古内一絵のレビュー一覧
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「この世に本当に魔法があるとしたら、それはきっと、自分自身にしか起こせないものよ」
「料理で運命なんて、変えられるわけないじゃない。いくら私でも、魔法が使えるわけじゃないんだから」
シャールさんは、立ち止まっている人に助言をするわけではない。
「その人が、自分の頭や手や足で変えたのよ」
「だって、私は不幸だもの」綾
『料理人としては致命的だ』省吾
『その自分が、傷つくのが怖かった』耀子
『私はここが好き』年老いた独り身の 比佐子
どの人も、シャールさん、マカン.マランと関わる中で自分で歩き出す
耀子の前に現れた御厨先輩にグッと来ました
そして過去の深い傷をようやく認めた耀子にエールを贈りたい。 -
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ネタバレふと思い出したのは、息子の小学校で一緒だった、専業主婦のママたちだ。
登校班に一緒に付き添っていたある人は、「なんで仕事をしているの?」とナチュラルに聞いてきて、「仕事の方が向いてるの」と答えたら、「仕事が好きなんだね」と言われた。
なんとなく苦笑いをしたのを覚えている。
私自身も、自分の凝り固まった考え方があるのは自覚しているけれども、無自覚に自分の狭い世界で生きている人たちも、結構多い。
子どもが小さいときには「自分の子どもが同性愛者だったらどうしよう」と雑談のなかで“ふつうに”言ったママ友もいたけれども、「え、別にどうもしなくない?」としか思えなかった。
自分の子どもが、自立できないとか、だれかをいじめていたとか、犯罪に巻き込まれたとか、そっちの方が問題じゃないかと思うんだけど、「同性愛者だったら困るかも」という感覚が、別にそんなに間違ってない、とされてしまう正しさは、ちょっと息苦しくないかと、やっぱり思う。
皆で一緒にお昼ご飯食べないととか、子どもじゃないんだから。
「一緒に行かないなんて、ねぇ…」なんて言われたら、苦笑いで返すしかない。
そんな苦笑いを脱ぎ捨てていくための物語。
自分の正しさをひたすら貫くのはきれいに見えるけれども、死を迎える父の前に、父が思う息子の姿をしていったシャールさんも、それはそれでひとつの正しさだと思う。 -
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ネタバレシリーズ3作目。
この作品が2017年発売された10年も前から
SNSの醜さってあったんだなぁ…。
嫉妬と羨望だけじゃなく、
アンチやトロール(荒らし)しちゃう人たちの
正体と言うのは、案外普通の人達で
普段は優しかったり気遣いが出来る人達なんだろうなぁ。
彼女が、シャールさんの苺シロップで
魔法(呪縛?)が解けたように、本作を読んだ
呪縛に絡められた人達も解放されたらいいのにね。
エンディングノートを書く比左子さんの終活。
比佐子さんのように残すものはないけれど(苦笑)
自分の生涯を振り返りながら、
後悔しない為にこれからの残りの人生を歩みたいものです。 -
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ネタバレまたやってしまいました。
シリーズ作品は、順番に読たい、読むべきと
分かっているのにまた間違えた。
#きまぐれな夜食カフェマカンマランみたび を
飛ばしてシリーズ最後のこちらを先に読んでしまった。
今宵も「マカン・マラン」に縁がある人達が
辿り着いた夜食カフェ
シャールさん自ら、自身を癒すために
編み出した「三つの感嘆」
1. 「美味しかった」(何かを食べたら)
2. 「よく寝た」(朝起きたら)
3. 「気持ちよかった」(お風呂に入ったり、体を動かしたりしたら)
現状に感謝し、自分の身体を慈しむための
大切な教えとして、
物語の中だけではなく、現実社会で
揉みくちゃにされている自分たちをも
救うキーワードになっていると思う。
感謝する気持ち、大切にしなきゃね。 -
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3話、4話が特に良かったです。
シャールになる前のシャール(御厨)にかなわぬ恋をした女性が、いっとき、昔の御厨と再会する話。なんとなく想像のつく展開に、それでも心地良く身をゆだねる感じでした。
それに地主のおばあちゃんの比佐子さんが終活ノートを埋めていくくだり。終活ノートって、自分の子供の頃からを振り返っていくのてすね。読みながら、自分でも子供の頃からを振り返ってしまいました。60年近くを生きてきて、ひどく不義理に冷淡に生きてきたことを思って、いまさら後悔の想いに駆られましたが、もうすぐ自分が自分のしてきたことの報いを受けるのかもしれません。でも、比佐子さんはまた新たな気持ちで話のラストを迎えます。常に前向きな気持ちになれる、とても素敵な本ですね。 -
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『最高のアフタヌーンティーの作り方』の続編。
ウエディングケーキってことは、今度は結婚式場所が舞台となって、ウエディングケーキを作ったり、結婚式にまつわるあれこれなのかな?と読み始めた。
関係性の多様性に関しての話題も出てきて、物語の中に入り込んで物語の中の世界を揺蕩うだけにはならず真剣に考える場面もあった。
結婚制度に関しての、籍を入れるという表現も、世間一般の「普通」と、世界的な当たり前となどなど、私自身にとっての捉え方の基準との違いなんかも沢山あった。
自分にとっての「普通」とかけ離れた考え方はなかなか理解するのが難しく、頭で考えてなんとか分かったような気になりながらも、腑に落ちるまではいかず、モヤモヤが残っている部分も正直ある。
ラストはどうなることかと思ったけれど、モヤモヤを抱えながらであったのに、読後感はとても良かった。
マカンマラン(ボヤージュ)を読んだ次にこの作品を読んだこともあり、あの人がひょっこりと顔を出してくれたかのような錯覚になる。同時進行で世界が進んでいるかのような気になり、私の中でさらにマカンマランのあの人と、鈴音や達也の世界が同じ世界で繋がっているかのように感じられて嬉しくなった。