高橋源一郎の作品一覧
「高橋源一郎」の「ぼくたちはどう老いるか」「さようなら、ギャングたち」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「高橋源一郎」の「ぼくたちはどう老いるか」「さようなら、ギャングたち」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
1981年、『さようなら、ギャングたち』で第4回群像新人長編小説賞優秀作を受賞しデビュー。1988年、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞、2002年、『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整文学賞を受賞。
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高橋源一郎は、72歳になった自分自身を起点に、「老いるとは何か」を真正面から見つめる。本書に通底するのは、老いを美化も克服もしない、しかし絶望とも同一視しない、独特の距離感である。老いとは「もうろく」だと彼は言う。つまり、一生懸命に考えることができなくなっていく過程そのものだ、と。
第1部で語られる哲学者・鶴見俊輔の「もうろく帖」は、その象徴だ。69歳から77歳にかけて書かれた記録は、「役に立たなくなる自分」を引き受ける試みでもあった。うつ病を「もうろくの稽古」と呼び、癌で入院し、自分がよぼよぼの老人であることを認めるには「日々の努力」が必要だと言う。その姿は、老いとは衰退ではなく、自分とい
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高橋源一郎が「老い」をテーマにした雑誌収録のエッセイ集。題材として取り上げる作家とともにタカハシさん自身も1951年生まれなので今この時点で74歳で老境の域に入っていると言ってよいだろう。この本に書かれたこともタカハシさんの老いを色濃く反映している。今の時点で能力が劣化したというよりも、これから劣化することの覚悟、そして何より死してしまうことへの強制された覚悟が見てとれる。語るもの自身が、老いの「当事者」となっているのだ。もちろん、それを読む自分にとってもそれは当てはまる。
銀行が七十歳以上の人には融資できないというような個人的な経験を通して、タカハシさんは老いについてこういう。
「七十歳」前
Posted by ブクログ
高橋源一郎さんの人生相談回答本第ニ弾。
前作の「誰にも相談できません」よりも泣きました。
前書きでもう泣いた。
【また別のとき、誰かが泣きながらずっと話をしている。もう誰もとめることができない。ただわたしは話を聞くだけ。それでもいい。いや、それがいいのだ。やがて、時が過ぎ、その誰かは泣き止んで、わたしにこういう。
「話を聞いてくれてありがとう。もう、わたしは大丈夫」】
離婚4回、結婚5回、子供が5人、父親はギャンブル依存症で離婚家庭、本人も昔ギャンブル依存症だったことがあり現在も借金返済中。大学は中退しニート経験もあり。20代の頃は日雇い労働者。不眠不休での育児経験あり……筆者の経歴が濃