帚木蓬生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ文庫本サイズで上下巻計1000頁以上の久々の大作だった。
巻末の謝辞から、日本からヒトラーに贈られた剣道の防具があったというのは事実のようだ。なんともワクワクさせられる出だしではないか。そこから着想し、主人公の日独混血の青年将校を生み出し、彼の目を通して見た第二次世界大戦中のドイツと日本の様子を描き出す。タイトル『ヒトラーの防具』(『総統の防具』から改題)に含ませた意味が本書の大いなる伏線であり、見事な点。
著者の作品は初めて。医者である自分の立場から出てくるのであろう弱者への思いが繰り返される。強者の論理に振り回される弱者の立場を執拗に描くことで、「真理は弱者の側に宿る」(東郷大使、のち外相の言葉)ことを表現するのが本書の主題の一つであろう。あるいは著者の全作品を通じての主張なのでは?と思わされるほど愚直なまでに弱者の立場を描いている。主人公の兄、医者である雅彦が著者の思いを常に代弁していると感じた。
また、病気になぞらえた表現は的を射ていて面白かった。
「戦争を起こす前から、人々は狂気に染まってしまう。知らず知らずに、狂気という病原菌に感染させられ、周囲の誰もがその病に侵されているので、病識はなかなか生じにくい。」
「精神病患者の一日の食い扶持が4マルク、一般人のも4マルク、あるいは2マルク、というのはおそらく正しい。精神病院が600万マルク、普通の住宅が1万5千マルクというのもたぶん間違いなかろう。しかし、それらは互いに入れ換えができないものなんだ。心臓も肝臓も同じ内臓で、重さは比べることができるが、取り換えはきかない。心臓をなくして肝臓を二つにしてはその身体はもうおしまいなんだ」(中略)
「この類のまやかしは、世の中に多いものだ。効率にまどわされてはいかん。殊に、そこに人間の生命がかかわってきたときはなおさらだ。」
在ベルリンの日本大使館勤めの武官としての主人公が第2次世界大戦へと雪崩を打って突入していくドイツの様子を、剣道の防具を介して知遇を得たヒトラーに近い立場で見聞きしていく。剣の達人で性格も温厚、日独混血という設定も良く、史実を踏まえて展開していく物語にリアリティを持たせながら周知の結末に向かって破たんなく進んでいく。剣士としての主人公とヒトラーとの会話も奥深い(著者も剣道経験者である)。
「日本刀で人を斬るとき、身体のどこの部分が一番大切だろうか」
「未熟な者は腕で斬り、少し上達すると背筋を使って斬ります。しかし達人は、足の力で斬ります」
「ほう」
総統は香田の返答に満足したように、改めて微笑みを浮かべ、椅子から腰を上げた。
「戦争も、コウダ大尉の言う日本刀の使い方と同じだ。戦いは前線にあるのではない。ドイツの奥深いベルリン、さらにはわれわれひとりひとりの胸の中にある」
大戦中のベルリン市内の描写も近年観た「サラの鍵」「誓いの休暇」「黄金のアデーレ」と言った第二次世界大戦もの、ナチス絡みの映画のシーンと重なる点も多く楽しめた。また昨今の第三次世界大戦に向かっていってしまうのではないかとう世相の中で読む、先の大戦前夜の人間の愚行を再認識するにはうってつけの作品だった。
と、内容的になんの不満もないのだが、もう少し作者に文章力と、構成力、あるいはトリッキーな仕込みを思いつくだけの発想があれば、もっと面白い作品になったのになと、せっかくの題材と、人物造形力がもったいない気がした。
おそらく取材もたくさんしたことだろう。ナチスに関して多くの資料もありストーリーの参考になったのだろう。そうした事実を詰め込みたいがためか、時折挟まれる兄からの書簡、拘留されたユダヤ人からの手紙、そして本人による手記で触れられる内容が、あまりに説明的すぎて興ざめる。戦況の悪化と共に次第に追い詰められていく主人公は「もうこの手記は誰にも見せられない」と記しつつも、万が一みつかることをまるで考慮していないかのように、あらゆることを書き尽くす。人と人との会話もそのまま再現する饒舌な筆致は「お前は小説家か!」と要らぬツッコミを入れたくもなる。
章ごとに語り手が変われば見方も変わり時代が立体的に浮き彫りになり客観性が増す効果はある。ただし、それはその表現が適切であればだ。強制収容所送りになるユダヤ人が監視の目を盗んで娘に送る走り書きが数ページ渡り微に入り細に入りナチスの所業を書き連ねるなど凡そ現実離れしている。そんな書面を託される者、渡った相手のことを考えれば自分の無事を伝えるだけで精一杯なのではなかろうか。
表現に幅とアクセントを持たせようとしているのだろうけど手法が巧くない。
またヒトラーの防具が見つかった現在から過去を探っていく構成を採るが、プロローグとエピローグに”現在”が出てくるだけで、その間は主人公の手記が元になっているというだけの構成。もうひとヒネリ、なんとかならなかったかなぁ。もったいない。
張られた伏線らしき伏線もなく、登場人物も、全員が見たまんまの人だったのも物語を平坦にしている気がしてならない。
面白い取っ掛かりと、ナチス、ヒトラーという料理のし甲斐のある題材を活かしきれてない点が、最後まで残念でならなかった。 -
Posted by ブクログ
『顔のない顔』『移された顔』の二編。
表題作は著者初の戯曲である。
『顔のない顔』アルコール依存症の夫に顔を奪われた「わたし」。
人々の好奇と恐怖の目を弱った視力の中でぼんやりと捉えながら「わたし」は生きている。
「モンスター」と幼い子は言った。
「わたし」はそれを優しく諭す。
顔の移植などという大掛かりなものが、本当にできるのだろうか。
顔を失った「わたし」は見知らぬドナーからもらった顔だった。
だから受け入れられたのかもしれない。
しかしそれが知人、親友だったら。
戯曲『移された顔』はそれを描いている。
事故で植物状態になったリナ。
ユミは顔をなくしてしまった。
唯一大けがを負わなかったのはリナの恋人、リョウ。
リナの顔はユミに移植された。
そのことでいったい自分自身はどこにあるのか、ユミは悩んでいる。
自分自身がどんな顔だったか思い出せなくなっている、とユミは語る。
実際そうなのかもしれない。
好むと好まざるに関わらず、私たちは自分の顔を毎日見ている。
そのことで、これはわたしだと認識する。
しかし、自分の顔が全く他人の顔に置き換わってしまったら、私が私だとどうやって思うのだろう。
物語はハッピーエンドで終わる。
しかし、我が身にそれが降りかかってきたとき、ハッピーエンドになるかどうかは、誰にもわからない。 -
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国際学会から帰国後、海外からの患者を受けいれることになった岸川。同じころ、研究の情報が外部に漏れている可能性が浮かび上がり岸川は調査を始める。
上巻で岸川の性格についてナルシストと思いましたが、ナルシスト以上にエゴイストなのかな、と読み終えて思いました。
患者や医療の未来のため、という自身の正義のためなら倫理を顧みない岸川の異常な性格が下巻では徐々に露わになってきます。
以前海堂尊さんの小説を読んだときにも感じたことなのですが、主人公に対し「お前は何様のつもりだ」と読んでいて感じてしまうんですよね。どちらも主人公は産婦人科医で患者のためという理念も共通しているのに、なぜ終盤になるとそうした主人公に対しこうした感情を抱くようになるのか…、
そこには科学の発展のためには犠牲や倫理の逸脱も致し方ないという彼らのエゴと、それに抵抗を感じる自分との埋められない溝というものがあるのか、と思います。
科学の力で何でもできるようになってくると、生命だとか人の倫理だとかがバカらしく、まどろっこしく感じてしまう時というのは確かにあるのかもしれません。
それでもなお、越えてはならない一線はあるのか、あるとしたらなぜその線を越えてはならないのか、また超える場合何を捨てなければならないのか、
こうした倫理についてないがしろにしたまま、突き進んでいくと人間はいつか倫理の歯止めのない科学の前になすすべもなくなってしまうように思います。
医療に限らず今、急激に科学や技術が進歩しつつある世界でそうしたことを考える重要性を、この小説は伝えているように思います。 -
Posted by ブクログ
患者からの信頼の厚く国際的にも評価の高い産婦人科医の岸川。彼は人為的に流産させた胎児の臓器移植や男性の妊娠実験などを成功させ国際学会でも発表するのだが…
冒頭からいきなり胎児の臓器移植の場面があって、「おいおい、まじかよ」となりましたが(笑)、しかし読んでいくと岸川の色々な実験や手術はグレーゾーンの範囲内ということが分かります。
自分はてっきりこの手の行為は中絶や不妊治療といったものを除いてほとんど違法だと思っていたのですが、どうやら法律は追いついてなくて、学会の倫理ガイドライン程度の規制しかないみたいです。ガイドラインもあくまで目安程度のもので、破れば罰則があるというわけでもないらしいです。その上、岸川は学会に所属してないので実質、個人の倫理だけの問題になります。
岸川についてはちょっとナルシストかな、と思うところはありますが、治療は基本患者のためであり、不妊や親子の関係性を考えるためのものであり、医学の発展という点では岸川の行為は全く責めようがないように思われます。
読んでいて自分の中の生命倫理を考え直してみたのですが、作物の遺伝子組み換えをやったりペットの去勢手術と、よくよく考えると人間ってすでに人以外の生命に関しては結構干渉してるんですよね…。そう考えると岸川の行為は医療が発展した上での当然の帰結のように思えます。
印象的なのは岸川が国際学会で男性の妊娠実験を発表した時の他の研究者の反応。欧米の研究者もいるのでてっきりもっと反発があるものかと思っていたのですが、みんな好意的で興味津々という感じだったのが意外でした。先端を行く人にとっては人の誕生って高尚なものじゃなくて好奇心の対象なのかもしれませんね。
医学や実験の話、倫理の話など興味深いところは多かったのですが、小説としては今一つ流れが見えてこないのが気になるところ。下巻は話をどう進めるのかな?