齋藤孝のレビュー一覧
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「人は見た目が9割」ならぬ、「人は日本語で人間性の9割を判断する」である。
そこから、日本語力とはどのような力なのか、どのようにして鍛えるのかが書かれている。
手元に置いて、読み返してインプットしていきたい一冊。
以下は私的な読書メモ。
「文章は『とにかく書き続ければうまくなる』というほど単純なものではない。」「伝えたいことがあったとしても、それをうまく表現する言葉を知らないばかりに、伝えられない。」
だからこそ、語彙力や要約力、さらには感情読解力が、できる大人の日本語の基礎として必要とされる。
文章を書くときには、「文章が浮き立ってくるように書く工夫をすること。中身はもちろんだが、それ以上に“見せ方”が重要なのである。」と言われるように、時間のない人にも読んでもらえるよう考慮すべきという主張に納得。
著書もそのように書かれているため、大事なことを落とさず、さらりと読める。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2011年3月11日に発生した東日本大震災。
明日のことさえわからない状況下で人々の心を癒したもの--それが「何気ない日常会話」、「ちょっとした雑談」だった。
「何もいらない。ただ、話し相手がほしい」--人と人のつながりをもたらし、強く生きる力を授けてくれるのは、何気ない日常なのだと。
外国語にお金や時間をかけるよりも、日々の雑談のコツを知ることの方が簡単かつ有効。
雑談のベストタイムは「30秒」。
そして、雑談になりうる時間の最小単位は「10秒
」。
マンションのゴミ出し場で、エレベーターで、交わす雑談。
「おはようございます」
「おはようございます」
「寒いですね」
「しかも夕方からは雨ですって」
「一応、折り畳み傘は持ちました」
「それなら大丈夫ですね」
「では、また」
ーーこれで10秒。
中身がない。白黒つけない。長引かせない。
そして、長めの「リアクション雑談」の極意は、
ほほえむ。うなずく。乗り出す。のけぞる。手を打つ。
話を広げるには、リピートとちょっとした質問。その基本は現在(今どうなっているのか?)・過去(何でそうなったのか?)・未来(これからどうなるのか?)。
これが心のハードルを下げる。話術もネタの仕込みもいらない。
鍋奉行ならぬ「雑談奉行」は、まさにファシリテーター(中立的な進行役)。
話題について行けない時は「勉強するチャンス」と割り切って、驚きや納得のリアクションで、知りたいことをどんどん聞けばいい。もし、相手がその食いつきを無視するようなら、その場を立ち去ってもいい。
笑顔で、相手に共感し、体を向けて手を打つ。
表紙の筆者の写真に、この本のエッセンスが凝縮されている。
そして、何よりも大切なのは、「ひと声をかける勇気」。
それが人と人。周囲、社会を結びつける大きな力になる。 -
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真に必要な「学力」とは何なのか? どうすれば身につくのか? 2020年に改訂が予定されている学習指導要領の「新しい学力」と近年否定されがちな「伝統的学力」との統合を提言する一冊だ。
文科省が進めようとする「新しい学力」、それを身につけるのに重要とされるアクティブラーニングに潜む問題点をあぶり出している。
総合的な学習の時間がどうなったかをみれば結論は明らかだよね。最近の教育改革の議論では、土台となる基礎学力をいかに身につけるのかを無視している。ここがポイントなのに。このあたり著者の視点には確かなものがある。
欲を言えば、時間的制約にどう向き合うのかにも踏みこんで欲しかった。 -
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ネタバレふと、本棚にあるのを見て、読みたくなって読む。
今回の納得ポイント♪
P96
知性の力を身に付けた人間は、最終的にメンタルの問題から解放される
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人間関係の悩みが絶えない人、あるいは何度転職してもうまくいかないなど挫折しがちな人に案外多いのが、身の回りで起きたことをすぐに自分のメンタルに引きうつしてしまう
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「あの子は私が嫌いだから、あんなことをいったんだ」-
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他人の言動を一つひとつ自分への評価と結びつけ、思い煩っていれば、心が痛んできます。
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他人から何をいわれようと意に介さない感覚を体得してしまえば、心が傷つくことは確かにありません。
そのとうり!私に言ってますか?と、思いました。 -
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■日常会話の中で子供の学習意欲が高まるような言葉
①「いま言ってみて」(即行アウトプットのクセをつける言葉)
②「すごい,努力する才能がある」(もっとやりたくなるほめ言葉)
③「まず何からやる?」(思考の整理習慣をつける言葉)
■孟母三遷
・教育には環境からの感化が大きいという教え
■孟母断機のおしえ
・継続の大切さを説く
■習慣が身につくというのは面倒くさいという思いに打ち克って毎日やり続けることが苦にならなくなること。
■脳は入ってきた情報を「記憶すべきかどうか」を出力の頻度で判断する。
・耳を使った記憶は強固(話すことのメリット)
■人は覚えたことを24時間後には7割忘れる(エビングハウスの忘却曲線)
・4時間後に半分忘れ,24時間後に7割忘れ,48時間後に覚えているのは2割
■積極的知識と消極的知識
・自ら話したり書いたりする際に能動的に使える語彙や知識
・話したり書いたりしたものを理解できる受け身の知識や語彙
■ピグマリオン効果,ローゼンタール効果
・他者から期待をかけられると学習・作業などの成果が上がる
■組み立てに大事な要素 ~分ける,並べ替える,つなげる
■つながりを見出す
・何が一番大事かを見極める優先順位
・どのように進めたらいいかを考える段取り力
・何がどのようにつながっているかを把握する文脈力
■「考えて」と言う代わりに「工夫してみて」。
■親にできるのは水先案内人の役割。 -
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齋藤孝さんの優しい語口調につい、うんうんと頷きながら読んでしまう。
「若いうち」ということで、対象年齢は10代〜20代を想定されているのでなおさらそう感じるのかもしれない。
有名な太宰治。
けれど、小学校や中学校の教科書に出てくる作品くらいしかあまり知らず、その後読んだものはあまり多くない。
齋藤氏も言うように、どこかナルシストっぽく、自己顕示欲と、自己否定にまみれていて読んでいると暗い気持ちになりそうなイメージは私にもあったように思う。
でも、本書の解説を一つずつ読むに従って、また違った1面が見えてきたような気がする。
文章を書く人、芸術家という、自身の奥深く深くまで潜った人たちはきっとボロボロになってしまって、それでもその奥底から綺麗な、時には綺麗すぎてグロテスクでさえある言葉の真珠を見せてくれる。
身を削る、ということはなかなか出来るものではない。
「イメージ」で、彼ら(今回は太宰治)を読まないなんてもったいないことだ、と気付かせてくれる素敵な本だった。
近代文学というとなかなか触れる機会が無いので、時々ふとこの本を思い出して、少しずつ読んでいきたいなと思う。
近代文学史にも少し興味が湧いた。 -
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齋藤孝の考える新しい学力とは。
誤解してはいけないことに、キチンと触れられている良書だった。
また、どういう風に「考えて」授業を作っていくべきかも押さえられていて、優しい……。
今までの学力観の良さを、まず忘れてはならない。
その上でアクティブラーニングを捉えること。
必要となる知識がなければ、それを使いこなすことなど出来ない。
となると、如何に知識を付けながら、使いこなすまでの時間を短縮出来るかが大切になる。
今は情報過多の社会である。
まず、現在進行形の知識に追い付くまでにも相当の時間を要する。
その上で、それらを使いこなす練習をするわけだから、同じ一時間の使い方が変わってくる。
「単にプレゼンテーションやディスカッション、調べ学習を取り入れているかといった表面的なことではなく、具体的に、学習者の一人ひとりの意識が活性化する授業ができているかどうかをみていかなければならない。」
単に楽しい、ではなく知的好奇心を与え続ける授業を行うには、教員自身の知的好奇心とそれをいかに授業にリンク?アップロード?させるかにかかっているように思う。
「現代のビジネスの世界では、チームとしての達成が求められる。」
これは面白い指摘で、つまりクラス力、担任がどういうチームを目指していくかに関わる。
こうした、姿勢を作ることは難しい。
作文の可能性については、私は違和が残る。
作文と論文は主観と客観の点では違う。
自分の体験をどう語るかにはもちろん客観の目も必要なわけだが、そもそも論文で扱うことは客観から始まり、それを貫いてゆく緊張感のある作業であるように思う。
そうした、思考の枠組みを練習するためには作文と論文指導を分けないといけないように感じる。
齋藤孝らしいエッセンスが詰め込まれていて、好きだなぁこのパーツ、と思わされることもあるが、考え違いをしてはいけない部分を的確に表している点では本当に良い一冊だった。
今井むつみ『学びとは何か』も併せて薦めたい。
こちらはよりアクティブラーニングに寄っている内容だが、齋藤孝の言わんとすることを捉えた上で、前向きに進めていこうとしている。