佐藤賢一のレビュー一覧
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ネタバレついにフランス大元帥にまで上り詰めたベルトラン・デュ・ゲクラン。神の子、軍神と崇められて権力と戦勝続きの戦歴の絶頂にありながらも、仲間と馬鹿をやっては楽しんでいた日々や初々しいティファーヌとのやり取りは遠のいていき、ゲクランの人生に影が落ち始める…という下巻。影は次第に深く濃くなっていき、年老いた彼の心には幼い日の悲しき思い出や確執が表出する。
下巻は上巻のようなイケイケな勢いはないが、人間ドラマ的な面が中心となり重厚感が増していて読み応えがあった。特にゲクランの従兄弟で修道士でもあるエマヌエルの道ならぬ恋、犯した罪、ゲクランとの決別、そして再び力を貸すまでの葛藤、エピローグでの姿などは人間の -
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ネタバレ百年戦争初期の実在の将軍をもとにした小説。醜く粗野な悪ガキのような主人公ベルトラン・デュ・ゲクランが、憎めない豪快な性格と天性の戦の才能を持って「ひ弱な学者殿下」シャルル王太子とタッグを組み成り上がっていく。とても面白かった!
戦争そのものの描写は意外と少ないのが物足りないと言えばそうなのだが、主人公に影響を受ける人々の群像劇、大きな歴史の動きという大きなスケールとベルトランの繰り広げる下品でおかしな小エピソードでバランスが取れているという気がする。破天荒な主人公もいいが、ベルトランと同じく戦の天才ながら出世ができないグライーや、常識人で短気なため振り回されがちなシャルルの弟アンジュー公ルイな -
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ネタバレ「はじめに」
歴史小説と歴史学の違いを挙げた。歴史小説の対象は人間で「どの時代でも変わらない」、歴史学の対象は時代で「今とはこう違う」。とはいえ実際はどちらも意図的に混じる/混ぜると。
「第一章 歴史は物語なのか」
歴史の記述というか文書の特性を挙げる。当然ながら一次文献であっても主観が入り、誇張やウソが紛れ込む。また近世以前では歴史と物語とが分けられていない。ここで歴史学の創始者ランケが実証主義を持ち込み、歴史を「歴史学」に変えたことを紹介。つまり文学との境界が曖昧だった歴史を科学としての歴史学へと変えた。とはいえ歴史学となると歴史のワクワクが減ってしまったとも言え、それに応えるのが歴史小 -
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ネタバレ歴史への興味に加えて、ゲームのヒーローとして登場する「聖騎士」のような存在として騎士修道会に関心があった。ましてや著者は『傭兵ピエール』をはじめとする西洋歴史小説の名手である佐藤賢一とあっては読まないわけにはいかない。
本書はテンプル騎士団がフランス王の手により逮捕され、教皇により解散させられた事件から始まる。建物の壮麗さから逮捕事件へと至り、歴史の謎を解くミステリー仕立ての物語は読者をテンプル騎士団への興味を掻き立てられる。
テンプル騎士団は十字軍国家における聖地巡礼者の道を警備する目的でわずか12人で発足した。その後、イスラム教徒との戦いを期待された彼らは、土地の寄付を受けて勢力を拡大し、 -
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国際金融資本がアメリカ軍を持っていたもの、という比喩表現で締めくくられた本書は、歴史を趣味として愛好する者にとってはこの上なく楽しい本だった。十字軍によりキリスト教徒が獲得したイスラエルへの巡礼者を盗賊から守るために組織されたテンプル騎士団は、やがて為替(両替)機能や(物理的な)送金機能を有するようになり、一大地主として国家へ相対する強力な存在として台頭していった。1307年10月13日にフィリップ4世が取った強行的な逮捕、処刑は、いかに彼らが国家権力から見て恐ろしく強大な力を持っていたがが伺える。異端審問への反対、宗教国家への反対、超国家的な思想という点でフリーメイソンと共通性があり、その起
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第二次ポエニ戦争をスキピオ視点で描いた「ハンニバル戦争」。
終始、スキピオ視点で物語は進みます。ハンニバルを人物として描写されるのはザマの戦い直前。
その会談の中で、生の感情に触れたスキピオが感じた人間としてのハンニバル。それまでは戦術の天才として、軍神とまで思っていた彼が一人の人間であると知る瞬間。この変化を描くために、ハンニバルを描かずにいたのかな、と思いました。
ローマに勝利し続けるハンニバル。イタリアでの敗戦の描写。ハンニバルを学ぶことで勝利を収めてゆくスキピオ。
ザマへ至るまでの全ての描写が、ハンニバルの圧倒的な強さをローマやスキピオだけでなく、読者にも刻み込ませるものであって、と