安部公房のレビュー一覧
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・起きたら名前がなくなってたり、服が喋り出したりとファンタジーな世界のようで、何故か現実に起こりえそうな気がするリアル感、緊迫感を持って展開される、安倍公房の不思議な世界観の物語。
・「壁」がテーマになっており、主人公によって色んな壁の解釈をしていた。第一部にあった「遥か彼方に見渡す地平線と、目の前のある壁は同じ」という主張が、分かりそうで分かり得なかった。
・物語として読みやすい内容ではあったが、その一歩先の安倍公房の主張や考えを読み解くことができなかった。砂の女の方がその辺りは読み取りやすかったように思う。壁はデビュー作である一方、その10年後に砂の女は書かれているからかな。ただ、安倍公房の主義主張が色濃く記されていることはひしひしと感じ取った。もう一度時間を置いて読み直してみたい気持ちはある。 -
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ネタバレアホ難しかった。
ほぼ理解不能に近い。
見ることに特化した箱男は、結局見られることから逃げられない。
現代社会と箱男の世界観を重ねて、何が言いたかったか考えた。
スマホという文明機器で、所持者が常に写真を撮ることができ、SNSで自分の意見を特定の誰かまたは不特定多数に発信できる主体だと信じて止まないが、他人からすれば目の前に写真を撮る人物がいて、SNSで何か発信する人物がいる。匿名という個人を特定しない形で、街中やSNSに存在していても、例えば匿名Aというある名前のついた状態で存在しているっていうことなのだろうか。
贋医者が無免許で医療行為していたのは驚いた。
裸婦像モデルの女が、その贋医者のもとで看護師として働くなど、昭和?の時代の適当さが感じられた。(ほんまにこんなことあったんやろうか?)
とにかく、箱男という小説には裸のシーンが何度も出てくる。「裸」、それは他者に見られるというのは避けたいものであり、性癖がある人には他人の裸は見たくてたまらないもの。中学生が覗き見をして、罰として一方的に隣に住む先生に裸を見られたという話は面白かった。 -
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[R62号の発明]
会社を首になって自殺を考えていた機械技師の男が、生きながら自分の死体を売ってロボットにされてしまう。元の会社にロボットとして働くようになった彼は、人間を酷使して殺してしまう機械を造る。このあらすじからすると、不況時代に対する風刺と見ることや、資本家に対する左翼思想側からの作品と見ることも当然可能だろうと思うけど、個人的にはそういうことよりもヘラで脳味噌をひっくり返しているところとか、脳味噌が君なのか、それとも君がこの一部なのか、といった手術シーンの方が印象に残っている。
ただ、予想していたほどすごい話でもなかったな。教科書に載ってても全然不思議じゃない。SFならこれぐらいの話はいくらでもありそうだし。あんまり深読みしたくなるような感じでもなかったし。
[パニック]
職業紹介所で出会った男に紹介されたパニック商事の入社テストを受けるため、Kに会った。しかしその翌日、目の前には血塗れのKの死体が。殺人の容疑から逃れるための逃亡生活中、盗みを繰り返していた男を待っていた結末とは・・・。今回はミステリー的なプロットだけど、相変わらず不況の色が濃い。オチもいまいち。なんか純文学と大衆娯楽小説の違いがわからなくなってきた。
[犬]
マリリン・モンロー的な白痴美人が出てくるけど、色っぽいんだこれが。問題の犬との関係がよくわからんけど。最初他人が彼女に抱きつくのに腹を立てていた”ぼく”もいきなり彼女に抱きついて結婚してくれとか言ってるし。いちばんやばいのはこの”ぼく”かも。
この犬がしゃべったっていうのもどういうことなのか。犬の絵を描いていたはずがそこに書かれていた題名は『妻の顔』。「シャイニング」みたいなサイコものってことなのかな。
[変形の記憶]
今度は戦場。死んで魂となった男が見たものは。確かに士官が兵隊をどう見ているかとか、日本兵による中国の村の虐殺シーンなんかも出てくるんだけど、単純な反戦小説とはちょっと視点がずれてる。最後の死んだ少将の魂が浮浪者の体を乗っ取ってしまうところとか何を象徴してるんだろうなあ。よくわからん。
[死んだ娘が歌った・・・・・・]
自殺した娘が魂となって過去を振り返るという話。結局、安部公房は手法としてはSF的・ミステリー的なものを用いるけど、描きたいものはこの時期の戦争や不況に左右される人間の姿だってことだな。まあ、だからこそ純文学なんだろうけど。これも結構悲惨な話。死んだ自分の顔をなでてるところとか、悲しいよな。気の効いたオチを期待するのが無理な話か。
[盲腸]
食糧不足解消のため羊の盲腸を移植された男の話。いきなり「人獣細工」を連想しちゃったけど、あれはどういう話なんだろう。なんかいきなり原理とか言ってるけど、これはあのやばいやつのことか。このあたりの事情に疎いんだよなあ、俺。
こういう方法論でもっと爆走すると筒井康隆になるような気がするな。筒井康隆のルーツを見たような気がする。そうか、そうすると筒井康隆をSFだっていう意味で、安部公房もSFなのかもしれない。
単純に藁を食べるのって辛そうだ。
[棒]
ビルから落ちたらいきなり棒になったっていうのがすでによくわからんけど、そこに居合わせる学生と教師が何者なのかわからん。「死者を罰するのがぼくらの存在理由」とか「人間の数にくらべて、われわれの数はきわめて少ない」とか言ってるけど。魔法陣を書いてなんか悪魔みたいなのを召還しているとも取れる描写もあるし、ホントのところはどうなんだろう。
それにしても短編はもっとすっきりして、論理的なはずじゃなかったのか。長編よりも何が言いたいのかよくわからん。
[人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち]
安部公房の書いた人肉喰いの話だというんで期待したんだけどなあ。人肉を食べるということに背徳的な意味がなくて、当たり前のこととして描かれているというのはいいんだけど、その後の展開があっさりしてていまいち。男が陳述にきた本当の理由が、娘がトサツ場に連れて行かれたからだというのも普通。
食べる側の男たちが体のどこかに障害を抱えているのは、先進国と発展途上国との関係の隠喩なのかもという感じもちょっとするけど。単純に貴族社会を批判しているというのでもないんだろうし、わからん。深読みできなくはないんだけど、弱いんだよなあ。意味を求めること自体が間違いなのか?アヴァンギャルドってそういうことなの?
[鍵]
人間嘘発見器の波子が出てくるところが安部公房らしいというべきか。それ以外はどうってことのない話。超能力(でもないのかな?)を使って犯罪をするためのカモフラージュとして、万能鍵の鉤十字をでっち上げた、ってそんな単純な話でもないんだろうけど。このどこまでが現実かわからなくなるような、なんとも言えない不明瞭な雰囲気は嫌いじゃないんだけど、あやふやな分だけ弱いよなあ、やっぱ。
[耳の値段]
六法全書を使って金儲けを企んだ結果が、耳を切り落とそうとすることだってのがなんとも貧乏くさい。全体の構造はループになってるのかな。中途半端だけど。
安部公房という人は、手法としてはいろんなヴァリエーションを持ってるというか開発した人だと思うけど、テーマという意味では、あるのかないのかよくわからないか、あってもありきたりなものばかりだという気がする。そういう意味ではアイディアの人というのは当たってるのかもしれないけど。でもそれだけでこれほど高く評価されるとは思えないから、何かあるんだろうと思うんだけどなあ。なんなんだろう。
[鏡と呼び子]
なんか最後までよくわからん話だったな。裏山に登って望遠鏡で村の中を覗いていただけだもんな。それが「思想問題としてとらえたときには、家出監視人と情報屋の関係が逆転する」とか言われてわけわからなくなる。それでもこれだけわけのわからん話が続くと、ここには論理がないのか、それとも俺には理解不能な論理が存在しているのかって考えちゃうから、この不思議というか奇妙な感覚が安部公房の特色とするなら、それはそれで今後も読み続ける理由にはなるんだけどね。
結果的には婆さん死んじゃうから、論理的でない謀略小説と言えなくもないかな。いきなり親戚がいっぱいやってくる理由がわからんし、取り合ってる対象がタンスや綿羊だってのがしょぼいけど。
[鉛の卵]
普通のまっとうなSF。クラレント式恒久冬眠箱とか、人工炭素の生産とかSFっぽいガジェットもちゃんとある。ただ、80万年という時間はちょっと長い。サイバーパンク的な見方をすれば、それだけの時間がたった後、人間が今と同じだとは思えないけど。そういう意味だと植物人間しか生き延びていないという方がありそうではある。オチはありがちだけど、これまで読んできた経験からすると、こういう破綻のない展開の方が安部SFとしては珍しいんだろうな。
個人的にいちばん気になったのは、主人公がペカという植物人の娘に食欲を感じるところ。かわいい、けど食べたいっていうのは倒錯してるけど、興味深いテーマかも。そういえば、森岡浩之の「スパイス」は読まないと。 -
Posted by ブクログ
安部公房というと昭和30年代の印象が強いが、これは1990年代の作品なので、少し現代風なテイストが入っている。
とは言え、やはり氏の作品は常識外の出来事が次々に起こり、あっという間に現実の外へ連れて行かれる。
空飛ぶ男を見かけた女性が空気銃で撃ってしまったのは百歩譲って理解できるとしても、その女性が、撃った男の怪我を気にして、男の部屋を訪ねて捜索しだして、頭の中は?だらけになった。まあ、空中を移動している時点で現実の外の世界なんだけど。
途中で文章が欠けているので、誤植かと思いきや、未完の作品とのこと。だから尻切れ感はあるけど、ストーリー云々ではなく、この世界観、空気感が好きな人には良いのでは。
もう一つの短編「さまざまな父」も、透明人間になった父親が兎の生血を吸う場面を始めとして、相当不気味だ。「飛ぶ男」の中に組み込むつもりだったのだろうか?
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なんか、実写化するなら阿部寛だなと思った。後半、なんかしょっちゅう勃起しているので「ファニーな村上春樹みたいだな……」と思った。「ええ〜〜〜〜〜」という展開が続くし、とにかく突飛な話が続くので戸惑いもあったが、そのぶっ飛びが楽しく読めた。最近はもう時間的にぶっ通しで集中して読んだりできないので、話がぶっ飛んでると印象に残りやすくて「どこまで読んだっけ」とならずありがたい。「同意の上の性交が認められるのは何歳までだっけ?」が面白かった。安部工房展に行ってピンク・フロイドが大好きって話を見ていたので、本当にめっちゃピンク・フロイド好きだったんだなと思った。私が小説を書く時、岡村靖幸の話をするだろうか。
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Posted by ブクログ
箱の中に入れば、全てのものとの関係がランダムになり、全てのものと一様な距離感をもつ。あらゆるものから等しい距離をとれるような空間だからこそ、角を持ちこちらと直接接点を持つような物は存在せず、無条件に寛大で輪郭がやわらかい世界が視界に広がる。
見られるよりは見る側、覗く側でいたいというのは解釈する側で安心したいという欲求なのか
ふつうの人はダンボールなどないから自分が過度に観察されるリスクを鑑みて多少節目がちに生きる
それにより全てに目を凝らしたい欲が圧されることもあるが、特定の何かにふれられる、自分の位置を他人という定点を通して確かめられるという特典もある
他者を覗いていて不快感を感じないのであれば、自分が覗かれれることに対する嫌悪や恐怖もなくなり、箱無しでも世界が柔らかいと錯覚し、箱から出てきたくなることもあるか
箱側から観察するということは、自分への目線を避けたいのもそうだし、全てを覗いて記述する側でいたいのか、圧倒的外側にいたい?
箱の中に覗いたものを落書きとして記述して、その記述内容、観察したものに触れようとしても(いざ見られようとしても)、それは自分が直接箱の外で経験したことではなく、あくまで覗いた内容で、触れるためには、その箱の外に出るのではなく、中の落書きに見つめられ、つまり自分の解釈の中の登場人物にみられる、箱の中にどんどんこもっていくイメージなのか?誰かを箱の中から見た時点で、その認識は完全に自分というフィルターを通していて自己の創作物のようなもの、つまり自分の見た何かと交わるということは自分の創作物、思想にどんどん飲み込まれていくということ?
そういうのが煩わしいから他者との境界をなくすために裸で近い距離を保ちたくなる?
一読しただけじゃどれが誰目線で誰のこと書いてんのか把握しきれなかったなあ、文学的なの苦手
7-箱男
(Aは距離感を自分で調節し、いつでも匿名に戻れる安心感で箱男に。箱男になる理由の例示)
24 「安全装置(証拠写真付き独白ノート?)をとりあえず」
箱男=カメラマン◯の語りがノートに綴られる
写真付き(1週間前に医師△に空気銃で襲われた
40-◯の語り継続
空気銃での攻撃理由推測
△は前から箱男の存在が気になっていてなりたかったから思わずうっただけ?
→看護師⬜︎に声かけられた&傷増悪で病院訪問
→麻酔かけられ、その間何かがあった、箱を欲しいとも言われる、何か魂胆があり空気銃攻撃に至った?⬜︎に対して好意が生まれるが、◯は箱内にいるため、できることはシャッター越し(箱越し)に現像する(語る)だけ?
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◯の語り
貝殻草で誘発される魚の夢の話
魚になると、意識=周りを見る視点はあるけど、認識したものに触れる術がないから欠乏感がある
「どんな好奇心だって、けっきょく最後は、手で触って確かめてみるのでなければ本当の満足なんてありえない」⬜︎のような興味対象に箱越しで見てもフラストレーションがたまるだけなのか
「うまれつき声帯だってあるはずがない魚の身でこんなふうに言葉を使って悩んでいる、むず痒いような二重感覚」というのは、そもそも外界との接触という概念が最初からないのであれば、触れたいという感情もなく、認識すらもその意味がない時点で存在するのか微妙なので、そもそも記述行為すら存在しないはず
なのに記述をしている時点で贋作なのでは?ということか?まあ贋作の自覚があるのならいつでもやめられるからまだこのままでもいいかと漫然と箱男を継続する、そのうちに偽物ながらも(贋と自覚のある)箱男をやめられなくなっていく
58..........
◯の語り
五万と引き換えに⬜︎に箱の処理を頼まれた
一旦箱男になったら、箱を脱ぎ捨てるのはもとの世界に戻るのとは違う意味合いを持つ
65 鏡の中から
◯の語り
普段は箱越しに全てのものが均質で同格の意味合いを帯びていて全てが背景になじんでいるが、その効果が病院に向かいながら減じている
◯はここでも鏡を通して、箱男になりつつある△と、その触れたい対象である⬜︎を観察する側
だけど、(ふと思った。何処かで、これとそっくりな光景を見たことがある)とあることで、観察される側としての◯が想起される
箱の中にいる限り、何かを認識したと思っても、箱というフィルターを通して記述した加工済みのものを認識しているにすぎない
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字体違うし、◯が観察した内容の記述ではなく、△と⬜︎の実際の会話?(65-から◯が見た場面で行われた会話、◯が病院で手当てされた時の◯と⬜︎のやりとりについて、⬜︎がやらされたことの再現をしている→つまり普段覗く側の◯が△に覗かれて、それを鏡で投影する形で覗いて、自分の姿を◯はみている)覗かれて記述されると、覗かれた側は実際記述された通りのことが起こっているような気もしてくる
92-
また◯の語り
身を清めるのに適した海水浴場での語り
Bについては、箱の安心感から離れられずに安住してしまったまま、死の存在すら周囲に認められないほど完全に匿名化されてしまった例
8時に病院訪れる予定で服乾かしつつ寝ようとしてる
102からのラジオの話から始まる病院訪問のやりとりは空想。
客観的な語りのようでいて、◯が生み出したものだから◯の思考(◯が箱男として箱男(自分)をどう記述するか)の産物でしかない、つまり偽箱男が空想の中で話している内容は全て◯の根底にある思考(箱内でのみの現実、落書き)、◯が◯という箱を通して◯自身を観察し、◯は記述側でもあり視姦される側でも自家発電状態?
空想の中で箱男を脱しようとしている◯は、直接の触れ合いに怯え戸惑っているが、半径二メートル半という自他境界を超えれば視線同士もまじわらなくなり、観察という手段以外で真に触れられるはず
ただ観察し、自身の視点で記述するという形で剥製にした方が133p、扱いやすくて箱の中に安住しがち?
全てを記述する主体としてもっともらしい(欠落の少ないストーリー)を連ねるが、その登場人物に自分も含まれ、その自分を観察しているのも自分であり、自分に対して何かを言いたくなっても、その言う主体も自分であり、どれが絶対的主体としての自分が存在しない、自己が消失していく感覚?
149供述書
△(自称医師=上官の名を借りた医師見習い=C)の語り。⬜︎戸山葉子
変死体について
152
Cを記述しているのはわかるが、これはC自身の語りなのか?Cの語りだとすると、俯瞰して記述されているCは箱男だが、それもまた見られる側であり贋で、見ている主体もCでそんなCもまたこう考えていると記述できる時点で、そう記述しているということはそういう考えがあるんだなとさらに外から俯瞰する主体がありそうで、永遠に完全なる絶対的外側(箱の中だとすると、絶対的な内側か)には至れない
160
これはさすがに△の供述書続きか
軍医は△とは異なる新たな人物でいいのか?
この供述書を読んでもこれは事実ですらないかもしれないし、読むという行為をした時点で解釈が含まれ想像でしかなく
そもそも物語の読解なんて、真実がなく自分を媒介として存在を知るものだから、いくらこうかもと真実がある風でも、それは自分の片隅に無意識に存在していた落書きを拾い上げるようなものでしかないかもしれなくて
ここら辺でギブアップ頭ごちゃごちゃ
気が向いたらまたつづきよむ
時々思う、この人はこういう意図だったのかも、こうだったのかも、これが真実かもみたいなのは全部自分の知覚に上がった時点で真実に見えるものも偽に見えるものも自己生成されたものだから、いくら本物を探そうとしても自己意識の投影でしかないよなと。ヴェールが剥がされて落書きが目に入っただけなのに新たな発見をしたと勘違いするような。それと似たような感覚なのか。結局最初から中途半端に箱の中に生まれてしまい、箱の外に出ようにもただ落書きを永遠と生成して出た気になっているだけのような人生。 -
Posted by ブクログ
人の生存本能を描き切る文章力、凄まじいものがあった。当たり前のように満州生まれの芸能人がいるが、その苦労は底知れない。
自身のアイデンティティもよくわからない、誰が敵で誰が味方なのかもわからないが、遺伝子的には日本人の血を汲んでいる。日本の領土を出ると日本は敗戦国であり、日本人には多くの敵がいる。だから日本を故郷として、安寧の地を求めてそこに帰ろうとするが、心の故郷では全くない。政治的混乱に巻き込まれた人々の混沌とした当時の状況が、本作からははっきりと伝わってくる。国が始めた戦争から生まれる難民問題、決して軽視して良いものではない。
国を追われて荒野を彷徨う描写、そしてそこで浮かび上がってくる人間の動物的な本能。ジョン・スタインベックの怒りの葡萄を彷彿とさせるものがあった。 -
Posted by ブクログ
さあ、いよいよ初めての安部公房。ということで、この作者としては比較的わかりやすそうなこれから読むことにしたんだけど、もう写真とその説明のところでわけわかんねえ。これは作者の罠なのか、それとも深読みするべきなのか。俺の頭だとついていけないのかなあ。
途中で唐突なエピソードが挿入されたりするのは序の口で、この物語を語っている「箱男」がいったい誰なのか、カメラマンなのか、元軍医だった男なのか、その身代わりをしていた男なのか、最後までわからない。いちおう全ては狂人の落書きだったと受け取れるような終わり方にはなってるけど、そんな単純なものじゃない。たぶん。最初から実験小説だっていってるし、安部公房も論理でこの物語を構築したわけではないようだから、明快な謎解きや、カタルシスを期待する方が間違いかもしれないけど。
この物語が現在進行形であることを示すために文字を書いてる途中で話が切れたり、サイコさんのように思える記述があったり、今まで話していた偽箱男がいきなりこのノートを書いているのが誰なのかと指摘したり、ショパンという単語から全然別の話が連想されたように展開されていったり、興味深い手法がいろいろと出てくる。
まあ、全体としてはわけわからん、というか正解みたいなものはないんだろうけど、箱男が看護婦にやさしくしてもらうために、彼女の眼をくり抜いてやろうかという一瞬の怖さと、女教師がDに内側からは鍵がなくても開くはずのドアの鍵を渡すところで、なんとも妄想が刺激されたのが、印象に残ってる。