乃南アサのレビュー一覧
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一見幸せそうに見えたとしても、本当はどうなのかは他人にはわからない。
立派な家に住んでいる鹿島田家の人たちは、田舎を追われるように出てきた未芙由にとっては別世界の住人のように見えた。
しかし、一緒に住み始めて初めて見えてくるものもある。
持ってうまれたものなのか、才能なのか。
それとも幸せになりたいと強く願う気持ちから出た知恵なのか。
未芙由の立ち回りの上手さには唖然となった。
したたかさを通りこして、もはや怪物のようにも見えてくる。
母親が死ぬまでは未芙由は普通の家庭に育ってきたはずだ。
両親が暴力を振るうわけでもない。
確かにお金はなかったかもしれないが、熱心に母親の看病も熱心にし主婦代わりも立派にこなしていた。
年の離れた弟だっている。
でも大切な何かが壊れているような…。
未芙由には愛する気持ちや人を思いやる気持ち、大切に思う気持ちが欠落している。
すべてが計算づくで、どうやったら自分自身が居心地のいい場所を確保できるのか。
そればかりを考えて生きているようにしか見えない。
あからさまな悪人ではないけれど、どうにも好きになれない人間。
未芙由に感じた嫌悪感と物語を読んでいて感じた居心地の悪さは、そのまま物語の感想にもつながった。
気に入らない息子と孫を遠ざけ、毛嫌いしていた嫁と縁を切った老夫婦。
そして自分だけの居場所を確保した未芙由。
したたかな三人に囲まれてはたして隆平がどこまで一緒に歩いていけるのか。
あまり明るい未来は想像できない。
ウツボカズラの夢は叶ったけれど、これで夢が終わったとは思えない。
ひとつの夢が叶えば人はまた別の夢を見るものだ。
未芙由が次にどんな夢をみるのか。
怖いけれど知りたいような気もしてくる。 -
Posted by ブクログ
人はいつからでも、何歳からでも、やり直すことが出来る。
それはきっと真実なのだろう。
でも、変わろうとする意思がなければ人は変われない。
誰に強制されても、本当に変わりたいと願わなければ変わることなんて出来ない。
結局のところ、自分自身が一歩を踏み出すしかないのだろう。
川又は驚くほど忍耐強く子どもたちに接している。
他人だから持てる忍耐と許容のような気がした。
親なればこそ子どもに期待もする。夢もみる。
子なればこそ親に甘えもある。理解してほしいと屈折した表現もする。
互いに「どうしてわかってくれないの!」という思いがあるのかもしれない。
わかってほしいなら言葉にしなくちゃ伝わらない。
親なら言わなくても察してよ!わかってよ!どうして私をちゃんと見てくれないの!
そんな思いを持ってしまう気持ちはよくわかる。
でも…もしかしたら、親も同じような思いを抱いているのだろうか?
似たような題材をテーマにした「明日の光をつかめ」というドラマがあった。
ノンフィクションとドラマの違いはあっても、すべてが解決できるわけではない。
むしろ、失敗を重ね、悔いを残したまま送り出さなければならないことのほうが多いかもしれない。
それでも、前を向いて進んでいこうとする川又さんには頭が下がる。
自分を大切にする。
自分以外の人間を大切に思う。
そして、生きていることの意味を知る。
道に迷ったときこそ、そのことを思い出さなくてはならないと思う。
でも、人ってそれほど強くないんだろうなとも思うけれど。 -
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後味が異様に悪い物語がある。
けっしてつまらない物語でもなく、悪い物語でもない。
ただ、本を閉じた瞬間に忘れてしまいたくなるような、そんな後味の悪さを刻み込む物語がある。
家族とはいったい何だろう。
百の家族があれば百の家族の在り方があり、正解などどこにもない。
幸せだと、家族が感じて暮していること。
それが何よりの正解なのだと思う。
志藤家の家族の在り方。
物語なのだから、とは思う。
それでも、粘り気のある何かがまとわりつくような気持ち悪さがどうしても払いきれない。
そんな嫌悪感を感じてしまう物語だった。
歪んだ正義を突き進む者は怖ろしい。
ただひたすらに歪んだ道を突き進む者の中にこそ、鬼は棲んでいる。 -
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歴史を知り、今を知ることが台湾という複雑な社会を理解するには必須であることを著者の乃南氏は2011年の東日本大震災に伴う台湾からの義援金の多さをきっかけに気づいていく。自分と乃南氏とは同世代だが、確かに学校教育の中で台湾のことをきちんと教わった記憶はない。その辺はよくわかる。台湾に興味関心をもつことによって日本とは何かも見えてくるという視点も大事なことはその通り。しかし、実際に著者が見聞きし、ここで書いていることはちょっと勉強すればすぐにわかること。その意味で、今後もっとテーマを絞って深く掘り下げて欲しいな、と上から目線ながら思った次第。