重松清のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレストーリーはね、なんだか『4TEEN』に似てる。
どっちも中学2年生という微妙な時期を描いた作品です。
あっちは長閑な幸せな感じがただよってたし、子供たちがもっと幼く感じたんだけど、
こっちは本当の中学2年生を等身大にして、彼らの目線で書いたちょっとダークな感じのお話。
地元で連続通り魔事件が発生して、捕まった犯人はなんとクラスメートだった。
その事件をきっかけに、エイジを中心としたクラスの子供たちが自分なりにいろいろ考えていくお話。
まさに、子供と大人の狭間にいる中学2年生の心を書いた良い作品でした。
『4TEEN』はね、なんだか平和すぎちゃって「こんな中学生だったらいいよな~」って感じの夢物語だったんだけど、いまどきの中学生は『エイジ』に出てくるようなこんな感じなんだろうな~。
本当にかっこいいことをするのがかっこ悪くて、なにがよくて何がいけないのか分かってるのに、なぜか頭の中がすっきりとしない。
ストレスや悩みが溜まってキレルという感じじゃなく、自分と繋がってる何かをキリたくなる年頃なのかな。
いろんな葛藤があって、自分で悩んで考えてちょっと確かめて、それから先、その線を越えるか超えないかで、人生の道しるべが変わっていくんだろうな~。
この本は、とっても読みやすくて始めから引き込まれていきました~。
普通の今の世代、よくある話なんだろうけど、でも生徒の視点から先生の視点、親や兄弟の視点から上手く書かれてると思う。
教育者になりたい人は、絶対に読むべきだと思うな~。
ウチはアメリカに住んでるからこういう日本の日常とは少し違うかもしれないけど、エイジのような時期がTIMにもいずれやってくるんだろう。と思う。
そういう時は、エイジの両親みたいに子供を信頼して明るく接してあげるのが一番なのかな? -
Posted by ブクログ
ネタバレ電車の中では読めない本。
『小学五年生』を描くことの得意な作者が、元気でキラキラして、そしてちょっぴり切ないお話をいくつも載せているのが、この“夏”だと思って読み始めた。
もちろん、『僕らのミシシッピ・リバー』は、その筆頭だと思うし、『終わりのあとの始まりの前に』も、少し年上の高校生の話ではあるけれど、そういうイメージで読めた。
別れのお話が多い。
夏って、そんな感じだったっけ?
気温もテンションも楽しさもピークなのが夏・・・と思っていたが、考えてみると、ピークということは、あとは下るしかないということなのだろうか。
そういえば、お盆も終戦記念日も夏だ。
蛍も一週間の輝き、蝉も二週間くらいしか生きられない。
銀河鉄道の夜も夏の話だったっけ?
夏祭り・・・お祭りというのも、もともとは死者の霊を祀ることだ。
もちろん、読後感の悪い作品はひとつもない。
終わりの中に再出発が必ず描かれている。
けれど、再出発するためには、そこに残されていくものもある。
再出発する人にエールを送るとともに、残されて忘れられていく者への鎮魂歌を贈る、そんなお話が多くてしみじみとする。 -
購入済み
泣ける。。。
ファンタジーなんだけととてもリアル。
人生のターニングポイントに戻って
そこで出会った人々、出来事をいろいろ思い出して
しまった。。。
久しぶりに帰省しよう。そうしよう。 -
購入済み
家族はやりなおせるのか?
いつ自分は間違いを犯したんだろう?あの時こうしていれば、という後悔は誰にでもある。人生の大切な時間に戻ってやり直せたら、本当にすべて上手くいくのだろうか?
ちょっとファンタジーな舞台設定の上に重層的な家族の物語が紡がれる。生と死、父と子、過去と現在をテーマに、壊れかけた3つの家族が再生の希望を取り戻すストーリーだ。
主人公の妻がちょっと共感しづらいのだが(笑)、それ以外の登場人物がとっても良くて、ほっこり気分。 -
Posted by ブクログ
この巻でシュウジのものがたりは『完結』するんですけれど、これを読んで僕はもう6年近くが経つわけですが、いまだに彼のたどった『生』を強く考えている自分がいて、少なからず驚きを感じております。
この本の最初で、アカネによって女を知ったシュウジは自分が生まれ育った街を出て、大阪でアカネの夫であるヤクザの新田に陵辱を受け、アカネが新田を殺して、シュウジは東京に出ます。
そして彼がもぐりこんだのが、(具体的な地名は書いていないがおそらく多摩ニュータウン)の新聞販売店でした。
僕はかつて、新聞の世界、及びあの界隈で仕事をしていたことがあるだけに、所長の人物像や同居人の「トクさん」のことや、シュウジが新聞を配る描写が克明に今回読み直していて、頭に浮かんできました。
そして、初めての給料は盗まれ、道中で拾った携帯電話で東京にいるエリに『会いたい…』ひたすら懇願して、
「新宿までこれる?」
とエリが応えた場面がすごく印象的で、映画はここが確か新宿駅の東南口でしたが、よく歩いていた場所だけに
「僕もあそこでシュウジやエリにすれ違ったのかな?」
と言うようなことを思ってしまいました。
ところが、シュウジが絶望の中で出会ったヒロインのエリも二人で入ったラブホテルでの独白で事故で歩けなくなって、叔父夫婦に引き取られて東京に引っ越してからは叔父からの執拗な性的虐待と叔母の容認で、自暴自棄になり、ひたすら行きずりの男に身を任せると言う場面はあまりにおぞましさに、読んでいるページが止まってしまいました。
そして、ホテルを出た二人はある商店街を歩いていて、
エリがそのシャッターに
「誰か私を殺してください」
そしてシュウジが対句のような形で
「誰か一緒に生きてください」
と落書きするほどに毀れていて、
ここで僕は涙が止まりませんでした。
シュウジとエリは結局、最後は『ひとり』と『ひとり』に戻ってしまいますが、アカネとシュウジとの間に出来た『ノゾミ』と言う男の子の存在がこの救いようのない物語に一筋の光を与えてくれるような気がしてなりませんでした。 -
Posted by ブクログ
15歳の少年かがどった過酷な人生です。初めてこの本を読んだときには、あまりのショックで2,3日ほど何も出来なくなりました。
僕の中で、今の今まで消化できていない物語があって、本当はこうして書くだけでも気が重いのだけれども、がんばってキーを叩きます。それがこの重松清の「疾走」です。僕はこの物語を最初に読んだのは、就職が決まって荷物を新しい住所に送って何もなくなった部屋の中でした。
読み終えた直後、そのあまりのショックでしばらくの間、何もすることが出来ませんでした。主人公のシュウジが
「ねぇ、どうしてにんげんは死ぬの?」
という問いがすごく印象的で、
主人公のシュウジに対して「おまえ」という不思議な呼び掛けで全編に渡って救いようがない物語がつづられていく。そんなお話です。物語の中でシュウジのことを「おまえ」という人物も、重い重い「十字架」を背負っています。
舞台はある地方都市で『浜』で暮らす人間と『沖』で暮らすニンゲンがそれぞれいがみあって暮らしていて、主人公のシュウジが暮らす家は、優秀な兄と、腕のいい大工の父親、優しい母。そしてシュウジの四人で暮らしているのですが、「ゆめみらい」の開発などで街の様子が変わっていき、物語の中盤に、兄のシュウイチが赤犬(放火魔)になったことをきっかけとして、シュウジの家庭は一気に崩壊していきます。
その地域では放火が殺人よりも罪が重いからです。シュウジも『赤犬』の弟として、学校で凄まじいいじめに遭ってしまいます。そして、物語のヒロインであるエリも「ゆめみらい」の開発で事故に巻き込まれ、引き取られていた叔父夫婦が土地を売ったので、東京に引っ越していきます。
僕はこの話を思い出すたびにその日一日はものすごい鬱になりますが、僕にとってはマスターピースのひとつです。
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