矢野隆のレビュー一覧
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購入済み
一気読みでした
個性豊かな英傑たちのしがらみにふれながら関ヶ原へ至る状況を克明に描き、最後は囚われの身となった三成と家康を対峙させて戦いの意味あいを明らかにしている。より重層的に関ヶ原の戦いを知ることが出来た。
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「戦国時代の戦いを巡る挿話」として、「桶狭間の戦い」は「最も知られているモノの一つ?」ということになるのかもしれない。「その日」に収斂する物語として、戦の少し前の時期の回顧録的な事柄から起こりながら、視点を変えてドンドン物語が進む。視点人物たるのは織田信長、今川義元であり、各々の陣営に在った人達である。章毎に視点人物が設定されていて、それが折り重なって進んで行く。
今川義元が大軍を率いて尾張へ侵入したということに関して「何がしたかった?」ということに幾つか説が在るらしい。本作では、勢力圏を西へ拡げながら、時間を掛けて都を伺おうとしていたという説を採っているようだ。
今川義元が尾張へ侵入するような行動に出るずっと以前から本作は起こり、本拠地の東側で勢力圏が接する武田家や北条家との間に婚姻を介した縁戚関係を相互に築き上げ「相互不可侵条約締結」というような情況とする。そして今川義元は師僧であり、軍事政治両面での補佐役、“参謀総長”とか“宰相”という存在感を示した雪斎と語らう。憂いなき世を築くことを目指すとである。そういう願いを持ち、勢力を西へ拡げて都を伺って、全国に号令を掛けることを目指した。そして今川家は将軍を輩出する足利家の縁続きで、足利家に不都合が在る場合には将軍を送り出すことが認められ得る家柄でもあったのだ。
そういうことをしていた中、今川義元は雪斎と「人間五十年」を語らう。50年生きると俗に言われる中、40代に差し掛かった今川義元は、残る10年弱で大望を叶えたいとした訳だ。そしてこの「人間五十年」という一節を好んだとされる織田信長の様子に何か重なる。今川義元が「人生を50年とした場合の残りが限られる中…」としていた頃、織田信長は「人生の半ば」であったという感じになる訳だ。
「覇を唱える」ということに自身なりの様式を整えていたかのような今川義元が、「覇を唱える」というようなことを明確に想い描き切れていなかった織田信長の必死な抵抗で屠られてしまったという物語が在ったのかもしれない。そういう様子が活写されるのが本作だ。
「桶狭間の戦い」は様々な小説に登場し、テレビドラマや映画でも色々と在る訳だが、それでも尚「描くに値する出来事」ということなのであろう。梅雨時の蒸し暑かった一日に激しい雨が降り、雨を突いて進軍した織田信長が「今川の本陣?」と決死の襲撃を試みたという物語が描かれた本作…少し夢中になった… -
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真実はこんなところかもしれない
のちに天下を睥睨するところまで昇りつめた信長だけに後世の人々が多々講釈しているが、真実は案外こんなところかもと納得させられた。ここぞという瞬間に義元の現在地が知らされるのはあまりにもという向きもあろうが、世の中信じられないような偶然は結構あるのては。
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ネタバレ 購入済み
歴史の醍醐味
歴史を語る時人は自分の視点で見てしまうが、多くの登場人物がめいめいに、あるいは阿吽の呼吸で動き、そして歴史が紡ぎ出されていく。
長篠城址、鳶ケ巣山砦なと何度か足を運び現地の空気を呼吸した我が身には、短編集の形をとったがゆえにこの本の臨場感はすごいと感じた。特に織田、徳川連合軍が籠城戦だという評価には思わずうなった。納得!
長篠の戦い以前の出来事があって、この長篠の戦いあり、そして長篠の戦い以降の出来事へと続く。引き続き登場する人、去る人、そして新たに登場する人、その人々の深層心理まで思うと歴史は例えようもなく面白い。 -
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『決戦!関ヶ原』
誰もが知る関ヶ原の戦い。
4時間で決着がつき、そして最後の西軍 島津が退陣するまでが8時間。
●読みどころ
1.関ヶ原
家康と三成。
戦い前に密談あり。
互いの狙いは何か?
2.戦終えての三成
「勝者はいない。
徳川も豊臣もそして毛利も、さらに私三成も全員
敗者なり。」
その意図とは?
3.織田信長弟 長益。兄に囚われた人生
武勲無しの武将。
最初で最後に近い戦いは家康方で。
千利休の弟子であった長益。
戦場で何を思えたか?
4.島津義弘
66歳。西軍の敗北が決まり、1500の兵で家康の
本陣3万人に向かう。
「己の魂と引きかえに敵をうつ。」
●歴史好きではない私
一人一人の武将を一人称で展開をする描写。
それが臨場感をさらに駆り立てる。
関ヶ原。
舞台はひとつなれど、武将の想いは千差万別なり。
想いのうらには、それまでの人生の曲折がある。
兵どもの夢の跡。
いまから約400年前に存在した史実には、まだまだ知らない物語がある。
#読書好きなひとと繋がりたい
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ネタバレうちは一族の滅亡の詳細に触れられている。
断片的にダンゾウやうちはオビトが介入していたことは示唆されていたが、これを12歳の少年に実行させたことが我々との倫理観の違い、ひいては年寄りたちの愚かさを感じさせる。
ダンゾウは里のためという言葉を盾に自分の言うがままの里を作ろうと動き、ヒルゼンは煮え切らず責任を持った判断を下すことができず、残り二人はダンゾウの腰巾着レベル・・・
オビトによる殲滅の分担に彼本来の配慮がうっすらと見られる中、すべてを成し遂げ、いつか来る弟に殺される日を待ち望む彼が火影になる世界があったら・・・そう思ってやまない。
ただ、本編で彼は弟に胸中を語って去れたことと、同じ夢を持つ仲間と語れたこと、それだけでも幸せだったのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ矢野隆らしい疾走感と躍動感あふれる戦闘描写はさることながら、古代日本の一種の排外思想を鮮明に映し出している超大作。
舞台は平安後期、金太郎で有名な坂田公時の鬼退治を描く。当時の京においては、帝の支配下にある者が「人」であり、その範疇にない者は全て人に非ずとされてきた。文化的に言うとナショナリズムが最も高まった時期と言えるのだろうか。その中で元は都の外で「鬼」として育った公時は人間であるはずの大江山の鬼退治に苦悩する。その悩みを彼らしく破天荒に霧消・昇華していく表現が実に魅力的である。
人に非ざる者は「鬼」「土蜘蛛」「蝦夷」「熊襲」と呼ばれ、彼らを見ると、どうしても私の好きな高橋克彦氏の作品を思い出さざるをえない。その作品の彼らが蝦夷に誇りを持つように、本作のラスボス酒呑童子も鬼であることを受け入れ、鬼として果てていく。人に非ざるとされた彼らが誰よりも人間らしく振る舞うのは非常に皮肉的であり、それが読者を惹きつけるのだと思う。