平野啓一郎のレビュー一覧
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死が色濃くこの最終章を彩ってた。死について、そして生きるということについて、いろいろと考えさせられた。考えるという意味では、いろいろなことを考えさせられた。例えば、芸術について、愛について、恋について、愛の表現について、革命、政治、名誉、音楽、絵画、仕事、死ぬこと、生きること、友情、生きるということは喜びか、悲しみか、そういう意味では、さくっと読める作品ではないし、ある程度の時間を取って、ゆっくりじっくり読みたい作品だった。ここにもし、キリスト教やもしくは他の宗教的なスパイスが加わったら、どうなるんだろうと少し思った。それにしても、相当に質の高い本でした。
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第一部(上)は、深い思索がとても哲学的で、時に難解さをも感じたけれども、(下)の途中からは一転、昼ドラ的などろどろとした人間模様が描写されていて、それはそれでおもしろかった。ドラクロワやショパン、ジョルジュ=サンドの感じている憂鬱は、現代の若者の抱えているそれにも通じるような気がしたが、これは、ドラクロワらが現代にも通じるような同じような悩みを抱えて当時を生きていたということを表しているのか、それとも著者である平野氏自身が感じている現代社会の若者の悩みを、ドラクロワ、ショパン、サンド夫人を通して語らせているのか、ちょっとした倒錯感があって、それがまたおもしろかった。
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良い作品!だけど、流石にグダグダしすぎだと感じてしまった。ドラマチックでありつつも、とても現実味のある物語構成で面白かった。自分は普段から「過去は捉え方次第。後悔と捉えるか良い経験と捉えるかも今の自分次第であり、必ずしも一面的ではない」という考えを持っていて、この小説は「過去は変えられるし、変わってしまうとも言える」というのがかなり主題となっている。初めて作品としてそういう題材のものと出会ったので、興味深く共感しながら読めた。
しかし物語としては、三谷が勝手に洋子さんにメールを送った時点で、「あ、その方向性なんだ」と思いそこからは度々手が止まってしまった。そこの真実に囚われる必要がないくらい、それぞれの人生で様々なことが起こり、読者としても物語を楽しむことはできた。だが、読めば読むほど「いや早く連絡して一緒になりなよ。何をウダウダしてん」と思ってしまい、その思いは最後まで消えなかった。もちろん「連絡をしない」という選択をとり続けた洋子にも責任はあるし自由意志だが、騙され続けた洋子があんまり浮かばれないなと思ってしまう。普通に可哀想。
作中の「今、意味があるのは、洋子に愛されなかったという事実ではなく、早苗に愛されたという事実だった」というセリフが印象に残っている。蒔野が自分を客観視した時、早苗がこんなにも恩師の介護や自分に尽くしてくれて、それに対し自分も確かな好感を抱いていると気づき、それがどんなに恵まれているかを理解した。これは折り合いをつけて現在を肯定したのだと思う。ウダウダ諦めることとの決定的な違いは、自分の中や周りに「自分を前に進める材料」が十分なほど揃っているか、そしてそれに気づけているかどうかだと思った。
運命的な出会いはとても綺麗なものだが、実現されるべき奇跡として短絡的に描くのではなく、運命とは短絡的な奇跡ではなく、現在の選択によって自ら意味づけ(チューニング)られるものなんだと読み取り、考えさせられた。
人生の様々な場面で「出来たはずのベストな選択」、もしこうだったらという妄想があると思うが、それが常に作中で描かれており、折り合いをつけながらみんな生きているんだなと思った。しかしそれは必ずしも妥協ではなく、現在のベストな選択として生きていくことができるので、とても「人間的」だなと。「諦念」も重要なキーワードだと思うが、その気持ちは本当に諦念と呼べるものなのか、それを打ち破る熱は本当に残っていないのか、ただの理論武装ではないのか、そもそも打ち破るのが自分にとっても相手にとっても「善」なのか。大人の恋愛だからこその心情が丁寧に描かれていて共感できた。
この著者は心情描写や物語の説明がとても丁寧なので、小説ならではの「味わいながら読む」という醍醐味が発揮されていて、本で読んで良かったと思える好きな作家の一人。回りくどかったりして好みではない人もいると思うが、文学作品としてとても好き。でもクラシック音楽はわからないし、まだ大学生なので音楽の話は結構ささっと流し読みでした。大人になって再読したらまた違う感想になるのかな。でもこんなに感想が出てくる時点で、とても良い小説だったのだろうと思う。
---印象に残った言葉---
- 「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」
- 恋の効能は、人を謙虚にさせることだった。年齢とともに人が恋愛から遠ざかってしまうのは、愛したいという情熱の枯渇より、愛されるために自分に何が欠けているのかという、十代の頃ならば誰もが知っているあの澄んだ自意識の煩悶を鈍化させてしまうからである。
-内的な理由なら、せっかく止めてまで作った時間を、有効に活用しなければと、あまり思いつめない方がいいでしょうね。
-愛とはだから、若い人間にとっては、一種の弛緩した恋でしかない。
-生まれ持った才能が、否応なく他人の嫉妬や羨望を搔き立ててしまう人間は、何か意外な親しみやすさを身につけなければ、たちまち孤立してしまうのだろう
-リチャードに非はなかった。それでも確かに、彼女にとっても、傷は傷だった。
-幸福とは、日々経験されるこの世界の表面に、それについて語るべき相手の顔が、くっきりと示されることだった。
-今、意味があるのは、洋子に愛されなかったという事実ではなく、早苗に愛されたという事実だった。
-忍耐には大抵、損得勘定が伴うものだが、人より多くの我慢を強いられているという意識の身を焼くような煩悶にとって、他方で、人が当然に守っている禁止をこっそり破っているという疚しさは、一服の清涼剤となった。
-蒔野は、この広い惑星の上で、洋子に出会うための確率といったようなことを考えた。それは、人為的には決して実現不可能な出来事であり、しかし、その偶然を、まるで必然であるかのように繫ぎ止めておくために、人間には、愛という手段が与えられているのではないか。
-何か出来たはずだったという思いが、彼女の心から平穏な諦念を奪ってしまっていた。それは、必ずしも不可抗力の運命ではなかったのではないか。 -
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中年の男女による、国境を超えた恋愛小説。
受験期に、現代文の論説でお世話になった、あの「分人思想」でお馴染み平野先生の作品だが、文体は柔らかく、物語の展開としても読みやすい。そして何より登場人物の容姿や舞台となる場所の情景描写が魅力的で美しい。またギタリストの緊迫したステージ上での描写もリアルで、解像度が高かった。
登場人物は年齢的に内面が成熟しており、いわゆる「いい大人」なので、相手に本音を隠したり、強がったりするのだが、それが原因でお互い好き同士なのにすれ違ってしまう。まだ若い私にとってはもどかしかった。本当に好きな相手なら本音を言い合えないと分かり合えないと思うし、恋愛においては弱さを見せて甘えることも大切だと感じるからだ。
しかし、「愛すること」=「相手を想うこと」だと定義付けるなら、相手を想って自分の本音を犠牲にしてきた彼らこそ、真に相手のことを愛せていたのかもしれない。
そして、この物語の結末は、読者に未来を想像させる余白を残している。いわゆる、「ムナクソ小説」なのなもしれないが、逆にそこまで細かく描かれていたらあまりにもクリアで面白くなかったかもしれないと私は思う。この締め方が、物語に余韻を与え、より味わい深いものにしているのでは無いだろうか。 -
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弁護士の城戸は、奇妙な相談を受ける。亡くなった夫「大祐」が、実は全くの別人だったという衝撃の事実がわかったのだ。愛にとって過去とは何なのか。人間の存在とは何なのか。そんなことを考えさせられる作品だった。
「ある男」にたどり着くまでが長かったー。いろいろな角度から真相に近づいていくのだけれど、興味深く読める場面もあれば、少し集中できないところもあって、とにかく長く感じた。その長さを乗り越えて、やっと「ある男」が判明する。この長さも、人の人生の複雑さを表しているのだろうか。ともあれ、最後に真相がわかって、私の気分はスッキリした。
この物語を読んで、人は私の想像もつかないような辛さを抱えて生きているのだと知った。例えば、殺人犯の親を持っていたり、ヤクザの親を持っていたり、虐待を受けていたり、生まれた国によって差別を受けたり。自分では選ぶことのできない過去や境遇を背負って生きている人がいる。そして、その過去から逃れるために、戸籍を変えてまで別の人生を生きようとする人もいる。
そんなことを知った上で、私は、平凡な人生だからこそ、自分の人生を生きたいと思った。自分の人生でつまずいても、そこから何度でもやり直したい。他の人の人生に変わったとしても、そこにはまた別の苦難があるのだと思う。
そして、この本を読んで、もう一つ気づいた。私の人生は、私だけのものではないのだということ。私が生きてきた人生は、子どもたちにもつながっていく。
だからこそ、我が子のためにも、自分の人生に責任を持って生きていきたいと思う。そして、愛とは、長い間をかけて何度も愛し直す必要があるのだ。なるほど〜。 -
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家族・友人・恋人・職場など、相手との関係ごとに生まれる異なる自分=「分人dividual」が存在する。それを裏表のある人間だとか、本当の自分が分からないだとかと捉えるのではなく、すべて本当の自分であり、その人らしさは複数の分人の構成比率によって形づくられるという考え方。
相手の分人は自分向けのものしか知り得ない。
自分から見て大好きな人の中にも、苦手な分人を合わせ持っているという可能性を念頭に置いておくことで、人との関わり方に寛容になれる気がした。
また、自分の存在は、他者の記憶の中に残った分人を通じて、自分の死後もこの世界に残り続けるという考え方が印象的だった。
死んだらすべてが消えるわけではないと思うと、死への不安が少し慰められるようだった。