阿川弘之のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
歴史上、山本五十六が何を成し遂げた人か?といえば…真珠湾攻撃を成し遂げた連合艦隊司令官
下巻は、そのハイライトにあたる真珠湾攻撃からブーゲンビル島で死ぬまでが描かれている。
1〜2年は暴れてみせましょうが、結局4年…
非戦論者なのに開戦となり
人事も自分の思うようにいったのか?
いち早く航空戦に目をつけてたのに艦隊決戦のしがらみから抜けられない南雲…
部活は自決も含めてどんどん死んでいくT^T
引退したいのにさせて貰えず
挙句死後も望まぬ神格化Σ(-᷅_-᷄๑)
出来るようでならない『自分の意志』
末端とはいえ管理職の自分と重ねてしまう。
阿川さんはこの本を書いた後、訴訟まで起こされてるんだね…。 -
Posted by ブクログ
1941年の対米英開戦直前のタイミングから日本敗戦まで、主人公の耕二が大学生から学徒出陣で予備学生となり、中尉として中国・漢口の通信隊で暗号解読担当として活動した後、復員して広島に戻るまでの時間が描かれる。第4章では広島に残っていた耕二の恩師や両親、耕二に思いを寄せていた女性の視点から8月6日の広島の惨状が書き込まれていく。小説の最後には1948年の「平和祭」の記述もある。その意味では、最初期の「原爆文学」の一つとも言える。
個人的に興味深かったのは、耕二が海軍軍令部の諜報セクションで重慶政権の暗号解読を担当していた、という設定(これは阿川自身の経験に依拠している)。その後耕二は、前線に近い漢口に送られ、重慶の司令部が使っていた暗号システムを解読することに成功するが、そのときは漢口はすでに空爆され、軍事的には何の意味も持たなかったというオチが付け加わる。
戦時下の日常生活についての記述も気になった。耕二は友人と連れだって崔承姫の公演に出かけ、「理事生」として雇用されている女性タイピストたちとの恋愛話に花を咲かせる。1945年3月の東京空襲のあと、東京から上海経由で漢口に転任してきた人物も登場してきて、ちょうど堀田善衞が上海に赴いたタイミングと同じであることに思い至る。 -
Posted by ブクログ
なかなかの読後感。山本五十六を神格化するでもなく、腐すわけでもなく。子供っぽくて短気で他所に女を作っていたが、博打は強くて頭も切れる山本五十六という人間が実によく書けている。死地を求めるように最期にブーゲンビル島に赴いた描写も素晴らしい。
山本や井上らの東郷平八郎評が低いのにびっくりしたが、彼らにとって日露戦争は冴えない先輩の最高の武勲であり、劣等感の根源なのだろう。必敗だがやらねば東郷の鼻を明かせないし、東郷ごときがロシアに勝ったのだから、ひょっとして我々もアメリカに勝てるんじゃないか…?そういう深層心理が太平洋戦争開戦に働いたようにも見える。 -
Posted by ブクログ
阿川弘之による山本五十六のロンドン軍縮会議から連合艦隊司令長官就任と日独伊三国同盟締結あたりまでを追いかけた本。幼少時代がないのは惜しいが、オンナとバクチに関するエピソードがちょこちょこ入るのが微笑ましい。
いわゆる海軍善玉論の旗艦とも言うべき本だが、今になって読むと「海軍もどこか他人事だな…」とも感じる、海軍は政治に口を出さないというモットーも大企業病的な印象を受ける。五十六自身も航空機の台頭など賢くはあるのだが、海軍内の意見すらまとめられておらず、大将として器があるかはやや疑問な印象。
さていよいよ下巻は真珠湾だが…印象は変わるかな? -
Posted by ブクログ
十年以上前に読んだ本で、ふと思い出して読み返して、また泣いた。学徒出陣で特攻隊に組み込まれた人の日記という形式で終戦までの日々が語られ、時々彼の友人たちの手紙が挟まる。淡々とした語り口の中で、しだいに軍隊に染まっていくさま、思想がごく自然に変わっていくさまを見るのがつらい。死を目前にして、読んでるこちらが泣きたくなるほど美しく景色が描写されるようになるのがつらい。友の死を当たり前のように受け入れるしかない、生と死が限りなく近く、逝くのが先か後かの違いでしかない空間がつらい。死ぬために訓練する狂気の空間が、実際にあったことだという事実が恐ろしい。
もう読むまいと思うくらい全体的に暗くつらい本なのに、戦争の気配がするたび、私はきっとまた読み返したくなるのだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
作者がこれまで書いてきた、提督や軍艦に関する著書からこぼれ落ちたお話、取材したけれど載せなかった、あるいは遺族の方から提供していただいたお話などをとりどりに綴ったエッセイ集。
悲惨なことは書かれていないので、安心して読まれたし。
・軍隊でもユーモアは大事
・敵性語の学習を禁止するより、相手国の人間の物の見方を知れ
・軍隊の中には軍人でない視点でものを見る人間が必要
・陸軍はキライ(笑)
・・・と言ったような内容が、それこそユーモアたっぷりにかかれている。
「右傾ではありません」と言うことは言っておかなくてはならないけれど、日本は戦争を封印しすぎた。
日本人は、なんでも水に流して、無かったことにしてしまうけれど、戦争に反対するなら、知ることも大事である。
・・・と書くと硬くなってしまうが、お嬢様女子大を出た若い女性に資料整理のアシスタントに来てもらったところ、
横須賀の海上自衛隊の見学に行き、「お船の後の方に上ってる、朝日新聞の旗みたいなの、あれ、何でございますか」
と聞かれてしまった。
海軍自慢の阿川さん、さぞかし、トホホだったのではないかと思うと、口角が上がってしまう。 -
Posted by ブクログ
阿川弘之、デビュー作。
「雲の墓標」の衝撃と感動に、こちらへとさかのぼって読んだ。
3月から読み始めて、今!
・・・途中、何度も中断したのに、よく投げなかったものよ・・・
それもこれも、筆力、テーマの力。
学徒動員され、内地での暗号解読業を経て、中国へ・・・
そして終戦。
故郷広島の悲劇。
阿川氏は主人公と同じく、広島で聞き書きを重ねたのだろう。
当事者故にわかることも多々ある。
ちょうど広島サミットにあわせ、読み終わった形。
今すぐの結果はでないだろうが・・・
ただの「貸座敷」で終わらないサミットであってほしい、と
読後、説に願う。
ただし、小説は、解説の猪木直樹氏がいうように、
青春小説。原爆小説ではない。 -
Posted by ブクログ
東郷平八郎や山本五十六のような著名な戦功をあげた人物ではないにも関わらず、本書は色々なところで推薦されており、30年以上も読み継がれています。その理由を知りたかったのですが、確かに今の世にも通じる内容が多いのだなと感じました。
本を読み進めていくと、井上成美という人物像について、以下の点が浮かんできます。
・希望的観測を嫌って事実を重視し、合理性を重んじる人だった。
・冷静な観察眼や大局観を持っていた。
・組織に対しても迎合しなかった。
・故に、周りから疎まれていった。
真の理解者は米内光政など限られた人のみだったようですが、少数でも深い理解者とともに仕事ができることは幸せなのかもしれない、とも思ったりします。周りから見ると少し偏屈な人物だったようですが、自らの任務と職責に対する態度、および、自らのスタッフへの接し方は見習いたいところが多いです。
また、本書は「組織力学」「教育論」に関する示唆も多く含んでいます。700ページを超えますが、一人の軍人の伝記といったカテゴリーを超えて、多くの人に読んでほしい一冊です。 -
Posted by ブクログ
真珠湾奇襲前の宣戦布告が外務省の手落ちで事後となってしまった点は、戦争の大義を巡る世論戦争上、如何にも勿体無い。
山本五十六の、好戦的な幹部へ自重を求める文章(敵国の首都を制圧する計画が立てれないような戦争はすべきではない、それだけの覚悟もなく軽々と威勢の良いことを言うな、との主旨)の一部が切り取られて公表され、『山本はワシントン制圧を目指す超好戦的な軍人だ』という誤った人物像がアメリカ側で持たれてしまったことも、広報部の思慮が足りず、結果論かもしれないが、これまた如何にも勿体無い。
戦後処理を山本五十六に期待する声もあったようだが(石橋湛山)、軍政面は、米内光政がいたからまだよかったのかなと思う。軍令面では、後を継げるひとはいなかってようだし、仮に山本五十六本人がブーゲンビルで撃墜されずに生き残っていたとしても、日本の敗戦は開戦時に確定していたのだと思う。
-
Posted by ブクログ
「阿川弘之」が「井上成美」を描いた伝記『井上成美』を読みました。
『国を思うて何が悪い ~一自由主義者の憤慨録~』、『山本五十六〈上〉〈下〉』に続き、「阿川弘之」追悼読書です。
-----story-------------
一億総玉砕だけは避けねばならぬ。
孤高にして清貧。
日米開戦を強硬に反対した、最後の海軍大将の反骨心溢れる生涯。
昭和五十年暮、最後の元海軍大将が逝った。
帝国海軍きっての知性といわれた「井上成美」である。
彼は、終始無謀な対米戦争に批判的で、兵学校校長時代は英語教育廃止論をしりぞけ、敗戦前夜は一億玉砕を避けるべく終戦工作に身命を賭し、戦後は近所の子供たちに英語を教えながら清貧の生活を貫いた。
「山本五十六」「米内光政」に続く、著者のライフワーク海軍提督三部作完結編。
-----------------------
海軍提督三部作の完結篇、、、
「井上成美」のことは、あまり知らなかったのですが、『山本五十六〈上〉〈下〉』を読んで、その冷静でストイックな生き方が気になったので、本書を読んでみました。
大局的な見地で物事を考え、客観的かつ冷静な判断力を持ち、曲がったことが大嫌いで、妥協することなく自分の考えを貫き、相手が誰であっても自分の主張を明確に… そして、歯に衣着せずに、そのまま伝える姿勢には憧れを感じますね、、、
自分に不足している部分だからかなぁ。
「山本五十六」が「近衛文麿首相」に対米戦の見込みを聞かれ、
「ぜひともやれと言われるなら、最初の一年や一年半は思う存分暴れてご覧に入れます」
と宣言したことに対して、
「山本さんは何故あの時あんなことを言ったのか。
軍事に素人で優柔不断の近衛公があれを聞けば、とにかく一年半は持つらしいと曖昧な気持ちになるのは決まり切っていた。
『海軍は対米戦争やれません。やれば必ず負けます、それで聯合艦隊司令長官の資格がないといわれるなら私は辞めます』
と、何故はっきり言い切らなかったか」
と明確に批判する等、親密な関係にあった人物であっても、はっきり言っちゃうんですからね。
あまりにも頑固で、潔癖症で、そして、論理的に説明できないことは受け入れない、、、
特に金銭面に関する潔癖性については異常なまで拘り、戦後は長井に隠遁し清貧な暮らしを営むことになりますが… 教育への拘りは捨てきれず、私塾を開いて近所の子ども達に英語を教えていたようです。
江田島の海軍兵学校時代の言動も考えると、軍人や政治家よりも教育者の方が向いていたんじゃないかと思いますね。
友人や親戚だと、付き合いが難しい存在でしょうが、、、
恩師として知り合うのが理想な人物なのかもしれませんね。
「井上成美」の言葉、、、
「私の見通しこそ正しかった。
私の意見、立案に耳傾けていてくれたら、こんな惨澹たる敗戦には立ち至らずにすんだのに」
この人が、もっと日本のトップに近い位置にいたら、日本の歴史は大きく変わったと思います。 -
Posted by ブクログ
「阿川弘之」を代表する作品のひとつ『雲の墓標』を読みました。
「阿川弘之」の著作はエッセイの『エレガントな象 ―続々 葭の髄から』以来なので、約1年半振りですね。
-----story-------------
青年たちは何を想い散ったのか。
史上最悪の戦術の犠牲となった特攻兵の清廉な魂を描く。
昭和文学の金字塔。
太平洋戦争末期、南方諸島の日本軍が次々に玉砕し、本土決戦が叫ばれていた頃、海軍予備学生たちは特攻隊員として、空や海の果てに消えていった……。
一特攻学徒兵「吉野次郎」の日記の形をとり、大空に散った彼ら若人たちの、生への執着と死の恐怖に身をもだえる真実の姿を描く。
観念的イデオロギー的な従来の戦争小説にはのぞむことのできなかったリアリティを持つ問題作。
-----------------------
海軍予備学生で特攻隊員の「吉野次郎」が、応召されてから特攻隊員として出撃するまで… 入隊直後の戸惑いから、徐々に海軍の雰囲気に馴染み、洗脳され、特攻隊のひとりとして出撃するまでの日記及び手紙と、同期だが、常に軍隊の考え方に疑問を持ち、反戦的な考え方を貫いた「藤倉」の手紙で構成されています。
ドラマティックな展開はなく淡々とした筆致の作品なのですが、それが逆にリアル感を醸し出していて、作品の中に引き込まれて行く感じがしましたね。
貴重な両親との面会シーンにじ~んとなったり、
辛い軍隊生活で些細なことを幸せに感じるシーンをしんみりしたり、
特攻隊員の発表で、自分の名前が呼ばれなかったことにほっとしたり、
自分が、もし同じ立場で応召されたら、「吉野」のように考え、行動したんだろうなぁ… と感じながら読み進めた感じです。
雪が徐々に降り積もるように、静かにじんわりと、そして少しずつだけど確実に感動が込み上げてくる作品でした。
さすが戦争文学の傑作と呼ばれる作品だけありますね。
戦争のことを知ることは大切だと思います。
今の時代に生きていることを幸せだと思わなきゃいけないですねぇ。
でも… 読んでいると感情移入し過ぎてしまい、気持ちが沈みがちになっちゃいましたね。