齋藤孝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
齋藤先生流・古典のススメ。
ご自身の提唱する学習法に音読を取り入れているからなのか、文章も簡潔・明快・リズミカル。
そして情報量が凄い。読むだけで賢くなれそう。
知るって、楽しい。
学ぶって、面白い。
わかりやすく楽しい語り口が、お勉強へのモチベーションを上げてくれる。
それにしても、『カラマーゾフの兄弟』って、そんなに凄い作品なのか。齋藤先生いわく「これぞ最高峰の総合小説。これを読まずして文学を、いや人間を語るなかれ。」。
ロシア文学って、とにかく長くて、暗くて、難しいイメージなので(超偏見)生きてるうちにトライしたいとは思っているんだけど…。
日本の古典では、福沢諭吉の自伝が面白そうだった。人柄が感じられるカラッとして爽やかな文章らしい。なんでも手塚治虫のご先祖と関わりがあったとか。へぇへぇへぇ(トリビア)(←古い) -
Posted by ブクログ
若い時には読書をしていなかった。もっと早く本を読んでいたらよかったのにと後悔している。
若者文化で、特に最近のヒップホップから始まりズボンを腰下までずらすファッションに?だった。
明確な答えが有った。
白人文化への憧れから、黒人文化への移行。黒人文化が悪い訳では無い。安定した仕事につけない不安、まずしさから黒人文化への接点がある。
学習していないので、言葉ではなく単語のヒップホップでしか表現出来ない。
ロックの悪影響には、胸が痛む。客観視すると確かに、カウンターで否定するアメリカ文化の悪影響だ。楽に快感を得られるロックは、有害と表現されても納得してしまう。
アメリカ文化の大切な要素は取り入れず、楽な事しか取り込まなかった時代に自分が生きている事を知っただけでも、読書をした意味はある。
斎藤 孝は、自分の生涯の先生になるだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレチェック項目13箇所。そもそも知とは、古代ギリシャの時代から、人生を豊かにするはずのものであった、その最高峰に達したのがゲーテであった、ゲーテ以降、知が専門化、細分化されてしまったが、それとともに、知が本来もつ豊かさが失われてしまった、もちろん先端の知の追求は必要なことだが、それに到達するための「技法」こそがいま必要ではないだろうか。結局、最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものをいうのだ。自分が本当に使いこなせる技術、つまり活動面で他者に対しても通用する技術を何か確立すべきである、しかもその技は、他の人と決定的に違うレベルに達していなければならない。「表現手段はミニマムに、吸収の器はマキシマムに」。ゲーテは、人に思想やプランを話すことで、意欲が失われてしまうことを恐れた、沈黙したまま静かに自分の中でエネルギーが満ちるのを待ち、あふれんばかりにたまったときに一気に吐き出すと、いい仕事ができるというわけである。どんなジャンルでも、頂点の人たちを見ていくと、胸にくるものがある。独学で褒められるべきはその意欲だけである、才能のある人は、大家について修練した方がはるかにいいのだと言う。重要なことは、けっして使い尽くすことのない資本をつくることだ。人はただ自分の愛する人からだけ学ぶものだ。本当に大事なものを学ぶのであれば、情熱が湧くような相手でなければむずかしいとゲーテは言う。性に合わない人たちとつきあってこそ、うまくやって行くために自制しなければならないし、それを通して、われわれの心の中にあるいろいろちがった側面が刺激されて、発展し完成するのであって、やがて、誰とぶつかってもびくともしないようになるわけだ。『スラムダンク』の成功の秘訣を聞かれて、「登場人物すべてに、必ず一つ欠点をつくること」だと答えていた(井上雄彦)。どんなビジネスでも、小さなアイディアを大きく育たせ、「その手があったか」と思わせることがある、すべてを自分が生み出す必要はない、徹底することにすごさが生まれる。