重松清のレビュー一覧
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重松清氏では、胸が熱くなる作品が多い。
この作品もまた胸が熱くなり、目頭が熱くななる。
それと、今作品では、ユーモラスにも書きあがっている。
さて、作品は
中年男が、社長の出身大学の応援団を存続させるために
リストラ存続の餌をぶら下げて、その課長を社会人入学させるところから始まる。
応援団OB、チア、吹奏楽団と、ライバル大学応援団
そして、顧問の准教授で繰り広げらえる「にあ」と笑えて、「くく」とほろりくる。面白く読むことができた。
最後の1ページに
「いつだって、誰かに応援されているんだ、誰かを応援しているんだ・・・、応援して、応援されて・・・、そうやって、みんなは生きているんだと、俺は思う」 -
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苦しくて切なくて涙無しには…
私、今年40歳になったんですけど…偶然この作品に出会いました。運命感じますよね。
重松清さんの作品には、度々、私の人生の岐路でお世話になっていますが、今回も人生を考えさせられる作品となりそうです。
アラフォー世代は職場の地位や責任、子育てや親との関係など、タダでさえ何かしらの悩みの種を抱えています。
主人公は僕なんだろうけど、登場人物それぞれの人生が見え隠れする。イロイロと謎を抱えてストーリーが展開する所、実際に「最近知り合った人たち」の事みたいで目が離せなくなる。読み進めると、その人達と付き合いが深くなっていくかのように、少しずつ紐解かれていく。もう、自分が小説の中に居るのか現実なのか分からなくなる。苦しくて切なくて…それほど心揺さぶられるのです。早く下巻を読みたい!
今は苦しくても、皆、幸せな人生を送って欲しい。「良い人生だった」と言えるように願います。 -
Posted by ブクログ
淑子、中学三年生。
お父さんに睨まれながらも、峠うどんの手伝いは続く。
だんだんと歳を感じさせるようになるおじいちゃんとおばあちゃんの手伝いがしたいからであり、お父さんは、だからこそ店をたためばいいのに、と思う。
上巻よりも、年輪を感じさせる話、身近な死の話も増えた。
災害の記憶も、戦争の記憶も、体験した人が亡くなるとともに風化する。
いろいろな物の終わりが多く語られる。
榎本医院の院長先生と奥さんの話は、最高に良かった。
みやま亭のアホボンの言い草には「食品業界終わった」と思った。(まあ、しかたないけど)
源さんの憤る顔が目の前に見えるようだ。
そして、淑子、初めて峠うどんの客になる。
私がお通夜に出て良かったのか、と複雑な思いを持て余し、うどんを手繰る。
第六章 『柿八年』
およそ五十年前、淑子の街を大型台風による大水害が襲った。
翌日、家を失った人たちにうどんをふるまった職人がいたという。
うどんには、柿の葉が一枚のっていた。
第七章 『本年も又、喪中につき』
長年地域に寄り添ってきた町医者の榎本先生と、医療センターで難しい患者の治療にあたる、先生の息子。
息子は初めて本音を語る。
第八章 『わびすけ』
峠うどんの棚の奥から、古びた木札が出てきた。
うっすらと「御予約席」と読める。
おじいちゃんの、戦後の苦労を共にした幼なじみの「わびすけ」さん専用。
第九章 『立春大吉』
第一章に出てきた大友くん。
成績は悪くないのに、高校進学をやめてうどん職人になりたいという。
手伝いを許された大友くんがもたらした驚くべき情報とは?
第十章 『アメイジング・グレイス』
受験の前日、おばあちゃんから、帰りに「アメイジング・グレイス」という“シーデー”を買ってきてほしいと頼まれた淑子。
その歌詞の内容は、罪深い自分にもよき人と変わりなく恵を与えてくれた神に感謝をし、たたえるものだった。
人の魂はいつか召される。
峠うどんにアメイジング・グレイスが流れる。
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淑子は、一つ大人になったのだなあと思う。
峠うどんのその後も知りたいし、大友くんの受験も気になる。 -
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中学二年生の淑子は、おじいちゃんとおばあちゃんが営むうどん屋で手伝いをしている。
うどん屋は、14年前に『長寿庵』から『峠うどん』に名前を変えた。
目の前に、市営の斎場ができたからである。
淑子の両親は小学校の教師だ。
二人は…特に父親は、淑子が峠うどんを手伝うことを苦々しく思っている。
中学生は勉強をするものだと思っているし、斎場帰りのお客がほとんどという特殊な空間に若い娘を置くのも良くないとも思っている。
淑子を教師にしたいお父さんと、うどん屋を継いでほしいおばあちゃんの間で、淑子はただただ、うどん屋の手伝いが好きで出かけていく。
お葬式やお通夜では、身内や近しい人には精進落としがふるまわれるから、うどん屋に来るのはその周辺の人たち。
すぐには帰り難い、様々な思いを抱えてのれんをくぐるのだ。
第一章 『かけ、のち月見』
急なお通夜が二つ入ったので手伝いに来て欲しい、とおばあちゃん。
何と一件はお父さんの昔の同級生、もう一軒はクラスメイトのハトコ。
二人とも、「顔も思い出せないし、お通夜なんてめんどうくさいなあ」と、似たようなことを言っている。
第二章 『二丁目時代』
お母さんの少女時代。
罪を犯した男に、子供たちの複雑な思い。
第三章 『おくる言葉』
転出する先生のお別れ会でお礼の言葉を読む係に選ばれてしまった。
習ったこともない、数カ月もいなかった代理教員の若い女の先生。
さすがの淑子も困った。
第四章 『トクさんの花道』
長年、霊柩車の運転手を続けてきたトクさん。
いいお葬式かそうでないかは、扉を閉める時の重さで分かるという。
第五章 『メメモン』
小六担任のお父さんのクラスの子が、夏休みの自由研究でお葬式を見学したいという。
そして、うどん屋でお昼を食べる場所を提供し、淑子にも見学のサポートをしてやってくれと。
提案した、宮本さんという女の子は、真面目で頭のよい子らしい。
その非常識さに、淑子もおばあちゃんも目をむくが…
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お葬式も本も、「泣くことがベストでマスト」ではない、と私は思います。 -
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カープ優勝当時の時代背景をもとにカープと広島について書かれた物語。
東京から引っ越してきた「よそもん」のマナブくんが広島県民の拠り所ともいえるカープを、そしてかつて原爆の落とされた広島という土地と人間性を理解していく。
そこには様々な物語があり、マナブ君の家庭事情、友達の事情、少し謎めいた少女の事情など多くの出来事が描かれている。
子供の事情もあれば大人の事情もある。
マナブ君にとっても周りの人にとってもきっと忘れられない、青春の1ぺージがそこにはあったのだろうと思える。
すごく個人的な感想になるが広島の人情味溢れるところはすごく好きである。
今年もカープは強く、ファンの一人としてはこのままの勢いで行って欲しいところ。
今は横浜在住の身としてはベイスターズも優勝したら広島みたいに盛り上がるのだろうかと少し思ったりもしている。
追記
再読しました。
今年もカープはセリーグを首位で突き進み、38年ぶりの連覇は目前です。
明日、敬老の日に2位阪神を倒して優勝を決めるというドラマティックな展開があるかもしれません。
私は何故か会社関係の講習会に出席予定ですけど。
完全に私事ですが、この土日は昨年亡くなった秋田の祖母の家に行って遺品の整理をしてました。
1960年の東京オリンピック時に建てられた家も取り壊しが決定したようで感慨に耽っていたところです。
時間の流れだけは止められなくて気づけば何かを残さなければならない大人になってしまっているわけですが、今を大事に大事にしようと思いました。
もうひとつ、これも完全に私事ですが、3月にカープのオープン戦を、意中だった広島出身の方と観に行く機会がありました。
想いを伝えると、「カープのこと嫌いにならんでな」と言われたのですが、カープも広島もたぶんずっと好きなままだと思います。
そのセリフの言い方が作中の真理子の「広島のこと忘れんといてな」に似てたのですが、広島の女性の優しさというか人情味というかを私も肌で感じることができました。 -
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「親友」という言葉が苦手です。親しい友だちから「私の親友」と言って紹介してもらうのはこのうえなく嬉しいことですが、私自身が誰かに友だちを紹介するときに「親友やねん」とは言えない。親友というものは、双方の気持ちがそのように一致している場合にのみ成り立つものだと思うから。だから、使っていい言葉なのかどうかがわかりません。なのに本作を読むと、「親友」という言葉を使いたくなります。いや、大切すぎて、ますます使えなくなるか。
「男子の、男子による、男子のための(女子も歓迎!)、きらめく7編の物語」というキャッチコピー。小学生、中学生から高校生にかけての10代男子の頭のなかにはエロしか無し。電車内で広げて読みはじめたら、後方の人の視線を気にしなければならないほど、文中に男性器や女性器を表す語のほかエロネタ連発。男子ならばみんな多少なりとも身に覚えがありそうで大ウケ間違いなしですが、女子の身としては「もうええって」と言いたくなるような記述も。しかしさすがに重松清。そんな気分にまでさせられたにもかかわらず、各章最後の一文で泣かされてしまいます。
自叙伝であるとはどこにも書かれていないけれど、おそらく著者本人の話であると思われます。読んでいるうちに自分の子ども時代にも思いを馳せ、あの頃の友だちが懐かしく、しんみりします。お見事。 -
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重松清さんの小説は優しさがある
とても悲しい物語ですが、温かみがある小説です。いつもの重松風の展開ですが、こういう小説って重松清さんしか書けないでしょうね。最後の結末も良かった。現実問題として、こうして虐められた子供達が、気楽に避難できたり逃げる事を認めてあげる国になれたらいいのに。別に学校に行かなくても良いって事を教えてあげたい。
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久々の重松清作品。「その日のまえに」を読んで号泣したのでこれも泣いてしまうかと思ったけど、かろうじて耐えた。
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「センセイ、僕たちを助けてください」ある小説家のもとに、手紙が届いた。送り主である中学二年のタケシと、小学五年の男子リュウに女子のジュン。学校や家で居場所をなくした三人を、「物語」の中に隠してほしい。その不思議な願いに応えて彼らのお話を綴り始めたセンセイだったが―。想像力の奇跡を信じ、哀しみの先にある光を探す、驚きと感涙の長編。毎日出版文化賞受賞。
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大切なのは想像力。信じることも想像力。この作品は物語の中と現実が交差してゆくので想像力が大切になるけど、すごくせつない物語。最初は少年少女の冒険!なんて楽観的に読んでたけど、そうじゃなかった。たくさん考えさせられる作品。 -
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30代で、自分の子供が不安なく育つために何を伝えようかと思った時に見つけて手に取ってみました。
年代は微妙に合致しないものの、自分世代が学校や親からうけた教育なり価値観の根底にある思想は何か、ヒントを与えてくれるような内容に感じました。
戦後にテレビが果たした役割や、こんにちは赤ちゃんとパパママ呼称、核家族、中流意識、標準世帯と欠損家庭、生産社会、ウルトラマンに見る正義、3分間、全力疾走できる幸せ、等のキーワードから、自分を育ててくれた世代には、確かに科学の進歩が、それが対価としての悪を生んだとしても、未来への希望をもたせてくれる、そういう世の中だったのかなと思いました。
明るい未来を描けない世代は不幸なのかという核心をつく問いに、答えなき答えを打ち出してくれている筆者の人生観を教わりました。娘との付き合い方を考えさせてくれます。
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