黒田硫黄のレビュー一覧
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セクシーって好き。タマラン。
セクシーが好きなのも可愛いが好きなのも、それが放たれているものだから。不特定多数の(パンピーの)ぼくに向かっているものだから。そう感じれるから。
だから男は(僕は)勝手に自分に気があるのだと勘違いするんだね。馬鹿であることは(僕は)幸せだ。
…そんな感情は抱かせてはくれないけど、ぼくの大好きな"セクシーボイスアンドロボ"。ご存知"茄子"の黒田硫黄、作。
喜怒哀楽で表現しきれぬ感情が(ぼくが自慰シキ過剰を描いたように)ここには在るのです。感じるのでもなく、ただ読んでおもしれいなぁって思えばいいんだ。それだけだね。 -
購入済み
舟でチーバくんの頭から舌まで
「千葉県はほぼ島国」とネットで定期的に話題になるが、確かに県境は全周が海と川だ。
この漫画は、雑に言えば千葉県の印西市あたりから浦安市のディズニーランドまで舟で米俵を運ぶような話になるようだ。ほぼ島国の千葉県だから、船でぐるりと回れる。
今なら、陸路をトラックで東関東自動車道経由のほぼ一直線なのだろうが、この漫画の舞台は江戸時代の天明年間、約1780年代。当時は水運だ。まず利根川を遡り、チーバくんの鼻先である現在の野田市関宿の関所まで川上へ行き、そこで江戸川に接続して下り江戸へ向かう。面倒臭い。
モーターも蒸気機関も無い時代だ。風に恵まれなければ、人力だ。しかもこの時代、浅間山の天明大噴火(1783年)の影響で川底が浅くなっていたようだ。浅い川を航行するための高瀬舟でも気を抜けば座礁する。気が抜けない。途中で船荷を何度か乗せ換える必要もあるようだ。疲れる。
そして登場人物は全員クセ者(黒田硫黄マンガでは結構出がちな色気もあって強い女性キャラもしっかり居る)。
どうやら時代劇✕ロード(※水路)ムービー✕トラック野郎✕ヤクザ映画✕スキヤキ・ウエスタン✕大江戸FBI捜査官になりそうな予感…
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南沢奈央さんのラジオの読書番組を毎週楽しみに聴いていて、落語の話題もちょくちょくあったが、こんなに落語が好きで、落語のお仕事もされていたとは!
先日、新宿の末広亭に行く機会があり、とても楽しかったので、読んでみた。
志の輔の映画「大河への道」、面白そう。観たい!
30時間の話を2時間にまとめた「牡丹燈籠」はDVD買っちゃいそう。
三遊亭円丈は名前を今回知ったが、実験的な落語をやられていたそうで、とても興味を惹かれた。
他の寄席にも足を運んでみたいし、上方落語も江戸落語とは演目等色々違いがあるようなので、本場で聴いてみたい。
色々楽しみが増えた! -
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時は江戸・天明。安五郎は利根川を高瀬舟で往復して荷を運ぶ船乗り稼業。
今日も、変わらぬ一日が始まるはずだったが、船頭の甚左衛門が出かけたまま帰ってこない。船頭不在ではあるけども、日当のために仕事をしなければならないので、船を出すこととなった安五郎。
船頭の甚左衛門の不在の理由に不穏なものを感じるのは、彼が裏の仕事を請け負っているであろうことを薄々感じていたから。道中で出会う同業者もきな臭い情報を持ち込んできたりと、知らず知らずのうちに厄介なことに巻き込まれているのではないか、という不穏さが押し寄せてくる。ごろつきアガリの人間もいたりするし。
江戸へ荷物を運ぶ道中、安五郎は無事に仕事をやり遂げることができるのか。
夜の場面の、黒さがいいです。
自分たちが思っている以上に、明かりのない夜の闇というのは「黒い」もので。ちょっと山道に車でいいてライト消すとわかります。洒落にならないほど暗いし、怖い。
そこに何が潜んでいるのか、が全くわからない。
賭場から出た後のいざこざの場面で、いちゃもんつけてきたごろつきが、見当違いのところへ啖呵を切っているのが、暗さの演出としてにくいなぁと思います。
そして、闇の中にあって見えない甚左衛門が隠していることも、わからない。
昼と夜の明るさの違いがくっきりしているのが、安心と不安を掻き立てますね。
陽の光が待ち遠しい物語であります。 -
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新年おめでとうございます。と思いきや、新年早々、石川県能登地方の地震で、避難・被災された方がおりましたらお見舞い申し上げます。
以前から、新潮社・本の総合情報サイト『Book Bang』の「南沢奈央の読書日記」を拝読してます。
女優業の傍ら、読書家で書評・エッセイ執筆もこなす南沢さん。大の落語好きだそうで、大学の卒論テーマも落語、それになんと!「南亭市にゃお」の高座名を持っているとのこと。びっくり!
昨年末12/29にアップされた上述のエッセイには、「こたつでウール100%」と題し、自ら撮影したこたつの中の2匹の猫ちゃんの写真がありました。
「こたつ」と言えば、喜多川泰さんの落語を題材にした新作小説の主人公の高座名! それに、南沢さんの本書の序文(マクラのはなし)を読むと、喜多川作品の主人公の体験と全く同様の落語愛を感じた次第です。凄い偶然!
南沢さん曰く、落語は人生を豊かにしてくれ、心の底から笑わせてくれるもの、とのこと。
自ら噺家として高座で落語に挑戦することが、結果として南沢さんの生き方や、役者として幅の広がりに大きな影響を与えたのでしょうね。
芝居と落語の違いとは、「落語は話芸であって〝演じる〟のではない。役に入り込むのではなくて、観る側の想像に委ねる部分が多い」ということ。なるほど〜と、感心します。奥が深いですね。
少々入り込み過ぎて、ド素人の私にはその蘊蓄がなかなか伝わりにくい部分もありましたが、そこはご愛嬌! 落語にどハマりしている南沢さんの熱量、加えて今年初ものへの縁起担ぎで☆4つ。
実際に寄席に行き、落語を生で聴きたくなるような一冊でした。