浅田次郎のレビュー一覧
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『週刊現代』1994年9月〜1995年9月まで連載されていた、浅田次郎さんのエッセイ集。
駒場東邦中→中大杉並高校→陸上自衛官→小説を書きながらゴニョゴニョと人生経験豊富な浅田先生なので、(しかも普通の人が経験してない事をたくさん経験されてるので)、めちゃくちゃ面白い。
『鉄道員(ぽっぽや)』『壬生義士伝』『帰郷』とかしか読んでない方はビックリすると思います。先生の作品を色々読んだ私は、「浅田次郎さんって8人くらいいるんじゃ?」って疑ってる。
爆笑の連続なので、このエッセイを読んでみて欲しいです。ちなみにこの連載中に『地下鉄(メトロ)に乗って』で吉川英治文学新人賞を受賞されてます。
あと、阪神大震災やオウム真理教の事件(地下鉄サリン事件など)の頃のエッセイなので、勉強にもなります。 -
購入済み
周りの人達には愛されながらも拭えない喪失感が生死の境目で少しずつ埋められて行く過程が切ないけれど美しくてさすがとしか言いようがありません。浅田次郎作品はたくさん読みましたが、言葉選びの美しさはこの作者の真骨頂だと思います。
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Posted by ブクログ
千島列島(当時)の最北端の占守(シュムシュ)島、ソ連領のカムチャッカ半島は目と鼻の先。
しかし、そこから東に連なるアリューシャン列島はアメリカ軍が押さえていた。
戦争終結を視野に入れて、大本営はアリューシャン列島からアメリカ軍がやってくると睨み英語通訳を占守島に送り込む。
これが間違いだったとは言い切れないと思う。
お人好し・・・だったのかな。
アメリカ軍ではなく、ソ連軍が国際法を破って侵攻してきた。
上巻中巻にもたびたび出てきたが、原住民や、少数民族に対しての大国のやり口がひどい。
どうして、「土地はもともとそこに住んでいた人たちのもの」と考えることができないのか。
占守(シュムシュ)島の戦闘とはまた別に、『終章』のシベリアの日々が一番悲惨であると感じる。
短い夏に花の咲き乱れる占守島の風景は天国のようだったが、シベリアは地獄だ。
神の兵はそこでは餓鬼となった。
特に、菊池忠彦軍医の先輩である、工藤医師の苦悩を思うと涙を禁じ得ない。
占守島の野戦病院で一度、工藤の様子を見ていればこそ。
工藤は軍医として前線を転々としてきた。
仕事は、負傷した兵の手足を敗血症を防ぐために切断すること。
ひたすら四肢を切り落とし、動脈血管を結紮(けっさつ)するだけの日々。
自分はもう生きて帰っても「普通の手術」はできないと言っていた。
その後送られたシベリアでは、安楽死のための空気注射をしなくてはならなかった。
人を生かすために医師になったのではなかったか。
彼の絶望は計り知れない。
日魯漁業の女子挺身員400名と、疎開先を脱走した静代と譲が無事に帰還できたことだけが救いである。
もう戦争をしてはならないと、登場する大人の皆が若者に言い聞かせているが、世界のどこかで毎日戦争は続いている。
解説は、梯久美子(かけはし くみこ)さん。
占守(シュムシュ)島の悲劇は今に至るまでほとんど伝えられておらず、歴史の闇に葬り去られていたと言う。
この本はもっとたくさんの人に読まれなくてはいけない。 -
Posted by ブクログ
読み終わったー!!登場人物の名前に慣れてきて、さらっと読めた。
宋教仁の演説は、私も国民と一緒になって、この人ならどうにかしてくれるかもと思える素晴らしい内容でした。西太后もいなくなり、国内外でも混乱を極めていた時の希望とすら思えたのに、本当に残念でした。誰だこんなことするのは!って怒りすら覚えた。宋教仁が生きていたら、どんな国になってたのか気になる。暗殺って国の運命すら変えてしまうかもしれないとんでもないものだ。
そして李兄弟の再会。ついにって感じで、あれは涙無しでは読めなかった。みんなそれぞれが幸せになって、本当に良かったねぇってなった。みんなお互いのことちゃんと思いあってたんだと分かる素敵な場面でした。
袁世凱も自分の利益と権力しか考えてない人かと思ったら、全然違った。自分が悪者になっても、誰よりも国のためを思い行動できる人物として描かれていました。なんか国民とか色んな人達から誤解されすぎてて最後可哀想にすらなった。
あと溥儀ね。この小説読む前に、ラストエンペラーの映画観て、どんな人生歩むのか知ってたからより心痛くなった。でもこの物語では西太后が味方でいてくれたから良かった。
中国の歴史楽しい! -
Posted by ブクログ
ネタバレ読み始めは、正直玄蕃様を好きになれなかった。善人であるのは分かるけど、自分の中で「この人は破廉恥漢である」とレッテルがあったためだ。しかし、読み進めていくと本当は破廉恥漢で無く、「青山」という長年続いてきた武士の歴史を終わらせるために罪を被り、自ら贄となったと知った。私は胸の奥が痛く、レッテルを貼っていた自分を恥ずかしく思えた。
心に残ったフレーズは
「礼があり、それから法ができた」
好きなシーンは
①押送最終日、玄蕃が乙次郎の服を洗ってくれていた。
玄蕃「全く仕様のねえお与力様だの。ほれ、着替えろ。夜なべで洗うて火熨斗(ひのし)を当てておいたぞえ」
乙次郎「誰が。どうして、どうして」と袖を掴んだまま泣いているシーン
②観音様に願うシーン
玄蕃「何を願ったのだ」
乙次郎「あんたが無事に帰れますよう、南無観音様」
玄蕃「乙次郎。俺は勝手をしたか」
いや、と言いかけたが言葉にならなかった。僕は非を決したまま泣いた。父を送る子と同じように。
③別れのシーン
玄蕃「ここでよい。苦労であった。」
立ち塞がるようにして玄蕃は言った。取り乱す僕を見兼ねたに違いない。
乙「いいえ、玄蕃様ー」
初めて名を呼んだ。僕にとってこの人は、決して流人では無い。立ちこめる霧を腹いっぱいに吸い込んでから、僕は陣屋に向かって進み出した。
「新御番士青山玄蕃頭様、ただいまご着到にござる。くれぐれも御無礼なきよう、御案内下されよ」
僕は踵を返して歩き出した。すれ違う一瞬、玄蕃はにっかりとほほえんだ。