太宰治のレビュー一覧
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太宰治の津軽紀行文。彼にとっては故郷であるので、多分に自分探し的な意味合いも含まれ、風土の解説だけではなく、追憶と述懐と何かに対する言い訳とがずっとついて回る。
序編では、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐の六つの町についての思いが語られる。これらの町は太宰治が幼少の頃実際に住んだり訪れたりした縁の深い町なので、思い入れが強い。そのため、序で思いの丈を述べたきり、本編の紀行文ではこれらの町は取り上げない、との宣言でこの章は終わる。司馬遼太郎の『北のまほろば』で得た弘前に関する歴史知識のことも思い出しつつ、弘前城があるのに県庁所在地の座を青森市に奪われたことへの悔しいような情けないような気持ちなど、エッセイとして楽しく読んだ。
本編は、巡礼、蟹田、外ヶ浜、津軽平野、西海岸、という五章から成っている。蟹田、外ヶ浜のあたりはひたすら酒の心配ばかりしていて、文学談義(というか鬱憤)も気持ちよくはなく、もう読むのやめようかなと挫折しかけたのだが、「最後は感動する」との情報も得ていたのでもうちょっとがんばることに。
津軽平野の章では岩木山(津軽富士)やヒバや林檎の話など太宰版風土記らしさが盛り返してきて、私も読む気を取り戻す。そして最終章、これまでそんなこと一言も書いていなかったのに、旅の最終目的地をどこと定めていたかが明らかになり、事前情報どおり、ドラマチックな展開が待っていた。
なんだ、ただ女々しく弁解めいた語りばかりする人かと思っていたら、こういう職業作家みたいなこともできちゃうんですね。「自分探し風」なこの紀行文のスタイルも、百パーセント本音ではなく作家的虚飾なのかもしれない。もちろん作家の書くものが百パーセント本音でないといけない義理なんてないのだからそれはそれでいいのだけど、ではあの終わり方はなんだ。私みたいな読者が抱く感想への先回りだろうか。「太宰治作品もっと読んでいきたい」とは今は正直思ってないが、「太宰治って少し読んだけどああいう感じでしょ」などとは言ってはいけない油断ならなさを感じとったところで、この読書は終える。 -
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文は素晴らしい。こういったタイプの絵は私にはわからない。ので、絵をシャットアウトして読んだ。読み終わって、じっくり絵を見た。
1人の人間に執着した人間の愛憎、師など、高い位についた人間の振る舞いなどが、勢いある文章で描かれていた。まさかユダが主人公とは…。最初の方は気づかなかった。ただキリストと使徒の話をなぞらえて書いているだけだと思っていた。
ここに描かれているユダの愛憎は、ある世界的ピアニストを慕い、ピッタリとくっついている、ある日本のピアニストを連想させた。彼女も似た様な心境なのだろうかと重ね合わせて読んだ。
無駄のない力強い文章。素晴らしかった。
この文に絵はいらないかな。 -
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新年の一冊目は、太宰治の後期作品集。
太宰はひさしぶりに読んだけど、あらためて好きだなぁと思わせてくれるような文体や世界観で、収録作のほとんどが掌編(随想?)ながら満足度が高かった。
そして、彼が死の間際まで連載のために執筆していたという未完の遺作が「グッド・バイ」。
太宰はこれを書きながら、自分ももうグッド・バイでいいと思ったのかもしれないね。
主人公である色男が数多の愛人と縁を切るため、絶世の美女(だけどひどい鴉声で大喰らいで金遣いが荒くて部屋は汚い。実写にするなら橋本環奈一択)に助けを乞い、クセの強い彼女を手懐けながら二人三脚で別離行脚にでるというような、明るくてユウモアと可能性に満ちた楽しい話なんだけど。
最後まで読みたかったなー。太宰が自殺を遂げたという事実をわかった上で読むとなおのこと心寂しい。
「唐詩選の五言絶句の中に、人生足別離の一句があり、私の或る先輩はこれを、『サヨナラ』ダケガ人生ダ、と訳した。まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。題して『グッド・バイ』、現代の紳士淑女の、別離百態と言っては大袈裟だけれども、さまざまの別離の様相を写し得たら、さいわい。」 -
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青森県五所川原市 エルムの街 くまざわ書店にて購入。
太宰治の故郷、青森へ旅に出ると本が買いたくなる。今年は きりぎりすにした。
好きな物語がたくさん入っている。
「燈籠」のどんでん返しは痛快。
この女の子の目線から見ると、自分を正当化し凄まじく善人として描いているが、男の子側から見ると、迷惑な勘違い女にしか思えない。
このギャップがとても愉快だ!
姥捨は、太宰の自殺衝動へのプロセスかと思えてしまう。
「黄金風景」はもう圧巻。
嫌がらせをした相手から優しさで仕返しされる。
親切さで報復されるのが一番堪えるのだ!!
女中お慶がキラキラ輝く、その様はまさに黄金風景!!
まーぶしーいっ!
「皮膚と心」
もう大好きだー!
このご主人、キミは一体どれだけデキタ人なんだ!
女心分かりすぎ!大正のモテ男かよ!
全く!カッコよすぎるぜ!
コンプレックスを「俺は好きだよ」なんて言ってのける。優しさ。
見栄っ張りなら肝を冷やしちゃうな。
きりぎりすは、これも太宰の作家像の変遷を描いたのか!?と思ってしまう。
大衆のための書き手か。
それとも己のための物書きか。
島間違えをしてしまう 「佐渡」
東京から離れて離島に来たのに、都会かぶれている女中に出会ってガッカリする場面はニヤニヤ止まらん!
ダメな兄を家族ぐるみで殺害する 日の出前。
盲目的に兄を慕い、傀儡のように付き従う妹が最後、ものすごいひと言を放つところもこの話の醍醐味。
そうか、お主も悪よのぉ。
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ダス・ゲマイネ
馬場と私の話。海賊という雑誌を出そうと持ちかけられる。「太宰治とかいう若い作家」という人物が出てくる。馬場と言い争いになり、雑誌はやめる。
主人公は電車に轢かれて死ぬ。
あいつ、うまく災難にかかりやがった。僕なんか、首でもつらなければおさまりがつきそうにないのに。
君、太宰ってのは、おそろしくいやな奴だぞ。
君は自分の手塩にかけた作品を市場に晒した後の突き刺されるような悲しみを知らないようだ。
富嶽百景
けれども、苦悩だけは、その青年たちに、先生、と言われて、黙ってそれを受けていいくらいの、苦悩は、へてきた。
苦しむものは苦しめ。落ちるものは落ちよ。私に関係したことではない。それが世の中だ。そう無理に冷たく装い、彼らを見下ろしているのだが、私は、かなり苦しかった。
葉桜と魔笛
妹が病気。男からの手紙を読んでしまう。体の関係を知り姉は燃やす。そして代わりに手紙を書くが妹は姉が書いたとすぐ分かり、男の手紙も自分で書いたと言う。その時手紙にあった口笛が聞こえた。
姉さん、あたしたちまちがっていた。お利口すぎた。ああ、死ぬなんて嫌だ。あたしの手が、指先が、髪が可哀そう。
駆け込み訴え
イエスを殺してくれと訴えるユダ。
あの人を愛しています。あの人と私は共に死ぬのです 一緒に死ぬのだ!感情の揺れ動きがすごい
走れメロス
トカトントン
郵便局で働く男が太宰治に手紙を書く。トカトントンと釘の音がすれば、全てのやる気を無くす
キリストの釘の音。キリストは釘を打たれても魂は死ななかった。
ヴィヨンの妻
本作は、太宰が亡くなる約1年半前に書かれた作品です。
『ヴィヨンの妻』は「死」に言及するというよりも「生きてさえいればいい」ということが描かれています。
新潮文庫版の解説で、亀井勝一郎氏はこう書いています。
彼はつねに彼を描いた。作品はすべて告白の断片にすぎない。
そして、大谷はまさに太宰のような男です。太宰は亡くなる約1年半前、大谷とさっちゃんを通じて、「どんな人間でもいい。生きてさえいればいい」というメッセージを、どんな想いで書いていたのでしょうか。考えると胸が痛くなります。
ちなみに太宰の妻・津島美智子さんは、太宰をフランソワ・ヴィヨンにたとえた詩を太宰に送ったことがあるそうです。
太宰はもしかしたらさっちゃんにも、妻・美智子さんを投影していたのかもしれませんね。
この「ヴィヨンの妻」こと、さっちゃんは、とても素敵な女性です。この物語の魅力は、まさにさっちゃんにあります。
桜桃
子供よりも親が大事。
生きるということは、たいへんなことだ。あちこちから鎖が絡まっていて、少しでも動くと、血が吹き出す。
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Posted by ブクログ
ネタバレ些細な日常を皮肉やユーモアを感じさせる言葉選びで表現しており、クスっと笑ってしまう。
佐渡と畜犬談が好き。
どの話も割と好きに言いたい放題でコンプラ等存在せず自由で良い。
畜犬談の犬に対して、
「日に十里を楽々と走破し得る健脚を有し、獅子をも斃す白光鋭利の牙を持ちながら、懶惰無頼の腐り果てたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持無く、てもなく人間界に屈服し、隷属し、同族互いに敵視して、顔つき合わせると吠え合い、嚙み合い、もって人間のご機嫌を取り結ぼうと努めている。」
と表現しており、今まで犬に対して、憎らしい思いをストレートに緻密に書く人間はいただろうか。
愛犬の話の起承転結もわかりやすくてよい。憎しみだったものから次第に愛が芽生えていく様子は面白い。