阿川弘之のレビュー一覧
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面白かった。
本書のように純文学系の作家が、筆休め?なのか、本気なのかはわからないが、本業の創作から離れてのびのびと「好きなもの」を語る。こういう本は本当に楽しい。
言わずと知れた『阿房列車』も、他の随筆も大好きだが、実は、百閒先生の小説作品などはわずかしか読んでいないのに対して、阿川さんは、まず他の小説作品をそれなりに読んできたので、新鮮味が強い。
鉄道ではないけど、(そう言っていいのかわからないが、)福永武彦さん・奥泉光さんのものする推理小説も同じ方向性と言えないだろうか。どちらも大好きなのだが。
阿川さんの本書は、百閒先生と比較すると、執筆当時の海外の鉄道事情にも触れていたりする点と、どちらかというと鉄道の運行や車体そのものへの興味から描かれているが、『阿房列車』はもっと紀行文的側面もあると思う。何れにしても、根っからの鉄道マニアというわけではないところが良いと思う。でも普通の人よりも興味は強いのだ。その程度に親近感。そして、阿川さんも百閒先生も、教養と文学的素養のある人たちだが、変なこだわり、頑固さがあって、本書にもそれは垣間見えた。
他の方のレビューにあった、宮脇俊三さん、獅子文六もぜひ読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
今年は米内光政(1880-1948)生誕140年といふことです。この人は「第37代内閣総理大臣」といふよりも、「最後の海軍大臣」としての方が存在感があつたやうです。
本書はその米内光政を、やはり海軍出身の阿川弘之が執筆した評伝小説であります。
元来米内光政といふ人は、兵学校でも平凡な成績で、さう優秀とも目されず目立たぬ経歴だつたやうです。何かと「俺が俺が」の軍人の中では異色の存在と申せませう。そのせいか、若い時分の記録はあやふやで、詳らかではないみたい。盛岡出身ですが郷里でのエピソードは少なく、本書でもイキナリ春日艦長(海軍大佐)としての登場であります。
部下に対しても必要最低限の事しか伝へず、時には必要な事さへ伝へず誤解をされたり(鈍重なのでは?と)、有事でもなければ歴史に残る事もなく、そのまま埋もれた人だとも言はれてゐます。確かに、本当に重要な事といふのは案外少なく、たいていの事は「まあ、どうでもいいよ」で済むやうな気がします。しかしそれにしてもこの人は度が過ぎた面倒臭がりだといふ評もありました。
ゆゑに本書の記述は、彼に関はつた人物の証言が中心なので、小説としては物足りないかも知れません。一点、米内の人となりと思想を、歴史に絡めて浮き彫りにするといふ意図ではないでせうか。
有事でもなければ埋もれた筈の人物が、まさに太平洋戦争といふ未曾有の有事に巻き込まれた訳であります。海軍左派トリオと呼ばれた米内・山本五十六・井上成美らの反対も虚しく開戦し、日本は予想通り壊滅的な打撃を受けます。二度目の海軍大臣就任の役割としては、終戦工作をいかに国策に叶ふやうに遂行するか、といふ事でした。既に予備役となつてゐた米内を、まさに歴史が必要としたと申せませう。
確かに「陸軍=悪」「海軍=善」とは単純に言へないし、「天下の愚将」といふ米内評もあります。それだけ一筋縄では行かぬ、茫洋とした人物像が浮かんできます。幸ひ米内光政については、色色と書物が出てをります。米内礼讃に飽き足らぬ人は、他の文献にも当ると宜しからうと存じます。本書は本書で、つかみどころのない米内光政といふ人物の輪郭を力強く描写した、骨太の一冊でございます。 -
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昭和史(ここでは終戦まで)というものは、どうしても後ろめたさが先行してしまうもので、もちろん学校で習ったり、テレビや映画を通じて受動的に知ることはありますが、自分からよく知ろうとは思いませんでした。したがって、戦国や幕末、明治を舞台にした小説はこれまで数多く読んできましたが、昭和史、つまり太平洋戦争を扱った小説というものは、本書が初めて。では、なぜ本書なのかと問われると、「山本五十六」という名前は、そんな受動的な自分にとってもよくよく聞こえてくる人名でして、例えば「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という有名な言葉も、実はこの言葉を通じて山本五十六という名前を知るに至ったのでした。では何をした人なのかと問われると、「どうやら戦争に反対した人らしい」という程度で、恥ずかしながら本書を通じて連合艦隊司令長官という職位や、真珠湾攻撃を推し進めた人物であることを知りました。
そんな山本五十六を赤裸々に描いた本書。これがまた、なかなかの赤裸々具合で、五十六の女性関係を包み隠さず描く姿勢には、五十六の親族から訴えられるのではないかと思うぐらいで(実際に著者は訴えられているようですが)、軍神・五十六の正直な姿を描ききった力作といって間違いない作品です。
日本の実情を正面から捉え、決して米国とは戦争などできる状況ではないことを理解し、にも関わらず世論と政治、そして陸軍の暴走により、戦争の幕を切って落とす役割を担った五十六。その苦悩と怒りは、本書で引用される彼の手紙を通じて伝わります。
彼が当時の近衛文麿総理大臣に「万一(日米)交渉がまとまらなかった場合、海軍の見通しはどうですか?」としつこく問われた際、
「是非私にやれと言われれば、一年や一年半は存分に暴れて御覧に入れます。しかしそれから先のことは、全く保証出来ません。」
「もし戦争になったら、私は飛行機にも乗ります、潜水艦にも乗ります、太平洋を縦横に飛びまわって決死の戦をするつもりです。総理もどうか、生やさしく考えられず、死ぬ覚悟で一つ、交渉にあたっていただきたい。そしてたとい会談が決裂することになっても、尻をまくったりせず、一抹の余韻を残しておいて下さい。外交にラスト・ウォードはないと言いますから」
と返したとあります。前半はまさにそのとおりの展開になったところが彼の卓見さを物語りますが、後半部分も結局は勝てないことがわかっていたからこそ、交渉でなんとか妥結の糸口を見出す必要があることを強く訴えていたことがわかります。
本書の冒頭で著者が惜しむように、本書を通じて五十六の昭和史を追っていくと、「もしもあの時」という言葉がどうしても頭に浮かんでしまいます。日本が破滅に突き進んだ時代においてもこのような人物が居たのだという事実は、昭和史を知る上での励みとなりました。 -
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2012.1記。
太平洋戦争前夜の海軍大臣にして首相の地位にあった米内光政の伝記的小説。その人となりを周囲の人の証言をもとに描き出すことが本書の狙いであるが、史実に忠実であろうとすると同時に、著者は主人公に強い共感を抱いていることを隠しておらず、そのことがかえって読後感を心に残るものにしている。
米内光政は必ずしも同期の秀才ではなかったらしい。実際、参謀だの米国大使館だのを同期が歴任する中、佐世保あたりで芸者にもてまくってたりする。しかし、時代とともにドイツと連合して対ソ戦に備えるべきと主張する陸軍と、ドイツと組めば対米戦争不可避と絶対反対の米内ら一部海軍との対立が先鋭化、政治もこう着していく。
こうした世相の中、省内で名も知られていなかった米内が次第に中枢に上り詰めていくプロセスは読みごたえがある。
「カミソリみたいな井上さん(井上成美)を、参謀長として、のちには次官として、上手に包み込んで使っておられた」という人使いの妙。
一方で「(米内さんはいつも井上や山本五十六とだけ話をするので)・・・部課長クラスが何を言ってきても…あまり相手にしない。まあお前たち適当にやれヨというようなことで・・・この点、陸軍は下が動かしているんですからね」などという証言は、あらゆる職場において目にする風景であり、サラリーマンとして色々思うところがあった。
太平洋戦争緒戦の勝利に国民は沸いたが、実際には日本軍がもっこと鋤で防御陣地を作っていた頃、米軍はブルドーザーで陣地構築していた(占領地で接収し、日本軍人のほとんどが初めてその機械を目の当たりにすることになる)。この圧倒的な国力差によって日本が追い詰められていく様は、読んでいて暗澹とした気分にさせられる。
この本を読んでも、「なぜかくも明確な戦力差がありながら戦争に突入したのか」の答えが見つかるわけではない。米内という人への評価も一つではないだろうと思う。それでもこの時代の一断面を知る上で、極めて示唆に富んだ一冊であるとは言えるように思う。 -
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海軍予備学生だった著者が、資料を駆使して書きあげた『山本五十六』『米内光政』『井上成美』からなる「海軍提督三部作」の第1弾です。上巻では、ロンドン軍縮会議での活躍が中心に描かれており、陸軍との摩擦や、海軍内の「艦隊派」の突き上げに苦慮しながらも、冷徹な目で日本の行く末を見据えていた山本の考えに迫ろうとしています。
日本海軍の歩みをたどることが本書の眼目ではなく、むしろ山本の人間像を活写することに著者の力が注がれているように感じます。ちなみに下巻の「解説」を執筆している村松剛は、山本の私生活にまで立ち入ることで、彼の人間像に迫ろうとした本書の叙述を「反英雄(アンチ・ヒーロー)的な方法をもって、〔阿川〕氏は英雄(ヒーロー)の像を描いた」と述べています。緻密なノンフィクション作品らしい叙述を期待した読者は、時代の波に翻弄されながら生きたヒーローの物語に辟易させられるかもしれませんが、個人的にはたいへんおもしろく読むことができました。 -
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ネタバレ書かれたのは今から55年くらい前…
戦後の好景気に沸く時代の物語である。
勤めていた弱小出版社が倒産してしまい、遅配分の給料ももらえず、退職金も空手形でごまかされて、すっかり宮仕えに嫌気がさした六助は、今風に言えば「起業」をしようと思い立つ。
やはり、元同僚である千鶴子が賛同して協力を申し出て…
二人がカレー屋の亭主と女将さんに納まるまでの、カレーなんですが、甘酸っぱい青春物語です。
出てくる単語が「オールドミス」とか(今ならエイハラで訴えられます)、ハイビスカスを「ふよう(芙蓉)のような花(言われてみれば似てる!)とか…品物も、なつかしきブーブークッションが出てきたりとか…
うわ~、昭和全開だわ、と思いつつも、とても面白く、分厚い本ですが一気に読めました。
携帯電話のない時代ゆえのすれ違いとか、とり急いでいる気持ちを早く伝えるには電報とか、初々しいなあ~
しかし、そこにはやはりまだ戦争の後遺症も影を落としていて、主人公六助の、戦犯として上海で処刑された父親の話など、考えさせるものがありました。
表紙イラストのカレーのお皿…
大きいのと、片方は少し小さくて、夫婦茶碗のようですね。