角幡唯介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
少し長いが引用。
『探検家が探検をすることには多くの人が様々な理由をつけてきた。……そんなことは人間が探検をする本当の理由にはならない。探検をしない人たちが考え出した分かりやすい理屈に過ぎないのだ。悩みや葛藤や逡巡という要素を取り除いた、やらない人たちが納得するためだけの、きれいに体裁を整えた説明なのだ。……彼らは北極の自然に囚われていた。人が命を懸けて何かをすることを説明するのに必要なものは、もしかしたら囚われてしまったという、心の片隅に突き刺ささった小骨のような心情のひだを持ち出すだけで十分なのかもしれない。囚われるというのは恐ろしいことなのだ。』
「探検」と「北極の自然」を「カヌー」に置 -
Posted by ブクログ
ネタバレほわー!ホントにこんなとこしてる人いるんだなーっとただただ驚嘆!
思えばこーゆー探検ドキュメントみたいなの読んだのって初めてかも。
北極かあ。
つーか10度以下になった時点で冷える~っと悲鳴をあげている私には絶対無理。
が、そーゆーありえない状況が、日常になると、それがあたりまえでなんとも思わなくなる、とゆーのが印象的だった。
なるほど、どーゆー状況でも人間は慣れるものなんだな、と。
こう町の影がみえてきて、そこへ向かっていくうちに、
人のいる世界が日常へと変わっていく、とゆー感覚が、すごいなーっと。
にしても、ほんと、どんだけ過酷なんだっ。
血がつららになる、とか。もうありえない。痛すぎるぞ -
Posted by ブクログ
ネタバレ四方八方雪と氷しかないなんて、想像はできても感覚は全くつかめない。それなのにこの一冊はものすごい現実感が迫ってくる。
だからなのか、読み進めるのはとても疲れた。消耗していくのがはっきりとわかった。300Pぐらいで休みをいれて、普通の小説を読んだらなんだか体から力が抜けるようだった。
すごいな、なんでそんなにまでなって、などと読んでいる間に何度思ったかわからない。特にヘルペス。写真を見なくても痛々しさがわかりすぎて、どこでもドアで薬を手渡しに行きたくなった(もう旅は終わっているのに)。あと生肉でおなかをこわした日。休めないからとよれよれと前へ身体を進ませようとする姿が痛々しい。荻田さんが見か -
Posted by ブクログ
新聞の書評で本書を見つけ、開高健ノンフィクション賞を受賞した時から気になっていた著者でもあり、読んでみた。
19世紀半ばに、ジョン・フランクリン率いる北西航路探検隊129名全員が亡くなった航路を辿ることで、彼らの見たものを自分の目で確かめようと、著者と極地探検家の荻田泰永の二人で挑んだ北極冒険譚。
彼らの旅の行程をなぞりつつ、途中途中にフランクリン探検隊の謎にまつわるエピソードが差し挟まれていくという構成で、語りもうまく、そのあたりなかなかニクイ。
かなり厳しい旅であったことは想像に難くないのだが、思いのほか淡々とした印象を持ったのは私だけだろうか?
ただその中でも、麝香牛を殺して食べるシ -
Posted by ブクログ
極地探検家の著者が「人間としての頂点は43歳」という理論を考察する1冊。
以前から著者の本を読みたいと思っていたが未読で、動画で三宅香帆さんがおススメしているのを見て手に取った1冊。
20代から40代後半まで年代別に冒険家の思考・身体・経験面から考察しており、
命を懸けて冒険に挑む人たちがどう考え行動に至っているのかよくわかった。
具体的な行為は無意味で非合理的、でも個人にとっては絶対的な価値観、という逃れられないもの。
さらに、「”生”を感じること」を濃くしようとするほど、「死」に近づいていくという一見矛盾のような必然に、生きるとは何か?を考えさせられる。
自分自身には、死というリス -
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Posted by ブクログ
角幡唯介『地図なき山』を読んだ。
地図が存在するにも関わらず、あえてそれをしないこと。文明への反逆、自分で引く逆境のライン、1を0に戻す行為。普通の感覚なら「なんでそんなことするの?」となる。奇しくもこれと同じセリフが帯に角幡さんの奥様の声として描かれていて、僕も同意だ。
でも、全く知らない土地で思いもがけないものに出会った時の感動が筆舌にし難いのも理解できる。自分も10代後半から20代前半でハマったバックパッカーの旅では、その興奮に随分と取り憑かれた。スマホがない時代、紙の『地球の歩き方』をポロポロになるまで捲り続けて目的地を目指したけど、「地図がない」はなかった。
角幡さんは日高山脈