平野啓一郎のレビュー一覧
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自分は日本語を母国語にして生まれ育ったから、日本語で書かれたものを理解することは難しいことではない、とは一切思えなくなったとき、他人はどのように文章を読み、小説を読むのか、ということが気になって、この手の類の本を集めている。
ひと口に「本の読み方」「文章の読み方」と言っても、この道は果てしない。読みたい本、読むべき本は山のようにある。一つの本を一読ですべて理解することは不可能で、本質的には再読こそが真の読書のあるべき形である、などということを痛感している中で、私は本を読むのが遅いと告白してくれた小説家の存在にどれだけ救われたことか。
読むスピードが書くスピードを上回るわけは絶対にないのだから、書くために費やされた時間の重みを感じながら読むということを続けていきたいと思わされた作品だった。 -
Posted by ブクログ
恥ずかしながら、平野啓一郎は初めて読んだ。難解そうと勝手に思っていたのと、たぶん長編小説を読むのが面倒になってたからなのかも。でも読んで良かった。
仮想空間が発達した近未来の日本。格差が広がり、固定し、「こっちの世界」と「あっちの世界」が同時進行している社会。どっちの世界に属するかはすでに固定されている階層で決まっている。金のない人間は仮想空間で一時の安らぎや刺激を「体験」しながら生きている。この社会では自由死が認められていて、主人公の青年の母は息子にも自由死したいと宣言したにもかかわらず、結局は事故死してしまう。母はなぜ自分から死にたがっていたのか・・・。経済的には豊かではないが、息子がいて、充足していたはずではなかったのか。ひとりぼっちになった孤独に耐えられない青年は、母親が残した保険金を使って、「母さん」のAi搭載ホログラム(VF)を作ることにした。
というのが冒頭。
自由死が認められるまではしばらくかかるかもしれないが、世界はそういう方向に行きつつある不穏さはある。自由死は自分の意思なのかそれとも社会的に誘導される形なのかという疑問。仮想現実と現実社会、でも実際には両方ないとすでに生きていけないくらい辛い人生があるという現実。そして生まれついた場所や家庭によって固定されている自分の人生という絶望。それでもそこにほんの少しだけ、自分の意思で何かを変えられる可能性があるというかすかな希望。そこに生まれる希望はどこからくるんだろう?やっぱりそれは何か、人との関わりによって生まれるんじゃないか?アバターとしての仮想空間の体験ではなく、実際の喜びや痛みから来るんじゃないか・・・。
ということをいろいろ考えた本だった。
読み終わってから、2年前に亡くなった夫の弟の写真を見ながら、いったい彼はどういう気持ちで死んでいったのかな・・・と考えた。まあ、これについてはしょっちゅう考えるのだが。
生きている人間の気持ちだってわからないのに、死んだ人間の気持ちはわかるもなにも、そこにいないんだからわかりようがないのだ。
しかしどうして私たちは、こうやって他人のことをわかろうとしたいのだろうか。結局、自分が納得できることがどれだけ大事かということなんだろう。 -
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★★★★ 何度も読みたい
本作の中心にはずっと『孤独』があった。悩みを相談できない孤独、近しい人の死、その悲しみを誰とも同等のものとして共有できない孤独。遺族でありながら疑われる崇を中心に、寂しさを抱え続ける登場人物たち。
崇の独白やセリフには、ずっと誰しも関係者のそれぞれに対してペルソナを使い分けているという『自己の細分化』の思想が流れている。それが物語の後半では行動・罪にも拡大され、『原因の細分化』にまで差し掛かっている。心理学が発達した現代では、行動は全てが生育環境と遺伝に帰属し、罪は「不健康」の結果であると考えられてしまう。それに納得してしまう崇の姿勢は日本の法制度への『理想的』な態度であるのだろうが、聞き分けが良すぎるし、それが故に彼は誰も責めることも、弟を失っても正常に回りだす不可避で不可逆な事象に対して、加害者の親である志保子が醜く生きてすがろうとしていたのに対比するように死を選んでしまうのだろう。彼の自殺願望は良介の死後急に顕現したものではないが、彼は彼以外に責める対象が見つからなかったという側面こそ最後に背中を押したのだと思う。
作中である時崇に送られる動画、その中で、素直に自分の複雑な感情を近しい人々に共有できないながらも、兄への尊敬も、妻子への愛情も本物として持っていて、それ故に殺された良介のシーンには悲しくも熱くなった。崇の視点に立ったら犯人よりも自分を許せなくなるだろうことは分かるのだが、それでも一読者としては、良介に「お疲れさま。頑張ったね。かっこよかった」と無責任に声をかけたくなる。
最後に、上巻の感想でも触れたが、北崎友哉の顛末に関してだ。彼はいじめっ子に手を下す度胸も無く、結局片思いをしていた女の子を殺して逮捕される。過保護でいつまでも息子が犯罪者であることを受け入れずに被害者面をする母親が、最後まで、遺族でない第三者によって許されない様には正直すっとした。
あとがきにて、自分の口で語られるはずの言葉が他人からぶつけられる不気味さが描かれていたのではという示唆に、そうした側面もあったのかと気付かされた。 -
Posted by ブクログ
★★★★ 何度も読みたい
3歳の息子・妻に恵まれながらも、優秀な兄への劣等感を抱え続ける良介、幸せを感じながらも、夫に対しもっと頼ってほしいと無力感を感じている良介の妻・佳枝、万人に優しく振る舞いながらも、他者からの評価と自分の存在意義が結びついていると思えず悩む、良介の兄・崇、義実家との軋轢や仕事での不調で鬱病に悩む良介の父・治夫、夫と向き合いながらも、夫の鬱からくる暴言に限界を感じ始めた良介の母・和子といった、一見幸せながらも不協和音を奏でる沢野家と、学校でのいじめや過保護な母にうんざりし、厨二病まるだしのブログで心の安寧を得る中学生・友哉の人生が交わっていくミステリ?まだ前編だが、非常に引き込まれたので、この巻の評価は変わらないと思う。
とにもかくにも友哉の行動への嫌悪感が凄かった。いくらなんでも、片想いしている女の子の彼氏の携帯(スマホではない。2000年代が舞台)からデータを盗み、ハメ撮りを出会い系サイトに流出させて被害者面するのは無理がある。正直、いじめっ子である彼氏に局部と肛門を炙られて排泄に支障をきたすようになった時はスカッとした。彼が何をしようと『悪魔』の言葉を使う以外で自分の行動原理を説明できなさそうなのも救いようがない。結末を知る前から、こいつの末路がいかに描かれるかが私の後編の評価を左右すると思っている。
崇の考えや言動は、著者らしい難解な言い回しや引用が多いものの、私にとっては他作品よりずっと文意が掴みやすい。特にペルソナの分裂に関しては、沢野家の描写で散々描かれた通り、自分に提示されていない他者の情報を疑い続けてしまうという人の性にも本作で向き合い方が示唆されるのではないかと思う。
しかし、現状、私の読み方が足りないせいかもしれないが、友哉に殺人を教唆する『悪魔』=崇かのように描かれながらも、崇の悩みや欲求と『悪魔』の主張には乖離があるような気がする。
なんにせよ続きが気になってしょうがない。
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ネタバレ身近な人が自らの意思で命を立ちたいと考えたとき、自分は止めるだろうかそれとも本人の意思を尊重するだろうか。それが母なら?もしくは恋人なら?
私はこの物語を読んで、格差が浮き彫りになった社会では、貧困層は自らの命を終えると言う選択をしなくてはならない時が来るのに対し、富裕層はそういった心配をせずに寿命を迎えることができると言う差に愕然とした。自らの命を「もう十分」と思ってしまう時が来るのだろうか。
この物語は主人公の心情がありありと描写されている。中でも、自問自答の形式が多く、葛藤の中で生活していることがわかる。V Fである「母」に、生前の彼女の「自由死」の本心を尋ねようとするが、次第に現実の人々との交流を経て、「母」を必要としなくなる。現実に目を向けて生きることができるようになっている。主人公の心の変容を見ることができる物語だった。
近未来の話ではあるが、メタバースなどといったテクノロジーの発展を描きながら、非常に現実的な格差社会の問題についても触れている部分が新鮮に感じた。 -
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すれ違いと運命
面白かった。未来が変わることで過去が変わる。過去も変えることができる。
抜粋
「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」
洋子は、長い黒い髪を首の辺りで押さえながら、何度も頷いて話を聴いていた。
「今のこの瞬間も例外じゃないのね。未来から振り返れば、それくらい繊細で、感じやすいもの。
....・生きていく上で、どうなのかしらね、でも、その考えは?少し怖い気もする。楽しい夜だから。いつまでもこのままであればいいのに。」
三谷早苗のしたことは決して良くないが、その後彼女は後悔と共に過ごしてたであろう。打ち明けることができホッとしたのではないだろうか。蒔野は、聞きたくなかったと言っていたが、真実を知ることは知らないこととは世界が異なる。実際すれ違いが生じたのは、真実を知らなかったからである。
私は26歳で、恋愛経験も少ない。だが運命的な出会いの素晴らしさ大人の恋の難しさを痛感した。
平野啓一郎ワールド全開の一冊。
紛争、テロ、地震さまざまなものが現実の世界でも後を絶たない。そんな中で生きる我々は小さな存在かもしれない。だが小さくて大きいこの人生を素晴らしいものにしたい。
未来が過去を変える。 -
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私自身、属するコミュニティによって無意識にキャラクターが変わることは、以前から自覚していた。
ただ、その変化のなかで「他者の存在」をそこまで意識したことはなかった。ここでいう分人とは、「相手との反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されていくパターンとしての人格」だという。
個性とは分人の構成比率である。そう考えると、「自身の理想の個性を保つためには、付き合う人を選ぶことが重要だ」という考えが、腑に落ちた。
特に印象に残ったのは、愛についての記述。愛する相手とは、その人に向き合うことで生まれる“自分の分人”を、好きでいさせてくれる存在なのだという。
「一緒にいて楽しい人を選びなさい」と言われる理由は、相手を通じて自分自身を愛せるようになるからなのか。そう考えると、それはとても素敵ことだと思った。 -
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ネタバレ大好きな「本心」のご本人解説目当てで読んだ。
何作かの小説を解説する実践編が面白くて、特にミルチャ・エリアーデの「若さなき若さ」の、なりたかった自分となり得たかもしれない自分に一斉に見舞われることによるアイデンティティの動揺というのが印象に残った。「作品を書かなかったゲーテ」というパワーワードを解説のおかげで理解できて楽しかった。
◼️小説を飲むときのアプローチ「四つの質問」
①メカニズム:話を動かしている仕組み
②発達:作者の人生の中のタイミングや変化の過程
③機能:作者と読者の間で持つ意味⇒単純化したものがジャンル分け
④進化:社会や時代の雰囲気から受けた影響
◼️小説は小さな矢印(主語+述語)の集合で、大きな矢印(プロット)がどちらに向かっているかを確認すると全体像を掴みやすい
- プロット前進型述語→:話を展開させる
- 主語充填型述語←:主語の情報を増やす -
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生成AIに対して、今後自分の読むべき作品について聞いたところ、本書の作者である平野啓一郎氏の作品が挙がったので、著者の思想の根底が「分人思想」であるということに興味を抱き購入。
著者は哲学者ではないものの、「個人」の概念を改めて問い直し、独自の「分人」思想を実体験も交えて展開する。
「個人」というのは唯一の人格なのか?「本当の自分」という確固たる自我は存在するのか?という、普段何気なく使っている言葉に対して疑問を呈し考察する姿勢は、哲学的アプローチであるといえる。
「個人」はindividualの訳とされるが、これは"もうこれ以上分割不可能なもの"という意味が込められていることから、物理的な身体=個人と社会では捉えられている。
したがって、「個人的な意見」という場合は、物理的な1人の人間が唯一持つ意見ということになる。
しかし著者は、現代の多様な社会の中で唯一絶対の人格のみで生きることは困難で、ほとんどの人は状況に応じて複数の人格を(使い分けているのではなく)生きているとする分人の概念を説く。
この思想は、コアに「本当の自分」があり、そのコア人格が状況応じて人格を"演じる"のではなく、1人の人間に複数の人格が同居し、対人コミュニケーションの際の関係性に応じた人格が現れるというのである。
この思想はともすると総多重人格思想のようにも捉えられがちだが、確かに、仕事と家庭ではまったく別の顔で過ごしているし、実家に帰った際にも親や兄弟に対する顔と自分の家族とのそれも別人格といえるほど異なるし、同じ友人でも幼馴染と学生時代の友人とはコミュニケーションの仕方はまるで異なるのは誰でも経験していることではないだろうか。
「自己分析」や「自分探し」などに代表されるように、人生を1つの人格に収斂させることに費やすのではなく、社会生活と共に複数の人格が形成され、その人格の複合体ともいえるものが自分なのだと考えた方が生きやすいのではと思えてくる。
著者は、貴重な資産を分散投資してリスクヘッジするように、人間も複数の分人の同時進行のプロジェクトのように考えるべきだとする。
多様な社会の中で、それぞれの人に存在する複数の分人が、社会と何らかの接点を持ち繋がっていられるからこそ、分人主義は人間を社会から個々に分断させず孤立させない思想なのだと。
逆に個人主義の徹底こそが、社会から人間を分断する思想であるとする。
多様性こそが正義のように言われながらも、「自分を持て」とか「個性を伸ばせ」とか「自分らしく生きろ」とも言われ、若い世代ほど矛盾を感じているはずである。そしてそのことが強迫観念となり、かえって生きにくく感じている人も多いのではないだろうか。
分人主義はそのような悩みから解放してくれる思想かもしれない。
分人思想をコンピュータに例えると、自分自身の身体がハードで精神がOSとするならば、各分人は社会との繋がりを保つための(OS上で動く)アプリケーションであるといえる。この場合、各アプリケーション(分人)を統率するための"本来の自分"的なアプリケーションは存在しない。
とはいえ、OS上で複数のアプリケーションが同時に動き、状況に応じてスムーズに切り替えたりデータ交換したりするために、各アプリケーションに共通のフレームワークやライブラリが存在するように、分人思想においても、思考の共通方式がある方が望ましいといえる。
この共通方式となるものこそが、哲学的思考なのではないかと思えた一冊であった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ現代より進んだ世界を題材にしており、AIやVF(ヴァーチャルフィギュア)と呼ばれるような技術は進歩している一方、格差は拡大し、生きることを負担に感じる人もいる、そんな中で出てくる「自由死」という概念について問う一作だった。
病などでもう助からない命に対する死の選択と、貧しい生活を強いられ、子供や周りへの負担を考えて半ば強制的な死の選択では大きく異なる。しかし、主に後者の境遇にいる者は、そこから抜け出すためにできることが少ないというジレンマを、自由死を願った母を持つ朔也と、彩花、岸谷、そしてイフィーという違った境遇にある者たちのやり取りからひしひしと感じた。この答えのない未来の問いに、これからの世代が向き合っていかなければならないと思うと、小説という以上の重みを感じた。