西村賢太のレビュー一覧
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ネタバレ⚫︎感想
私小説らしきものはあまり読んだことが無かったため、身に迫るものがあった。貫多の父は連続強姦犯として、彼が小学生のときに捕まった。可能性として誰もが被害者、加害者、またそれぞれの家族になり得る。そんな危うさをしみじみと考えるきっかけとなった一冊。
⚫︎あらすじ
劣等感とやり場のない怒りを溜め、埠頭の冷凍倉庫で日雇い仕事を続ける北町貫多、19歳。将来への希望もなく、厄介な自意識を抱えて生きる日々を、苦役の従事と見立てた貫多の明日は――。現代文学に私小説が逆襲を遂げた、第144回芥川賞受賞作。後年私小説家となった貫多の、無名作家たる諦観と八方破れの覚悟を描いた「落ちぶれて袖に涙のふりかか -
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面白かった。でも何でこんな小説がこれほどまでに面白く感じられるのか、自分でも理由が能く分からない。
はっきり言って何にも善いことは書かれていない。自堕落で自己中心的な男が周囲の全ての他人様に迷惑をかけながら生活する様が延々綴られるのみ。
思い通りに行かないと直ぐに怒るし、時には手も出るようだ。真面目に労働に従事している様子は無く、性慾を制御出来ず、生活資金は女性に依存している。
形が大きいだけの丸っきり子供大人である。唯一志と呼べそうな活動は私淑する作家の全集を自費出版しようとしていることくらいか。
こんな正論を書いても仕方が無いが、志を持つのは結構なことではあるものの、それ -
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ネタバレ「ああ、何時までこうした生活を続けねばならないのか。」
これは、主人公が知人宅に着物を借りに行くも叶わず、帰りしな閉店間際の鮨屋に少し詰めてもらい食べながら吐露した言葉だ。とても他人事とは思えず身に沁みた。
貧苦に加えて病苦にも囚われ抜け出せない主人公の不平不満、カネの渇望、富める者や健やかな者への羨望と嫉妬、貧乏や愚鈍への嫌悪と怨嗟、そして友人の自殺。陰鬱な繰り言・恨み言や出来事が落語か講談のような明るさと軽やかさのある文体で綴られている。持病に苦しみ、その日の食事どころか嗜好品の煙草1本すら儘ならぬ主人公の生活苦の生々しさに慄き、また本気で脱却改善を望んでいるのか判らぬ彼の中途 -
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本人は「別格の作」と評しているということだが、その意味は、誰に読ませるでもなく自分のために、自分が清造の歿後弟子として恥ずかしくない人間であるために書いたという点で「別格」ということらしい。
冒頭、稲垣潤一のコンサートのくだりが異常に長く、なんだこれはと思っていたところからグッと暗い調子になり、反省して、かなり自省的な調子で最後まで行く。読み終えてみればなるほど冒頭でコンサートの華やかさをしつこく描いておくことで後半との落差をつけているのだなとわかる。誰に読ませるためでもないと言いつつも、そういう意味ではちゃんとおもしろくしようとしているところがやはりかわいいと思う。 -
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藤澤清造愛に溢れている私小説。読んでいてあまりいい気分はしないDVの場面はあるけれども、なぜか読み進めてしまいたくなるほど不思議な小説だ。それを解説がわかりやすく書いてくれていた。
『藤澤清造に少しでも近づけることを求めながら、自らは小説家になることを目指していなかった西村賢太の私小説にその種(作家になることを目指し私小説というジャンルを選び、自分を美化して描くこと)の美化はない。なるほど彼の小説に登場する「私」は常に愚者である。すれはすがすがしくも本当の愚者である。だから西村賢太の小説は不思議にあと味が悪くない。』
それにしても、「根は◯◯なので~」が好きだ。
この小説内では彼の根はわがま -
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まず冒頭申し上げたいのは、西村賢太作品を相部屋の病室で読んではいけないということです。
思わず吹き出して、同室の患者に眉を顰められること必定。
笑いを堪えようとして咽たり咳込んだりし、事態が悪化することもしばしばです。
今回、大腸ポリープの摘出手術を受けるため1週間入院していますが、西村作品を持ち込んだことを軽く後悔しております。
それはさておき、本作は言わずと知れた「北町貫多」シリーズ。
貫多17歳、洋食屋でアルバイトをする青春の日々を描いています。
「青春」と書きましたが、貫多の青春は、一般にイメージされているものとは真逆のものです。
貫多は、小学5年のころに父が性犯罪で捕まり、母と姉と共 -
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ネタバレ日記の面白さに気づく一冊だった。
書いてあることといえば、主に朝から晩までの行動についてだけ。何時に起床、入浴し、一日こういう仕事を行い、食べた物の記録があり、明け方に酒を呑み一日を終える。時々、尊敬する人物への熱い思いが綴ってあり、編集者との喧嘩や愚痴も書いてある。
でも日記として気楽に楽しめる範囲の事しか書かれていない。3.11の時は平静でいられない日々が続いたと思うが、それについての記述がほぼ無いことから、何を書いて何を書かないかというのが徹底しているように感じた。この日記を読んでいて不思議と癒しを覚えるのは、その取捨選択が絶妙だからなのかもしれない。
まだ『苦役列車』しか読んだことがな