齋藤孝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
[購入] このWeb本棚上でも度々紹介している齋藤先生の新刊が出ていたので購入。単に「脳を活性化する」「地頭を良くする」方法だけでなく、活用しきれていない頭の"スイッチをON"にすることにも触れており、今の自分の問題意識にも合致した良作だと感じた。
最近の自分の課題は「気力・体力の低下、体調の悪化(考え過ぎかも知れないが....)」。気力と体力・体調は互いに連関すると思うので、気力の面から問題を改善していく為のヒントを活用したい。「頭を鋭くする」為の心構えだけでなく、アイデアも紹介。個々人の現状に当てはめ、より具体的な解決策を考えだして実行する、そのきっかけが得られる一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ非常に実用的で、中身の濃い、それでいて大変読みやすい本でした。
キーワードは「語彙力」「要約力」「感情読解力」。
私は、仕事柄、文章を書いたり話をしたりすることが多く、業務に役に立つと思って読ませて頂きました。
齋藤先生の爪の垢でも……と期待した以上の収穫が得られました。語彙力をつけるにはやはり読書ですね。
本書では、例題文を用いて要約をするということを、実践する部分があります。また、目次から自分の立場で自分に必要な章をピックアップして効率的に読む方法も実践します。理解が進みます。
ある程度の年齢に達したら、社会人としてコミュニケーションは重要だと思います。上手なコミュニケーション、とは、的確に真意を伝えることができて相手の言いたいことを誤解なく受け取れることだと思います。
齋藤先生の表現する、「できる人」を目指して、良質の活字に触れたいと思います。 -
Posted by ブクログ
「人の魅力は言葉が9割」だと著者は述べている。
言葉。
日本人の我々にとっては日本語である。
日本語を鍛えるにはどうしたら良いか、というとまずは「読む」ことだ。
「あらゆるスポーツの基本は下半身にある。まずは身体の土台を鍛えなければ、上達できない。同様に、日本語の下半身に相当するのが活字文化であり、すなわち『読む』ことである。したがって、大人のコミュニケーションとしての日本語を上達させるためには、この読む力をまず鍛えなければならない。」(p.86)
「読む」力。
本書では新聞や本を読むことを進めている。
特に本を読むことについては、日本語を鍛える側面だけでなく、心を鍛える側面もあると、著者はいう。
「かの吉田松陰の言葉に、『万巻の書を読むに非ざるよりは、いずくんぞ千秋の人たるを得ん』がある。多くの本を読まずして、どうして後世に名を残すような人物になれるだろうか、というわけである。
実際、松陰は読書によって人格をつくり、志を練った人物だった。禅と剣で自らを鍛えるのが定番だった当時の武士とは、ここで一線を画している。本の内容もさることながら、「読む」という行為そのものが向上心に火をつけ、心を鍛えることにつながる。松陰はそう自覚していたのであろう。」(p.103)
なるほど、読書とは、知識や考え方を学ぶだけでなく、心を鍛えることもできるのか。
ますます、本を読みたくなってきました。
モチベーションを上げるのに最適な本です。
友人にも勧めたい。 -
Posted by ブクログ
明治大学の教育学者である齋藤孝先生の著書。先生の並々ならぬ書店への愛とともに、今の時代にあって、書店に通うことの意義を説いている。ややそれは言い過ぎではないかと思われる部分も時折ある。しかし、先生の書店への愛が深すぎて、それにグイグイ押されて最終的に納得してしまうということがよく起こるのも、この本の面白い部分であるかもしれない。先生の書店いへの思いはあまりにピュアだ。しかし、感情論だけで書店の良さは語られているわけではない。しっかりと、論理的に書店の良さが語られている。私自身、書店に足繁く足を運ぶ方の人間だが、この本を読んで書店の素晴らしさ、また通うことの意義を改めて確認できた。今まで、通っては来たが、なんて無意味な回り方をしてきたのだろうと後悔の念を抱いたほどだ。
具体的に、印象に残った部分は「文系の人は理系のコーナーへ」という部分だろうか。私自身、文系人間で今までは理系の新書など眼中にもなかった。しかし、この「文系の人は理系のコーナーへ」という指摘、また理系の新書は文系の人にも読みやすい内容になっているとの指摘をもとに早速理系のコーナーに足を運ぶと、まさに「目から鱗」といった感じであった。確かに、面白いし自分の知らない世界が繰り広げられていた。「文科系の人がこれらの本に接すると、いかに自分の興味が狭い範囲に限定されていたかに気づかされるだろう」「本当の学問は理系にある」と本書にも書かれていたが、全く同じことを痛感した。思えば、あれほど一つの空間に様々なジャンルの学問、分野、サイズ、言語のもの共存している場もそうそうなかろう。そんな、ユニバーサルな空間を生かさない手はないと感じた。
このように、もう私もこの本の影響を多大に受けている。「本屋は聖域だ」といえば、引かれるかもしれないが、それほどに齋藤先生の熱い書店への思いに影響を受けた。「自分の能力に疑いを持ち始めたら、嘆く前にメンテナンスをオススメしたい。そのための書店通いだ」とは本書のことばだが、みなさんも書店通い実践してみては?その手始めに、齋藤先生の「10分あれば書店に行きなさい」の購入をオススメする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ衝撃的な読書だった。
心が肥大化。なんて恐ろしい発想。すごい説得力。
夏目漱石が描く人物ってこのタイプ多いよなと思う。
漱石のそういう、ひとの複雑で繊細な内面を怖いくらい見事に現す筆致をずっとリスペクトしてきたのだけれど、その漱石が「幕末の志士のように生きたい」と云っていたことをこの本で初めて知って、共感と切なさでなんかもう泣きたくなった。
私も幕末がしょうもなく好きで京都巡りしたり萩旅行の計画を立てたりしているのだけれど、心の弱い自分ではなれないからこその憧れなんだろうと、ずっとどこかで意識していたので。
それにしても、文化的な趣味も読書習慣もそこそこ持っているつもりなのに、何故私の精神はこうも軟弱なのか…気分にふらふら流されて嫌なものだ嫌だと思ったらもう動けない、隙あらば仕事をせず家に引きこもっていたい、私こそ精神薄弱の見本のような人間だと思う。
これはもっと強い精神の見本を探すか、身体(習慣)も鍛えなければならないのかなぁ…。
しかし、第2章で紹介されている昭和の象徴「昼休みにバレーボール」や昨今復活しているという「社内運動会」にはドン引きを通り越してゾッ…としました。
呑み会も徹底辞退するほど嫌いなのに(労働時間外に社内の人間と顔を合わせねばならない意味がわからない)、ようやくの昼休みにすら強制参加で動かされるなんて、私だったらそんな会社即刻辞めるし日本にそんな企業しかなかったら海外移住する。
学生の頃は逃げようがないから運動会でもなんでも参加させられていたけれど、じゃああの頃精神は強くて幸せだったかと考えると、まさか、とんでもない。
あの頃は死んでいたのと同じでしたとはっきり云える。
今と比べ物にならないほど不幸だった。
大人になったらもう、己が精神くらい己で作るなり選ぶなりしたいものです。
さらっと読める本だけれど、いろんな意味で熱い読書でした。