佐藤賢一のレビュー一覧

  • よくわかる一神教 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教から世界史をみる

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    世界三大宗教といえば、
    キリスト教、イスラム教、仏教。

    キリスト教とイスラム教で実に
    世界の人口の半数を超える。

    共通点は唯一神を崇める一神教であること。

    宗教の数では圧倒的に少数派の一神教が
    なぜ世界の大半を覆うまでになったのか。

    著者の佐藤賢一さんは直木賞作家で、
    複雑な宗教史をかなりわかりやすくほどいてくれている。

    文庫版にはウクライナ情勢も加筆。

    宗教と戦争は切り離せないテーマではあるのだけれど、
    読めば読むほど宗教よりなによりイギリスが原因に見えてくる。

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    2025年09月20日
  • 王妃の離婚

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    私の好きな三宅香帆さんのオススメ本の一冊。
    初めは読みにくく、小難しい設定と言葉で面白みを感じなかったが、途中から猛烈な面白みが!心の底から湧き上がるワクワク感、爽快感、ハラハラ感があり、極上の読者体験になった。決して読みやすくはないが、エンターテイメント性が高い作品だ。
    悩んだが、総合的に考えて⭐︎5!

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    2025年08月21日
  • ハンニバル戦争

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    第二次ポエニ戦争をスキピオ視点で描いた「ハンニバル戦争」。
    終始、スキピオ視点で物語は進みます。ハンニバルを人物として描写されるのはザマの戦い直前。
    その会談の中で、生の感情に触れたスキピオが感じた人間としてのハンニバル。それまでは戦術の天才として、軍神とまで思っていた彼が一人の人間であると知る瞬間。この変化を描くために、ハンニバルを描かずにいたのかな、と思いました。

    ローマに勝利し続けるハンニバル。イタリアでの敗戦の描写。ハンニバルを学ぶことで勝利を収めてゆくスキピオ。
    ザマへ至るまでの全ての描写が、ハンニバルの圧倒的な強さをローマやスキピオだけでなく、読者にも刻み込ませるものであって、とにかく彼の存在を大きく強く高く見せつけるものでした。
    人間が到底達することのできない存在あるかに思えたハンニバル。会談で彼も人であると気づけなければ、勝利はなかったでのはなかろうか。そう思ってしまうほど、ハンニバルという存在の大きさを感じます。
    スキピオ視点の物語であるのに、読後に残っているのはハンニバルの凄みという。
    直接描かないことで、英雄を神格化に持ってゆくという形でしょうか。

    漫画『ドリフターズ』でのスキピオの台詞に「ローマは100万の軍勢は恐れないが、こいつただ一人を恐れた」というものがありましたが、それも納得の存在感。
    また、スキピオ視点の戦場の混乱描写がいいのです。混乱、狼狽、焦燥、絶望、とさまざまなものが次々に襲いかかってくる。緊迫感が強い。

    ハンニバルとスキピオという不世出の英雄二人。ともに国家の英雄として活躍するも、政争には敗れ不遇な後半生を過ごしたというのは、何かの皮肉なのかなと思います。歴史を彩るのは天才や英雄であっても作るのは凡人であって、行き過ぎた絢爛豪華さは、忌避され排除されてしまうものなのか。
    同年に亡くなったというのも、歴史の舞台から退場させられたのだ、と思ってしまいますね。
    神であるかのようなハンニバルに対抗するために、研鑽を積み神に近づこうとしたスキピオ。凡人ではなくなった存在は、人の世に居場所は無くなってしまったということでしょうか。
    情緒がすぎるかな。

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    2025年01月19日
  • 革命の終焉 小説フランス革命18

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    全巻通しての感想を最終巻に書くことにします。
    最初は少し軽い印象で始まった。
    これが本当に徐々に積み重なって重みを増してゆく。
    事実をもとにしてうまく描かれていると思う。
    短い章立てで書いてある事で多くの人、多くの場面を描くことが出来ている。
    ミラボー、ダントン、サン・ジュストそして主人公と言っていいロベスピエール。
    他にも色んな人達が出てきては退場していったり。

    政治とか合意とか民意とか蜂起、暴力、法の支配、人民の生活、貴族の生活、血の通った話、高尚な話、理想、現実と様々な事を考えさせられます。

    読んでよかった。
    読み応えもありました。

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    2024年09月24日
  • 英仏百年戦争

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    情報のポイントが絞られていて、概略として掴みやすかった。

    また、「英仏百年戦争」という現代的認識の誤解をかなり指摘していて、歴史を学ぶ醍醐味を味わえた。
    巻末に、「国民国家という軛」からの解放が近いのでは、という著者の考えにもとても共感した。というのも、ギリシャ史をまとめた本を読んだ時、「ギリシャ」という現代の地理的区分にこだわって叙述することの難しさや実態とのギャップを感じずにいられなかったからだ。これは、日本を含めどの地域でもそうだと思う。

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    2024年07月27日
  • ナポレオン 2 野望篇

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    相変わらず、圧巻の知識&情報量

    エジプト遠征の時に学術団を連れて行って、美術の研究をしたり、数学を使ってピラミッドの高さを想定したり、学問的な側面も多く持っていたのも、人として面白い

    フーシェも良い味出してる

    宇野重規さんの解説も詳しく読み込まれており、とても良い

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    2024年07月20日
  • カペー朝 フランス王朝史1

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    【カペー朝】
    《Capétiens》10世紀から14世紀初めにかけての、西フランク王国の王朝。987年、パリ伯ユーグ=カペーが、カロリング朝を継いで創始した。首都はパリ。歴代の王は教会と結んでしだいに王権を強め、国土を拡張した。1328年、後継者が絶えたため、バロア朝に交代した。

    佐藤賢一
    1968年山形県鶴岡市生まれ。東北大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程単位取得満期退学、以降作家活動に専念。1999年『王妃の離婚』(集英社)で第121回直木賞を受賞。作品はほかに『傭兵ピエール』『オクシタニア』『小説フランス革命』(以上、集英社)、『二人のガスコン』(講談社)、『双頭の鷲』(新潮社)、『黒い悪魔』『褐色の文豪』(文藝春秋)など多数。またノンフィクションに『ダルタニャンの生涯──史実の「三銃士」』(岩波新書)、『英仏百年戦争』(集英社新書)がある。

    フランス王朝史 全3冊合本版 (講談社現代新書)
    by 佐藤賢一
    様々に議論はあれ、なぜ「西」が取れたのかといえば、つけて区別する必要がなくなったから、つまりは中央フランクも、東フランクも、それとしては存在しなくなったからである。それが証拠に、ヴェルダン条約の時点における中央フランクの版図には、現在もベルギー、オランダ、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、スイス、イタリアと複数の国が並立している。アルザス・ロレーヌ地方などは、前の世界大戦までドイツ領になったり、フランス領になったりしていた。メルセン条約で祖形を浮かび上がらせた、イタリアという国にしてみても、その統一は十九世紀まで遅れている。他方の東フランクにいたっては、現在なおドイツとオーストリアが並立し、ドイツだけを取り上げても、やはり悲願の統一は十九世紀なのである。

    九八七年、ユーグ・カペーは西フランクの、もしくはフランスの王位に就いた。フランス史に刻まれている、いうところのカペー朝の始まりである。が、そのユーグ・カペーとは、そもそも何者だったのか。

    ユーグ・カペーは歴史に「ロベール家」と呼ばれる一門から出ている。元来がライン河とムーズ河に挟まれた一帯の豪族だったらしいが、詳しい成り立ちはわかっていない。ただ故地がカロリング家の発祥地に重なっていることから、このフランク王国の宮宰となり、さらに王になる家門と密接に結びついていたことは、ほぼ間違いないようである。

    さておき、伯も最初は地方に派遣された高級官僚にすぎなかった。これが役職を世襲しながら任地に土着して、カロリング王家の求心力後退に乗じると、いよいよ自立的な勢力に成長していく。役立たずの王家などに、どうして届けなければならないのかと、地域の年貢を私物化し、同じく伺いを立てるだけ無駄だとばかりに、地域の問題を勝手に裁き、いうところの「公権力」を手中にして、それぞれに小さな独立国をなしたのである。

    それは封建王政の始まりでもあった。封建制といえば、日本史にも現れる御恩と奉公の理屈だ。主君は臣下に土地を与える、かわりに臣下は主君に仕えるといえば、あたかも秩序正しい世の中のように聞こえるが、少なくともヨーロッパの場合は違う。ほうっておけば、ばらばらの小国に分かれていってしまうものを、一方を封主とし、他方を封臣として、相互に主従関係を取り結ぶことで、なんとか繫ぎ止めておこうというのが、封建制の素顔なのである。

    九九六年十月、その二十二日から二十五日までのいつかと、そこまでしか推定できていない日付で、フランス王ユーグ・カペーは崩御した。少なくとも五十四歳に達して、当時としては天寿を全うしたといえる。予定通り王位を受け継いだのが、王妃アデライドとの間に一人だけ恵まれた息子ロベールこと、フランス王ロベール二世だった。

     実際のところ、ロベールは同時代人の受けもよい。例えばフルリ修道院の修道士エルゴーは『ロベール敬虔王の生涯』のなかで、「学者にして信心家、聖職者には友であり、貧者には 鷹揚、かつ国家の利益を常に気にかけ、優れた兵士でもある」という言葉で絶賛している。まさにエリート、まさに期待の貴公子だったのである。さて、どんな活躍をみせてくれるものかと胸躍らせてみれば、これが晴れの王座に就いて早々に 躓いてしまうのだからわからない。育ちがよく、教養あり、信仰ありの男にありがちな話で、問題は他でもない、女だった。  相手はブルグント王コンラッドの王女ベルトだった。今度は純粋な恋愛だったが、今度も子持ちの未亡人で、それも仇敵ともいうべきブロワ伯ウードの奥方だった。障害があるほどに燃え上がるという、常軌を逸した心理のままに、敬虔王はベルトを正式な妻に 娶ることまでを望んだ。冷静な政治家として反対していた父ユーグ・カペーが隠れるや、もう自分の気持ちを止められなくなり、九九六年のうちにロザラを離縁し、ベルトと結婚するところまで突き進んでいる。ところが、である。

    敬虔王ともあろう男が、なにもみえなくなっていた。当然ながら、大きな醜聞を呼んだ。身辺の司教たちは抱き込めても、ローマ教皇までは思い通りにならない。しかも当時は堅物で知られた教皇グレゴリウス五世の治世であり、実際にフランス王の不正な結婚など認めようとはしなかった。ロベールは九九七年、破門まで宣告された。これに恭順する態度を示したので、九九八年にローマで持たれた公会議で、なんとか七年間の悔悛の業で許されることになったが、いずれにせよ情熱に任せた無計画な結婚は高くつくということだ。

     が、ここで思わぬ事態が生じる。同じロシュフォール家の娘でも、モンレリーの女相続人に指定されていたエリザベートのほうが、ルイの異母弟フィリップと結婚したのだ。継母ベルトラードの秘蔵っ子は、いうまでもなく王位を狙う対抗馬である。それが今度はモンレリー城に構えて、ロシュフォール一門の実力を背景に脅しをかけてくるというのだ。

    が、若いというなら、若いときには自分と違う人間ほど魅力的にみえるという理屈もある。だんだん歳を重ねるにつれて、わけても男は本当の意味で自分に自信が持てるようになるにつれて、その違いが癇にさわってくるのだ。一緒に暮らすうちに夫婦は似てくるという話もあろうが、それが互いに歩み寄れないくらい、大きく異なる個性と個性であるならば、きっと耐えがたいストレスになるはずだ。

    これでは先着のフィリップは顔色ない。リシャールという男は、やはり嫌な奴だと吐き捨てたかもしれない。イングランド王とはいうが、女傑アリエノール・ダキテーヌの秘蔵っ子は派手好き、賑やか好き、贅沢好きの浮かれた南フランス気質であり、かつてルイ七世が、自身の妃でもあった母親アリエノールを嫌ったように、その息子をフィリップ二世も好きになれなかったに違いない。  いや、華やかに着飾られたり、貴婦人と浮名を流されたり、あるいは 雅 な詩文を綴られたりするだけなら、まだしも無害というものだが、南フランス気質は戦場にあっては、勇猛果敢な豪胆となって現れるのだ。獅子心王は戦をさせれば、やたら滅法強いのだ。  まったく面白くない。だからと、ふてくされたわけではなかろうが、事実としてフィリップ二世は、アッコン陥落間もない七月三十一日に、もう帰国を決めている。表向きの口上は体調不良というものだったが、真相はフランドル伯フィリップの死去が伝えられたからだろうといわれている。この重要な領邦の相続問題については、主君フランス王として是非にも監督したかったわけだ。

    問題は、かくて嫁いできた王女自身にあった。いや、あらかじめ断りを入れておくならば、インゲボルグが悪いわけではない。しばしば歴史に登場するような、悪女でも、烈女でも、淫婦でもない。性格が曲がっているわけでも、容姿が醜いわけでさえなく、はっきりといえば、ひとつとして落ち度がない。が、それだけに男にとっては、最悪の相手だったといえるかもしれない。

    思いがけない一打はローマ教皇庁から加えられた。一一九九年十二月、フィリップ二世の破門とフランス王領における聖務停止が宣告されてしまったのだ。破門はわかるとして、聖務停止とは読んで字の如く、キリスト教の聖職者の活動を全て停止させる処置のことである。それがなんだと思うのは現代人の感覚で、当時はキリスト教が人々の日々の生活全般を 司っていた。例えば、洗礼、結婚、臨終等々の秘蹟だ。それぞれが今日にいう出生届、婚姻届、死亡届であり、つまり当時の教会は役所の機能も兼ねていたのだ。

    教養豊かな文芸の愛好家で、詩のサークルなども主宰するほどだった。そこで吟遊詩人きどりのシャンパーニュ伯チボーを、たちまち虜にするくらいの美女でもあった。さりとて、才媛はスペイン生まれというだけに生真面目な信心家であり、浮ついたところは一切ない。一途に夫を助け、支え、年代記作家マシュー・パリスに「女ゆえに妻ながら、国事の場では男勝り」と称えられた女傑が、ブランシュ・ドゥ・カスティーユだったのである。

    いや、容姿、才能、人柄、等々で女性を評価するなどと、ちまちました現代人の発想なのかもしれない。きちんと婚資を持参したなら、次なる女性の評価は子供を産むか産まないかと、それが時代の常識だった。わけても王家には世継ぎが不可欠なのだ。してみると、ブランシュは多産の質で、これまた満点に近かった。全部で十二人、男子だけでもフィリップ、ルイ、ロベール、ジャン、アルフォンス、フィリップ、エティエンヌ、シャルルと八人も儲けている。名前の重複は先の子供が幼くして死んだからだが、全員が成人するとは限らない時代であればこそ、これだけの多産は優れて価値あるものなのだ。二番目のフィリップまでは、先代フィリップ二世の存命中に生まれており、再びルイ八世の立場でいえば、カペー王朝では王に孫の顔をみせてやれた初めての王子ということになる。

     改めて、ルイ八世は出来すぎている。苦労人の目からすれば、あるいは癪に感じられたかもしれない。微妙な嫉妬心くらいは、搔き立てられても不思議ではない。実際のところ、他ならぬ父王フィリップ二世には、ときに息子を冷遇したかの措置がある。

    この実力一本勝負のフランス王家に、いわば良心を注入することで、道徳的にも、ひいては文化的にも一流と周囲の意識を改めさせたのが、フランス王ルイ九世の正義の振る舞いだった。イングランド王に対する譲歩なども、見方によれば先祖の奮闘を無に帰すような愚行である。苦労して手に入れたものを、どうして手放してしまうのかと、あの世のフィリップ二世など孫に歯嚙みしたかもしれないが、そうすることでルイ九世はフランス王家の声望のほうを高めた、いいかえれば 辺陬 の土地とひきかえに、諸国に鳴り響くプレスティージを手に入れたのである。

    両派の争いが始まった。こちらの王妃派がラ・ブロスは王を同性愛で汚しているのではないかと 囁けば、あちらのラ・ブロス派は一二七六年に起きた王太子ルイの病没を捉えて、あれは王妃派の毒殺だったに違いないと噂を流す。あまりな話だ、それこそ同性愛に下された神罰ではないかと、王妃派も再び返す刀なのであり、聞くに堪えない中傷合戦にも発展した。最後は王妃派が勝利を収めて、ラ・ブロスの逮捕、さらに処刑へと運んでしまうのだが、気に入りに勝手な真似をされたと 激昂 するかと思いきや、フィリップ三世は少しも怒らず、いよいよ若妻のいいなりだというのだ。

    派閥闘争というより、これは嫁姑問題か。まあ、この種の家庭内トラブルに悩まされる気弱も、父王ルイ九世譲りといえないこともない。両派の間を右往左往しながら、フィリップ三世は先王の遺臣サン・ドニ大修道院長マテュー・ドゥ・ヴァンドームを不動の相談役に、とにもかくにもフランス王としての責務を果たしていく。

    してみると、主体性に欠ける優柔不断な君主というのも、一概に悪いとはいえないのかもしれない。どちらか一方に偏るということがないからだ。事実、フィリップ三世の治世はバランス感覚に優れた穏当なものだった。自分を前面に出しすぎて、極端に走る嫌いがないので、大きな失敗もありえなかった。波乱の諸王たちに比べると、ホッとできるような安定感があったのであり、むしろ民人にしてみれば、名君たちの治世より暮らしやすかったかもしれない。

    いや、エジディウス・ロマーヌス、ウィリアム・デルクイスと、パリ大学の碩学たちを家庭教師につけられた王子は、ボエティウスくらいなら自在に読めるラテン語力があったと反論する向きがあり、またあるいは極端な無口は母と兄が幼くして死んだことの心傷のためなのだと解釈する立場もあったりして、本当のところはわからない。というか、喋らなければ、そもそもが馬鹿も利巧も、容易に判断つけられないのだ。

    フィリップ四世は、その行動からもキャラクターを特定できない王である。事績は矛盾に満ちて、一貫性を見出すのが容易でないのだ。かたわらでは信仰心が厚いとされ、また祖父王ルイ九世をこよなく尊敬していたと伝えられる。一二九七年に実現する列聖に向けた運動も、この孫王が始めたものである。モン・サン・ミシェルやブーローニュのノートルダム大聖堂と近場ながら、二度も巡礼の旅に出ているし、モービゾン、ロンポン、ポワシィなどでは、しばしば僧院に長逗留した。まさに模範的なキリスト教徒かと思いきや、後にみるようにローマ教皇に侮辱を加えてみたり、騎士修道会を潰してみたりと、いくらかでも信仰心がある人物なら、とても手を染められないような破廉恥行為も、ときに辞すことがないのである。

    神殿騎士団といえば、その内部だけに伝えられる秘儀であるとか、あるいはフリーメーソンの走りだったとか、なにかと伝説が多い団体でもある。魔法に手を染めているらしいとか、男たちばかりで同性愛の宴が繰り返されているようだとか、とかく噂が立てられるのは当時からの話だった。小耳に挟んで、思わず膝を打ったかどうか、フィリップ四世はローマ教皇との戦いに決着をつけた直後の一三〇七年春、神殿騎士団を背教行為の嫌疑で調査する旨を表明する。

    他は違う。同じルイ十世を取り上げても、ナバラ王位のほうは、すんなり王女ジャンヌに継承されている。このナバラ王家などみても、何度も男子に恵まれず、女王を立てたり、婿を取ったりしているのだ。が、そのためにシャンパーニュ伯、そしてフランス王というような、他の王侯の衛星国家に 貶められる運命ともなり、してみると、やはり王朝繁栄の鍵は子作りにありと打ち上げたくなる。

    まさに等身大の人生である。実際のところ、フランス王の物語なのに、なんだか親近感を覚える。強いて形容を試みるなら、個人商店の奮闘日記くらいの感覚だ。「フランク皇帝」という大店から暖簾を分けられた分家、「西フランク王」に仕える番頭だったものが、もう馬鹿なボンボンには任せられないと、金看板を奪って創業。はじめは自転車操業だったが、使用人にも恵まれて、「フランス王」は徐々に業績を伸ばす。ライヴァル商店と 鎬 を削り、ここぞと金看板を出しながらの商戦で、次から次と勝利を収める。気がつけば、かつて仕えた大店の分家にも、いや、大店そのものにも負けないくらい、商いを大きくしていたと、それくらいのサクセス・ストーリーを書くのと変わらないのである。

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    2024年06月04日
  • テンプル騎士団

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    テンプル騎士団を中心に12世紀〜14世紀の欧州・オリエントの歴史を再確認できる。教皇の最盛期から、教皇のバビロン捕囚まで、これから絶対王政を迎える歴史の転換期。十字軍ぐらいのイメージしかなかったが、教皇直属で様々な特権を持ちグローバルネットワークを活かして金融や経済も刷新させた革新的な超国家集団だったとは、印象が大きくかわった。封建制度が根強い時代に組織的な軍事力も備わっており、その後の欧州の歴史に大きな影響を与えた。十字軍自体はイスラム世界から古代ギリシア由来の発達した科学を西方に伝え、中国の航海術が大航海時代のきっかけにも繋がった象徴的な出来事だった。イスラム勢力はセルジューク・トルコ、ファーティマ朝エジプト、アッバース朝シリアから始まってサラディンのアイユーブ朝、ホラズム朝、イベリアでは後ウマイヤ朝、バイバルスのマムルーク朝…世界史で習った懐かしい名前が多く出てくる。テンプル騎士団はフィリップ4世の策略で壊滅させられるが、唯一ポルトガルでキリスト騎士団として存続し、エンリケ航海王子も、ヴァスコ・ダ・ガマも輩出していたとは驚きだ、艦隊の赤十字にも由来があるという。チュートン騎士団はその後マリエンブルクに移ってプロイセンの元になり、チュートンがドイツの訛だとか。聖ヨハネ騎士団はロードス島に落ち着く。諸侯や封土などが国家へとまとまっていく時代の流れはタイミングこそ違えど各国で広まっていった。フリーメイソン云々というのは都市伝説に過ぎないか

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    2024年04月15日
  • 王の綽名

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    久々に世界史の勉強をやり直したいと思った本。綽名のついている西洋の王様のそれぞれの一代記を元に、その時代の説明が施されているが、中世の混乱がよく伝わってくる。
    私は、日本史では応仁の乱の前から戦国時代の手前まで、14世紀から15世紀くらいの混乱期、日本が今の日本のイメージになっていく時代が一番好きだが、西洋ではこの混乱が、その何倍もの時間に、何倍もの広さで行われていったということがよく分かる。もっと本格的に勉強していきたい。

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    2024年03月10日
  • ナポレオン 3 転落篇

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    ネタバレ

    フランス在任中はフォンテーヌブローに住んでいた。世界遺産の宮殿があり、ブルジョワの街。もともとはフランソワ1世の居城であるが、歴史的にはナポレオンの居城として、数多くのエピソードを持っている。有名なのは、ジョゼフィーヌと隣り合わせの部屋の間のドアを塗りこめて通れなくして離婚の布石を打ったり、ローマ教皇を幽閉的に住まわせたり。一番有名なのは、皇帝を退位してエルバ島に流されるときに、この宮殿から階段を下りて去っていったというエピソードが有名。訪問者を連れて何度も訪問した思い出があり、展示物も含め、ナポレオンはとても親近感のある人物。なので、個人的な関係もあるが、この大河小説、期待通りの素晴らしい出来栄えだと感じた。
    この長大な小説は、これらのナポレオンの生涯に渡るあらゆるエピソードを詳細に取り上げながら、佐藤さん特有のキャラ立ちと巧みなストーリー展開で、極めて魅力的なナポレオン像を打ち立てたことに特色がある。
    ナポレオンというと独裁者とか冷酷とかのイメージがあるが、佐藤さんにかかると、ナポレオンは天才肌ではあるが憎めない奴に大きく変わる。それは他の登場人物も同じで、サトケンワールドと呼ばれる面白さがある。
    多くの語るべきエピソードから1つだけ挙げるならば、エルバ島から脱出し、復位して決戦に臨んだワーテルローの闘いを挙げよう。この敗戦でナポレオンは歴史の舞台から姿を消すが、この最後の山場、なぜ負けたのかについて、佐藤さんの重要な考察にはとても驚いた。具体的には言えないが、人間ナポレオンの弱さを心痛く感じてしまった一瞬だった。
    年末年始、他の本も読みながら、約1ヶ月に及んでしまったが、貴重な読書体験ができ幸せだった。

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    2024年01月15日
  • 世界史のミカタ

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    この本読んでると、何かにたどり着いた気がした。すごいなぁ、これ。世界史好きな人は読まないと損するレベルだぞ…。スゴイ…。(;´Д`A

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    2024年01月13日
  • シャルル・ドゥ・ゴール 自覚ある独裁

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    シャルル・ドゥ・ゴールという人物が生き生きと描写され、楽しんで読むことができました。
    フランス史、またフランスの視点から世界史の流れを追うことができます。
    現在のフランスに直接繋がる系譜なので、彼の国を理解する一助となる本だと思います。

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    2023年12月23日
  • ナポレオン 2 野望篇

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    ネタバレ

    「できることなら、私は世界を征服したいと考えている。シャルルマーニュのように大帝国を築きたいと思っています。」(本文抜粋)
    ナポレオンがこうも自身の野望に突き動かされたのは、故郷コルシカから拒絶されたことにありました。(1 台頭篇参照)
    故郷の為に一身を捧げた結果、彼は憎きフランスへの逃亡を余儀なくされます。

    帰るべき故郷がないならば、ナポレオン・ボナパルトによる覇権国家をひとつ創ってしまえば良い。
    フランスにて常勝将軍の地位を確立するうち、彼はいつしか意識するようになります。
    今の地位は、そのための道具に他ならないのだ、と。

    第1章 冒険
     ナポレオンは国家の重鎮タレイランに野望を打ち明ける。
    「そのためには、戦場に出られてはいかがです」
    エジプトへ進路を決めるが、地中海に敷かれたイギリス艦隊の網をどう切り抜けるか。

    第2章 エジプト
     上陸、そして征服を果たすフランス軍だったが、イギリス艦隊提督ネルソンに帰路を閉ざされてしまう。イギリス艦隊の補給元シリアへ向かうも、そこではペストが猛威を振るう。

    第3章 権力
     エジプト遠征中、フランスは窮乏に喘いでいた。五総裁の無能を確認したナポレオンは、シェイエスと共にクー・デタの決行を決意する。

    第4章 戴冠
     今や第一執政と地位を確立させたナポレオンを、不意の爆弾が襲う。暗殺を企て、混沌たる革命の時代への逆行を望むのは誰なのか。

    第5章 覇業
     仇敵イギリスへの侵攻は失敗に終わった。それでもナポレオンは、自身の野望の為に未使用の軍隊を東のドイツへと向ける。

    見どころ
    1.フランスを常勝国に成らしめた戦術
    ナポレオンが率いる軍隊は、急行軍が当たり前でした。並み居る大軍に対し、一瞬でも数的に上回ることで勝利をもたらしたのです。移動手段が徒歩のみだった時代において、軍隊をいかに自由に出現させるかは勝敗を分ける要因だったと思われます。

    2.問題の尽きることがなかった女性との関係
    ナポレオンには妻がいましたが、醜聞の尽きることがない女性だったそうです。自身も常勝将軍の栄光を手に入れていたナポレオン、妻への仕返しか他国で女性との関係を作っています。そのような夫婦仲は軍隊内外問わず有名で、なんと仇敵イギリスでは戦争のプロパガンダとして利用されました。

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    2023年09月02日
  • テンプル騎士団

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    子供に、100万円クイズとしてテンプル騎士団とはなんだと、出した。外れたけど、後日しっかり覚えてた。質問するには、インパクトが大事。

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    2023年08月01日
  • 革命の終焉 小説フランス革命18

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    世界を変えるとてつもない熱量を文章で暴力的に伝えてくる傑作。人は皆1度は読むべきかもしれない作品でした

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    2023年05月29日
  • 王妃の離婚

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    この作者は本当に日本人かしら…そう疑うほどの歴史認識と西洋理解、モンマルトルを歩く学生はほぼ坊さんで、血の気は多いは理屈っぽいはにはじまって、苦悩の先に離婚裁判。でも、ちょっと待って?!フランスってカトリックだよね、離婚できたっけ??
    こんなお話を面白く地についた物語に仕立てるって、出来る?もう、一気読みでした。凄いです。作者はややこしいフランス王朝史をきっちりものされ、フランス革命をあっさりバッサリわかりやすく説明出来(ほんとにこれって凄い事です。目から鱗でした。)フランスを中心としたヨーロッパの歴史を学問し尽くした佐藤賢一氏。ですよね、でないと書けないよね。
    読みながら、なかなか日本人には分かりづらいヨーロッパの権力の二重構造が少し見えたり、ちょっと薀蓄があったりして、それも楽しい。読後感も爽やかなので、ほんとにお勧めです。ちょっと泣けちゃいました。

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    2023年05月01日
  • 遺訓(新潮文庫)

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    最高に面白かった。アクション映画を見ているようなハラハラするシーンあり。沖田芳次郎くんのキャラ設定が沖田総司くん二世みたいで胸が熱くなります。酒井玄蕃さまのシーンには涙。

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    2023年01月07日
  • 新徴組(新潮文庫)

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    とにかく酒井玄蕃がかっこいい。(変人でもあるが)新撰組の陰に隠れていまいち地味な新徴組と、庄内藩。が、こんなにスカッと爽やかな戊辰戦争ものは他に無いような素敵な戦いでした。

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    2022年12月31日
  • シャルル・ドゥ・ゴール 自覚ある独裁

    Posted by ブクログ

    ド・ゴールの第二次世界大戦中の活躍は、知られている。

    しかし、第二次世界大戦後のアルジェリア独立運動時の国内外の困難な状況については、よくわかっていなかった。誰も事態を収拾できない中で、火中の栗を拾い、命を失う危険に何度もあいながらも、見事に解決しきった政治力と度量には感銘を受けた。ド・ゴールにせよ、アデナウアーにせよ、この頃の欧州の保守政治家の識見・力量は凄いと思う。

    公人としての評価は好みが分かれると思うが、私人として家族を大切にし、死後の国家的栄誉を一切受けなかったド・ゴールはカッコ良い。素晴らしい伝記を書いてくれた著者に感謝だ。

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    2022年12月10日
  • 王妃の離婚

    RN

    購入済み

    佳き。

    一気に拝読しました。堪能しました。ありがとうございます。

    離婚したくない王妃と離婚したい王が、セックスしたのかしていないのか(どなたかも仰っているようにR指定に同意します)、婚姻関係を22年経た後の、教会裁判の物語、が出来事になります。
    その裁判を通して、心と「身体」に喪失を抱く中年弁護士が救済されていく物語が、主旋律として覆いかぶさるように奏でられていきます。さらに彼に複雑な想いを抱き続け生きてきた近衛騎士も、救われているように読めました。
    沢山の人たちの想いが、切なく重なり合い描かれ、本当に佳き。。。

    重くなりがちなエピソードが続くのに、グイグイと読まされました。ありがとうございます。

    歴史全般、明るくはないのですが、ボルジアの毒薬については、塩野七生さんや川原泉さんの作品で愉しんでいました。本作でも触れられ、そこから俄然、面白さが倍増しました。

    この作品、コミックで是非とも。
    『異世界の沙汰は社畜次第』を連載中の采 和輝さんが描かれたら嬉しいなぁって妄想します。
    集英社様、如何でしょうか。

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    2022年08月14日