乙武洋匡のレビュー一覧
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ネタバレ【目次】
第一章 息子として
母親から見た息子(乙武さんの子どもの頃)について、どう思っていたのか書いてある。
普通は障害をもった子どもが産まれると、周りからの視線が気になったり、特別扱いされると思われるが、乙武さんを特別扱いせず普通の人と同じように愛情をもって育てられたのは感動する部分がある。
乙武さん自信も子どもの頃からたくさんの不自由があるなか、強い気持ち
をもって生きている。気持ちのあり方について見習わなればと思う部分がある。
また、担任教師も乙武さんを特別視はしていない。
もし特別扱いして色々と手助けをしていたら今は何もできない(今でも助けが必要な)人になっていただろう。
優しさだけが愛情ではないことに気づかされる。その人の将来を見据えて今何をすべきか考えて行動することが大切である。
ただし、これは相手をよく見ていないとできない。乙武さんの性格をよく知っているからこそ、このような行動ができたのだと思う。普通の人にこのようなことをすると、逆に人間をダメにするかもしれない。
第二章 教師として
乙武さんが教師になってからについて書いてある。
最近は18歳未満の少年・少女が人を殺すという心痛い事件も起きている。これは人を殺した子どもだけの責任ではなく、子どもをそのように育てた親に責任があるのではないかと言われている。
たしかに親には子どもを育てる責任がある。第一章でも思うことがあったが、何もかも優しく手助けをして育てるのは本当の愛情ではないと思う。逆に何もしないで放置するのもまた本当の愛情ではない。これは難しいことではあるが親も子育てについて勉強し、責任はもつべきであると思う。最近は子どものやったことについて、先生を叱る親もいると思うが、それは間違っているのではないだろうか。
乙武さんが教師として生徒をどのように見てるか書いてある部分はおもしろい。私も人に意見や自分の思いを伝えることは苦手だが、子どもと変わらない。大人になってもたくさん勉強しないといけない。ちょっとまえに「KY(空気読めない)」という言葉が流行ったが、いつもまわりの人に合わせてしまい、自分のことができないのも問題である。
第三章 父親として
乙武さんが父親になって思うことが書かれている。
大人は何事もちゃんとしないといけない、できないことは恥ずかしいことだと思いがちだか、実際はできないことをできると言うことの方が無責任で恥ずかしいことだと思う。私も仕事でできないが言えなくて無理をしてしまい病んでしまった経験があるが、これからはできないことを隠さず言える人になりたい。辛いことから逃げることも大切だ。
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ネタバレ
三浦さんと乙武さんによる対談。三浦さんの話を乙武さんが聞いている様子が、とても心地良い。
「弱い存在を守ることと、リアリズムに立つことは、両立します。
私にとって理性で物事を判断するということは、けっして感情を殺すことではなくて、真実を見つめ続ける強さを裡に養うということです。」
強くて美しい、大好きな女性だなと思う。
以下、共感したところ
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「自分を伝え、相手をわかろうとする行為が関係を疲弊させる可能性ってありますね。とりわけ女性にとって、パートナーに自分を理解してもらうということは大事なように思います。
男性の多くが求めているように、単に相手に「受容される」というのではなくてね。でも、たいていの場合その望みは完全に満たされることがない。理解してもらえない気持ちを抱えながら、ぎりぎりのところを生きている女性は多いのではないかな。」(三浦さん)
男性の「受容されたい」と女性の「理解されたい」は似ているようで全く違う。理解してもらえない気持ちを抱えながら、ぎりぎりのところを生きている。読んでいて胸が痛くなる言葉。
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「自分が愛や献身を捧げる男性を、何をくれるかという比較衡量で選んだりはしない。
結局のところ「自分」について考えているだけ、自己中心的にみえる。」(三浦さん)
女性を悲しませて「自分が情けない」と感じる男性に、「そうじゃなくて」と思ってしまう。
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「特定の人との閉ざされた関係性を構築することに、どうしても不安がつきまとってしまう」(乙武さん)
無意識のリスク分散だろうか。閉じ込められる不安みたいな気持ちは凄く分かる。
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「魂に関してですが、人は悲しい経験をして、それをどう受け止めるか、それによって魂を育てることができるのではないかと思います。それにどう向き合ったかで魂にどれだけ敏感になり、どれだけその動きに耐えられるか、感じ続けられるかが決まるのではないかと。その意味では、魂がない、なんて人は当然いなくて、魂を感じるしんどい作業をやるかどうか、常にそれを感じてあげられるかどうかということなんじゃないですか。」(三浦さん)
三浦さんが「魂」という言い方をしているのが凄く素敵だなと思った。聴き慣れた言葉で言えば感受性なのだろうけど、そこに魂があると感じているからこその表現。
茨城のり子の「自分の感受性くらい」を思い出した。 -
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平成ベストセラーシリーズ
●平成11年(1999年)
・4/20 コロンバイン高校銃乱射事件
・9/30 東海村JCO臨界事故
・12/31 2000年問題騒動、ミレニアムのカウントダウン
平成7年で印象的だったのは、ノストラダムスの大予言と2000年問題。7の月、空から恐怖の大王は結局下りてきませんでした。当時父親の煽りがすごくて2000年になる瞬間は息飲む緊張感で迎えました。
そんな平成11年のベストセラー年間売上1位は乙武洋匡著『五体不満足』。(トーハン調べ)
※始めに。障害者の方が書かれた本なので扱う内容はデリケートなものです。自分の表現もなるべく注意したいと思いますが、伝えたい内容のために読む方の気に障る表現になる可能性があることをご了承ください※
本書は「完全版」と銘打たれたもので、98年刊行の『五体不満足』に第4部とエピローグが加筆されたものです。
社会人として、『五体不満足』を出版したベストセラー作家として、出版によって世間に認知された「乙武クン=障害者代表の明るく楽しい人」というある種の亡霊に悩む人としての乙武洋匡が描かれていて、第4部を一番面白く読ませてもらいました。
初めて乙武さんをTVで見たときは少なからずショッキングでした。
体があまりにも異形だったからです。
しかし読み進めるうちに(これは勝手な想像で間違っていたら大変申し訳ないのですが)、周りの仲間はみんなできるのに自分はできない、楽しいこと、嬉しいこと、辛いこと、悔しいことが健常者よりも数割増しだったであろう乙武さんは、健常者よりも経験と感情の密度と濃度が濃い人生を送っている気がしました。
そして、その人生に少なからず関わる周りの仲間や先生が羨ましく思える瞬間が何度もありました。
そして、本書を読み終えて障害者をhandicappedと言う表現が、 体にハンデがある(から可哀想)というよりも、「周囲とハンデをつければ対等に振る舞えるよね」という前向きなものに思えてきたし、全ての人が自分の思い通りに動ける社会になればいいなと思い、チャンスがあるなら微力ながらお手伝いできたらと思いました。 -
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ダイバーシティってなんだろう。
多様性ってなんだろう。
誰にでも寛容な社会ってなんだろう。
どうすれば、それらが達成できるんだろう。
車イスホスト・阿部シゲノブこと、河合進平の奮闘とそれを取り巻く人間模様を通して描く。
著者・乙武氏の優しさと信念が散りばめられる優しいストーリーだ。
多様性って、考えれば考えるほど、触れれば触れるほど深みにハマっていく。
だからといって、それぞれの都合のいいように切り取ったり、切り上げたりできない課題。
ブルーハーツじゃないけど、気付けば弱い者がさらに弱い者を叩いてしまいがちな心情が、いかに自分の中にあるかを認め、そこを乗り越えていかなきゃいけない。
そんなことを考えさせられた。
分不相応な意見を二つ。
ストーリーの語り手の立ち位置に疑問。
特定の登場人物の目線ではない、第三者目線で書かれているはずなのに、それぞれの登場人物の内面を語り過ぎている気がする。思い切ってそれぞれの章ごとに語り手を変えるのもよかった?いや、どうだろう。
ストーリーの展開が早すぎる感。
「車輪の上」を読んでいるのに、“「車輪の上」のダイジェスト”を読んでいるような気分だった。
テーマが深いだけに、もっと濃くなってもいいような気がしたけど、それは普段ダイバーシティに興味がない人にも読みやすくという乙武氏の配慮なのかもしれない。
何様な意見、失礼しました。 -
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この本で通じて出てきた言葉「自己肯定感」
後書きでも書いてあったが、乙武さんは「自分が大好き」と言える明石家さんまさんのような人に惹かれるという。
羨ましいくらい素晴らしいところを持ってるのに常に自分に自信ない、というか自分が好きじゃないという人はいつもなんでだろう、そんな風に考えたら幸せになれないよ、って思う。
一方で、佐々木とかのように自分が大好き?というよりなにかと自分の自慢話になる人も好きになれない。というか聞いていて結構腹立つ。よくもまぁそこまで自信持てるよね、ていうか自分に自信ありすぎて自分はやることはやっている、悪くない、結局他人のせいにしてるし、って感じで。
これは自己肯定感なの?
どちらかというと後者は周りが見えてなくて、周りで何か問題が起きてても無関心、無責任、知らなくて幸せな人だなと思える。
自己肯定感と自己中、この違いは何? -
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ネタバレ書道家で超ポジティブ、ドラマや映画の題字を多く手がける武田双雲さんと、22歳のときに著した『五体不満足』で500万部を超えるベストセラーを叩き出し、ニュースキャスター、スポーツライター、小学校の非常勤教諭、保育園設立など活躍も幅広い乙武洋匡さんの対談本。
もともと、会ったこともなかった二人を引き合わせたのは、双雲さんの思いつきのTwitter「教育談義をしましょう!」の一言。
書道教室で子どもと関わっていた双雲さんと、当時小学校の非常勤教諭をしていた乙武さんとのTwitterということで、何十万という人にフォローされ、賛成、反対、批判、野次を受けながらの対談だった。
二人の考え方の根元にあるものは、『みんなちがって、みんないい』ということと、『だからこそできること』という二本柱と感じる。
そして、二人とも幼少期を親から誉められて育ち、自己肯定感を育んできたせいか、タイプは違うものの恐ろしいほどポジティブ!
本文中、最も印象的だったのは、超ポジティブで苦手なものが見当たらないと豪語する乙武さんが、今までの人生で一番つらかったのが、教員時代の3年間だったということ。
組織に属したあと、独立して自由になった双雲さんとは逆に、自由に活動していた型にはまらない人が、組織の中で型にはめられようとしたから。
前者はグーからパーに、後者はパーからグーになったような感じ。
例えば、校庭に出てブルーシートを敷いて花見をしながら学級会をするにしても、他のクラスがやっていないならダメ。
保護者から1組はやってるのに、なんで2組ではやらないんですか?と言われたら困るから。先生が違うからでは通用しない。
別に法律に違反するわけでも、倫理に反するわけでもないのに、横並びで画一的にしないと組織的にNG。
話は少し書評から離れるけど、ロンブーの淳さんが言ってた「崖のギリギリこっち側だからいいじゃんと思うけど、落ちたら危ないだろってことで、ギリギリが許されない。リスク回避の声のほうが力を持っている。」っていうテレビの組織論を思い出したけど、それは型にはまらない、はまりたくない性格の人が組織に属すると、みんな感じることなのかと思った。
タイトルでもある『だからこそできること』は、魔法の言葉!
何時なんどきでも、前を向いて、だからこそできることを考えて、目の前のことに一生懸命取り組んでいけば、必ず道は開け、ベストなタイミングで次のフィールドがやってくる。
どんな小さな仕事でも、どんな人との出会いでも、全部に意味があると思って、今できること、今だからできること、自分だからできることを楽しんでいこうと思った。 -
Posted by ブクログ
自分が親になって改めて読み直してみて、乙武さんのご両親(特にお母様)のスゴさを感じます。手足のない我が子を見た第一声が「かわいい」の一言。息子を「障害者」として扱うことのない、のびのびした家庭環境。真似しようと思っても、真似できるものではありません。
日本とアメリカの障害者に対する意識の違いも興味深く、私もアメリカで、1人で車椅子で外出し、当たり前のようにリフト付きのバスを乗り降りする方々の姿を何度も見たことを思い出しました。
日本が早く、心のバリアフリーの行き届いた社会になることを願います。
完全版を読んで、「五体不満足」出版後の乙武さんのご苦労を初めて知り、1人の人間としてとても共感を覚えました。