吉村昭のレビュー一覧
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明治期の軍隊での大きな問題であった脚気の対策予防に成功した高木兼寛の物語というか伝記である。宮崎の大工の子だが医師を志し、戊辰戦争に従軍したものの満足に医師の役目が果たせなかったことにショックを受け、さらに努力し海軍軍医トップに上り詰める。
この時期の人に見られる尋常ではない努力と客観的な洞察力で脚気という大きな問題を解決に導く。また、慈恵医大を創立し、看護婦の養成にも取り組んだ。それでも晩年は評価されなかったことで鬱屈していたようだが、現在でもまだまだ評価が不十分であろう。
それにしても、敵役の陸軍と東大医学閥と森鴎外の厭らしさは何だろう。今に至るもその残滓が感じられるのは、高木の業績があまり知られていないことにも現れていると思う。 -
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無期懲役の刑を受け、16年間刑務所で過ごした菊谷。彼の仮出所が決定してからの生活を描いた小説。
刑務所での習慣が抜けない菊谷の様子や、仮釈放後も自らの過去が発覚することを恐れる、元受刑者たちの心情や行動が非常にリアルでした。それだけでなく、出所後菊谷が就くことになる、養鶏場の仕事の描写までもがリアルで、吉村さんらしい綿密な取材と丁寧な描写力が光った作品だと思います。吉村さんの記録文学以外の作品を読むのは初めてだったのですが、綿密で丁寧な描写は吉村作品全般に通じるものがあるように思います。
罪と罰についても考えさせられます。菊谷は本当に更生していたのか? 本人の心情が分からないままに更生をしたと判断していいのか? 地に足を着いた描写だからこそ、とても深くそうした問題について深く掘り下げることのできる作品だと感じました。
ちなみに解説は作品の結末部に触れています。いつもは解説を先に読むことが多いのですが、今回はたまたま解説を先に読まずに本編を読んでいたのでラッキーでした(笑) -
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吉村氏の本2冊目。氏のおかげで戦中、戦後史に俄然興味がわいている。この作は、戦後8年ほどを経て引き上げられた潜水艦の様子の記述に、とにかく度肝を抜かれた。おそらくこの艦だけでなく、他の場所でも多くの沈没艦があるはずで、それらの記録も一部には残っているのだろう。しかし、氏の綿密な調査により、ここまで詳らかになったものはほとんどないのでは?
30年以上も前の本の新装版ということで、さすがに当時小学生の自分はこの本を知る由もなかったが、とにかくインパクトがあった(その後、自分の生まれた年に発刊された書籍に、この沈没艦から9年ぶりに現れた軍人の姿を収めた写真も見た。本書をさらに記憶づけるに十分なものだった) -
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「永遠のゼロ」を読み終えて、この小説を知りました。記録小説と言うものがあるとすればこの小説のことでしょう。この作家の作品は初めて読みましたが、読み応えのあるものでした。ゼロ戦は本当に凄い戦闘機だったのが分かります。ゼロ戦の高水準の性能を背景に太平洋戦争に突入して行ったように感じました。序盤では向かうところ敵無しの状況で、圧倒的な勝ち方でした。格段の性能に海軍が妄信して更なる戦争拡大に突き進んでしまったようです。戦争末期まで性能の優位性は保たれていましたが、残念ながら後続機を開発する余力がなかったのが残念でした。また出だしに詳細に書かれていますが、組立て前の戦闘機パーツの国内移動手段がまさか牛車だったとは正直驚きでした。
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〜13.10.22
日本の航空技術が世界を超えたことを零戦によって示された。それまで日本は海外の技術の真似でそれが最善だと考えてた。九六艦戦で追いつき、零戦で抜いたという印象を持った。
その零戦の質に賭けて日本があの大戦に突入していったようにも思える。
アリューシャン海戦でその質の神秘性が薄らぎ、日本全体の神秘性も失われアメリカの物量による押しに負けたように思う。
また、その戦争の裏でどのように製造されていたかもしっかりと描いている。戦場の側面と実際の製造現場の2つの側面からより客観的に零戦について知ることが出来た。
また牛車の輸送からも日本自体の未熟さも感じさせ、逆に零戦という世界水準を超える技術を持ったことの日本軍の思いの強さがあると思った。 -
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古本で購入。
漂流を題材にした小説を6篇書いてきた吉村昭が、「日本独自の海洋文学」である漂流記について語る。
新書創刊のラインナップにこれを入れてくる新潮社はなかなか渋い。
イギリスには多くの海洋文学としての小説・詩が生まれた。
しかし同じ島国の日本には存在しない。それはなぜか。
理由は船の構造・性格の違いによると、吉村は言う。
西洋の外洋航海用の大型帆船と違い、日本の船は主に内海航海用だった。一般に「幕府が鎖国を守るために外洋航海のできる船の建造を禁じた」と言われるが、実際はそのような禁令はなかったらしい。日本に外洋航海用船がなかったのは、「必要なかったから」だそうだ。
物産豊富な日本は国内の流通で事足りた。外洋に飛び出す必要がなかった。
このあたり、物産・労働力ともに豊かだった宋代中国が、ついに産業革命に至らなかった(必要がなかった)という話に少し似ている。
ちなみに、イギリスでコークス製鉄法が発明される700年以上前に、中国ではコークスによる製鉄が行われていたのだとか。
閑話休題。
陸地を視認しながらの航海とは言え、太平洋は恐ろしい海だった。それは南から北へ列島沿いを流れる黒潮のせい。急変する天候により遭難し黒潮に乗った船は漂う。運よく異国の地に流れ着いたとしても、病などで次々に船乗りが死ぬ。
奇跡的に帰国を果たした彼らの体験を、選りすぐりの学者が聞き取った記録こそ、日本の誇る「海洋文学」なのだ。
『北槎聞略』『時規物語』『蕃談』『東海紀聞』『船長日記』…
数ある漂流記の中で著者が紹介するのが、寛政5年(1793)に石巻を出港して江戸へ向かった若宮丸乗組員の体験を記録した『環海異聞』。
若宮丸は天候の激変で遭難、アリューシャン列島にたどり着く。ロシア人に保護された船乗りたちのその後はドラマチックの一言。
オホーツクからシベリアを越え、帝都ペテルブルグに至る。漂流民を送り届けることで江戸幕府の心証を良くし、交易に繋げたいと目論む皇帝を始め政府高官に手厚く遇され、帰国の途へ。大西洋を渡り南アメリカ大陸の南端を過ぎ、太平洋を横断、ついに日本の土を踏む。この間、約10年。
ロシアでの長きにわたる生活の中である者は死に、ある者はキリスト教に改宗してロシアに留まり、ある者は日本人として初めて世界一周を果たした。帰国を望む者とロシアで日本語教師となり裕福な暮らしをしようと願う者の確執、各地で見聞した貴重な体験など、『環海異聞』は特異な記録文学として光を放つ。
吉村作品、次は漂流モノを読んでみようか。 -
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「敵討」天保の改革の時代に協力者の浪人と父と伯父の敵を追って二人で十数年。漸く見つけた相手は獄中に。このままでは敵討ちが出来ない・・・。この時代に敵討ちがいかに永年、収入もなく、あてもなく捜し回る悲劇。運良く討ち果たした後の二人の叙述もまた悲劇の深さをもの語ります。そして天保時代の政治の影を感じます。「最後の仇討」は明治元年、秋月藩の両親の暗殺を見た10歳の少年がやはり十数年後に判事になった敵を討つまでの苦難の日々と、敵討ち禁止令の施行により殺人罪とされてしまうこれまた悲劇。しかし、明治13年当時は未だ美風とされ、世の中の共感を集めたとの実話。時代の大きな変革に飲みこまれた人々の運命を痛感しました。
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日本でもこれだけ大きな津波を度々経験しているにも関わらず、何と無知だったのかと痛感します。三陸海岸の方言では「よだ」が明治29年(死者26,360人)、昭和8年(死者2,995人)と僅か37年の間の2回も襲った悲惨な経験は驚きでした。そして昭和35年のチリ大地震による津波(死者105人)の損害の大きさにも吃驚です。著者はあくまでも客観的に淡々と前兆から始まる時系列の経過、そして甚大な被害の様子を描いています。そして古文書だけではなく地元のお年寄りへのヒアリング調査の成果です。まるで昨年のニュースをもう一度文章だけで生々しく再現してくれたように思います。チリ地震との関連では過去の南米の地震・津波の記録と日本の記録を比較し、何度も日本を襲った南米地震による津波を立証しています。その符合に驚くと共に、チリ地震津波の被害も気象庁の甘い認識の結果による人災だと思わざるを得ませんでした。約30年前の著者の作品が文庫本として昨年復活し、その年末に大津波がインド洋を襲ったその皮肉は残念なことです。