くらいかな?
イギリス留学から帰ってきた高木兼寛。海軍の医師となり、最も直面すべき課題としての「脚気」の撲滅に向け、仮説を立て、食事療法によって現実に発症者を激減させるのだが…。
科学的な衝突が出てきて、俄然面白くなってきた下巻。個人的に最も面白いのが、森鴎外(林太郎)と東大が、科学的根拠をはっきり示した脚気の原因と療法について長年批判と黙殺を続け、何万人もの日本兵を見殺しにした悪役として描かれている所。北里柴三郎も同じ穴の狢。森鴎外が好きでないので。
現在の科学と違い、即日的に評価が広がらないことで、結局30年して退職しても、功績が認められないことや、海外での非常に高い評価が全く日本に伝わってこないという点がもどかしい。
途中に日清日露戦争や、明治天皇崩御他、様々な歴史的イベントが起こっていたり、その中で政府が陸軍(東大閥)寄りに偏っていく話も面白いのだが、やはり職業柄、研究に関した所を面白く読んでしまう。逆に人事だの戦艦の名前だの、他の人が注目しそうなところは流してます。
正しいことが、政治的に潰されてしまうという読み方もできようが、その中で陸軍と海軍で全く別の思考が出来るということが、この時代の魅力なのではないだろうか。
また、当時は「天皇は絶対であった」と教科書的には習うものの、天皇が何を選ぶのかは天皇次第であったり、天皇が高木の主張を納得して取り入れていても、政府や陸軍は東大のことしか聞かなかったりする。さらに、政府がどう言おうと現場からの意見が多ければ認められたりするわけで。
教訓としては
「歴史とは学校で習うとおりではない」
で締めさせていただきたい。 -
購入済み
高熱隧道
吉村昭氏の著作は愛読しています。歴史の表舞台に出てきた英雄的な人の話も好きですが、そうではない、縁の下の力持ちであった人々、普通に暮らしていたら知らなかったであろう人々の話が特に好きです。当作品は、登場人物は氏の創作によるものですが、事実を題材にしており、迫力があります。「闇を裂く道」も同じようなトンネルを掘る話で、こちらも面白かった。併せてご一読をお勧めします。
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複数巻の長編を平行に読破しよう月間再開。
慈恵医大を作った高木兼寛の生涯のドキュメンタリー。倒幕から明治維新の動乱期に、戦火をくぐり抜けながら、西洋医学の重要性に目覚め、留学するまでの波乱万丈を描いた上巻。
吉村昭らしいパワフルな文体で、グイグイと押し進めるストーリーは、日本の混乱期、特に薩摩藩の動きと相まって、否応なく引き込まれる。
そこに、兼寛の生活や医学授業の詳細は、マクロとミクロの文章のメリハリにつながっている。
歴史小説やドキュメンタリーを読んでいて辛いと思うのが、登場人物がたくさん出てきて、それらがきっと伏線やストーリーの展開に絡むと思い込んでいると、単に歴史の一事件の関係者で、以後出てこないというものがある。この作品もそうであって、最初なかなか読み進められなくて困った。そういう部分は読み流せばよいのだ。
この手の歴史やドキュメンタリー小説で往々にて読み手が困るのは、昔っぽい表現に固執することと、現地の方言などに固執することだ。吉村昭の作においては、ほとんどそれがなく、違和感も少ないのが、やはり魅力なのであろう。
ただ、英語でしゃべっている部分を、カタカナ日本語で書くのはどうかなと思うけど。 -
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熊嵐とか漂流とか、以前に読んだ作品の方が、より好きでした。もちろん、これがつまらないってことではなく。先日読んだ「四十七人の刺客」でも感じたことだけど、比較的史実に忠実に則って、かつマイナーな登場人物もかなり網羅してっていう風だと、免疫がないとどうしてもとっつきづらさを感じてしまいます。まあ素養のなさがそもそもの問題なんだけど、入門編としては最適ではない、っていうくらいの意味です。桜田門外の変は歴史の教科書で読んだくらい、ってレベルだと、なかなかついていくのが大変でした。ただ、事変がメインなんだけどクライマックスではなく、その後日談がかなりの紙面を使って書き込まれているのは読み応え大でした。むしろその部分こそ、個人的には一番楽しめたところかも。