穂村弘のレビュー一覧
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ネタバレいろんな鳥肌が立った瞬間をまとめたエッセイ。
怪談的なゾッとするとか、身の危険が生じてゾッとするだけではなく、コミュニケーションにおける鳥肌が面白い。(鳥肌がたつわけではないが)あの時こう伝えていたら今頃こうだったよなとか思うことはある。
他人に声をかける
穂村さんの奥さんが、旅先で出会った人に「ジャパニーズ・ツル・フォー・ユー」と声をかけて突然プレゼントを渡す行動力。
ヤゴと電卓
打ち上げの宴席で若い女性が言った感想。
*〜〜淋しい。記念にみんなの鉛筆のキャップをひとつずつ貰って帰りたいと思います
よそんち
他の家の文化・ルールの違いにショックを受ける、という話。 -
Posted by ブクログ
短歌を紹介し、改悪例を示して元の歌の素晴らしポイントについて説明していくスタイルの本。
読みやすいし分かりやすくて面白かった。短歌を作る上でのポイントもなんとなく分かった気になれる。
ただ、短歌って難しいなとも思った。この本は穂村さんが解説してくれるから面白いけど、短歌だけでは全く理解できないものが何個かあった。独特の言い回し+旧仮名遣いとかされるとちんぷんかんぷんで、解説を読んで初めて「あぁ!ここで切れてこう読むのね!ひ じゃなくて い ね!!」みたいな、脳トレのスカッと現象みたいな状態になる。
短歌を楽しむ人はこれ普通に読めるんだよねぇ?たくさん読めば分かるようになるのかなぁ。 -
Posted by ブクログ
39歳、独身、ひとりっこ、親と同居している著者。
YouTubeでピースの又吉が本作のタイトルを褒めていて気になっていました。
たまたま書店で見かけ、状態もそこまで悪くなかったため購入。
(書店だと新刊以外はあまり状態が良くないものも売ってる気がします苦笑)
私自身が仕事で初めてのことが多く、
気持ち的に忙しい状態だったからか、
途中までは「しっかり!」と薄目で睨みながら
読んでました。笑
私も40なので、同じ目線で厳しくなっていたのかも。苦笑
そのため、読み進める手が鈍かったのですが、
表題作の「世界音痴」あたりから、
なんかわかるかも…という気持ちが芽生え、
どんどん格好悪いけど(すみません。苦笑)
ナチュラルな穂村弘さんの文章が楽しくなりました。
40は立派な中年だけど、
心のなかはいつでも戸惑うし未成熟な部分もある!
大勢の飲み会や集まりが苦手で、
気づいたら不自然についていけなくなったりするのは、共感しかなかったです。苦笑 -
Posted by ブクログ
「全集版あとがき」によれば「責任編集者の池澤夏樹氏(一九四五年生まれ)よりも前に生まれた人、ただし物故者の場合は以降の生まれでも可」というのが全集の統一ルールであったとのこと(3冊目にして初めて知った)。現代短歌ならば最早避けて通れない、「サラダ記念日」の俵万智や、本書選者の穂村弘が不掲載であるのは不自然に見えるものの、統一ルールなら仕方ない。
収録された歌人のうち、私が今までよく知らなかった歌人(結構いるのだが…)の中では、奥村晃作を知ることが出来たのが収穫。昨年読んだ「はじめての近現代短歌史」(髙良真実/草思社/2024)でも1首挙げられていたのだったが、本書で5首をまとめて読むと、そのまんまの言葉がトガッたオブジェになっている感じがしてイイな。といって、御年89歳の歌人の歌集は、近所の書店ではなかなか手に入らないだろう(「ちくま文庫」や「講談社文芸文庫」あたりで文庫化したりしないものかな、もちろん「河出文庫」でもよいけど)。 -
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穂村弘さんが緑内障になってからの
気持ちを綴ったエッセイ、短歌仲間でもある眼科医、精神科医との対談、瞳をめぐる短歌の紹介から成る一冊。
穂村さんは優しさの塊のようなイメージだ。大学を出てからSEになり、総務部へ異動し、歌人と会社員の二足の草鞋だったこと。42歳で緑内障と診断され、プロポーズされたこと。※プロポーズした訳ではない。そういえば、プロフィールは全く存じ上げなかったんだ、と今更気づいた。
緑内障は治る病ではない。目薬で進行を止め、視野が欠けていくのを最小限におさえながら一生付き合っていくしかない。
これを満月が欠けていると表現するあたり、さすが歌人だ。
病気が発覚したら、
手術なり、投薬なりで
治そう!という気持ちで立ち向かう。
それが、治らない病気だとすると
その絶望感たるや。
加齢により
目に見えない部分の衰えを感じる昨今。
穂村さんの優しい語り口に
「私だけじゃないんだな」と
少し安心した。
私の父も緑内障だったから、
家系的には気をつけなくてはならないだろう。
眼科医との対談はとてもわかりやすく、よかった。現在緑内障の方にとっても、具体的で良いアドバイスになっている。
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河出書房新社の『日本文学全集』(池澤夏樹=個人編集)の第二十九巻『近現代詩歌』から「短歌」のパートを文庫化したもの。
今回もまた、読み終わってから初めて気づく、君は既読本であったのだ。
同じ巻に収められた「詩」と「俳句」のパートも、それぞれ『近現代詩』『近現代俳句』として刊行されているので、今回引っかかったおめでたい御仁はくれぐれもご注意を!って、そんな間抜けはおいらだけか!
穂村弘が五十人の歌人の名歌をそれぞれ五首選んだもの。
選歌に飽き足らず、やめときゃいいのに、またまたへぼが減らず口をたたいてしまった。
まことに因果な性分である。/
◯与謝野晶子:
選歌にも好きな歌はあったが、天邪鬼としては解説で触れられている詩「君死にたまふことなかれ」を引用したい。
この国では滅多に見られぬ晶子渾身のパレーシアである。
《「君死にたまふことなかれ(旅順の攻囲軍にある弟宗七を歎きて)」
ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
末(すゑ)に生れし君なれば
親のなさけは勝(まさ)りしも、
親は刄(やいば)をにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四(にじふし)までを育てしや。
─中略─
君死にたまふことなかれ。
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出(い)でまさね、
互(かたみ)に人の血を流し、
獣(けもの)の道(みち)に死ねよとは、
死ぬるを人の誉(ほまれ)とは、
おほみこころの深ければ、
もとより如何(いか)で思(おぼ)されん。(以下略)》
(青空文庫 与謝野晶子『晶子詩篇全集』より抜粋)/
◯斎藤茂吉:
僕は、高野 公彦 が『現代の短歌』 (講談社学術文庫)で選んでいた
《死に近き母に添寝(そひね)のしんしんと遠田(とほだ)のかはづ天(てん)に聞(きこ)ゆる》
を採りたい。/
◯石川啄木:
もちろん、ここでも異人は選歌ではなく、断然「石をもて」である。
《石をもて 追はるるごとく ふるさとを 出でしかなしみ 消ゆる時なし》(『一握の砂』)/
◯ 葛原妙子:
ここも、『現代の短歌』の
《水かぎろひしづかに立てば依らむものこの世にひとつなしと知るべし》
を採りたい。/
◯齋藤史:
同じく、『現代の短歌』の
《死の側(がは)より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生(せい)ならずやも》
を採る。/
◯竹山広:
解説で引かれている歌が印象に残った。
【二万発の核弾頭を積む星のゆふかがやきの中のかなかな】(『千日千夜』)
◯塚本邦雄:
ここも、「皇帝ペンギン」ではなく、『現代の短歌』から
《炎天に垂るる鞦韆(しうせん) 眸(まみ)とぢて易易としたがひ来しものの果て》
を採る。/
◯中城ふみ子:
【冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己の無惨を見むか】(『乳房喪失』)
解説に中城に次いで翌年の短歌研究第二回五十首詠を受賞した寺山修司の言葉が紹介されている。
【「私の作歌活動ははっきり言って『乳房喪失』の読後からはじまった。私の歌壇への挑戦的な態度は、この『乳房喪失』を認めまいとする旧歌人のスノビスムに対して向けられたものだった。】/
◯前登志夫:
もちろん、僕は『現代の短歌』で採られていた
《鬼一人つくりて村は春の日を涎のごとく睦まじきかな》
を採るが、この歌に津山事件を見てしまう眼は、
【夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごとくわれは華やぐ】
も、津山事件の犯人の都井が犯行前の夜々に行った下見のことを歌っているように思えてくるし、
【さくら咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝の斧は】
もまた、都井が犯行に使用する斧を事前に研いだことを歌っているように思えてしまうのだ。
まったく、呪われてるよ!お札を貼らなきゃ。/
◯夭折:
選ばれた五十人の歌人のうち、夭折した者が、正岡子規(35歳)、山川登美子(29歳)、石川啄木(26歳)、宮沢賢治(37歳)、明石海人(37歳)、中城ふみ子(31歳)、相良宏(30歳)、岸上大作(21歳)と八人もいる。
なぜ、こんなことを書くのかというと、津山事件の犯人の都井睦夫は、部落の人々から肺病病みと忌み嫌われ、22歳で犯行に及んでいるが、その動機には夜這いの風習からも疎外され、村人たちに強い憎しみを抱いたこともあるが、その一端には自らの行く末を儚んでということもあったのではないかと思うのだ。
だとすれば、もし、彼が歌を詠んでいたらどうだっただろうか?
憎しみや哀しみの幾ばくかを中和し、昇華することができたのではないか?
そうすることで、あのような破滅的な行動に至らずに済んだのではないか?
ふと、そんなことを思った。
苛酷な人生に喘ぐ者に、芸術は一つの救いになり得るのではないだろうか?